四章・伏魔(1)

文字数 6,821文字

「地震じゃないわ!」
 皆が狼狽える中、最初に真実に気付いたのは朱璃(あかり)だった。次の瞬間、いちはやく危険を察したアサヒが目の前の研究員に飛びかかる。
「危ない!」
「ひゃあっ!?
 半裸の少年に抱き着かれ彼女が悲鳴を上げた直後、飛び退いた二人を追いかけて何かが地中から飛び出して来た。
「ひっ!?
 顔を引き攣らせる研究員。その眼前でアサヒの展開した魔素障壁(シールド)が攻撃を防ぎ、動きの止まった怪物めがけマーカスとウォールが素早く銃撃を浴びせる。敵は肉片と緑色の体液を撒き散らしながら絶叫を上げた。落下したそれはすでに原型を留めていない。
「な、なんですか!? なんなんですかあれっ!?
「逃げろ! 砦まで走れ!」
「ま、待っ──ぐぼッ!?
 マーカスが指示を出すも、同時に別の研究員が土の中へ飲み込まれた。地面が隆起して実験装置が横倒しにされ大きな音を立てる。
「ピギィ!?
 その音に驚いたのか敵の気配が遠ざかっていく。しかし、このままいなくなるとは思えない。おそらくは一時的な様子見。朱璃は地面に飲まれた研究員が落としたカメラを拾うと、真っ先にその場から走り出す。
「装置は放棄していい! カメラを死守しつつ撤退!」
「りょ、了解!」
 王太女である彼女が逃げ出したことで他の者達も素直に続く。立場のある人間が残っていたら他も逃げられやしない。だから彼女は最初に動いたのだ。
 だが、敵はやはり諦めなかった。あちこちで土が盛り上がり、凄まじい速度で追跡して来る。銃撃で牽制しても土が盾となって弾が届かない。
「なら、こいつはどうだ!」
 MW二〇五──朱璃が開発した突撃銃(アサルトライフル)型“魔法の杖”のセレクターを回し、銃口を迫り来る敵のうち一匹へと向けるマーカス。その銃口から次の瞬間、弾丸ではなく銀色の光が矢となって放たれた。彼の体内から分離された魔素だ。それは圧縮された空気の玉を“再現”し、次の瞬間炸裂して爆音を生み出す。

 案の定、敵はまたしても悲鳴を上げて逃げた。

「やっぱりだ! 連中、デカい音に弱いぞ!」
 さっき実験装置が倒れた時の様子を見て推察したのだが、当たっていたらしい。地中を移動する生物だから視覚ではなく聴力で獲物の位置を捉えているのだろう。耳が良いから大きな物音を嫌う。
 それを知った他の調査官達も次々に同様の攻撃を繰り出す。
「このっ!」
「来るんじゃねえ、化け物ども!」
 たしかに空気弾が炸裂する度に敵は怯み、距離を取った。
 しかし──
「駄目だマーカスさん! 奴等、慣れてきた!」
「だんだん逃げなくなって来てる!」
「ヤロウ、賢ぇな!」
 どうやらこちらの攻撃がコケ脅しだと気付いたらしい。多少の物音には動じなくなってきている。
「なら──」
 ウォールが別の魔法を立て続けに放った。土に干渉する魔法だ。それが地面に着弾し地中に無数の壁を作る。
「来るぞ!」
 ナイフを抜く彼。その意図を察した仲間達もそれぞれの獲物を構える。
 ウォールの作り出した地中の壁を障害物と認識した敵は次々に土から飛び出し、空中に身を躍らせて襲いかかってきた。
「オラッ!」
「この!」
 銃弾で穿ち、あるいはナイフで切り裂いて迎撃する調査官達。そしてようやく敵の本来の姿を目の当たりにする。
「なんだこいつら!?
「芋虫、いや、ミミズか?」
 なんにせよ巨大ワームだ。一匹が一.五mほどで口の周りに鋭い四本の牙が生えている。口の中にも小さな牙がビッシリ並んでウネウネと動いていた。臭そうだし、この中に飲み込まれることは想像したくない。
「新種やな! 一匹一匹は大したことあらへんけど、こりゃ大変やで!」
 カトリーヌの視線は新たに迫りつつある敵群の姿を捉えていた。やはり学習能力が高いらしく地中の壁を迂回して来る。
「キリがねえ! 走れ走れ! 牽制しつつ撤退!」
 敵が多すぎる。あれだけの数をいちいち同じ方法で迎撃していたら全滅させる前にこちらが行動不能に陥るだろう。現代人は魔素に適応することで旧時代の人間より優れた身体能力を手に入れたが、逆に体内の魔素が枯渇するにつれ筋力が低下し、最悪の場合心停止を引き起こすというデメリットも背負ってしまった。旧時代の競走馬(サラブレッド)がスピードと引き換えに故障しやすく“ガラスの脚”と呼ばれていたのと同じだ。今の彼等は持久戦を苦手としている。どんな物事も一長一短。何かを得たら、その代わりに何かを失う。
 天敵である“記憶災害”もまた一〇分間の維持限界という法則に縛られていることを考えると皮肉な話だ。魔素という物質に触れたことでお互い短期決戦型になったわけだから。
 再び走り出す彼等。だが敵はやはり音にも動じなくなってしまっている。このままでは追いつかれるのも時間の問題。自分達がやられたら、次は先行している朱璃や研究者達が狙われることになる。
(ついさっきまで何事も無かった。なのにいきなりこれだ……てことはやっぱり、狙いはアイツか!)
 こうなった原因を推察したマーカスは、少し前を行くアサヒに呼びかけた。
「ボウズ! お前がアイツらを足止めしろ!」
「マーカスさん!?
 ベテラン調査官の予想外の発言に驚く友之。たしかにアサヒならどんな怪物が相手でも簡単にはやられないだろうが、それでは彼を囮にするようなものじゃないか。
 いや、事実マーカスは彼を囮にするつもりなのだ。
「うるせえ、わかってんだろ! アイツらの狙いはヤロウだ!」
「そ、そりゃそうでしょうけど……」
 言葉に詰まる友之。小波にもウォールにもわかっていた。彼等は福島までの道中で幾度か目にしている。変異種や竜が狂ったように暴走してアサヒを付け狙う姿を。
「オレらが森に入るまででいい! やれ!」
 森は地中に伸びた木々の根が天然の防壁になっている。おそらくあのワーム達は入って来られないはずだ。
「わかりました!」
 マーカスに三度促されるより早く反転するアサヒ。彼もやはり自身の体質が作り出したこの状況に責任を感じていた。同時に自由に力を行使することのできないもどかしさも。
 驚く友之と小波の間をすり抜け、マーカスと交差する。
 その瞬間──
「すまねえな」
!?
 まさか、そんなことを言われるとは思っていなかった。
 驚きつつも足は止めない。多少動揺してもやるべきことを忘れてしまわない程度には、彼もこの過酷な時代に順応したから。
「むっ!?
 殿で迎撃を続けていたウォールの横を駆け抜け、そのまま最後尾へと回る。すると予想通り、群れは針路を変えて彼めがけて殺到した。
 次の瞬間、地中から飛び出した大量のワームが彼に襲いかかる。それを魔素障壁で防ぐアサヒ。しかし障壁に覆われていない地面が突然底なし沼のようになって彼の両足を飲み込み始めた。
「くっ!?
 空中と地中からの両面攻撃。身動きの取りにくい土の中へ引きずり込んでから仕留める気か。
 だったら──
「アサヒ様!?
 朱璃の安全を優先して彼女の傍についていた大谷だったが、アサヒの行動に気が付いて足を止める。ところがその腕を朱璃が引いた。
「大丈夫よ、走りなさい!」
「アサヒ!」
「飲み込まれる! 助けないと!!
 ようやく飛び込んだ森から再び引き返そうとする小波。
 だがやはり、そんな彼女の前に腕を突き出し、制止しながらカトリーヌが確信に満ちた笑みを浮かべる。
「安心しい小波! あの子はな、あの程度のもんにはやられへん!」
 彼女達の視線の先で銀色の光が膨張し、炸裂した。


「だったらぁ!」
 相手が地中にいるなら土ごと吹っ飛ばしてしまえばいい。仲間達との距離が十分開いたことを確認したアサヒは拳に魔素を収束させる。東京や福島の時ほどの量ではないが、先刻の実験に比べれば遥かに膨大な量の魔素が圧縮され、強い輝きを放った。
「こうだ!!
 振り下ろした拳が地面を叩くと、圧縮された魔素が彼の思い描いたイメージを再現して爆発を起こす。
「ピッ!?
「ギィッ!」
 大量の草や土砂ごと宙に巻き上げられるワーム達。荒れ狂う力の渦に引き裂かれ、ことごとく千々の肉片と化す。
 ところが、
「うわあっ!?
 表面を吹き飛ばされた地面に無数の亀裂が走ったかと思うと、いきなり音を立てて崩落してしまった。巻き込まれたアサヒもまた大量の土砂の下敷きとなる。
「ん……ぐ、ぐ……だあっ!」
 窒息する寸前、再度それを吹き飛ばす彼。普通の人間なら窒息以前に圧力で死んでいたかもしれない。初めて自分が“記憶災害(バケモノ)”で良かったと思えた。
「な、なんだここ……?」
 すえた臭いが鼻をつく。気持ち悪い。元はゴルフ場だったという草原の下に巨大な空洞が広がっていた。地下都市ほどではないにせよかなりの広さがある。それに湿度が高い。よく見ると足下には水が流れていた。さらに大量の獣の骨が散乱している。
 いや、少数ながら人骨も混ざっていた。まさかこれは、このあたりで消息を絶った人達のものか?
「ギ……ギ……」
「ギィィ……」
!?
 奇妙な声を聴いて振り返る。暗闇の中に無数の銀色の光が浮かび上がった。魔素の放つ輝き。朧気だが数は多い。
 次の瞬間、いきなり視界が明るくなった。魔法で光を生み出したわけではない。視覚が人のそれから“ドラゴン”のものに切り替わったのだ。アサヒ本人には見えていないが、瞳が金色に変色し瞳孔が拡大する。体内同居人ことシルバーホーンによる視覚支援。
 おかげでわかった。洞窟内にさっきのワームと同じものが数え切れないほど蠢いている。どうやら彼等の巣に落ちてしまったらしい。
 そして竜の視覚は、人の目で捉え切れないほど薄い密度の魔素をも明確に認識した。
「これは……そうか、これが朱璃の言っていた」
【そうだ、こいつらが森の拡大を阻んだ元凶だ】
 シルバーホーンの思念が肯定する。ワームの体表から魔素が霧となって立ち昇っている。おそらく上の草原に木々が生えなかったのはそのせいだ。この変異種(ワーム)の記憶を保存した魔素の影響で、巣の上では彼等の行動しやすい環境が保たれているのだろう。
 個として見れば、さほど強い生物ではない。武装した兵士や調査官なら十分対処できる。だから普段は獣か少数で行動している人間だけを狙い、襲っていたのだ。けれども自分が近くに来てしまったことで身を守るための習性を忘れ暴走を始めた。
(俺のせいで……)
 さっき地中に引きずり込まれた研究員を思い出す。状況から見て生存は絶望的。自分の厄介な性質が他人を巻き込んだことに少なからず負い目を感じる。
 朱璃達はそろそろ安全な場所まで逃げ延びたはずだ。自分だけなら簡単にここから逃げ出すことはできる。
 でも、アサヒは怪物達を睨みつけた。
「こんな危ない奴等、放っておけるか……」
 地中に巣食っているのなら、いつか地下都市にまで侵入してくるかもしれない。見える限りで全てとは限らないが、ここの分だけでも駆除しておくべき。そう判断した。
 すると、そんな彼の決意に応えて肉体に変化が生じる。

【手伝ってやろう】
「うぐッ!?

 心臓が鼓動する。強く激しく、その中の高密度魔素結晶体が明滅した。血管も光を放つ。注射された薬剤が反応しているだけではない。肉眼で視認可能なほど膨大な量の魔素が胸の“竜の心臓”から引き出され血液と共に体内を駆け巡っている。
 すぐに全身を赤い鱗が覆い始めた。細身の体躯がどんどん膨れ上がっていく。額からは鋭く尖った角が生えた。口の中で歯が変形して牙と化す。
「や、やめろ馬鹿! お前が戦わなくても──」
【──いいや、この方が早い】
 顔も大きく変貌した。人からドラゴンのそれへと。ワニのように大きく前に突き出た顎を開くと、喉の奥から赤い炎が迫り出し始める。サイズこそ大きく変わっていないものの、気配は完全に別物。ワームの群れに動揺が走り、それまで彼を狙って飛びかかるチャンスを窺っていた彼等は一転、遁走を始めた。洞窟の奥の無数の小さな穴へ我先に飛び込み、押し合いながら悲鳴を上げる。

 無駄だ。一匹たりとも逃がすものか。

「ゴアッ!!
 射出された火球は目の前の地面に着弾して爆炎を撒き散らす。炎は壁伝いに走って洞窟の奥へと駆け抜けて行った。視界に映る全てのワームが一瞬にして蒸発する。アサヒ、いや赤き竜シルバーホーンは自身の放った炎に包まれても身じろぎ一つしない。人と竜の中間の姿でさらに数回火球を放ち、洞窟内をあらかた焼き尽くす。
(まだ、まだだ、まだ足りぬ)
 金色の目がここからは見えないはずの彼方までを見通す。どうやらこの洞窟は蟻の巣のように細かく枝分かれしているらしい。他にも無数の反応が感知できた。ここにいた敵は群れ全体のごく一部に過ぎない。本来はもう少し深い領域をテリトリーとする生物のようだ。今まで人間達に存在を認識されていなかったのはそのせいだろう。
 巣を拡張するうち、一部が地表の近くまで到達してしまった。それがこの場所だ。自分達が落ちて来なければ、これから先もしばらくは繁栄を謳歌できただろう。

 だが、これで終わりだ。
 我に出会った不幸を呪え。

 なんらかの方法でこの場の同胞の末路を知ったのか、すでに残りの群れも逃走を始めていた。遠ざかって行くそれらの反応を確かめ、赤き竜は黙考する。
(ふむ……)
 彼は足下の水に着目した。どうやらここは元来地下水脈だったようだ。それをあの虫共が掘って拡張したのだろう。だからこそ日中にもかかわらず“あれ”の影響を受けて襲いかかって来た。
(まだ諦めてはおらんか……こちらも同じだ。受けて立つぞメス蛇めが)
 ニヤリと笑った彼は鼻先に移動した角を白く輝かせる。魔素の反応によって水流が洞窟全体に行き渡っていることは確認済み。よって敵はことごとく彼の射程内にいる。
(この程度の雑魚、いくらけしかけようと無意味。大人しく我等がそこへ行くのを待っていろ!)
 久方ぶりに味わう暴虐の愉悦。表情を歪ませ雷光を放つ。
「ガアッ!!
 水の流れを伝播して高圧電流が駆け抜けた。電力は記憶災害発生のトリガーだが、この雷は違う。電圧が高すぎて魔素そのものを焼き尽くすのだ。
 岩すら蒸発させる超高熱の雷撃が洞窟内を駆け抜け、そこにいた生物を一匹残らず蹂躙した。さらには発生した水素や溜まっていたガスに引火し、大爆発を引き起こす。
 爆光の中、障壁を展開して身を守るシルバーホーン。今のこの肉体は不死に近い。わざわざ防御する必要も無いのだが、時折飛んで来る虫共の残骸や土に塗れるのは嫌だった。彼は綺麗好きなのだ。
 やがて炎も衝撃も通り過ぎた。地面はまだ焦熱で燻っているが、これで害虫は完全に駆逐できただろう。ひょっとすると地上の森にまで爆発の被害が出ているかもしれないが、知ったことではない。人間共の住み処とは正反対の位置だし、地下深くにあるあの街には大した影響も無いはず。
 彼は翼を広げると、力強く羽ばたいて上昇した。事情を知らない人間に見られると話がこじれそうなので、あまり高度は取らないようにしつつ、自分が生み出した光景を見つめる。その表情が嬉しそうに歪んだ。

 崩壊した大地。薙ぎ倒された木々。方々から立ち上る黒煙。
 ああ、これだ。圧倒的な力で弱者を踏み躙る快感。
 これこそ自分の望む闘争。一方的な暴力の嵐。

(だからこそ、あれは滅ぼさねばならん)
 この世界で唯一、自分を上回る存在。長年この身を操って傀儡の王に仕立て上げていた白い大蛇。今も東京の地に巣食う全ての記憶災害の元凶。
 忌々しいメス蛇。
(久しぶりの戦いだ。あれとの再戦の前に、もう少し愉しむか?)
 この程度では物足りない。そこらの獣を襲ってみるのもまた一興。二五〇年前と違い、この世界の生物はさっきの虫共同様、魔素に順応したことで多少は嬲り甲斐のある種へと進化したようだ。
 だが、同居人が待ったをかける。
【やめろ! いい加減、体を返せ!】
 やれやれ、彼は短く唸って不満を露にする。
【落ち着け、お前がやろうとしていたことを代わりに、もっと効率良く済ませただけの話だろう?】
 本来なら感謝されるべきところだ。しかし、やはり同居人の抗議の声は止まない。
 まあ仕方ない、返せと言うなら返してやる。今はこの人間もどきの機嫌を損なうことだけは避けたい。一心同体の身である以上、あのメス蛇と戦うにはこれの協力が不可欠だ。この小僧が持つ特殊な力も有用な武器となる。
【良かろう、ならばとっとと、あの娘の元へ戻ってやれ】
「──くっ!?
 膨張していた肉体が瞬く間に収縮し、元の姿へ戻る。空中でいきなりそんなことをされたものだからアサヒは地面に墜落した。
 当然のように無傷だったが、その場に蹲り、歯軋りしながら問いかける。
「どうするんだよ、これ……」
 このまま帰れと言うのか? さっきまで着ていた服は破れて燃え尽き全裸になってしまっていた。
 そこへ友之達の呼び声が聴こえて来て、慌てて叫ぶ。
「ちょっと待って!?
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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