十章・特別(2)

文字数 4,732文字

 北日本の面々に地獄のような光景を見せてから、少し後──斬花は頼まれ、一人の客人と共に屋上へ上がった。
「ここなら、他の人間に話を聞かれる心配は無いでしょう」
「ありがとう……」
 頭を下げたのは(くるま) 小波。北日本から来た特異災害調査官。
 二人一緒に夜の屋上の中央まで移動する。
 頭上には巨大な亀裂。そして間から僅かに覗く細長い星空。周りが暗い分、さほど多いわけでもない星々の輝きが強調され、まるで天の川のような光景。
 空を見上げる少女に、しかし年上の調査官はなかなか話を切り出そうとしない。相談を持ちかけたのは向こうからだというのに。しかたなく、こちらから本題に入る。
「私に話したいこととは、なんでしょう?」
「……あの、さ」
 年下に促され、流石に自分でも情けないと思ったのか、ようやく口を開く小波。
「あたし……には、やっぱり霊術の才能は……無いのかな……?」
「あった方が良かったですか?」
 あの弟妹達の姿を見て、なおそう思えるなら、なかなか豪胆な性格かもしれないと冗談めかして考える。
 けれど小波の表情から、そういう話ではないことは察せられた。
 彼女は、きっと──

「うらやましいって……思ったんだ」

 申し訳なさそうに、そう言った。
「あたしには、なんの才能も無いから」
 小波は自身をそう評価している。何の取り柄も無い凡人。特異災害調査官になれたのは、ほんの少しだけ戦闘員向きのセンスがあって、体格にも恵まれていたから。それだけ。
 でも星海班に配属されてわかった。自分はあまりにも平凡だと。マーカスのように長く生き残ることは不可能だろう。亡き真司郎(しんじろう)などは、そんな彼よりもさらに上の存在だった。あの福島での戦いだって、自分は足を引っ張って、彼は他の全員の窮地を救った。とても、あんな風にはなれない。
 ウォールは誰より体格に恵まれているし、疑似魔法の扱いだって上手い。門司は高度な医療技術と知識を有しており、時折あの朱璃に相談を持ちかけられることさえある。
 カトリーヌは言わずもがなの超人。正体を隠していた時でさえそつなくなんでもこなす優秀な人だったが、まさか南日本でも指折りの術士だったとは。彼女が扮していたという二代目“人斬り燕”の強さはチャペルの戦いで実際に目の当たりにした。はっきり言って次元が違い過ぎて、今でもまだ何がどうなっていたのかよくわかっていない。
 そして何より、彼女には自分に無い“女”としての魅力もある。

「欲しかったんだ……せめて、一つくらい、特別なもの」

 今回の任務が終わったら、カトリーヌは大阪に残る。二度と会えないということは無いだろうが、滅多に顔を合わせることは無くなるだろう。
 チャンスだと、そう思ってしまった。彼女さえいなければ、あいつを振り向かせることができるかもしれないと。
 でも自信の無い小波は、さらに欲張った。勇気を振り絞るために、背中を押してくれる何かを。今までの自分には無かった“特別”を──

 そんなもの、無いとわかっていたのに。

「ひょっとしたらって、思ったんだ……ほんの少しでも霊術が使えたら、カトリーヌさんみたいになれるかもって……ごめん……何言ってんだ、あたし……」
 ずっと年下の少女の前で、みっともなく泣き出してしまった彼女は、必死に袖口で涙を拭う。けれど、こすってもこすっても止まらなかった。どんどん溢れ出してくる。
 そのうち嗚咽を上げてしまった。堪えても堪え切れない悔しさが喉の奥から漏れ出してしまう。
「ご、ごめっ……あ、あたし……」
 ああ、本当に情けない。大阪まで来て、いったい何をやってるんだろう?
 泣きじゃくる彼女の目の前まで斬花が歩み寄って来た。見上げて、少しの間だけ言葉に迷い、やがて離れる。
 見捨てられた。呆れられた。小波はそんな風に捉えたが、違った。
 少女は再び星を見上げ、過去を回想する。
「私も同じですよ」
「え?」
「何も特別なものを持たない落ちこぼれでした。少なくとも、ここでは」

 たしかに霊力はある。けれど斬花のそれは術士に求められる最低限の水準にしか達していなかった。
 だから戦闘員になることは期待されてなかった。あの毒薬による強化訓練で多少の向上が認められたとしても、前線に出て戦うことは無理だろうと。

「私は戦いたかったのに、です」
 あまりに才能に乏しいので、本当は術士にならなくても良いと言われた。でも、蒼黒のせいで死んだ家族の仇を取りたかった。彼女の母は術士で、立派に戦って死んだ。父は母の死を受け入れられず、まだ娘がいたのに絶望して命を絶った。
 だから母を奪われた怒りと、父の身勝手に対する怒りの両方が原動力となり、術士への道を選択した。
「私は空を飛べません。飛翔術を使うには霊力が弱すぎるからです」
 障壁も脆い。竜のような強力な敵との戦いではほとんど役に立たないレベルだ。
 挙句、毒薬による霊力の向上も起こらなかった。数年間、あの地獄を生き延びたことは幸いだったが。
「それでも諦められなかった……」
 必死に他の姉妹達に食らいつき、母や姉に教えを乞うて、弱い自分が、弱いままであの怪物達と戦える手段をがむしゃらに模索した。

 その執念が新たな“術”を生み出す。

「私の術……距離と障害物を無視して切り裂く技は、母様だけが使える“繰糸”という術を教わり、私なりにアレンジしてみたものです」
 そのままでは、とても自分には使いこなせない術だった。けれど自身の術士としての特性を探り、合わせて改良を施していくことで、やがて唯一無二の技に昇華できた。
「小波さん、私は、あなたが平凡だとは思えません」
「え……?」
「才能に恵まれていなかったとしても、それでもあなたはここにいます。あの王太女殿下に認められ、大阪を救うという任務に参加しているじゃありませんか。そんな人が自らを平凡と見下すなんて、あまりにも滑稽なお話です」

 才能がなんだ。生まれ持った手札だけで勝負できる人間なんて、元々この世には一人も存在していない。あの梅花(ばいか)姉様だって幼い頃は期待されていなかったと聞いた。

「私が新術を開発した時、母様に言われたんです。そこへ至るまでに歩んだ、足跡をこそ誇りなさいと」
「足跡……?」
「どんなに不格好でも、自分自身で情けなく思えても、それでも一歩一歩踏みしめて来た道程を誇るべき。母様はそう仰ったんです。だから私は堂々と“斬花”というこの名前を誇りますよ。
 ご存知ですか? 術士候補生は一人前になるまで虫の名前で呼ばれるんです。かつての私は“かいこ”でした。梅花姉様は“こおろぎ”だったそうです。成人して術士と認められた瞬間、母様から新しい名を与えられます。といっても、ほとんどはすでに亡くなった過去の姉様方から受け継ぐ名。
 けれど、この私は違います。斬花とは私だけのために新たに考えられた名。母様は私が私の足跡を誇るに相応しい“特別”を下さった。小波さん、貴女にも必ずあるはずですよ、そんな“特別”が」

 彼女は努力した。平凡だからこそ、誰よりも努力を重ねた。
 そうでなければ、今ここにいるはずがない。
 平凡であることを受け入れ、諦めてしまった人間が、あの新兵器DA一〇二の使い手に選ばれることなどありえない。

「誇ってください、自分の足跡を。車 小波という人間の歴史を」
「私の……歴史……」
 諭された直後、彼女の脳裏に浮かんだ記憶は──いつでも自分の前を走っていた少年の、その背中を追いかける光景だった。
「……うん」
 けっして格好のいい話ではない。自分が特異災害調査官を目指した動機は斬花のような立派なものじゃない。
 それでも、目標に向かって懸命に努力してきたことは、実際その通りだった。
 そんな自分を恥じることは、目の前の少女に対する侮辱だと思う。
「ごめん……いや、ありがとう……君に相談して良かった」
 彼女を相談相手に選んだ理由は、単に口が固そうだったから。それだけだ。霊力の有無を再確認できて、なおかつ話しやすく、そして他人に口外しないだろう人選。そんな消去法で選んだ相手だったのだが、思わぬ形で幸いした。
「どういたしまして」
 にっこり微笑む斬花。歳の割に落ち着いていて、態度だけ見ているとどちらが年上だかわからない。
 鼻を啜り、ようやく涙の止まった目を擦りつつ、小波はさっきの斬花と同じように星を見上げた。
 あの星々の輝きは、実際には遥か昔のものらしい。光の速さでも何年、何十年、何百年とかかる遠い場所。そこに想いを馳せると、自分達人間の悩みも、この地球という星の危機もちっぽけなことに思えて来る。
(でも、そうだよね……ちっぽけでも、あたし達だって必死に生きてるんだ)

 朱璃やアサヒのような“怪物”にはなれない。
 マーカスやカトリーヌのような“猛者”になれるかもわからない。
 だとしても自分を卑下すべきではないのだ。そんなことをしてたって、これまで歩んで来た道が変えられるわけじゃない。これから歩んで行く道を、まっすぐ見つめて進むべきなんだ。より良い未来へ辿り着くために。
 ずっと、何年も抱えて来た悩みが嘘のように吹っ切れた。少し前に知り合ったばかりの少女と、ほんの短い間、言葉を交わしただけのことで。
 本当、人生、何が幸いするかわからない。
 二人はそこでしばらく、無言のまま星を眺め続けた。必要以上の言葉はいらない。ただ、肩を並べて同じことをしているだけで年齢差を超えた友情が育まれて行く。そんな実感があったから。



 一方、屋上へ通じる扉の前では、一人の青年が頭を抱えていた。
「で、出らんねえ……あの雰囲気の中には出て行けねえ……」
「せっかく一世一代の決心をしたのにな」
 付き添いを頼まれ仕方なくついて来たマーカスも嘆息する。これは流石に延期せざるを得ない。つまり、また後日この馬鹿に付き合わされるということだ。
「んじゃ、そろそろ戻ってもいいスか?」
 監視役の烈花が親指を立て、階下を示す。実は彼女は、この男二人が何をしに来たのかいまいちわかってないのだが、それだけにいつまでもこんなところで出歯亀じみた真似をしていたくなかった。
「ごめん」
 諦めて立ち上がる青年──友之。
 まあ、またチャンスはある。そう思ってこの場を立ち去ったことを、彼は後日、大いに悔やむこととなる。



「──二八〇年」
 月華は星空に浮かび、月を背負って海を見下ろす。
 長い、とても長い道のりだった。
 けれども、ようやくここまで来た。この時まで辿り着いた。あと少しで終わる。旅路の終着点は、もう見えている。

 そんな彼女を狙うものがあった。

「──」
 声を出さず音も立てず、影で気付かれないように角度まで計算に入れて急降下をかける怪鳥。
 変異種ではない。上空の月に僅かにかかった黒い雲──雷雲の中で生じた生物型の記憶災害。
 だが、その巨大な鳥は月華から遥か手前の上空で砕け散った。
 童女姿のこの魔女は、全く意にも介さない。分類上は“竜”といえども、彼女にとってあの程度、脅威たりえない。

 とはいえ、蒼黒(そうこく)……あれは別。

「決戦前の前哨戦にしては、厄介な相手よね」
 決め手に欠ける状況が続き、放置せざるをえなかったとはいえ、予想を超える大物へと成長してしまった。現在のあれは本当に手に負えない。たとえ犠牲を省みず全力を出したとして、それでもなお勝てるかどうか。

「まあ、あの子達なら大丈夫でしょう」

 彼女は信じている。この星に生きる者達の可能性を。手ずから育てた子供達や、自分の庇護下にあらずとも北の地で生き延びて来た逞しい人々の強さを。
 そしてなにより、あの少年と少女が放つ輝きを。
 霊術、いや、魔法は信じることが大切なのだ。
 他の何よりも、ずっと。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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