断章・魔女
文字数 2,555文字
『彼女は帰って来たじゃない! なら、アイツだって必ず戻る!』
『は? お見合い? アタシは既婚者だってえの! ブッ殺すわよ!』
『嫌!! 絶対に諦めない!!』
『なんでそんなこと言うのよ、マーカス! 母さんまで!!』
『いったい、いつまで待てばいいの……教えてよ』
『入れ違い? どうして……どうしてそうなるの? なんで、アイツは──』
『へえ、あの馬鹿、そんなことしてたんだ。まったく、どこへ行っても、お人好し』
『いらっしゃい……相変わらず、若いわね。私にも、その力があれば……いいえ、ごめんなさい。忘れてちょうだい……』
『あら、久しぶり。この姿? お察しの通りよ。これで、あの馬鹿がいつ帰って来たって平気でしょ』
『
『あの子、ほんと
『そりゃたしかに子も孫もいないけど、みんな慕ってくれてるし、そんなに寂しくないわ。だから、そんなに心配しなくても大丈夫だって。アンタの方こそ、そろそろ六〇〇歳なんでしょ? なのに十分元気じゃないの。良いお手本があって助かってる』
『諦めるとか、諦めないとか、そんなこと考えなくなった。そりゃ若い頃は恨んだ時期もあったけど、でも、それでも好きなの。年喰って、出会いと別れを繰り返して、他の感情が萎えた代わりに、アイツに会いたい、一緒にいたいって想いばかりが大きくなっていくのよね。これって変?』
『……ありがとう。アンタには感謝し切れない。今までずっと支えてくれて、長い時間を私達のために費やしてくれて、本当にありがとう……
「──どういたしまして」
ホウキに腰かけ、空から二人の再会を見届けた月華は、ようやく見たかったものが見られたと満足感に包まれる。その姿は二〇代半ばにまで成長していた。
『お疲れ様です』
「ありがと」
背後には金髪のメイドが浮かんでいる。人ではないし実体も無い。レインボウ・ネットワークという異世界間を繋ぐ“道”の一部。接続者をサポートする目的で、とある人物により開発されたAI。
名前はレイン。五七〇年前、月華は彼女に導かれ、この世界までやって来た。
『長旅になりましたね』
「まったくよ……まさか、六百年近くも過ごすことになるなんてね」
故郷で生きた時間の六倍だ。ここまで時間がかかることは想定していなかった。先達に千年以上生きた魔女がいたが、改めて彼女の偉大さを痛感する。
まあ、自分も大概だが。ここへ来た時は老婆で、あの戦いの時は一歳にまで戻り、今は全盛期の肉体。年齢の乱高下が過ぎる。波乱万丈とはこのことだ。
「ま、仕方ないか」
魂には重力がある。運命はその力に導かれる。大きな力を持つ者、深い領域へ達した者ほど重さを背負い、より過酷な運命を引き寄せてしまう。それはあらゆる宇宙で共通するルール。
眼下の二人を再び見つめた。彼等にも、いずれまた辛い戦いの日々が訪れるのかもしれない。けれど、その日は遠い未来のことだろう。そうであってほしい。
「大変だったんだもの……今は、ゆっくり休みなさい。お互いを愛し、傷付いた心を癒し、その手で生み出した平和を享受するの」
そうして積み重ねた楽しい思い出があれば、長く辛い人生も、まあ悪くなくなる。
ああ、それにしても本当に幸せそうだ。良かった。彼女が報われて、本当に良かった。
涙がぽつりと、手の甲に落ちた。
「師匠……」
彼女には二人の師がいた。その片方は、育て親とも言える存在だった。より正確に言うなら姉弟子が母で、師は祖母のような存在。
実母を失い、彷徨っていたところを拾ってくれた。世間では悪評高い人物だったけれど、傷付いた自分には優しかった。
月華という名は、そんな師の名前を少し変えただけ。
気付いてくれるかもという淡い期待があった。
でも、やはり生まれ変わったら記憶はリセットされる。結局、彼女が以前の人生を思い出すことはなかった。
構わない。だとしても、この結末を見届けられたから十分だ。
あの人は、容姿に恵まれず、愛されないことを嘆いていた。
だから生まれ変わる時に願った。世界の存亡をかけた戦いで大きな功績を挙げ、転生を司る女神に望みはないかと問われたのだ。
愛されたい、と。
もっとも、チャンスを与えられたのは自分の師でなく、その同位体。つまり並行世界の同一人物。師よりも、さらに数百倍は根性が捻じ曲がった性格だったそうな。
そして、その女神に会いに行った時、教えられた。
『界球器間を跨いだ転生の場合、同位体の魂は全て一つに統合されます。つまり、貴女の師も私の世界の彼女と一緒に生まれ変わっているでしょう』
話を聞いて以来、ずっと想いが燻っていた。もう一度会いたい。師に会って話がしたい。お礼を言いたい。感謝を伝えたい。私は貴女のおかげで、幸せになれました。
「
手の平で涙を拭い、呼びかける。あの場にいるのは、もう自分の師ではない。けれども、その生まれ変わり。
そして戦友。
「何かあったら、すぐに呼んで。必ず駆け付ける。貴女達以外にも、この世界では数多の素晴らしい出会いがあったもの。子孫達だっているしね。
私はヒナゲシ。魂を司る女神の欠片。強く呼びかけてくれれば、どんな場所にいたって声は届く」
『それでは、次はどちらへ参りましょう?』
「故郷へ。たまには、向こうの子孫達にも顔を見せてあげないと」
『わかりました。では界球器間跳躍シーケンスを開始します。履歴を参照。目標界球器の座標特定。内部並行世界座標も捕捉。跳躍先として設定。生体跳躍演算開始』
カウントダウンが始まる。大事な者達には一応、挨拶を済ませておいた。月華は、いやヒナゲシは再会を願いつつ、もう一度だけ別れを告げる。
「さようなら、またね。彼女の受け売りだけれど──魂は、いつか必ず巡り合う。だから絶対会えるわよ」
悲しむ必要は無い。別れても、必ずどこかで再会できる。
あの二人のように、諦めなければ絶対に。
強い想いは強い力となる。
そして力は、魂の重力は、運命を引き寄せてくれる。
(人竜千季・完)