四章・伏魔(2)

文字数 6,709文字

「似合うじゃない」
「ホンマや、かっこええで」
「なかなか決まってる」
 陸軍仕様の戦闘服に着替えたアサヒを女性陣はそう品評した。なるほど、相手が普段と違う格好をしていたらとりあえず褒めるのが基本なわけだ。忘れないようにしないと。
「プロテクターが付いてるのに動きやすいですね」
「そりゃ戦うための服だもの。動きにくくちゃ駄目でしょ」
「たしかに」
 ちなみに全員、例の岩に偽装した砦まで戻って来ていた。犠牲者が出たので本当の意味で全員とは言い難いが、とにかく生存者は全員だ。この着替えは砦に常駐している陸軍の兵士から貸してもらった。若干サイズが合わずダブついている。
 そんな彼に、あのお下げの研究員が話しかけて来た。
「あ、あの……吉澤(よしざわ)さんは……」
 多分、地面に飲み込まれた彼のことだろう。
 アサヒは彼女と目を合わせられず、俯きながら答える。
「すいません、その、力加減を間違えてあの辺りは全部滅茶苦茶に……」
 元ゴルフ場はシルバーホーンの放った攻撃のせいで吹き飛び、火の海と化してしまった。もしあの瞬間まで彼が生存していたとしても、あれで確実に命を奪われただろう。もしかしたら自分が殺したのかもしれない。そう思うとますます気分が重くなった。
 そこへ朱璃がフォローを入れる。
「地面に飲み込まれた時点で十中八九助からなかったでしょ、仕方ないわ」
「せや、あんまり気にせんとき」
「そう、ですね……」
 お下げの研究員も納得する。死者を悼んではいるが、それだけだ。取り立ててアサヒを責めようとはしない。
 人の死に対して現代人はドライだ。アサヒは三ヶ月前、福島へ辿り着く直前に朱璃達と交わした会話を思い出す。あの時も死者が一人出て、そのことに淡白なように見える皆に対し怒りを抱いた。
 でも今は知っている。この世界では死は昔より身近なものだと。いつ誰が死んでもおかしくない。だからすぐ受け入れられる。彼等は常に覚悟していて、その違いが態度に出ているだけなのだ。
 もちろん、朱璃が父親の仇を討つことに執念を燃やしているように、何事にも例外はあるけれど。
「吉澤のことは残念だった。でも収穫も大きかったわ。アンタの体内と体外でどういう風に魔素が流動しているかわかったし、草原の謎も解けた。彼の死に報いるためにもデータをきちんと活用しないとね」
「うん……」
 本当にそうなってくれたら嬉しい。まだこの時代の常識に馴染めていないアサヒは肩を落としつつ朱璃の言葉に頷く。
「さて、それじゃあ地下に戻りましょ」
「ほら、行くぞアサヒ。別にお前のせいじゃないんだ、あんまり落ち込むな」
 友之が乱暴に頭を撫でる。子供の頃から背が高かったアサヒは母以外にそういうことをされた記憶がほとんど無い。くすぐったそうに目を細め、はいと答えて歩き出す。
 一行は再び予備脱出坑を通り、旧エレベーターシャフトに入った。さっきと同じように、陸軍の兵士達が朱璃を見つけては立ち止まって敬礼する。彼女はその度に軽く手を上げて応えた。
 やがて最上層のホールに降り立ち、エレベーターの前で待っていると、兵士達が朱璃のいる場所とは別の方向へ向かって敬礼した。こころなしかいっそう表情が固くなったように見える。
「閣下!」
 気付いた大谷も振り返りながら左手を持ち上げ、揃えた指先を額に当てる。彼女の視線の先を見やり、アサヒもまた驚いた。今日は王族によく出くわす日だ。
「久しぶりだな朱璃、それと、南から来た少年」
「お、お久しぶりです」
 ゆっくりこちらに近付いて来る軍服姿の男が一人。その右頬には大きな傷があった。髪は半分以上白くなっているものの、年齢はマーカスより少し上なだけでまだ五〇に届いていないという。陸軍と海軍の両方を統括する軍事の最高責任者・元帥。名前はたしか──
剣照(けんしょう)おじさん? 奇遇ね、お久しぶり」
 朱璃は遥か年上の親戚に対し、いつもの小馬鹿にするような笑みを向けた。


「新種の変異生物に襲われたと聞いたが、無事だったか」
「耳が早いのね、その通りよ。一人死者は出てしまったけど、ご覧の通りアタシ自身はなんともない。優秀な護衛がついていたおかげ」
「ふむ、そうか」
 護衛と聞いてアサヒを見つめる剣照。よくやったと無言で労うように頷いた。つられてアサヒも頷き返す。
「ただ、例の草原は崩落しちゃった。今は大穴が空いて火の海」
「何が起きた?」
「あの化け物どもが地下に巣食ってたみたい。それで地盤が脆くなってたんでしょ。火災は跳弾か何かが原因で地中に溜まっていた天然ガスに引火したんだと思うわ」
 え? 声を上げそうになって寸前で堪えるアサヒ。どうして嘘をつくのかわからないが、朱璃のことだし何か考えがあるのだろう。他の皆も彼女が虚偽の証言をしたことに対し無反応。自分が合流する前に予め口裏を合わせておいたのかもしれない。
 ただ一人、嘘をつかれた剣照だけが探るような目付きで朱璃を見下ろす。
「ほう……なら、我々もその現場を調査してみるとしよう。どのみち森林火災への対処もせねばならんしな」
「いいんじゃない? もう化け物の死体しかないけど」
「全滅させたのか」
「粗方はね。残りがいるかもしれないから気を付けて。どんな生物か、詳細はもう陸軍に説明してある」
 朱璃がそう言って肩を竦めた時、エレベーターが到着した。とはいえ全員同時には乗れない。身分を考え、まずは朱璃とアサヒが乗るよう促される。
「殿下、どうぞ」
「アサヒ様も」
 ところが、
「先に諸君が降りなさい。朱璃には、あといくつか質問がある」
 剣照がそう言って朱璃を引き留めた。
「わかった。じゃあアタシは残る。アサヒ、アンタは先に行ってていいわよ」
「え? いや、でも……」
 護衛を頼まれた自分が離れていいのだろうか? もちろん誰かしらは彼女の傍に残るのだろうけれど──判断に困って剣照を見ると、彼はやはり小さく頷き返した。行けということのようだ。
(まあ、ここなら襲われる心配も無いか)
 旧エレベーターシャフト内は軍事基地。当然、兵士が大勢いるしマーカスとカトリーヌも残ると志願した。あの二人がついていてくれるなら安心できる。
「じゃあ、先に降りるよ?」
「さっさと行きなさい」
 こちらを見ずに手を振る少女。剣照がそんな彼女を見下ろし、微笑む。
「お前にしては珍しい恰好をしているな?」
「たまにはそういう日もあるわ」
 そんなやり取りを聞きながらエレベーターに乗り込むアサヒ。ワンピース風の服を着ている朱璃の後ろ姿を見て、そういえば今回はデートでもあったのだと思い出す。
 そのせいか、このまま別れてはいけないような気がした。
「すいません、やっぱりやめます」
「アサヒ様!?
 慌てて追いかけてきた大谷に「朱璃と一緒に戻ります」と言うと、彼女はなら自分もと答えた。
 だが、その肩にカトリーヌが手を置く。
「なるほどなるほど、そういうことなら邪魔したらアカンわな」
「なっ、ちょっと、カトリーヌさん?」
「ほなな、頑固親父も一緒やけど仲良くやりい」
 そう言って大谷と共にエレベーターに乗り込む彼女。その余計な一言のせいで気まずい空気が漂う。
「ほう……」
 意外なものを見たと驚く剣照。朱璃も眉をひそめ、その向こう側ではマーカスが腕組みしながらこちらを睨んでくる。
「……えと、そんなわけで……よろしくお願いします」
「どう“よろしく”するつもりだ、テメエ?」
 彼の額には青筋が浮かんでいた。


 ──やっぱり先に降りた方が良かった。剣照による聴取が終わって朱璃が解放された直後、ゆっくり降下するエレベーターの中で俯くアサヒ。乗客は彼と朱璃の他にマーカスと三人の研究員。彼等はアサヒ同様に青い顔で沈黙していた。マーカスが彼を嫌っていることは周知の事実なのだ。
 エレベーターが動き出してから少し経ち、まずはそのマーカスが沈黙を破る。
「おい朱璃、このボウズに何かされなかっただろうな?」
 その質問に対し、朱璃ではなくアサヒの肩が小さく跳ね上がった。当然目敏い調査官はそれを見逃さない。
「オイ? オレぁ朱璃に訊いたんだぞ? なんかやましいことでもあんのか?」
「い、いえ、そんなことは……」
 そうだ、落ち着け自分。アサヒは己に言い聞かせる。実際、何もしていないじゃないか。ちょっと一緒に寄り道して、高い場所から地下都市を眺めただけだ。やましいことなんて一つも無かった。
 朱璃も笑顔で回答する。
「そうね、大したことはしてないわ。二回ほど抱かれた程度だもの」
「は!?
 何を言ってるんだこの子は? そんなことした覚えは──
「あ」
 そうか、ピラーの中で昇り降りした時のことか。たしかに朱璃を右腕で抱えた。嘘ではない。嘘ではないけれど、もう少し言い方ってもんがあるだろう。
「なかなか熱い抱擁だったわ。ねえ?」
「いやいやいや」
 明らかに、わざとマーカスを煽っている。
「その話、もう少し詳しく聞かせてもらおうか」
 案の定、力強くアサヒの肩を掴む彼。
 研究員達が慌てて隅っこへ逃げた。
「ちょ、ちょっと、中で暴れないでくださいよ!?
 不穏な空気を感じ取り、待ったをかける運転士。マーカスは「気にするな、降りてからぶっ殺す」と全く安心できない言葉を返す。
「あ、あああ、あの、待って下さい」
 アサヒはしどろもどろになりながら弁明を試みた。
「いやほんと、変なことはしていなくて、ちゃんと説明をですね」
「いいだろう、せいぜい言い訳してみな。喋ってる間は寿命が延びるからな」
 反対の手でナイフを引き抜くマーカス。研究員達の悲鳴が上がる。
 アサヒ達は助けを求めるように朱璃を見たが、彼女は止めようとしない。それどころかクスクス笑っていた。
(駄目だ、アテにならない。とにかくマーカスさんに落ち着いてもらわないと)
 焦りつつも言葉を選び、慎重に事情を説明しようとするアサヒ。
 その時、目の前の男は急に白けた表情になって嘆息した。
「冗談だよ、ったく」
 そう言ってナイフをホルダーに仕舞い、アサヒの肩からも手を離す。
「じょ、冗談?」
「やたらビビッてやがるから朱璃の悪ふざけに乗ってみただけだ。オメエよ、デタラメに強いんだから、もう少し度胸も付けろ」
 そう言うと、今度は嘲笑を浮かべる彼。表情の作り方が朱璃に似ている。いや、朱璃が育て親の彼に似たのか。
「な、なんだ……冗談か」
 たちの悪い冗談だ。
 息を吐き、胸を撫で下ろすアサヒ。マーカスは「そうだ、冗談だ」と笑いつつ彼と肩を組み、耳元に口を寄せた。
「とはいえ、本当に手ェ出しやがったら、もちろん殺す」
「……はい」
 ──冗談じゃなかった。声の調子から察するに実際は激怒している。冷たい殺意を突き付けられ、汗を垂らしながら頷くしかない。
 すると、その時だった──

 ガクンと、エレベーターが大きく揺れる。
 そして停まってしまった。

「えっ……何?」
「なんだ、どうした?」
「すいません、わからないです。急に停まった」
 運転士がレバーを動かして再始動させようとするものの、上から三層目まで降りて来ていたエレベーターはウンともスンとも言わない。
「故障?」
「普通に考えたらね。でも……アンタ達、ちょっとこっちに寄りなさい」
 朱璃は研究員達に奥へ移動するよう命じた。顔付きが研究者から調査官としてのそれに変化している。危険を察知したのかもしれない。
 アサヒも思い出す。かつて剣照から聞いた話を。

『──すでに知っての通り、朱璃は王太女だ。このままいけば次の女王になることが決定している身。それゆえ彼女の命を狙う輩が存在する』

 あれから二ヶ月半の間、それらしい事件は何も起こっていない。けれど、もしかしたらこれがそうなのでは? 警戒しつつ周囲を見回す。洞窟の時と同じようにシルバーホーンの眼を借りれば何かわかるかもしれないが、あんなことがあった直後なので手助けを頼む気にはなれなかった。向こうも同じなのか、アサヒを通じてこの異変を見ているはずなのに特に反応を示さない。
 代わりにマーカスが何かを感じ取った。
 いや、思い出した。
「気配が無え……無さすぎる。この感じ、まさか……」
 外にいるはずの兵士達の話し声や物音が聴こえて来ない。何かがそれらを遮断している。彼は似た空気を三年前に経験したことがあった。
「扉に近付くな……」
 そう注意してから自分は銃を構え、その扉に近付いて行く。そこだけ小さなガラス窓がついていて外が見えるのだ。
 窓を覗き込んだ彼に朱璃が訊ねる。
「異常は?」
「わからねえな……壁しか見えねえ。この箱が止まってる以外にゃ──野郎ッ!」
 突如、頭上に発砲するマーカス。その弾丸がカゴ室の天井を貫いたのと同時、上からも刃が突き込まれ咄嗟に身を捻った彼の右肩を浅く裂いた。
「チィッ!?
「なっ……」
 槍のようなものが一瞬見えたと、そう思った瞬間にはそれは再び天井の向こう側へ引き戻されてしまう。マーカスは左手で肩の傷口を抑え、見えない敵を睨みつけた。
「何よ今の!?
「ボウズ、扉を吹っ飛ばせ! 朱璃を連れて外へ逃げろ!!
「!」
 迷っている暇は無い。そう判断したアサヒは指示通りドアを蹴り飛ばす。カゴ室全体が歪んで分厚い金属製の扉が千切れ飛び、壁に当たって落下した。なのに、やはり音が途中で消える。落下したそれの生じさせる音が一切聴こえなくなった。
 確信したマーカスはアサヒの背中を叩く。
「行け!」
「朱璃っ!!
 今日三度目の抱擁。彼が朱璃を抱いて外へ飛び出した途端、マーカス達の頭上で不吉な音が響いた。金属を断ち切られた音だ。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?
「う、オオオオォォォォォォッ!!
 研究員達の悲鳴とマーカスの叫びが瞬く間に遠ざかる。ワイヤーを切断され数百m下に向かって落下して行った。
「マーカスさん!?
「緊急ブレーキがあるから大丈夫! それより来るわよ!」
 壁にしがみついた二人を追いかけ、エレベーターから離脱した敵影が迫る。その異様な姿を見たアサヒは驚愕に目を見開いた。
「なんだ!?
「アイツ、まさか!!
 それは無貌の黒い仮面で顔を隠した人間だった。やはり黒い袴を履き、烏帽子を被り、神職のような出で立ち。手には長刀を握っており、その刃には奇妙な紋様が描かれていた。柄も含めた全体が青白く輝く。魔素が放つ光輝とは違う色。アサヒには見覚えがある。
桜花(おうか)さん達と同じ!?
 術士──そう呼ばれる南日本の精兵達は北日本の魔法とは異なる系統の術を使う。かつて彼を赤い巨竜の体内からサルベージしてくれた恩人達も、やはり霊術と呼ばれるそれを使う際に全身を青白く発光させていた。
 敵は鳥のように飛翔し瞬く間に二人との間合いを詰めると、空中で刃を振るった。咄嗟に朱璃を庇うよう体を入れ替えたアサヒは同時に左腕を突き出し魔素障壁を展開する。
 ところが──
「なっ!?
 異色の輝きを放つ刃は障壁を切り裂き、彼の腕をも切断した。


「クソッタレ!!
 マーカスは床を撃ち抜き、その穴に銃口を突き入れて連射する。弾丸ではなく風の魔法を連続発射しているのだ。少しでも落下速度を緩めるために。
「ブレーキかけろ! 急げ!」
 研究員達に対して叫ぶ。敵は朱璃達を追いかける直前、運転士の首を切りつけた。即死するほど深い傷ではないが失血と急激な高度低下の合わせ技で意識が飛んだらしい。だから他の誰かが緊急ブレーキを作動させないと全員が死ぬ。
 本来ならこれだけ速度が出ていれば自動停止システムが働くはず。なのに全く動作する気配が無い。敵が破壊してしまったのだろう。
「わ、私が!」
 手動ブレーキが生きているかは賭けだったが、研究員の一人が飛びつくように運転席に移動して緊急停止と書かれたレバーを引く。すると甲高い音と共に減速が始まり、どうにかエレベーターは墜落前に停止した。
「何事だ!?
「何が起きたんですか!」
「誰かにワイヤーを切られて──」
 ちょうど、どこかのフロアの乗降口で止まったらしい。若干ズレはあったものの異変に気付いた兵士達が駆け付けて外扉を開け、研究員達を救助してくれた。マーカスも運転士を外へ運び出した後、斬られた右肩を押さえつつ近くの兵士に問いかける。
「ここは何層だ!?
「え? な、七層です」
「クソッ、半端なところで!」
 最下層なら仲間達がいた。けれど呼びに行っている暇は無い。アイツが相手ではいくらアサヒがついていようと安心できるものか。あれはある意味“竜”より厄介な敵だ。
「オレぁ上へ戻る! 今すぐ警報を出せ! 野郎がまた現れたぞ!」
 忌々しい名前。久方ぶりに思い出したそれを叫ぶ。
人斬(ひとき)(つばめ)だ!」
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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