過去編【ドロシー・オズボーン】

文字数 5,860文字

 星ばかり眺める父親に飽きて、母は家から出て行った。
 母がいなくなってからようやく、彼は娘に興味を持った。むしろ、人生で唯一愛した人を喪った寂しさを紛らわすように彼女を溺愛した。多分それは本当の愛では無かったのだろうけれど。

 ドロシーが一二歳の時、父は再婚した。相手は近所のシングルマザーで、彼女の娘がドロシーの友達だった。娘同士の仲が良いし、彼女もドロシーを気に入ってくれているという理由で結婚を決めたらしい。
 義母は悪い人では無かった。むしろ優しすぎた。彼女が父を選んだ理由はドロシーに同情したからだ。その頃にはまた、彼は娘に対する興味を失い始めていたから。
 思いがけず姉妹になってしまったことで友達とはギクシャクした関係に。十五になり、ジュニアハイスクールを卒業した後は滅多に口も利かなかった。嫌いになったわけではないのだが、好きな気持ちが萎えてしまった。

 何年か前から、高校はごく一部の若者だけが入学を許される場所になっていた。地球に迫りつつある彗星“ドロシー”の脅威に立ち向かうため、世界中で地下都市の建設が急ピッチで進められていたから。高校より先に進めるのは一部の天才児か、自分のようなコネのある人間だけ。
 父が発見して、当時生まれたばかりだった自分と同じ名前が付けられた星。それが人類を滅ぼすかもしれない。その事実を突き付けられる度、肩身の狭い気持ちになる。何も悪いことなんかしていないはずなのに皆から責められているような、そんな錯覚に陥ってしまう。
 だから本当なら働きたかったのだけれど、父が勝手に偉い人達に頼んで娘二人の進学を決めていた。そうすることが父親の責任だとでも思ったのだろうか?

 高校は頭の良い人間ばかりだった。それはそうだ、そうでなければ進学できない。
 例外的にそうでないドロシーと義妹は、当然のように目を付けられた。この時代の貴重な落ちこぼれだ、しかたがない。せっかくの優秀な頭脳をくだらないことばかりに費やして、彼等は彼女達をイジメ続けた。
 彼等が仕掛けてきた最も陰湿な手口は、ドロシーが密かに憧れていた男の子に嘘の告白をさせて、彼女が幸せな気持ちになった瞬間にネタバラシをするというものだ。それまで彼だけが彼女に優しくしてくれた。そういう態度も、励ましてくれた言葉も、全てが嘘だったのだとわかった瞬間に熱い気持ちが急速に冷えていって、そして理解した。

 ああ、ママもきっと、こんな気持ちで父を見限ったのだな……と。

 ドロシーは学校に行くのをやめた。彼等に屈したからではなく、意味を見出せなくなったからだ。くだらない人間しかいない世界そのものに興味を失ってしまった。学生でなくなったのなら働かなければいけないのだが、今度もまた父のコネを活用して引きこもりになった。
 義妹は逆に、学校に残ってイジメに立ち向かうようになった。彼等に“敗北”した姉の仇を取ろうと息巻いていた。こいつは強い奴だなあと感心したものである。
 暇で暇でしかたなく、暇潰しになるものを探していたら、その義妹に薦められてジャパニーズコミックにハマッた。それまではナードくさいからと敬遠していたのだが、読んでみたらとんでもなく面白かった。
 だが、面白い作品を貪るように読み漁っていた彼女は、またしても辛い現実に直面する。他人が聞いたら今までのあれこれに比べて軽い不幸だと思うかもしれないが、彼女にとっては今までで一番辛い現実だった。

「このコミック、もう続きが読めないの!?

 漫画家の多くも日本の建設現場で働いているらしく、大好きなコミックの多くが何年も連載を中断している状態だった。それを知った彼女は悩みに悩み抜いた末、一つの結論を出す。

「パパ! 私、日本に行きたい!」



 二年後、彼女達家族は日本に辿り着いた。世界中がゴタゴタしている状況だったので移住の許可が降りるまで随分と長い時間を要してしまったのだ。
 彼女のワガママな願いを叶えるために両親はかなり頑張ってくれた。義妹とはコミックの話題で再びよく話すようになった。思えば、日本へ行くことを決めてからの数年間こそ彼女達家族が最も幸せに過ごした時だったのかもしれない。
 日本にいれば、彗星の衝突で地下に閉じ込められても、ネットワークが寸断されてしまったとしても大好きな作品の続きを読むことができる。だからもう何があっても大丈夫。日本の技術は凄いから、この地下都市だってビクともしないだろう。
 そんな風に思っていた。



 そして、さらに二年後──ついにその日がやって来た。
 彗星は地球に衝突しなかった。直前で軌道を変え、月の裏側に落下し、より深刻な事態を引き起こした。銀色の霧が地球に降り注ぎ、その霧から生まれた巨大な怪物や人類の想像を超える大災害が発生。世界中の都市が蹂躙された。
 二年間暮らした地下都市が、どこからか湧いた大量の水に飲み込まれて没した。背後から迫って来る濁流に怯え、何が起きているのかわからないまま必死に逃げた彼女は、まだ稼働していた大型エレベーターに乗って多くの日本人達と共に地上へ逃れた。
 一緒にいたのは義妹だけ。両親はエレベーターの入口ではぐれた。子供達を先に乗せたせいでスペースが無くなっのだ。扉が閉まる直前に水はすぐ目の前まで迫っていた。だからもう、あの二人はいない。二度と会えない。
 しかし、ひょっとしたら地下で家族揃って水没していた方が幸せだったのかもれしれない。地上に逃れた彼女達を待っていたのは、さらなる絶望だった。
「な、なによあれ!?
 義妹が見つめる方角に想像を絶するものがいた。高層ビル群に巨大なドラゴンだ。それが火球を吐き出し、周囲を火の海に変えていく。さながら怪獣映画のような光景。
「あ、ああ……ああ……」
「に、逃げよう! 逃げようドロシー!」
 妹が手を引いて、二人は走り出す。

 だが怪物は一体だけではなかった。
 次々に現れ、同じように逃げまどう人々に襲いかかる。
 人間より大きなカマキリに捕まる者。
 ドロドロの粘液にまとわりつかれ、皮膚を溶かされ絶叫する少女。
 突然ビルとビルの間から炎が噴き出したかと思えば、一ブロック先では何もかもが凍り付いていた。

「なんなの、どうなってるのよ!?
「わかんないよ!」
 ──この会話を、後にドロシーは深く後悔することになる。
 直後、背後で強い輝きが生じた。足を止めて振り返った二人の目に、天を貫く光の柱が映る。
 その根本で光が膨張し、大量の瓦礫や人間を空中に舞い上げ始めた。

 あ、死ぬんだ。

 抗い様の無い圧倒的な災いを目にした時、人は自然と死を受け入れられる。
 だが、運は彼女に味方した。あるいは、より悲しい現実を突き付けた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?
 転がって来たトレーラーや巨大な瓦礫が偶然ぶつかり合い、彼女の前で盾となった。それでも凄まじい衝撃が襲いかかったが、逆方向に走ってある程度の距離を稼いでいたことが幸いし、どうにか彼女は生き延びた。

 ──しばらくして、ようやく轟音が収まる。

「……い、生きてる? やった、まだ生きてるよウェンディ! 私達、助かっ……ウェンディ?」
 義妹はそこにいた。
 一部分だけ。
 彼女と手を握り合った左腕だけが残っていた。
 それ以外の部分は千切れ飛び、どこかへ消えてしまっていた。



「……」
 いつの間にかあの赤いドラゴンは消えていた。けれど、建物が破壊される音や悲鳴はまだ時々聴こえて来る。ドロシーは震えながら膝を抱え、小さなビルの片隅で眠れぬ一夜を過ごした。
 翌朝、静かになったのを確かめて外へ出ると、同じように運良く助かった人々が集まり、自然と列を作った。一〇〇〇万人近い人間が住んでいた都市だ。あれだけの災害に見舞われてもまだかなりの数が生き残っていた。
 ドロシーは虚ろな表情でその中に混じり、歩いて行く。
(どこへ行くんだろう……)
 他の被災者達の話では、北へ向かうようだ。他の都市は無事かもしれない。だから東京を脱出するのだと話し声が聞こえた。
 しかし、やがて彼等は気付いた。ドロシーも俯かせていた顔を上げ、呟く。
「ふざけんなよ……」
 ずっと薄暗いとは思っていたが、空が曇っているせいではなかった。東京全域を取り巻くように巨大な壁が出来上がっているのだ。瓦礫や土砂を巻き込みながら激しく回転する気流の壁。
『あんなの抜けられないぞ……』
『どうする?』
『地下鉄を通って向こう側まで行けないか……』
 人々が相談しあう中、ドロシーは列を離れ、彼等を眺められる場所で座り込んだ。なんだかもう、全てどうでもよくなっていた。
 いや、一つだけ心残りがある。
(コミックの続き……読みたかったな……)
 きっと好きな作家さん達もほとんど死んでしまっただろう。もう永遠に続きを読めない作品が大半になってしまったに違いない。ああ、物語の結末を知りたかった。この願いが叶わないなら、こんな世界で生きていてもしかたない。
 ハァ、とため息をついた時、悲鳴が上がった。人々が彼方を指差している。

「あ……」

 彼等の視線の先を見た瞬間、得体の知れない感動が湧き上がった。あれだ、昨夜見たあの赤いドラゴンが再び立ち上がっている。銀色の光に飲み込まれて消滅したと思った巨大な幻想が再び目と鼻の先に出現する。
『に、逃げ──ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!?
 何が起きたのか、走り出そうとした男の一人が突然燃え上がり、全身を炎で包まれた。彼だけではなく、他の人間にも同じような現象が伝播していく。
(人体発火!?
 いや、違う。発火だけではない。凍結する者も、異形化する者達もいた。まるで昨夜の災いの全てが同時に“再現”され始めたかのような異様な光景。
 その中の一人が体からスパークを放ち始めた。彼自身にも何が起きているかわからず制御できないらしい。
 最悪なことに、その電流が近くに落ちていた貯水タンクに触れた。次の瞬間──

「ジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイッ!!

 巨大なカメレオンに虫の羽を生やしたような生物がタンクの中から現れ、人々を襲い始めた。
「う、うわああああああああああああああああっ!!
 自衛官なのか、それとも彼等の武器を拾ったのか、銃火器を持っていた数人がそれを使った。しかし弾丸は全て怪物の硬い表皮に弾かれ、全くダメージを与えられない。
「は、はは……」
 笑えて来る。本当に、次から次になんなんだこれは? それこそコミックじゃないか。彗星のせい? 自分と同じ名前を持つ、あの彗星のせいでこうなったの?
 恐怖と絶望で立ち上がることすらできない。周りの獲物をあらかた食い尽くした怪物は、怯えた表情の彼女を見つけて猛然と迫って来た。あの巨体を維持するためには、そりゃ大量の餌が必要だろう。溺死と爆死と怪物の餌。自分達家族の中で、どれが一番幸せな死に方か? そんなことを思いつつ涙を流す。
 すると──


 眼前を、銀の光が駆け抜けた。


「……え?」
『大丈夫ですか!?
 日本人の少年だ。銀色の光で全身を包み、ドロシーに迫っていた怪物を殴り飛ばしてしまった。素手で。
『な、なんだあの子っ』
『化け物を倒した!?
『い、いや、まだ倒せてないぞ!』
 地面を転がった怪物が起き上がり、少年を睨みつける。ひしゃげていた頭が見る間に元の形へ戻って行った。銃弾を弾く防御力に加えて凄まじい回復能力まで有しているらしい。
 カメレオンに似た見た目の通り、長い舌を伸ばして少年を絡め取ろうとする怪物。
 だが、逆に少年の右手がその舌を掴んで引き寄せた。
『オォッ!!
 引っ張って強引に距離を縮めた相手に再び拳を叩き付ける。舌が千切れ、怪物は吹っ飛んだ。なのに、また回復してしまう。千切れた舌まであっという間に元に戻った。
「ジィッ!!
 マトモにやり合っては不利と悟った怪物は虫羽で空中へ飛び上がった。いや、むしろ逃げた。勝てない相手と戦っても意味は無いと判断したのだろう。
 だが、甘かった。
 背中を向けて飛び去ろうとしたその背後に、少年が一瞬で肉薄する。全身から銀色の光を噴射することで飛翔したのだ。
『逃がさない!』
 少年の瞳には激しい憎悪が宿っていた。その理由なんて訊かなくても察せられる。彼もこの災害で何かを喪ったのだろう。彼の怒りと悲しみが実体化したかのように、拳に銀色の光が集まる。周囲からも膨大な量が吸い寄せられ、渦を巻いて集束する。

『うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!

 突き出した拳からエネルギーが解放された。二重の螺旋を描き、光の柱が横一文字に空を貫く。
 その光は東京を覆った気流の壁までも穿ち、その一部を消し飛ばした。

「なんて……大きな“渦”(ボルテックス)……」
 瞬間、ドロシーは知った。義妹の命を奪ったあの爆発は目の前の少年によって引き起こされたものだったのだと。
 しかし不思議と怒りは湧いてこなかった。むしろ──

 彼女はもう一つ知った。
 自覚した。
 あの赤いドラゴンが立ち上がる姿を見て、自分が何を感じたのか。何を願ったのか。

『今なら抜けられます! 皆、急いで!!
 少年がそう叫ぶと、混乱の坩堝に陥っていた人々が正気に返る。
『そ、そうだ! 今なら逃げられる!』
『行こう、さあ、立って!』
 人々は手に手を取り、助け合いながら走り出した。
 そんな中、少年はまだ座ったままのドロシーを見つけ、近付いて来る。
『早く、逃げないと!』
 そう言って右手を差し出して来た彼を見上げ、ドロシーは笑った。
「ついて行く」
『え?』
「あなたについて行くわ。だから見せて──あなたの、私の知らないあなただけの物語を」
『す、ストーリー? ソ、ソーリー。アイキャントスピークイングリッシュ』
「喋ってるじゃない」
 クスクス笑いながら、少年の手を取って立ち上がる彼女。
 彼に手を引かれて走り出す。
 一瞬だけ振り返ると、あの赤いドラゴンがこちらを見つめていた。
 奇妙な親近感を覚える。
 あなたも彼に興味があるの?
 でも、駄目よ──

『彼は私のもの。絶対、誰にも渡さないわ』

 ドロシーは見つけ出した。この絶望的な世界で最も安全な場所と、最も刺激的な物語を。彼の傍らに。
 彼の名は伊東(いとう) (あさひ)。それが後に北日本王国の初代王になる少年と王妃の出会いだった。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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