七章・撃発(4)
文字数 2,668文字
「うああああああああああああああああああっ!!」
巨神の皮膚は青い。魔弾を連射してそれを削る。肉を穿って吹き飛ばす。とうとう露出した結晶に向かって残り僅かな霊力を振り絞り飛翔術で駆ける。体内の魔素も尽きる直前。魔弾はこれ以上使えない。
「烈花!」
仲間が太刀を投げてくれた。絶好の位置へ飛んで来たそれを掴み、勢いを殺さずに最速最短で突っ込んで行く。
刃は、深く結晶に突き刺さった。
「がっ、ぐ──うううううううううううっ!」
激突の衝撃で意識が飛びそうになった烈花は、すんでのところで強引に自分を引き戻し、柄を握った手と腕に力を込める。
「だあっ!」
振り上げ、振り抜いた後に結晶の表面に生じた亀裂へ炎霊術を叩き込んだ。爆発が駄目押しとなって巨大な“竜の心臓”を粉々にする。
爆風でまたしても吹き飛ぶ。そんな彼女を、仲間達が地面に落下する直前で受け止めてくれた。
「あ、あぶな……っ」
「相変わらず無茶ばっかやな、あんたは!?」
そんな彼女達の前で崩れ落ちて行く最後の巨神。ほとんど同時に、上空ではドロシーも完全消滅の時を迎えた。
勝った──そんな実感が湧いて来て、けれども哀しくて、烈花は泣き出してしまう。
「ひっ……ぐっ、うううううううううっ!」
二度も助けられた。あの無口な大男は、我が子でもない子供の命を二回も自分を犠牲にして助けてくれた。
霊力が強い。たったそれだけの理由で親許から引き離され、過酷な訓練を受けて育った少女には、そんな大人の優しさが何より嬉しくて、そして悲しかった。彼にも生き残って欲しかった。あの人に自分達の未来を見て欲しかった。
地上ではまだ、他の大人達の魂が記憶災害の獣達と戦っていた。全員、落ちて来た少女達に敵を近付けさせまいと陣形を組んで応戦する。それに気付いた少女達もまた、烈花と同じように涙を流し、頭を下げた。
「ありがとう……ございます……」
やがて維持限界を迎え、地上の敵群は一斉に消失する。彼女達の安全を確保したことを確かめ、兵士達もまた満足そうに笑い、消えて行った。
──しかし、危機はまだ去っていなかった。烈花が最後の巨神を仕留めた瞬間を目撃し、ホッと安堵した斬花が足を止めてしまった、その瞬間──月華が叫ぶ。再び、別の方向を示しながら。
「ちがう! そっちじゃない!」
一歳程度に縮んでしまい、風花に抱えられている彼女の視線が捉えていたのは、最後の巨神でなく最初に倒した巨神。その巨体もたしかに少しずつ拡散を続けている。
だが遅すぎる。他の倒された巨神達に比べ、あまりにも時間がかかりすぎだ。
何かがおかしい。そう思った時には遅かった。彼女に気付かれたと察知した敵が急速に姿を変え、一筋の閃光となって天へ駆け上がる。
【ざぁんねん!】
驚愕するアサヒと朱璃を両手で捉え、空中で制止する彼女──ドロシー。さっきまでの姿に比べれば遥かに縮んでしまった。だが人間から見ればいまだ巨大な肉体で愉悦の笑みを浮かべる。
「し、しまった……!」
朱璃も気が付いた。何故この女が復活できたのか。
「あの巨人どもの中にも“欠片”を……!!」
【そういうことよ】
奴らは彼女にとって強力な手駒であると同時に保険だった。まさか四体中の三体までも倒されてしまうとは思わなかったが、それを見越して一体だけに死んだフリをさせ残しておいた甲斐があった。
朱璃に最も大きな“欠片”を撃ち抜かれた瞬間、彼女と“蛇”は自分達の意識と記憶の全てを残っていた別の欠片へ転写させた。
欠片は二つ残っていて、片方はすぐに烈花に破壊されてしまった。でも彼女達が倒したと思い込んでいた最初の一体の分は残り、情報の転送が間に合った。
【アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 素晴らしいショウだった! 最高よあなた達! こんなに素晴らしいスペクタクルを体験できるとは思わなかった!】
「この人……!」
アサヒはゾッとする。彼女にとってはどこまでいっても遊びなのだ。命を賭した戦いも、その中の駆け引きも、この星の存亡すらも全て退屈を紛らすための余興でしかない。自分自身が一度殺されたことでさえ、刺激的な体験だったと言い切っている。
「朱璃!」
枷が消え、拘束を脱したマーカス達も、二人が囚われているこの状況では手が出せない。隙を伺い、なんとか助け出そうと考えてはいるが、その隙がどこにも見当たらない。
ドロシーはもう油断していなかった。これだけやられたのだ、楽しかったとしても教訓は得ている。朱璃を捕える時、ちゃんと厄介な陽の抜け殻は奪い取っておいた。維持限界を突破するのにも彼女が必要。アサヒは強く締め上げ、肉体を破壊しつつ再生を阻害する。さらに蛇の方のドロシーの頭が彼を頭上から見張った。もしもシルバーホーンへの変異を始めたら、即座に飲み込んで取り込んでやる。
──そう、彼女は一切油断していなかった。眼下の術士達に、兵士達に、彼方の二隻の軍艦に気を配っている。当然、赤子になってしまった月華だって最有力の警戒対象。
もうアサヒ達に逆転の目は無い。周囲で魔素が渦を巻く。朱璃から取り上げて素早く体内に取り込んだ伊東 陽の抜け殻を使い、拡散した魔素を再吸収する。巨体がまたも膨れ上がって行く。
すると──
【え?】
魔素の吸収が突然止まった。いや、まだ続けてはいる。しかし背後でより強力な吸引力を持つ渦が発生したのだ。
【旭!?】
油断はしてなかった。けれど、もう完全に自我を失ったと思ったそれの確保は後回しでいいと思った。だから気付かなかった。すぐ後ろに浮遊している彼の存在に。
伊東 旭の抜け殻が母親以上の力で強引に魔素を取り込んでいく。そして、その魔素を圧縮して自らの周囲に巨大な高密度魔素結晶体を形成した。
その結晶に吸い寄せられる。通常は起こり得ない現象。でもたしかに凄まじい力で引き寄せられていく。
【あ、あ、あ……まさか──まさかっ!?】
仕込んでいたのか? あの男は、自我が完全に消失する前に、自分と同じように保険をかけておいた?
もしもアサヒ達が敗れたら、彼等だけではどうにもならない状況に陥ったら、その時にだけ発動するように。
己が妻を、別の世界へ放逐するために。
【旭ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいっ!!】
叫ぶ彼女の背後で、巨大な結晶が“ゲート”と化した。