星海 開明(2)

文字数 5,311文字

「こ、ここが……秋田の地下都市!?
「そうです!」
 月灯(つきひ)と共に馬に跨り、地下都市・秋田を駆け抜ける開明(かいめい)。地下都市間連絡通路の出口では驚いた兵士に呼び止められたが、口から出まかせでどうにか誤魔化し突破してきた。ここまで数時間、どういうわけか南日本からの追跡の気配は無い。かなり無茶な話だと思ったのに、想像もしなかったほど事がすんなり運んでいる。
 彼は天皇を誘拐した。明らかな大罪だし国際問題にもなるだろう。捕まったら、どんな処分が下るかわからない。
 でも、彼の中の星海(ほしみ)の血が騒いだのだ。この少女を秋田まで連れて行ってやりたいと。
 月灯は状況を理解しているのかいないのか、無邪気に歓声を上げた。
「建物がとても色鮮やかです! どれもとっても綺麗!」
「年に一回、全ての建物を塗り替えるんだよ! 地下でずっと同じ景色だと気が滅入ってしまうだろう? 京都ではこういうことはしていなかったのかな?」
「わかりません! 私、ついこの間まで皇居から出たことが無くて……」
「そうか」
 なら、めいっぱい楽しませてやろう。目的地へ行く前に、開明は様々な場所へ立ち寄った。すでに労働時間は終わっており、街には市民が溢れ返っている。危険かもしれないが、自分はあの父を打ち倒したのだ。女の子一人くらいなら守ってみせよう。

 本屋に立ち寄ってオススメの古書をプレゼントした。髪飾りも買ってあげた。非合法に密造されているお菓子を二人で食べた。月灯は初めて食べるそれを喉に詰まらせ、慌ててシイタケ茶で流し込んだ。店の看板娘と開明は大笑いした。

 街の広場にも連れて行った。初代王の像を見て目を輝かせる月灯を住人達は温かい目で見つめた。どこぞの田舎娘だろうかと考えているに違いない。
 それから再び馬に跨り王城の前まで一気に駆け抜けると、護衛隊士がズラリと左右に並んで二人を待っていた。奥に立つ二人の人物の姿を確かめ、開明だけが両手を挙げる。
「降参、降参です。抵抗はしません。元々、僕の目的は彼女をここへ連れてくることだ」
「やってくれましたね、開明……」
 深く嘆息する大叔母・(ほむら)。合図を出して開明を拘束させる。
「いたたたたたた、左手はまだ生身だってば!?
「申し訳ございません。女王陛下の御命令ですので……」
「開明様!?
 ここへ来て、ようやく自分の行動の重大さに気付いた月灯はうろたえた。開明は精一杯笑顔を作り、安心させようとする。
「大丈夫、ちょっと叱られるだけだよ。それより、君は君の使命を果たすといい」
「開明様……」
 そうだった。そのために自分はここまで来たのだった。思い出した月灯は彼から離れ、北日本の女王と、そしてもう一人──月華(げっか)の前に進み出る。
「申し訳ございません月華様、私……」
「釈明は後になさい。せっかく彼が体を張ったのだから、無駄にしないであげて」
「はい」
 頷き、今度は焔の両目をまっすぐ見据える月灯。
 胸を張り、堂々と名乗りを挙げた。

「日本国天皇・月灯です。北日本王国の女王陛下とお見受けします。突然の訪問、申し訳ございません。本日はご挨拶と、二つの地下都市をお譲りいただけたことに対する感謝を、我が国の代表として申し上げたく思い、参上仕りました」

「……そうですか」
 女王は睫を伏せ、そしてその場に片膝をつく。自分達の王が示した最大限の敬意に驚き、護衛隊士達も慌ててそれにならう。
「ようこそいらっしゃいました、天皇陛下。我が国への御来駕、心より感謝いたします」



 月灯は謁見の間ではなく女王の私室へ通された。両腕を手錠で拘束された開明も護衛隊士に両側を挟まれて共に入室する。女王と共に最初に扉を潜った月華は窓際に立ち、小畑に茶の温度に関してリクエストを告げた。小畑が承知して頷いたところで、焔は隊士達を下がらせる。
 月灯には椅子を奨め、馬鹿をやらかした開明は立ったままにさせておく。自らもソファに腰かけ、月華には自分の横か月灯の横か、どちらかを自由にと促す。月華は保護者としての立場から焔の横を選んだ。月灯とは正面から相対する。
 最初に口を開いたのは月灯だ。
「此度の一件、私から頼みました」
「ちょっ」
 自分のために泥を被る気かと慌てる開明。しかし、話に割り込もうとした彼を月華が制す。
「大丈夫、全てわかっている。というより、本当に私を出し抜けると思ったの? 坊や?」
「ええとまあ、勢いで……」
 らしくないことはわかっているが、実際そうとしか言えない。他にもいくつかの合理的な選択肢は脳裏に浮かんだのだが、どういうわけか最も不合理な行動を選んでしまった。なのに月華は、それこそが道理だとでも言うように大きく頷く。
「実に彼の子孫らしい行動だわ」
 半分呆れて、半分楽しんでいる様子。思ったより怒っていないのかもしれない。
 だがやはり、大叔母はそうもいかなかった。
「仮に天皇陛下のお言葉通りだったとしても、開明、お前は諫めなければならない立場。ましてや、実際にはお前の発案だったとすると、流石に軽い処分では済まされません」
「はい」

 勢い任せの行動ではあったが、そうなる覚悟は固めてあった。
 悔いは無い。目的はきちんと果たせたのである。

「何故、このような真似を?」
 訝る大叔母の、その言葉に即答する。
「秘密です」
 今この場で真実を明かすことは憚られた。不都合だからというか、単純に格好悪い。
(僕はね、大おば様。この子の笑顔が見たかったんです。助けになってやりたかった。そういうことです)
 内心では本音を吐露する。

 あの時、月灯が本当は芯の強い子なのだとわかった。
 ただ、一歩も皇居の外へ出たことが無かったという彼女には、きっと京都から仙台までの旅だって大きな心身の負担になっていたのだろう。その長旅を終えたばかりで、さらに秋田の、敵国の女王に謁見に赴く勇気は出せなかった。
 きっかけさえあればいい。彼女の決意を目の当たりにした開明にはそれがわかった。何か、ほんのちょっとの後押しがあれば彼女は天皇としての役割を果たせる。それによって、きっと心が少しは晴れる。あの華奢な肩に乗っかった重石が一つ下りる。
 そう思ったらもう、足が、心が、勝手に走り出していた。
 祖母はまた嘆息する。本当はもう、こちらの心などお見通しなのかもしれない。けれど女王として、彼女は公正に罰を下さねばならない。そうすべきだと開明も思う。
 けれど──
「わ、私が悪いんです! 開明様は私のわがままを聞いて下さっただけで!」
「わがまま!?
 月灯が立ち上がり、月華が素っ頓狂な声を上げたものだから、焔はせっかく厳罰を下そうと勢い込んだ、その気勢を削がれてしまった。
「なんです、月華殿?」
「いやなに、月灯陛下がわがままなどを申されたのは、何年ぶりのことだったかと思いまして」
 心底嬉しそうに立ち上がり、彼女は宣言する。
「このように喜ばしいことは久しぶりです。蒼黒の打倒が成ったあの時以上。これは我等日本国の民一同、開明殿下にお礼をいたさねばなりません。殿下を拐かした今回の一件、我が国としては不問にいたしましょう」
「月華様!」
 顔を輝かせた月灯は自分よりずっと小さな体の、その胸に飛び込んだ。
「ありがとうございます……!」
「ふふ、この婆が陛下の悲しむようことをするはずないでしょう。短い間でしたが、開明殿下との旅は楽しかったですか?」
「はい、とても!」
「でしたら、いいのです」
 優しく月灯の背中を叩き、髪を撫でる月華。どうやら噂通り、この魔女は天皇陛下にだけは無条件に甘くなるらしい。
 自分はそういうわけにはいかない。しばし考え込んだ焔は、改めて又甥を見据え、決定を下す。
「開明、お前には高校を退学してもらいます」
「え?」
 それだけかと驚く開明。
 ところが、重大な問題だと勘違いした月灯が再びうろたえる。
「ま、待ってください! ですから、開明様は何も悪く──」
「陛下」
 そんな彼女を止めた月華は、立てた人差し指を唇に当てた。少し黙って聞いていなさいと窘められ、月灯はやむなく口を閉ざす。
 二人がそれ以上口を挟んでこないことを確認し、焔は告げた。
「重ねて、お前には働いてもらいます」
「あの、できれば研究職あたりに……」
「いいえ」
「ぐ、軍ですか?」
「お前に武の道へ進むことは期待しておりません」
 陸軍出の元訓練教官として残念な話だが、開明には剣や銃を握って戦う才能は無い。
 とはいえ、人の心なら掴めるようだ。
 だから──
「お前には大使を命じます」
「えっ……それって」
 驚いたが、同時に理由も察したようだ。落ち着きを取り戻す開明。
 まったく、朱璃といい賢しい子供達である。
「北と南は物理的に以前より近くなりました。しかし、精神的にはまだ大きな隔たりがある。朱璃やアサヒ殿達のような一部の者だけがかの国の人々と心を通わせただけで、他の大半はそうではない。私自身、彼女達を苦難を乗り越えるための協力者として信用していますが、けっして信頼できたわけではない」
 二五〇年も反目し合い、互いの腹を探って来たのだ。個人や、それに準ずる小さな単位でならともかく、国同士で簡単に友情を育むことはできない。
「だからこそ、その垣根を簡単に飛び越えたお前が適任です。北と南、両国を繋ぐ架け橋としての役割を期待します」

 もちろん拒否権など無い。拒否する理由も無い。
 開明は頭を下げ、主命をありがたく賜った。

「感謝いたします陛下。それとも、大おば様に対して述べるべきでしょうか?」
「王に対してでよろしい。贔屓と取る者もありましょう。その上で公私混同だとまで思われては、それこそ私の沽券に関わる」



 ──というわけで、また開明は仙台に戻って来た。肉親とも友人達とも別れ、当面は自由に故郷へ戻ることができない。それを思うと、たしかにこれは罰でもあるのかもしれない。
 ただ、そんなことなどどうでも良くなるくらいに心が浮足立っていた。
(まさか僕が、南日本の天皇陛下に懸想してしまうとは)
 父との三年間の戦いといい、どうにも茨の道を選んでしまう性分なのかもしれない。いくら焦がれても相手は敵国の天皇。そう簡単に実る恋ではないだろう。
 ただ、彼女おかげで憎しみに曇っていた目を晴らすこともできた。父を誑かし、狂気に走らせたのはたしかにこの国の人間。けれど、それが全てではない。
 北も南も同じだ。ほとんどの人々は、今を生き延びるために必死に戦っている。そして国を動かす者達も、そんな民を守るために死力を尽くしているに過ぎない。
 あのまま憎しみに囚われていたら、きっと自分は、いつか父と同じ道を歩んでいた。月灯の純粋さは道を明るく照らし出し、そんな空しい結末に到ることを防いでくれたのだ。本当に感謝している。

 開明は皇居の中に住まうことになった。

 彼は北日本の裏切りを防ぐための人質でもある。そして同時に、北が南を信用するための刃でもある。
 クーデター阻止のため自らの父さえも殺めた男。そんなものを天皇の傍に置くことを許しているのだ。それ自体が、南の誠意や覚悟を示す行動になっている。
(もちろん、あの魔女がその気になったら僕なんて一瞬で殺されてしまうのだろうけれど)
 せっかく懐に飛び込んだのだ。せいぜい上手く立ち回ってやろう。南日本全体への復讐心は晴れたものの、まだあの魔女個人に対する恨みまで消えたわけではないのだ。
 それに、なるべく月灯の傍に長く留まりたくもある。
 などと与えられた部屋で机に向かって思索に耽っていたら、いつものように彼女が遊びに来た。
「開明様! また、お話を聞かせていただいてよろしいですか?」
「もちろんです」
 微笑み、来客を迎え入れる。月灯はただ同世代の人間と話ができるだけでも嬉しいらしく、足繁くここに通って来る。
「さて、それでは今日は去年の今頃、学校であった出来事をお話ししましょう」
「ふふっ、そんな、本当ですか?」
 開明が北日本での思い出を語ると、月灯はめまぐるしく表情を変えた。月華曰く、彼が来てから明らかに笑顔が増え、感情表現が豊かになっているという。こちらとしても嬉しい話である。
 やがて戻る時間となり、部屋から出た彼女は、見送りに戸口に立った開明を見上げ、問いかける。
「あ、あの……一つ、お願いしたいことが」
「なんでしょう?」
「お……」
「お?」

「お兄様って、呼んでいいですか!?

 開明の頭の中は真っ白になった。だが、持ち前のトークスキルが自動的に働いて返答する。
「構イマセン。僕ハ、オ兄様デス」
「やった!」
 喜んで飛び上がる月灯。誰が、こんな笑顔を曇らせられようか。
「おやすみなさい、お兄様! また明日!」
「おやすみなさい」
 笑顔で手を振り、月灯の姿が見えなくなったのを確認してから、その場に蹲る開明。

「兄かあ~!!

 ひょっとしたら相思相愛なのではと期待していたのに、月灯にとっての自分は兄のようなものらしい。年齢差を考えれば、しかたのないことではある。

「……父さん、母さん、道はまだまだ険しいよ」

 とりあえず異性として意識してもらえるようにならなければ。作戦を練りつつ、彼もまた部屋の中へ戻るのだった。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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