十三章・信雷(1)

文字数 5,410文字

 もうアサヒの精神は限界だった。両手両足を引き千切られ、体内に侵入した幾千本の髪により神経を直接弄ばれている。数ヶ月ぶりに蘇った痛覚に与えられる刺激は、精神的に普通の少年でしかない彼にとって耐えがたいほど強烈だ。今や苦痛に喘ぐことも無く茫洋とした表情で涎を垂らしている。
 周囲を埋め尽くす髪と、その隙間から覗く無数の目は彼の様子をじっくり眺め、やがて完全に無力化できたと結論付けた。

 ──大人しくなった。
 ──可哀想な子や。
 ──迎え入れたってください。

 亡者達の声が囁き、視線が別の一点に集まる。
 すると髪が蠢き、何かを持ち上げた。青と紫の入り混じる不気味な光に包まれ、それは姿を現す。
 ドクロだ。人間の頭蓋骨。それが“蒼黒(そうこく)”という怪異の“核”だった。
 彼はアサヒに近付き、口を開く。声帯など無く、水中なのに、その声はやけにはっきり周囲に響き渡った。

「ついて来なさい。一緒に帰ろう……」

 優しい声。まるで我が子に語りかける父親のような、そんな声。ドクロを中心に海水の一部が銀色に発光して人の姿を形作る。
 それは、三十代くらいの若い警官。
 右手を差し伸べ、穏やかに笑む。
 そして、その顔を──

【舐めるな、人間】

 赤い腕が、鷲掴みにした。
「なっ!?
【やっと来てくれたな。待っていたぞ、この瞬間を】
 アサヒの失われた四肢の代わりにドラゴンの手足が生える。顔と胴も鱗に覆われ変形し、体内に侵入した髪を炎で焼き尽くした。全身から怒気と共に高熱を発し、海水を煮え滾らせて牙を剥く。
 そう、彼等は待っていた。蒼黒の核となっている何かが、自ら手の届く範囲へ近付いてくれる、その時を。
【もう逃がさん!】
 力づくで強引に突破することもできた。だが、万が一にも取り逃がせば、敵の体内とも言えるこの環境下で二度目のチャンスは訪れない。むしろこちらの力を知り警戒したこの敵は二度と姿を見せなくなってしまう。広大な海のどこかに潜み、じわじわ自分達の抵抗力を削ぐ方針へ切り替えただろう。
 敵には想像以上の力と知恵が備わっている。その事実を確認した時、ライオが提案した作戦がこれだった。あえて敵の懐に飛び込み、いたぶられて油断を誘う。必勝の機を待ち、一気に勝負を仕掛ける。
 当然、彼は躊躇しなかった。蒼黒の核を破壊すべく満身の力を込める。
 ところが──

(硬い!?

 たかが人間の骨が信じられない強度を誇っていた。砕くどころかヒビの一つも入らない。さらに不気味な蒼紫の輝きが膨張し、彼の指を強引にこじ開けようとする。
【させるか!】
 左手も使い、両の手の平を合わせ再び封じ込める。
 なのに、それでも押し返される。
【ぐ、ぬ……ううッ!?
 これは魔力だ。それも凄まじい量の。
【おのれ……貴様も“開門”しているのか!】
 おそらくこれも術士を取り込んだがゆえ。彼女達の知識を使い“門”を開いた。術には変換できず、単純に放出するだけのようだが、それでも量と出力は桁違い。魔力とは精神から湧き出ずるもの。数十万もの死者の思念が集合した蒼黒は、必然膨大な力を引き出すことが可能。
 さらに、しばし戸惑いたゆたっていた“髪”も再び絡み付いて来た。咄嗟に炎を吐いて蹴散らそうとするも、一瞬早く口を縛られ不発に終わってしまう。

「邪魔をしないでくれ」

 膨張する力に抗しきれず、僅かに開いた指の隙間から、拳銃が突き出された。躊躇無く発射される弾丸。それは無数の肉食魚と化し、ライオの全身に喰らいつく。
【ン……グ、ウッ!!
「私は帰るんだ」
 指の間から憎らし気に見上げて来る警官。その目が落ち窪み、ただの暗いウロと化して血の涙を流した。
「帰らなきゃならないんだ!」
 叫び、今度は口から大量の虫を吐き出す。虫共は髪に縛られ身動きが取れないライオの目や耳にまとわりつき、体内に侵入して肉を食い荒らした。やはりアサヒ同様、強制的に痛覚を蘇らされたドラゴンは苦痛に顔を歪める。
 すると彼の力が弱まった瞬間を見逃さず、さらに手の中で膨張する魔力の圧が高まった。こんなもの長く抑えつけてはいられない。本来の巨体に戻ったとしても無理だろう。

(やはり、お前の力が必要だ──アサヒ!)

 あの夢の中で互いに認め合った存在、戦友の魂に向かって呼びかける巨竜。けれど反応は無かった。敵を誘き出すための作戦だったが、やはりあまりに過酷すぎたのだ。完全に心を砕かれてしまったらしい。
 否、そんなはずがない。
 己が想像を否定する。

(お前はまだ生きている。そうだろうアサヒ、約束したはずだ!)

 自分とではなく、彼女と。
 瞬間、彼自身の意思とは関係無く、指先が僅かに震えた。
 呼びかけに応えたのか? 一瞬そう考えたが、やはり違う。
 少年の魂が反応したのは、彼の言葉にではなかった。
 遅れて、その気配を感知する。
(この魔力は!?
『アサヒ!』
 障壁越しにくぐもった声が響く。海中に響き渡ったそれが彼等の“心臓”を高鳴らせる。力強くリズムを刻み、鼓動を轟かせる。
 そうだ、ライオは笑った。実に愉快。髪に縛られ、塞がれた口の隙間から赤い光が漏れ出す。
(それでこそ、我が半身よ!)
 口の内部で火球を爆裂させ、絡み付いた髪を吹き飛ばし大笑する。
 同時に“心臓”が、いっそう眩い輝きを放った。
【やれ、アサヒ!】
『任せろ!』

 ライオの体が爆裂する。肉食魚と虫共を消し飛ばし、髪を押し退け、周囲に放射された高圧の魔素の輝きの中、少年が一人駆け抜ける。

『オオオオッ!!
!?
 ライオの腕も消し飛んでしまったが、代わりに彼の右手が亡霊の腹へ深く突き刺さった。そこにあった“核”のドクロを鷲掴み、渾身の力を込めるアサヒ。
 それでもやはり砕けない。あまりに硬すぎる。血涙を流し、口からも血を吐いた警官は震える手で拳銃を構え、銃口をアサヒの額に押し当てた。
 引き金が引かれ、発射される弾丸。それは虫でも魚でもなく“記憶”の結晶。

 ──始まりは崩界の日。彗星が月に衝突してから三二時間後、地上への帰還を望む一部の人々の声に負け、府知事は一時帰宅の許可を出した。
 彼は反対していた。けれど一介の巡査の意見で府の決定が覆るはずもない。彼等警官は一時帰宅する人々の護衛として同行し、地上へ上がった。
 それからさらに数時間後、あれが起こった。二〇五〇年七月十日一九時四九分。北東の方角に天まで届く光の柱が現れ、大阪には突如発生した大津波が押し寄せて来た。それがこの地で観測された最初の“記憶災害”である。
 彼は、大勢の人々と共に波に飲み込まれた。幸いにも水面に浮上して生き延びることができたものの、あっという間に大阪市全体を飲み込んだ激流は一転、引き波となって彼等を沖合へ連れ去った。
 板切れに掴まり、流されるまま、必死に手を伸ばす。体中に色々なものがぶつかり、傷ついて、それでもなお必死に脚を動かし続けた。
 戻りたかった。地下都市に残っている家族に、妻と娘に、また会いたかった。
 やがて波が収まり、疲労困憊した体でさらに懸命に泳いだ。その瞳には津波でダメージを受けた大阪の街が、さらに炎上していく姿が映った。炎の中にいくつもの巨大な異形の姿も見えた。

『絶対に帰る! 帰るからな!!

 妻と子に向かって呼びかける。自分が助けに行くから、そこで待っていてくれと。
 でも、大阪へ辿り着く前に彼の人生は終わった。ちょうど真下に洋上風力発電で作った電力を大阪へ送電するケーブルが走っていたのだ。その電力が怪物を生み出し、彼の願いを打ち砕いた。
 それでも、死してなお彼の想いだけは生き続けた。
 必ず帰る。家族の待つ大阪へ──

(そう、か……)
 脳に達した銃弾から流れ込んで来る、目の前の警官の記憶。彼がどうしてこうなったか、何を目的としているのかを瞬時に理解するアサヒ。
 彼は優しい人だった。困っている人間を放っておけなかった。そんな彼の魂に、同じく大阪への帰還を望む死者達が同調し寄り集まった。そうして蒼黒が生まれた。
 けれど、アサヒは手を離さない。
「はなせ、はなせ、はなせはなせはなせはなせえっ!!
 さらに何度も撃ち込まれる“記憶”の弾丸。崩界の日に犠牲となった人々の嘆き。あの地獄を生き延びたのに、蒼黒に飲み込まれてしまった人々の苦痛。怒り、悲しみ、一人の人間では到底抱えきれない感情の渦が無理矢理頭へ流し込まれる。
(まずい!)
 このままでは、今度こそアサヒの心は砕け散る。蒼黒の一部と化してしまう。ライオがそう危惧した、その瞬間だった。

 周囲を囲む“髪”の一部が盛り上がり、突き破って閃光が飛び出す。

『アサヒ!』
 再び響き渡る声。少女は何故かホウキに跨っていて、アサヒの姿を見つけるなり迷わず手を離し、慣性のまま海中を駆けて彼の背中にしがみつく。
 彼女には今ここで何が起きていたのかなど知りようがない。そして、それに一切興味も無かった。
 何も言わず、ただ黙って手を回し、力一杯抱きしめる。
 それだけで、想いは十分伝わった。

 ──帰るんだ。

 巨大な思念の渦に翻弄されていた少年の魂が、ようやくそこから抜け出すための光明を見出す。奇しくも蒼黒の核となった警官と同じ想い。
 目の前で輝く、誰よりも愛しい星に向かって手を伸ばした。
 その手を、差し伸べられた二つの腕が掴んで引っ張る。
 少女と巨竜が、彼を悪夢から救い出してくれた。
 警官の亡霊は狼狽する。
「な、何故……どうして同化しない? 同じなのに……我々と同じなのに!」
「あんたの気持ちは、よくわかる」
 朱璃(あかり)の障壁に包まれた彼は、眼前の怯える亡霊を睨みつけた。記憶を見たことで同情の念は湧いている。
 けれど、それ以上の怒りが込み上げていた。

「俺も帰りたい。母さんがいた頃に、朱璃達がいる場所に! みんな、そうだったんだよ。なのにあんたは殺した! 自分の願いの為に、たくさんの人を巻き込んだ! その人達にだって帰りたい場所が、大切な誰かの待つ場所があったのに!」

 ドクロを掴んだ手に魔素を集束させる。この距離では自分もただでは済まない。だから使わなかった最終手段。
 でも今なら信じられる。共にある二人のことを。
 朱璃とライオが、必ず守ってくれると。

「やめ、やめろ! 私は──」
「帰れよ! あんたを待ってる、家族のところへ!」

 苦し紛れに引き金を引く警官。しかし再び撃ち込まれた記憶の弾丸はアサヒの脳へ届く前に蒸発した。
 右手から放たれた光は頭蓋骨を砕き、こびりついていた妄念を剥き出しにする。警官の幻が消え、代わりに絶叫が上がった。

【あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?

 この輝きの源は魔素。接触したものの記憶を保存する物質がドクロに代わって男の思念を吸収し、閉じ込めた。アサヒの激しい怒りと共に。
 魔素の内部で両者の思念がぶつかり合う。一瞬収縮した光は、その短い時間に白と黒のどちらかへ何度も変色を繰り返す。
 だが、やがて白が勝った。そこから再び膨張が始まる。
「ッ!」
 アサヒは素早く後方へ退った。自らの攻撃で自滅すまいと魔素障壁を多重展開して身を護る。
 けれど、彼の怒りは魔素に込めた“破壊”のイメージを予想以上に強めた。福島のエレベーターシャフト内で放った時と同じように、またも彼自身の防御能力を大きく上回ってしまう。
 あの時は桜花に助けられた。そして、今ここに彼女はいない。
 それでも──

「力を貸して!」
 朱璃がアサヒの肩越しに右手を伸ばす。その手の平に、さっき手放したホウキが勝手に戻って来て吸い付いた。
 ホウキと朱璃の両者が青白い輝きを放つ。霊力の光。それが新たな障壁を展開して彼女と彼を包み込む。
 さらにアサヒの両腕が巨大化して赤き竜のものとなった。本来の彼そのもののサイズに膨れ上がったそれが、眼前で交差して二人を守る。
 光が爆発した。
 蒼黒の“髪”も巻き込まれ、海水と共に消し飛んでいく。
 天まで届く柱が現れ、アサヒ達はその輝きの中、寄り添いながら互いを護った。



「!」
 月華(げっか)は蒼黒の“核”が消滅したことに気付く。
 しかし、同時に誤算をも知った。
「まずい!」
 満身創痍の友軍。すでに数名の死者も出ている。蒼黒が送り込んで来た敵は未だ数多く残っており、闘志が尽きかけている彼等を見下ろしていた。
 だが、それはいい。追加が無ければ、ここまで力を温存してきた自分が一気にあれらを片付けて決着。そういう算段を付けていた。なのに──

 絶叫が上がる。いや、それは悲鳴ではなく、もっと混沌とした何か。

 頭上の結界を覆う海水がさらに黒く濁り、渦を巻いて暴れ出した。これまで核となっていた魂が失われたことにより瓦解する、わけではない。どうやら新たな核を決めるべく死者達による争いが始まったようだ。
 このままでは、結局蒼黒は無くならない。別の魂を中心に据えて存在し続ける。中心核を破壊するだけでは駄目だったのだ。
「か、母様!?
「結界を維持しなさい!」
 異様な展開を察し、うろたえた風花(ふうか)に指示を出す。
 こうなったらもう、あれを使うしかない──大阪を大結界で守ったまま、あの術を行使するには大きな代償が必要となるだろう。それでも、今ここで使わなければ全てがご破算だ。
 決意した月華は歌を歌い始める。誰も聴いたことが無い言語で。
 その右目は青に、左目は藍に輝き始めた。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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