九章・真実(1)

文字数 6,785文字

「やあ父さん、その様子じゃ、結局僕のしていることには気が付かなかったようだね」
「何を……何を言っている開明(かいめい)? どうしてお前が、ここに……」
「どうしてだって? それは僕が訊きたいよ」
 少年は小首を傾げ、実の父親に対して今まで一度も見せたことの無い表情を向けた。それを見た全ての人間が背筋に寒気を覚えるほどの酷薄な笑み。
「ねえ父さん? どうして、母さんを殺したりしたんだい?」


 ──三年前、開明は母の遺品を整理していた時、彼女が大切にしていた小箱の中に一枚の手紙を見つけた。それは彼が幼い頃に作って誕生日祝いに贈った小物入れ。母と自分の大切な思い出の品。
 母は父に見つからないよう、そして息子がその手紙を見つけ出してくれるようにと祈りながら思い出の小箱に告発文を隠したのだ。
 その手紙には父・剣照(けんしょう)が企てている計画の内容と唾棄すべき犯行の真実が記されていた。断片的な情報ばかりではあったが、最も近くにいた母は、それだけで父がしていることを悟ってしまったのだ。
「母さんは、父さんが裏で何をしているのかを偶然知り、告発しようとした。だから父さんに殺された、口封じのために──そうだろう?」
「そ、それは……」
「どうしたんだい父さん? さっきまであんなに饒舌だったじゃないか。外から聞かせてもらったよ、この先の展望も、朱璃達に何をしようとしたのかも、そして僕に対する評価も全て」
「う……ぐっ」
 剣照にはわからなかった。出来損ないの愚息だと思っていた少年に何故か気圧されている理由が。妻を、そしてこの息子の母を手にかけてしまったという負い目があるにせよ、なお不可解に思えるほどの凄味を我が子に感じる。
「母さんはきっと、女王陛下か緋意子おばさんに頼ろうとしたんだろう。でもそれに気付いたあなたは、おそらく二人のうちどちらかの名前を騙って母さんを呼び出し、その手にかけたんだ」
 そうでもなければ、辻斬り騒ぎで誰もが夜間の外出を控えていたあの時期に、聡明な母が一人で屋敷の外へ出かけたりするはずがない。
 開明は瞳はここへ来てからずっと父を見据えている。一瞬たりとも目を離したりはしない。卑劣な手段で己の妻を罠にかけ殺めた男。それが自分の父なのだから。
 彼はこの時のために、母の無念を晴らす瞬間のために三年の時を費やした。
「ま、待って下さい開明殿下! たしか、殿下のお母上は──」
「ああ、そうだよ高橋議員。母は“人斬り燕”に殺された。本物のあいつに」
 あいつ、と言いながら見据える先にはやはり剣照がいた。
「父さん、あなたはテストがしたかったんだろう? 知ってるよ、父さんが南に協力する見返りとして“霊術”を教わったことは。その威力を確かめたかったんだろう? でも南と結託していることは明かせない。だから辻斬りなんて方法で実験を始めたんだ。朱璃の開発する兵器だけではまだ“竜”に対抗するには不足かもしれないしね。予備のプランが欲しかった」

 つまり三年前の連続殺人、その真犯人は自分の父だと告発している。
 真実を知った者達は息を呑んだ。裏切った兵士達にまで動揺が走る。彼等もこれは知らなかったのだろう。

「で、では先程の人斬り燕は……?」
「偽者だ。南から送り込まれていた潜入工作員の弱みを握り、脅迫して身代わりに仕立て上げたんだよ。この子を人質にしてね」
 開明がそう言って投げつけた写真を拾い上げる議員達。覗き込んだそれに写っているのは椅子に縛りつけられ怯えた表情を浮かべる幼い少女。
 利用された工作員の娘か、妹か、いずれにせよ命を懸けるに値する大切な存在だったことは想像に難くない。
「こんな幼子を人質に取って……」
「剣照閣下、あなたという人は!」
「黙れ!」
 一喝と同時に兵士の一人から銃を奪い、発砲する剣照。それは開明の足下に着弾して床石を浅く削った。
 なのに、それでも開明は怯まない。
 剣照は顔に苦渋の色を滲ませつつ問いかける。
「お前がその写真を持っているということは……」
「うん、人質は救出した。その場にいた反体制派の連中も逮捕したよ」
「どこに……お前の指示に従う戦力が……」
「私が供出した」
「私もです」
 剣照の疑問に答える神木(かみき)と女王。
「遠征調査に出向いていることにして待機させておいた調査官三〇名」
「そして、王室護衛隊の全兵力を貸し与えました」
「そういうこと。この結婚式のおかげで日時が、調査官達の偵察のおかげで目標の施設が絞り込めたからね、施設を襲撃する予定だった別動隊は待ち伏せを仕掛けて無力化させてもらった。もうあなたの味方はここにいる分だけだ」
「調査官に王室護衛隊……か」
 少数だが彼等は精兵だ。数の上ではこちらが有利だったはずだが、事前に綿密な下調べをした上で罠を仕掛けていたなら、覆すことは十分に可能だろう。
「ヘッ……オレらの協力も無駄にゃならなかったか」
 床に押し付けられながら笑うマーカス。朱璃達がアサヒに特訓を施している間、彼は神木の命令で剣照一派の狙いがどこかを絞り込むために動いていた。まさか作戦を主導しているのが開明だとは思わなかったが。
「なるほど、ならば奴も……」
 朱璃が偽の人斬り燕を“ブ男”と言った理由を悟る。あの女、南日本の潜入工作員カトリーヌも最初からこちらに寝返ってなどいなかったということだ。おそらくマーカスに殴られて壁をぶち抜いたあの瞬間、用意してあった別人の死体と入れ替わったのだろう。対策局や王室護衛隊が協力していたなら、こちらの目を欺いて逃亡することもそう難しくない。
 自分達は女王一派の掌の上で踊らされていた。それを知り、敗北を理解した剣照は気力を失ってしまい、膝から崩れ落ちる。
「全て……全て、こうなる前から知っていたのか……」
「僕が伝えたからね」
 父の野望を挫いた開明は、ようやく視線を外し、苦い顔で俯く。

 ずっとこの時を待っていた。
 復讐の時を。
 最愛の母を殺した男が、己が夢を叶えたと思った歓喜の瞬間、その幸せの絶頂から転落する様を間近で見ようと思った。
 でも、ようやくその願いが叶ったのに気分は一向に良くならない。
 母の仇を取るために、自分の父を罠にかけたのだから。
 結局、どう転んでも気が晴れるわけなんて無かった。

 一息ついた後、顔を上げ、状況を再確認する。まだ父に対する忠誠心が残っているのか、それとも夢を諦め切れないのか、兵士達は銃口を下げようとしない。そんな彼等の顔を一つずつ見回し、語りかける。
「すでに勝敗は決した。君達も降伏するなら今のうちだ。今ならまだ、傷は浅くて済む」
 クーデターに加担した罪は重く、本人が許されることは絶対にありえないだろう。それでも、ここで白旗を上げれば家族だけなら助かるかもしれない。もちろん取り調べを受けた上で計画に一切加担していないとわかればの話だが、本当に無関係なら許してもらえるよう女王に頼み込むつもりだ。引き換えに罰を受けろと言われたっていい。自分もまた首謀者の息子なのだから。
「う……く……」
「くそ……」
 彼等としても一世一代の賭けだった。当然、負けたことを容易には認められず、互いの顔を見合わせながら迷う。
「……開……明」
「アサヒ、もう少しだけ頑張ってくれ。これが終わったら、すぐに君を地上へ搬送する」
 床に倒れたまま苦しみ続けるアサヒの姿を見て、開明も内心では焦っていた。父の最大の罪は彼に電撃を当てたことかもしれない。もしも彼の中の魔素が暴発したら秋田は終わりだ。他に無力化できる方法が無かったのだとしても危険な賭けに過ぎる。
(それだけ父さんも必死だったということか)
 だが自分達が勝った。もうおしまいだ。開明はもう一度降伏を勧めようとする。すでに外の兵士達は対策局と王室護衛隊が制圧済み。間も無く彼等はチャペルの中へも突入して来るだろう。そうしたらここで銃撃戦になるかもしれない。だからその前に銃を手放して欲しい。
 説得のための言葉を頭の中で練り込んだ彼は、しかし次の瞬間、それを忘れて叫んだ。
「朱璃!」

 ──父が、振り向きざま朱璃に銃口を向ける。

「開明ッ! お前が王となれ!!
 そう叫びながら躊躇無く引き金を引く剣照。朱璃が、そして周囲にいた兵士や調査官達が一斉に彼女の前に障壁を展開する。重なり合い、偶然にも花のような美しい造形を作り出す無数の盾。
 だが距離が近すぎた。一発だけ彼等が反応するよりも速くその空間を通過し、朱璃の左胸に命中する。そして背中から真っ赤な血の花が咲いた。純白のドレスが見る間に同じ色で染まっていく。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?
 マーカスの悲痛な叫びがチャペル中に響いたのと同時、雷鳴のような轟音が彼等の間近で発生した。
「な、なんだ!?
「ひッ」
 人々の目の前で、それまで苦痛に喘ぐばかりだったアサヒが立ち上がる。瞳が金色に輝き、口の端からその内心の怒りを示すような真っ赤な炎が漏れ出した。皮膚の表面で電光が幾度も弾け、髪が逆立ち、全身の筋肉が軋みながら膨張していく。
「ア……アカ、リ……よく、モ……」
 服越しでもわかるほど心臓が激しく光り輝き、明滅する。暴走しかけていた魔素が彼の強烈な怒りに呼応して“再現”をやめ、強烈な感情の支配下に降った。
 だが、それは危険が去ったことを意味していない。より大きな爆弾の導火線に着火してしまっただけ。周囲の魔素も渦を巻いてその肉体に吸い込まれていく。もはやいつ地下都市そのものを消し去るような爆発が起きてもおかしくない。

 いや、北日本全域が消滅するかもしれない。

「アサヒ殿、落ち着きなさい!」
「アサヒ!」
「ば、化け物め……!」
 やっと剣照も悟った。あれは人間に御せる代物ではない。倒すことも不可能。本気になったら自分達では傷一つ付けられず、火に油を注ぐだけで終わる。
 ならば──
「陛下、お覚悟!」
 せめて一人でも多くこの手で道連れにする。弾切れになった銃を捨て、女王から奪ったサーベルを手に本来の所有者へ刃を向ける。全身が青白く輝き、通常ではありえない速度を彼に与えた。
「霊術!?
「陛下!!
 最早勝機は無しと悟ったからか、それとも一度は王に忠誠を誓った者としての矜持が残っていたか、剣照の前に立ちはだかる兵士達。そんな彼等を容赦無く切り捨てて前進する悪鬼。光に包まれた刃が魔素障壁ごと骨肉を斬り裂いて命を奪う。
「おやめください閣下!」
 堪らず兵士の一人が発砲した。ところが剣照は人斬り燕と同じように宙に舞い上がってその攻撃を躱すと、ついに女王の前に降り立つ。そう、開明が言った通り、彼こそが真の人斬り燕なのだ。
 それでも女王は怯まなかった。倒れた兵士から奪ったのだろう、いつの間にか後ろ手にナイフを持っていた彼女は素早く手首の拘束を解くと、今度は銃を拾い上げて剣照の眉間へ狙いを定める。
 だが、その引き金を引く直前、間に割り込んで来た存在に気付いて躊躇してしまった。

 サーベルが振り抜かれる。
 その一撃は、自らを盾とした開明の右腕と顔を切り裂いた。

「あう、っ……」
「か、開明……そんな……」
 倒れ込んだ息子の姿を見て、とうとう戦意を失う剣照。その全身を包んでいた青白い光も消失した。
 そんな甥っ子を見下ろし、女王は再び銃を構える。
「……剣照」
「殺してください叔母上……私は、もう……」
「……カイ、明……」
 涙を流し、ただの父親に戻った彼と傷付き倒れた開明を見て、アサヒの中の怒りも霧散する。全身から力が抜けた彼は、それでもよろめきながら前に進み、朱璃の傍らに倒れ込んだ。
「朱璃……誰か、朱璃を……」
「あたしが処置する! まだ死ぬんじゃないよ、班長! おい、誰かあたしの手を解きな!」
 呼びかけられ、生き残った兵士の一人が門司の拘束を解いた。解放された彼女は即座に朱璃に対し応急処置を始める。
 兵士達は武器を捨て、他の面々の拘束も解いていく。完全に降伏したらしい。調査官達や剣照一派に属さない兵士が代わりに銃を拾って彼等に向けると、抵抗せず黙って頭の後ろに両手を当て、床に腹ばいになった。
「その者達を見張っていなさい」
「はい、陛下」
「では剣照、お別れです」
 彼等が治療の妨げにならないことを確認し、改めて甥の処刑を実行しようとする女王。
 しかし、またしても開明が二人の間へ割り込んだ。
「ま、待って……」
 肘から先の無くなった右腕を支えに、懸命に体を起こし、まだ残っている左腕を女王の前に突き出す。助命の嘆願ではない。その逆。
「僕に……撃たせてください」
 顔を斜めに切り裂かれ、左目は失明している。その左目から赤い涙を、右目から透明な涙を流して訴えた又甥に、女王は逡巡の後、銃を渡した。
「一発で決めなさい」
「ありがとう……ございます……」
 開明は銃口を父の額に押し当てた。こんな物を扱うのは生まれて初めてだし、利き手は失っている。でも、これなら絶対に外さない。
「……すまない、開明」
 父は謝罪した。今さらになって。
 息子は引き金を引く。その瞬間、父は嬉しそうに笑った。
「立派な姿だ」
「ッ!」
 その声が耳に届いた時には、もう父の頭の上半分が吹き飛んでいた。反動で腕が跳ね上がり、手が痺れ、銃を落とす。それが自分自身の罪から逃れようとした行為に思えて、きつく下唇を噛んだ。

 父は開明に王になることを望んだ。幼い頃は期待されていたのだ。あの頃の父の優しい笑顔を今でも鮮明に覚えている。
 けれど彼は重い責任を背負うことを嫌い、学問の道へ逃げた。

「だからきっと……これは僕のせいだ。僕が父さんにこんなことをさせてしまった。謝るのは……僕の方だ」
 独白した彼は、直後に意識を失って倒れる。血を流し過ぎた。
 すぐに女王が抱き止め、その場で応急処置を始める。
「誰か布を! 止血します!」
「朱璃! 朱璃ッ! 門司、どうにかしてくれ!」
「ああもう、わかってる! 集中させろ! 大の大人が喚くな!」
 怒鳴り散らす門司。その隣ではマーカスが今までにないほど狼狽し、何度も何度も亡き親友に対して謝罪を重ねる。
「すまねえ、すまねえ、すまねえ、良司(りょうじ)……」
 そこへ開明の読み通り王室護衛隊が雪崩れ込んで来た。剣照に加担した兵士達を拘束し、何人かは外で進路を確保するために再び駆け出して行く。
「おい、道を開けろ! 怪我人を病院へ運ぶ!」
「何が起きてるんですか!」
「誰かが怪我を!?
「どけ! 皆、どいてやれ!」 
 集まった数万の人々が左右に別れ、わずかながら道が出来た。応急処置を受けた朱璃と開明が護衛隊士達の手で運ばれ、狭い隙間を抜けて行く。まだ剣照一派の残党がどこかに残っているかもしれない。そのため二人には布がかけられていたが──
「朱璃……朱璃……!」
「アサヒ様、殿下は大丈夫です。お戻りを!」
「いやだ、俺も……行く。朱璃、死ぬな……朱璃……」
 アサヒが名を呼びながら前を行く担架を追いかけて行くせいで、誰が負傷者なのかはすぐに人々の知るところとなった。
「王太女殿下が……!?
「そんな、大丈夫なのか」
「もう一人も王族の方なのでは」
「お、おい、というかアレ……」
「そっくりだ。本当に初代王様に瓜二つ」
「あの方が“アサヒ”様……」
 ざわつく人々の狭間から抜け出したところで、ついにアサヒは力尽きる。
「朱、璃……」
 意識を失う直前まで、彼は懸命に手を伸ばし、朱璃の名を呼び続けていた。その姿は多くの人間の心に焼き付いた。
「アサヒ!? おい、どうした!」
 少し遅れて人波から抜け出した友之と小波が彼に駆け寄る。朱璃と開明は護衛隊によって病院へ運ばれて行った。
「やっぱり、まださっきのスタンガンのダメージが残ってるんだよ」
「クソッ、局長の読み通りか」
 彼等は神木からアサヒを地上まで搬送するよう指示され、追って来たのだ。まだ暴発の危険が完全に去ったわけではないらしい。
「しゃあない、行くぞ小波!」
「うん!」
 アサヒをおぶる友之。小波も頷いて並走する。
「私も同行します!」
 さっきまで姿の見当たらなかった大谷がやって来て二人の後に続いた。
 やがてチャペルの中から次々に兵士達が姿を現す。
「おい、王室護衛隊が陸軍の兵士を連行してくぞ」
「さっきの銃声はまさか」
「クーデター!? 剣照閣下が……?」
 ここに至ってようやく中で起きていたことを知った市民達は再び騒ぎ出した。連行される剣照一派に罵声が浴びせかけられ、逆にクーデターを支持する声も次々に上がった。それは彼等の間で新たな対立を生み出し、互いへの憎悪の言葉を飛び交わせる。この一件は今後も長く尾を引くことになるだろう。
 王室護衛隊は剣照や彼に斬殺された陸軍の兵士達の遺体と共に、南の工作員だと目されている“人斬り燕”の亡骸も回収。
 検分後、そのカルテには“男性”と明記された。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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