七章・撃発(1)
文字数 3,408文字
「大丈夫だ、
地上で周辺監視に当たっていた兵からの報告を受け、いてもたってもいられなくなった
森の木々がざわめいている。風が起こり、大気が、雲が、空全体が一方向へ動かされて渦を巻き、唸り声を上げる。
魔素を集めているんだ。
あれがなんなのか、すぐに察しがついた。東京で
さっきから小さな地震も続いていた。獣達が怯えているのか、鳥の声一つ聞こえてきやしない。
それでも、開明は信じる。
「皆は勝つ。アサヒと朱璃達がついてるんだ、負けるもんか。君のおばあさんも、絶対に帰って来てくれる」
「はい」
頷く月灯。それでもまだ不安は隠しきれていない。華奢な肩が震えるのを見て後ろから抱く開明。少女は驚き、それから彼の手に自分の手を重ねた。
そんな二人に
「行きましょう、二人とも。皆が無事帰って来ても、あなた達二人がいなくなっていては悲しませてしまいます」
「はい」
「わかりました」
焔に先導されて予備脱出口へ入る二人。後に続いた
「あの子を、頼む」
「なんだ!?」
「殿下の背から光が──」
驚く
「うっとうしい足止めは、これ以上御免なのよ!」
【ぐうううううううううううううううううううううううううううううううううううっ!?】
「往生、際の、悪い、ババアね!」
ドロシーの展開した障壁とせめぎ合う、光の鳥。加速は続けている。強引にジリジリと押し込んで敵の防御を削りつつさらに上へ進む。
【こんな力押しで、やられる……ほど……! 安くない、のよっ!!】
ドロシーは障壁へさらに魔素を注ぎ込み、爆発を引き起こして朱璃達を弾いた。爆炎が視界一杯に広がり、一瞬だけ彼女の視界を塞ぐ。
その炎の中から星海班が飛び出した。
「信じろ!」
朱璃が叫ぶ。
疑似魔法も魔法も、それが最も大切。
「イメージするのよ、アイツに通じる攻撃を!」
「つまり──」
マーカスは銃を構えず、代わりに拳を振り被りながら障壁を蹴って跳ぶ。
「こういうことか!」
朱璃の霊力糸を通じて送り込まれた膨大な量の魔素が拳へ収束し、解き放たれて閃光と化した。ドロシーの顔に深々と突き刺さったそれが再度の爆発を起こす。思い描いたのはアサヒの拳。
【カッ!?】
流石のドロシーもよろめく。その隙を見逃さず、
「ふっ飛べ!」
「このっ!」
二人の放った魔弾にはマーカスの攻撃ほど強烈な威力は無かった。しかし彼等はそれを連射する。朱璃から無尽蔵に魔素が供給されるのをいいことに、空中を走り回りつつ執拗なまで叩き込み続ける。
【調子に乗るな!】
マーカスがしたのと同じように魔素を圧縮して放つドロシー。すると、それを水の盾が受け止めた。水分と結合して水柱になり、速度が落ちた攻撃をどうにか避ける友之と小波。さらに門司が凍結弾を放って凍り付かせ、破砕する。
水の盾を作り出したのは大谷だった。すかさず彼女もMW六〇一を構え、友之と小波の攻撃へ加勢する。
「反撃させてはいけません! 一気に削り切りましょう!」
「はい!」
「このおおおおおおおおおおおおおっ!」
連続して魔弾を浴びせかける三人。マーカスと門司も加わってさらに火力を集中させる。朱璃が追加でMW六〇一を再現し、全員に与える。両手で一つずつ、砲弾まで魔素により無限に複製して間断無く叩き込ませる。
なのに、それでもドロシーは高笑いを放つ。
【フッ、フフ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!】
防御を捨て、あえて全ての攻撃を浴びた。痛覚の遮断も止める。痛みすら今は心地良い。この巨体が見る間に削られていくじゃないか。伊東 陽の力を借りているとはいえ、人にこんな攻撃が繰り出せるなんて。
もっとだ、もっともっと自分に見せて欲しい。人間の可能性とやらを。二七〇年以上も生きて、それでも見逃していた輝きを。
次の瞬間、望み通り無数の光が彼女の巨体へ突き刺さった。
【あはっ!?】
今度もまた予想外の攻撃。あの軍艦ではなく、地上からの援護射撃。
朱璃の持つ杖から放射された輝き。それを受けた大地に無数の兵士が姿を現し、銃口を空へ向けていた。
「あいつら……!」
先程の戦いで散って行った兵士達。
彼等が“記憶災害”になってまで戦い始める。
地上の怪物達と激突しつつ、空中の味方の援護を行う。
「!」
その中にマーカスは懐かしい姿を見つけた。ついさっき倒れた者達だけでなく、そこにいたのは──
『ありがとな、マーカス。約束、守ってくれたな』
「良司!」
朱璃の父・良司は親友に向かって親指を立て、乱戦の中へ飛び込んで行った。敵は記憶災害。でも、彼等もまた記憶の再現。ならばどれだけ傷付こうと維持限界を迎えるまでは戦える。ここで味方のために奮闘できる。
【だから、なんだっていうの?】
予測の範疇。タイミングにこそ驚いたが、この程度の事態は想定していた。これが限界ならやはり自分は倒せない。
ドロシーの胸に輝きが生じる。体内の彗星の“欠片”が旭の抜け殻を利用して周囲から魔素を集め、受けたダメージを修復させていく。
「クソッ、またかよ!?」
マーカス達は攻撃を継続中。なのに、あと少しで体内の“心臓”に届かない。どころかドロシーの再生速度は上がる一方。
【卑怯などとは言わないでしょ?】
陽の力を借りた彼等だってやっていること。もちろん朱璃も、そんなことは露ほども思わないし言わなかった。
「アタシ達だけなら足りないかもね、たしかに」
『我を忘れたか!』
いつの間にか上昇をかけていたライオが、頭上からドロシーを急襲する。けれどもその瞬間、彼女は大きく口角を上げた。
【忘れるはずがないじゃない。長年同化していた仲だもの】
『!?』
障壁に攻撃を防がれ、同時に直上で生じた輝きに気付くライオ。その瞬間、ドロシーの右腕が彼の腹を貫いた。
『ぐっ!?』
【大丈夫、結晶は傷付けてない。でも、これでもう逃げられないわ】
もう一方の腕も伸ばし、抱きしめるようにしっかりとライオを捕まえるドロシー。頭上の赤い光はさらに輝きを増す。
──天高く、大きく胸を逸らして体内のエネルギーを一点に集束させているのは、もう一体のシルバーホーン。
『貴様、また我を……!』
【あなたの許可なんていらないわ。これは戦なのよ? 利用できるならどんなものだって使うべき。たとえ裏切り者のコピーであっても】
『貴様あああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
「あれは──」
朱璃とマーカスは同じ光景を見たことがあった。あの日、父の率いる調査隊ごと東京を吹き飛ばし、眼下の超巨大クレーターを生み出した一撃。シルバーホーンの、おそらくは最大最強の攻撃手段。
【私達は辛うじて生き残るでしょう。でも人間には無理ね】
『正気か!? 放せっ!!』
渾身の力でドロシーを殴りつけ、火球を浴びせ、電撃を放つ。どれもダメージは与えたものの、やはり回復される。マーカス達も攻撃を継続しているが、どうやっても致命打にならない。
【狂気にも走れるのが人間! そう言ったのはあなた達よ!】
哄笑するドロシー。そして天頂の偽りのシルバーホーンは、あの日のように、赤い光を地上に向かって撃ち出す。戦場にいた全ての者の動きが一瞬止まり、視線が超高速で迫り来る光へ集中した。
最中、ただ一人の例外が目を見開く。開眼した両の瞳が藍に輝く。
「待ってた!」
その輝きは時間を止めた。