三章・休息(3)
文字数 2,997文字
「何を相談されるかと思いきや……」
ハァと嘆息するマーカス。それから友之をまっすぐ見据え、拳を振り上げる。
「んなもん、オメエ、勢いつけて言っちまえばいいだろ!」
「それができりゃ苦労はしてないんスよ!?」
「ったく、こじらせやがって」
彼に言わせれば簡単な話だ。ようやく自覚が芽生えたと言うなら、さっさとその想いを告げればいい。それでめでたしめでたし、万事解決である。
「だってオレ、今までずっと……」
「あ~……」
なるほど、それがネックになっているわけか。今さらながらに理解した。なにせ、全く興味の無い話だから。
そんなマーカスの無関心を感じ取り、友之も質問の矛先を変える。
「ウォールさん! お願いします、アドバイスください! 既婚者でしょ!?」
「……」
星海班一無口な巨漢は、その一言で眉間に皺を寄せた。珍しく困ったような表情。あれ、と首を傾げた友之に対しマーカスが明かす。
「たしかにウォールは既婚者だけどよ、バツイチでもあんだぞ。とっくの昔に離婚してる。知らなかったのか?」
「ええっ!?」
初耳だ。門司から以前聞いた話では、彼は結婚しているとだけ。
「す、すいません……」
「気にするな」
知らなかったものは仕方が無い。心の広いウォールは若者を許してやった。しかしその若者は、さらに新たな無礼を働く。
「駄目だあ……完全に人選を間違えた。この二人じゃ頼りにならない……」
「なんだとコノヤロウ」
ガツンとゲンコツを振り下ろすマーカス。たしかに自分は四十過ぎの独身男だが、これでも多少の恋愛経験はある。
「そこまで言うならしゃあねえ、一つだけテクを教えてやる」
「いっつう……って、えっ!?」
コブを両手で押さえつつ、目を輝かせる友之。そんな後輩にずいっと顔を近付け、ベテラン調査官はゆっくりとためを作る。
「いいか?」
「は、はい……」
「女ってのはな……光りもんに弱え」
「ひか……? え? 宝石?」
「ちげえよ。光りもんっつたらオメエ、魚だろ」
「は?」
「秋田に戻ったら、海軍に頼んでだな、船に乗せてもらえ。んで、漁を手伝う代わりに魚を何匹か貰ってこい。もちろんこっそり持ち帰るんだぞ。そいつを料理して──」
「待ってください!」
なんだか話の方向がおかしくなってきた気がする。というか明らかにおかしい。
「ほんとッスか!? マーカスさん、本当にそれで成功したことあるんスか!?」
「お、おう……」
(あ、嘘だ)
目が泳いだ。この人、嘘を言ってる。流石の友之にも一発でわかった。そのくらい露骨な動揺。
今度はウォールが種明かしする。
「今のは班長の父親が局長を口説いた時の話だ」
「まさかの成功談!? でも他人の話じゃないッスか!!」
「た、他人じゃねえ。オレとアイツは兄弟も同然。この方法だってオレとアイツと二人で知恵を絞って考えたもんだ」
「でも、どう考えても特殊なケース!」
「いやまあ、アイツも緋意子と似たところがあるし、なんとかなるんじゃねえかなと」
「髪型と性別くらいしか共通点がありませんよ!」
「調査官」
「ではありますけど、たしかに、二人ともっ!」
ウォールの呟きにツッコミを入れたところで、友之は疲れ果ててしまった。
ベッドに潜り込み、一足先に目を閉じる。
「もういいです、明日アサヒに訊いてみます。直近じゃ、アイツが一番参考になりそうな経験してるし」
「オレらが、あのガキ以下だってのか……」
「……」
渋い顔で立ち上がったオッサン達は、二人がかりで友之を簀巻きにした。
「ちょっ!? なんスか、なんでッスか!?」
「アドバイスが欲しけりゃ、じっくり聞かせてやる若造。ちょうど司令官から誘われてたところだ。一杯ひっかけりゃ気も大きくなるだろ」
「の、飲む気かアンタら!? この大事な時に!!」
「軽くだよ。軽ぅく一杯舐めるだけだ、オレらはな。でも、ここの司令官殿は酒癖が悪いことで有名だからな、せいぜい御高説を賜りやがれ」
「い、嫌だ! この不良中年ども! オレはそんな拷問嫌だああああああああああっ!?」
抵抗空しく連れ去られた彼は、それから数時間、酔っ払いの説教を聞き続けた。そして、二度とマーカス達に恋愛相談はするまいと誓った。
──しばらくして、マーカスとウォールだけが司令官の部屋を後にする。
「ごゆっくりお休みください!」
「あいよ、良い酒をありがとな。後は、そのバカにたっぷり恋愛のイロハってやつを叩き込んでやってくれ」
「お任せを! さて、それでは相田君、これは私と妻が出会った時の話なのだがね」
「三周目ッ!?」
すっかり出来上がっている司令官と友之だけを残しドアを閉めた二人は、それぞれ別の方向に足を向けた。
「お?」
「……」
「部屋にゃ戻んねえのか?」
「風呂だ」
「大丈夫かよ、それなりに飲んだろ?」
「あの程度なら支障無い」
「そうか、まあ、オレぁ寝るわ」
「ああ」
そんな会話を交わし、一旦マーカスと別れる。
すると風呂に続く通路の途中で、今度は門司に出くわした。
「おや、あんたも風呂かい?」
「ん」
「酒臭い……さては、そっちの坊やもまだ悩んでるってわけかい」
そちらもか? 目で問いかける彼に彼女は頷き返す。
「若いよねえ」
まったくだ。共に苦笑を浮かべた。
旧時代と比べて平均寿命が遥かに短くなった現代、青春は瞬く間に通り過ぎる。三十代後半の彼も、四十代前半の彼女も、昔の感覚で言えば初老に近い。
しかし二十代前半のあの二人は、まだ長い青春のただなかにあるようだ。遠い昔にその終焉を迎えた自分達からすると微笑ましく、同時に羨ましい。
カトリーヌは──あれはもう、こちら側の人間だろう。おそらく自分達より先に彼女の少女時代は終わってしまったはずだ。南の術士達が受ける訓練は調査官のそれよりさらに過酷だと聞いている。
だからといって諦めるべきだとは思っていない。全く芽が無いわけではないはずだから。結局のところ決めるのは当人達。外野は黙って見ているだけ。求められれば助言はするし、さっきのように、ついつい口を出してしまうこともあるが。
二人は並んで廊下を歩く。
「最近、
「……」
「こないだ会ったんだろ?」
「ああ」
「それで?」
「
「聞いた。心配だろうね」
「できれば他の道にと言ったら、怒らせた」
「気持ちはわかる。でも、あの子は父親に憧れてんだ。その気持ちを無視しちゃいけない。帰ったら、もう一回しっかり話し合いな」
「……わかった」
「ははっ」
殊勝な彼の姿に大声で笑う門司。馬鹿でかい背中を叩いて励ます。
「後で、もう一杯付き合うよ。元嫁の姉が相手じゃ、やり辛いだろうけどね」
まったくだ。しかし職場に身内がいて助かることもある。元妻との間の三人の子、その一番上の娘が見せた成長を思い出し、改めて
たしかに自分も友之と同様、難しい問題から目を逸らしてしまっていたのかもしれない。そのことに今の一言で気が付かされた。
(もしも、あの子が調査官になるなら……)
やはり、なんとしても班長とアサヒは北日本へ連れ帰らなければならない。その行為がきっと、子供達の未来を守ることにも繋がるはずだから。
星海班一無口な巨漢は、いつだって、そのためにこそ戦っている。