第1話 学食へ行こう!

文字数 1,621文字

「やったー、お昼休みだ! 今日のお弁当の中身はどんなのかな?」

 真雪(まゆき)は数学の教科書やノートを引き出しにしまって、お弁当を取り出そうと鞄を机の上に置いた。
 それから慣れた手つきで、

「O・B・E・N・T・O・U♪」

 呪文のようにつぶやきながら、鞄の中に両手を突っ込んで探してみた。
 だが、布に包まれた四角い箱、つまりお弁当箱の感触が今日に限って全くない。

「んふ? どこにあるのかな……」

 肩下まで伸びた髪が垂れてきて横顔が隠れても構うことなく、今度は鞄の中を覗き込むように探してみた。

 ごそごそっ。

 ……。

「やっぱり、ない!」

 あるのは音楽プレーヤーや筆記用具、いつも持ち歩いてる小物など。
 肝心のお弁当箱はどこにも見当たらなかった。

「もしかして、忘れちゃったのかな……。ああ、どうしよう」

 どんよりムードが漂い始めた真雪の元に、一人の女子生徒が興味津々といった様子で近づいてきた。
 ムーンウォークっぽく後ろ向きに歩きながらやって来て、真雪の肩をぽんとたたく。

「もう、真雪ったらー。携帯ゲームやってるんだったら、鞄の中に隠さずに堂々とすればいいのに。休み時間で先生はいないんだよ?」
「違うよ。私、明夏(めいか)ちゃんみたいにゲームに命かけてないから……」

 話しかけてきたのは、クラスメイトで幼なじみでもある明夏だった。
 小学校までは長い髪だったが、手入れがめんどくさくなったと言って、ボブヘアーくらいの短い髪形になった。
 明夏が髪を切ったときは違和感がすごかったが、今では昔を思い出せないくらいこちの髪型のほうがなじんでいる。

 明夏は真雪の鞄の中をのぞこうとしている。
 真雪は反射的に明夏の前から鞄を隠した。

「なによー。隠さなくてもいいじゃない」
「いつも明夏ちゃんが、私の秘密ノートをのぞこうとするのを隠すときのくせで……って、そんなことはいいの。ないんだよ! いつも鞄に入ってるはずの、私がお昼に机の上に出すアレが」
「だから、携帯ゲーム機でしょ?」
「ちっがーう! ゲーム機なんか学校に持ってこないよ! そうじゃなくてほら、このくらいの大きさで、ふたを開けると『はふぅ』って感じになるやつ」

 真雪が両手を使って説明しながら言う。
 明夏は真雪が何のことを言いたいのかよくわからなかったが、いつもこの時間に真雪の机の上にあるものがなかったので、何となくわかった。

「……ああ、なるほど。お弁当箱ね。クラスのみんなからドカベンとか言われてる」
「私のお弁当箱、そんなに大きくないよ!」

 真雪は顔を真っ赤にして言った。

「でも、珍しいよね。真雪がお弁当を忘れるなんて」
「いつもはちゃんとお弁当箱を鞄に入れてくれるんだけど……。そのかわりに、なぜかお裁縫箱がはいってるの。入れ間違えたみたい」

 真雪はがっくりと肩を落とした。

「あらら……。真雪さん がっくり肩を 落としてる」

 明夏は地の文を利用して、うまいこと五七五の俳句を完成させる。

「ああー。今日は私お昼抜き。家に帰るまで持つかなあ……」
「ねえ、だったら学食に行ってみない? 学食だったら、お弁当を忘れてもちゃんとお昼ごはんも食べられるよ」
「学食かあ。そういえば高校に入学してから一度も行ったことがないかも」
「あら、それはもったいない。この高校の学食、けっこうおいしいって評判なのよ」
「本当に?」
「うん。月でうさぎが餅つきをしてるっていう話くらい信じられる」
「それってどうなんだろう……」

 本当なのか冗談なのか、真雪にはよくわからなかった。

「あはは。まあ、とにかく行ってみようよ。早く行かないと、学食が人でいっぱいになって身動きがとれなくなるから」
「そんなに人が多いの?」
「うん。花火大会の会場並み」
「多すぎだよ! それなら私、購買でなにか買ったほうが……って、ちょっと服引っ張らないでよ~」

 こうして真雪は、半強制的に学食に行くことになる。
 真雪とオンエア部との出会いは、ここから始まるのだった。
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登場人物紹介

真雪(まゆき)


主人公。

ちょっと人見知りする高校一年生。

明夏(めいか)


真雪の親友。

活発でレトロゲームが好き。

日菜(ひな)


真雪のクラスメイト。

ちょっと変な性格で語尾が変。特技は自己流の落語。

樹々(じゅじゅ)


オンエア部の部長。

いつも冷静でクールな先輩。

メロン先輩


真雪に親切にしてくれる謎が多い先輩。

自由気ままな人。

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