三章・休息(1)

文字数 4,508文字

 少し時間は遡り、出発直後──梅花(ばいか)と共に馬上の人となった風花(ふうか)は遠ざかる地下都市に向かって何度も手を振っていた。
「ううっ、ハナコ! ヒメ! タマエ! 元気でね!!
 涙ながらに別れを惜しむ彼女。どうやら盛岡で世話していた子牛達の名前らしい。なら盛岡の方向に手を振ったらいいと思うのだが、本人はそこまで細かいことを気にしてないようなので、気が済むまでやらせておこう。
 しかし地下都市の灯が見えなくなるほど遠ざかっても、風花はまだ手を振り続けていた。流石にしつこい。
「そろそろやめてくれ、馬が嫌がる」
 二人も人を乗せていて、さらにその片割れの重心が左右に揺れるものだから、彼にしてみれば堪ったものじゃないわけだ。宥めるこちらも疲れて来た。
「あ、すいません姉様」
 委縮して、ようやく手を下ろす風花。別にきつく叱ったつもりはないのだが、年齢差を考えると、こちらの想定以上に圧を感じたかもしれない。
 梅花もまた失敗したなと自省する。昔からこうだ。子供は好きなのに、実際世話を焼くとなると上手くいかない。朱璃(あかり)のように、らしくない子供となら上手く付き合えるのだが。
 とはいえ長旅の間、互いに緊張し続けるのもなんだ。やはり姉として、こちらの方から歩み寄らねば。

『姉様は、なんだかんだ言って面倒見が良い』

 思い出の中の桜花(おうか)がそう言って笑う。まったく、死んだ後まで姉をからかう。あの子は上からも下からも愛されていた。風花も、愛嬌の良さは似ているかもしれない。
「なあ、そう固くなるな。私達は一応、姉と妹だろ」
「はい」
 嬉しそうに頷く少女。良かった、素直な子だ。
 ほっとしていると、そこへ──

「お前さん達、義理の姉妹かい?」

 門司(もんじ)が近付いて来て、無遠慮に見比べながら問いかけてきた。かたや金髪で碧眼、もう一人は黒髪黒目。いちいち確かめなくとも、血の繋がりが無いことは明白である。
 梅花は頷き、風花の頭を撫でた。
「ご名答。この子とはこれまで面識が無かったんだが、名前に“花”の字が入ってるのは、あの人の養子になった証だからな。戸籍上は姉妹になる」
「あの人?」
「ああ、先生は会っていないか。天王寺(てんのうじ) 月華(げっか)……彼女が我々の養母(はは)だ」

 その名を聞いた途端、目を皿のように見開く門司。
 流石に名前は知っていたらしい。

「月華って、あの……?」
「ああ」
「まさか本人じゃないよね?」
「いや、そのまさかだ」
 一〇歳前後にしか見えない養母は、本人曰く四〇〇歳を超えているという。事実かどうかは知らない。だが、少なくとも自分が子供だった頃から同じ姿だったことはたしかだ。
(いや……)
 時々思うのだが、昔はもう少し背が高かった気もする。こちらが小さかったから、そう感じるのかもしれないが。
「なるほど、腕が立つわけだ。南の英雄の子とはね」
「そうです、母様はもちろん梅花姉様も凄いんですよ! 歴代の術士の中でも母様に次ぐ実力者だと言われてるんですから! そもそも“梅花”という名前は特に優秀な術士しか名乗れないんです!」
 誇らしげに自慢する風花。門司は「へえ……」と心を和ませる。この様子から察するに南での梅花は後輩達から相当慕われてるらしい。
 だが、当人は少し寂しそうに否定した。
「戦闘だけなら、そうかもしれん。しかしな風花、桜花はもっと凄かったぞ」
「……はい、桜花姉様にも、また、お会いしたかったです」
 これまでの明るさから一転、しゅんと肩を落とす風花。
「そうだな、私も会いたいよ」
 そんな二人の会話を聞きつつ、記憶を探る門司。
(桜花ってえと、前に坊やが話してたね……)
 たしかアサヒをサルベージした直後、追って来た敵から彼を守って死んだ術士達。そのリーダーだった娘の名だ。
(やっぱり、この子らの身内か……)
 姉妹の死を悼む様子を見て、今はそっとしておくべきだと判断し、静かに距離を取る。
 だが、そんな彼女に向かって、今度は梅花の方から呼びかけた。
「ドクター、一つ頼みがある」
「ん? なんだい?」
「本名で呼ぶのはやめてくれ。あまり好きじゃないんだ」
「わかったよ」
 偽名を使っていた理由は本当か。苦笑した彼女は、今後も“カトリーヌ”と呼ぶことを約束した。



 翌々日。前回同様、地下道を通っての旅は順調に進み、一行は無事に福島へ辿り着いた。
「お久しぶりです王太女殿下。そしてアサヒ様。ご成婚、おめでとうございます」
 出迎えてくれたのは、四ヶ月前の戦いで共闘した福島駐留軍の司令官。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「悪いわね、アタシらのせいで長いこと足止めさせて」
「お気になさらず。事が事ですから重々承知しております。いつもより少しばかり交代の時期が延びただけですよ」

 ──彼等は四ヶ月前から一度も故郷へ戻っていない。あの戦いの時、アサヒがうっかり自分の正体をつまびらかにしてしまったせいで緘口令が敷かれたからだ。秘密が外に漏れないようにと、ずっとここへ留め置かれている。
 しかし実際、司令官の表情にはそんな現状を嘆く様子は見られなかった。たとえ本心がどうあろうと、王族相手に晒すことなどしないと思うが。

「兵達の中には、むしろ殿下やアサヒ様と秘密を共有できて喜んでいる者も少なくありません。なにせアサヒ様が初代王を再現した記憶災害で、シルバーホーンまで体内に宿しているという事実は、まだ大半の国民が知りませんから」
 自分は初代王と言葉を交わしたぞと、そう自慢する兵士までいるという。前回の滞在時に何人かの兵士と交流したから、その中の誰かだろう。
「急ぎの旅だと連絡を受けておりますが、せめて今日一日、ここでお休みになっていってください」
「ええ、元からそのつもり。大変なのは、むしろここからだもの」
「日本海側を大きく回って大阪まで……ですか。アサヒ様がいらっしゃれば大丈夫だとは思いますが、どうかお気を付けて」
「ありがと」
 気遣いに感謝しつつ、朱璃達は彼に案内され今夜の宿へ向かった。



 その夜、宿としてあてがわれた建物から出ようと、アサヒ、朱璃、そして護衛の大谷は長い廊下を進んで行く。他の面々は、めいめい部屋で休息を取っているはずだ。
「前に来た時は兵舎だったのに、今回は随分立派なところを用意してくれたよね」
 あちこち見回しながら感心するアサヒ。ここは、元は議員宿舎だったのだと思う。東京の地下で似たデザインの建築物を見たことがあり、祖父から国会議員の住む場所だと教えられた。
 ──議員宿舎とは本来、地方選出国会議員のため東京二三区内に用意されていた施設のことである。しかし彗星が衝突した場合、当然ながら地上は壊滅する。なので各地下都市には四七都道府県の議員全員分の住居として、こういった建物の用意があった。
「政治家は、こんな豪華なとこに住んでたんだなあ……」
 高さは三階建てだが、内装に関しては秋田の王城と比べても遜色無い。自分達が四人で暮らしていた“ピラー”の狭い部屋とは大違いだ。
「本当にアサヒ様は、初代王の記憶を持っておられるのですね」
 一ヶ月ほど前までその事実を知らなかった大谷は、彼が旧時代の思い出を語るのを聞き、改めて驚かされた。
 アサヒは歩きながら苦笑を返す。
「一七歳までの記憶なんで、王様だったって自覚はありませんけどね」
 あの崩界の日以前の“伊東(いとう) (あさひ)”は、どこにでもいるごく普通の少年だった。身体能力だけは当時から非凡だったけれど、それ以外は本当に平凡だ。
 朱璃は呆れ顔で、そんな“平凡”な少年を見上げる。
「アンタね、少しは落ち着きなさい。この時代で目を覚ましてから四ヶ月も経ったんだし、いいかげん見慣れたもんでしょ。こないだだって隣を歩いてて恥ずかしかったわ」
「ご、ごめん」
 怒られて縮こまるアサヒ。大谷は笑いを堪えた。上背は彼の方が高いのに、しょんぼり落ち込んでいると朱璃の方が大きくなって見えたりする。
 ちなみに“こないだ”とは、正確には三日前の話。秋田を離れる直前、市民の暮らしを間近で見てみたいというアサヒの願いがようやく聞き入れられ、再び変装してこの三人で市街へ出たのだ。
 念願叶って街へ出られた彼は、見るもの全てにいたく感動していた。

『えっ? あそこで売ってるのお菓子じゃない?』
『配給だけじゃ足りないから、市民もこっそり材料を調達して色々作ってんのよ』
『大丈夫なのそれ?』
『商業活動は地下生活でのストレスを解消する目的で容認されていますので、ある程度の違反なら陸軍は目を瞑ります』
『まあ、あんまり大々的にやられると困るけどね。隠れてこっそり甘味を作って取引するくらいなら問題無いわ。材料も野菜や果物を加工した後に出る皮や絞りカスから抽出したでんぷんと果糖だし』
『へえ、砂糖じゃなくてもお菓子って作れるんだ……』
『今の時代、砂糖なんてそれこそダイヤより貴重だっての。アンタが食ってる料理だって基本的に素材そのものの味を重視して、調味料は極力──』
『あ、古本市。ちょっと見て来る』
『解説させといて勝手に動き回るんじゃないわよ!?
『おい、あれ……』
『しっ、黙っときな……余計なこと言って、お邪魔をするんじゃないよ』

 ──そんな調子で終始賑やかな視察だったため、周囲も二人の正体に気が付いたように見えた。幸い、それでも問題は起こらなかったが。どこかに反体制派の残党が紛れていたかもしれないのに。
(もっとも、お二人には手出しできないでしょうが)
 正体は秘密のままでも、先日の“人斬り燕”の一件で彼の超人的な能力については知れ渡った。クーデターを阻止された反体制派が彼に敵意を抱いているとして、正常な判断力さえあれば直接手を出すことは考えまい。
 妻となった朱璃も同じ。今や彼女は“竜の逆鱗”である。重傷を負った彼女を心配して名前を呼び続けたアサヒの姿は、一ヶ月経った今も市井の語り種だ。
(アサヒ様なら、御自身より殿下を攻撃された場合にこそ怒るはず。その事実を、彼等も理解できていると良いが……)
 大方は大丈夫だと思うが、どんな組織にも無謀な輩の一人や二人はいるもの。その手の輩に下手な真似をされると、今度こそ王国は消滅してしまう。
 無論、心配しているのは反体制派の凶行だけではない。これから赴く南日本に対しても不安はある。まだ連中が何を考えているかは不明瞭なままなのだ。
 出発前、隊長から言われたことを思い出す。いつものように鉄仮面で顔を隠した謎多き上官。彼女は大谷に対し特に強く注意を促した。両名と共にいる機会が多く精神的な距離も近くなっているからだろう。

『いいか、お前らの使命は殿下とアサヒ様の身の安全を図ることではない。あのお二人にそんな心配は不要。最大の使命は二人を絶対に北へ連れ帰ること。そしてアサヒ様の力の暴発阻止。この二点に尽きることを忘れるな』

 隊員ですら正体を知らない王室護衛隊の隊長。唯一、女性だということだけがわかっている彼女の命令は王命の次に重い。王族の安全が関わる場合に限れば優先度は最上位まで繰り上がる。
(わかっています隊長。お二人は命に代えても必ず……)
 と、大谷が回想している間に彼女達は玄関ホールへ辿り着いていた。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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