六章・忘我(1)

文字数 4,834文字

 翌朝、アサヒは再び朱璃(あかり)の研究室を訪れた。ただし今度は部屋の主と一緒に。
 朱璃と連れ立って入って来た彼の異変を察し、先に出勤していた友之(ともゆき)が目を皿のように広げて訊ねる。
「ど、どうしたアサヒ? なんか疲れてないか……?」
 その言葉通り、アサヒの眼下にはうっすらクマができていた。それもそのはず、昨夜はロクに寝ていない。
「床が固くて……」
「はぁ?」
「この馬鹿、一緒に寝ていいって言ってんのに床で寝たのよ」
「あ、なるほど」
 朱璃がアサヒの部屋へ移ったことを知っているのだろう。彼女の説明であっさり納得する友之。さらに、そのままアサヒをからかった。
「お前、据え膳喰わぬはなんとやらって知ってるか?」
「? いえ、わかんないです」
 アサヒが素でそう返したため、彼は「ありゃ」と苦笑した。
「お前ね、もっと本を読めよ。こないだ貸した分は全部読んだのか?」
「あ、すいません。まだ一冊残ってて。昨夜読んで、今日持って来るつもりだったんですけど……」
「いいよいいよ、ゆっくり読め。今は班長と親睦を深めるのに忙しいだろうしな」
「やめてください……」
 苦虫を噛み潰した顔でうめくアサヒ。寝ていないから、そういう下世話な冗談に噛み付く余裕も無い。自分が昨夜どれだけ辛い目に遭ったと思うのか。
(俺だって中身は一七歳の男子なんだ……)
 そりゃ同世代の女の子と同じ部屋で眠ることになった以上、意識してしまうに決まっている。たとえ相手があの朱璃であったとしても。
(見た目は可愛いし……)
 疲れているせいで少しだけ思考が素直になった。外見だけなら本当に、かなり可愛いと思う。正直言って好みだ。アサヒ本人は気が付いていないのだが、彼は結構なマザコンである。そして朱璃は伊東 旭の子孫だけあって彼の母の面影も受け継いでいた。だから惹かれないはずがない。
 ただ、初対面で抱いた恐怖と悪印象が大きすぎて、これ以上の好意を抱くことは難しい。そんな状態なのである。
「アサヒ様は、そろそろ覚悟を決めるべきだと思います」
 いつものようについて来て壁際に立った大谷が、突然そんなことを言う。驚くアサヒと友之。彼女がここで自発的に発言することは珍しい。
 それになんだか昨日までと雰囲気が違う。その変化に気付いた友之はこっそりアサヒに耳打ちした。
「おい、お前ら昨日何かあったのか?」
「え? いや、地上へ出る前に三人で少し寄り道を」
「カーッ、いいなあ、お前、班長だけじゃなく大谷さんとまでデートかよ」
「なっ……ち、違いますよ。そんなわけないでしょ」
「じゃあなんだよあの態度は。いつもよりお前を見る目が熱っぽいじゃねえか?」
「気のせいでしょ」
「いや、ありゃ絶対お前のことが気になってるって。俺はそういうの鋭いんだ」

 ──幼馴染(こなみ)からの好意に全く気付いていない彼が言うと、何の説得力も無かった。

 なにはともあれ、このままだと苦手な色恋の話が延々と続いてしまう。一旦友之を押し退けたアサヒは部屋の奥へ向かった。
「ちょっと、もう一回顔を洗ってきますね」
「おう、これ使えよ」
 ハンカチを貸してくれる友之。体育会系な見た目に似合わず、こういうものはしっかり持ち歩いているし気遣いもできる。どうしてその能力をカトリーヌや小波相手に発揮できないのかが謎だ。
「ありがとうございます」
 礼を言って研究室の奥に備え付けられた洗面台へ近付く。今になって気が付いたが、ここは地下の自分の部屋と間取りが似ているようだ。
 直後、眉をひそめて首も傾げるアサヒ。不思議なことに、蛇口を捻っても水が出て来ない。
「あれ?」
「どした?」
「いや、水が出なくて……」
「またか。別の部屋のはいけると思うから、どっか借りて来いよ」
「そうします」
 なんだか慣れた様子の友之に言われた通り、朱璃に断りを入れ、大谷に同行を頼み、すぐ近くの男子トイレまで移動する。こちらは水こそ出たが、やはり妙に出が悪い。
 すると、その様子を廊下から見ていた大谷が嘆息した。
「これは配管が壊れたのかもしれませんね。後ほど設備課に点検を頼みます」
「……もしかして、よくあることですか?」
 さっき友之は“またか”と言っていた。珍しいことではないのだと思う。
 予想通り頷く大谷。
「古いですからね。この建物だけでなく、地下都市全体が」
「ですね……」
 昨日の朱璃との会話、そしてピラー上部から眺めた都市全体の様子を思い出す。今すぐにどうこうなってしまうわけではないだろうが、それでも確実にこの街の限界は近付きつつあるのだ。
 だからといって安易に地上へ出て行くわけにもいかないのがもどかしい。今の地上世界は人類にとって過酷すぎる。
(朱璃に期待するしかないんだろうな……)
 彼女の研究が実を結べば、近い将来には地上への移住も現実的になるかもしれない。アサヒは改めて自分に課された役割の重要性を噛み締める。
 研究室に戻った彼は、友之に借りたハンカチを返さず、窓際に干した。自分の顔を拭いた後でそのまま返すのも申し訳ないと思い、軽く洗っておいたのだ。
「ありがとうございました。まだ濡れてるんで、ここに干しときますね」
 三〇分もしたら乾くかもしれない。大谷が水と結合している魔素を操り、脱水までしてくれたのだ。兵士や調査官が身に着けている魔素の操作技術は洗濯にも役立つらしい。
「了解了解。他の水道はちゃんと出たか?」
「トイレのは使えました」
「そか。ならまあ急ぐ必要は無いけど、設備課には伝えないとなあ」
 ぼやいた友之は、さっきから白い布で小さな部品を丹念に磨き続けていた。彼は彼で何かのメンテナンス中らしい。
「あ、そうだ」
「ん?」
 彼が一部で人気の作家だと聞いたのを思い出し、友之の著作について訊ねてみようとするアサヒ。
 しかし、それより先に朱璃が会話へ割り込む。
「アンタ、さっきから何してんの?」
「あ、いや、ちょっと調子が悪いもんで整備を」
「へえ? 見せてみなさい」
 朱璃が覗き込んだ机の上にはたくさんの部品が並んでいた。それが何なのかアサヒにはしばらくわからなかったのだが、見覚えのあるグリップを見つけてやっと理解する。
「これ、いつもの銃ですか?」
「そう、班長が開発した“MWシリーズ”の突撃銃モデル(アサルトライフル)。初めて量産配備された型だぞ。正式名称はMW二〇五。MWってのはマジック・ワンドの略な?」
 この銃には、朱璃達の使う“疑似魔法”の効果を増幅する触媒が封入されているそうだ。だから“魔法の杖”と名付けたのだろう。
「数字はどういう意味なんです?」
「二〇〇番台は突撃銃がベースになってるって意味だ。二〇一から二〇四は試作品。元の銃の名前はAK四七って言って、大昔にロシア、いや当時はまだソ連か。ソ連で作られた傑作銃でな、世界中で使われてたんだぞ」
「へえ……」
 銃のことには詳しくない。なにせ、あの頃の日本では滅多に見る機会の無かったものだ。だから説明を聞いてもアサヒにはいまいちピンと来なかった。
「日本にもたくさんあったんですか?」
「いや、研究用に輸入してたって話は見たけど、自衛隊の装備にはなってなかったんじゃないか? こいつはたまたま初代王の時代から遺ってたもんを解析して造られたレプリカだよ。たしかマーカスさんのご先祖の持ち物でしたっけ?」
「そう、海外から来たマフィアだったらしいわ」
「なるほど」
 つまり精巧な紛い物だ。自身の境遇と重ね合わせたアサヒは親近感を抱く。
 友之はさらに解説してくれた。
「こいつは単純な構造でな、おかげで今の技術でも再現しやすかった。それに造りがシンプルな分、どんな環境でも動作不良を起こしにくくて整備も楽ときてる。流石は世界一多くの兵士に使われた軍用銃だよ」
「凄いんですね」
 この銃もだが、友之の知識量にも驚かされる。流石、特異災害調査官と作家を兼業しているだけのことはある。
「ちなみに一〇〇番台は狙撃銃型。(スナイパーライフル)三〇〇番台は短機関銃(サブマシンガン)型。四百番台は軽機関銃型(ライトマシンガン)。五〇〇番台は重機関銃型(ヘビーマシンガン)だ。今のところMWシリーズはこの五種類しかない」
「あれ? 昨日朱璃が使ってた拳銃は?」
「ただのデリンジャーよ。魔法を増幅する機能は無いわ」
 友之ではなく本人が、無数の部品を眺めつつ回答した。
「デリンジャー?」
「一発か二発しか撃てないちっこい銃だな。隠して持ち運びやすいから昔は護身用や暗殺目的で使われてたもんだ」
「へえ……あ」

 暗殺、という物騒な言葉が出たことで、アサヒは懸案を思い出す。

「そうだ朱璃、昨夜の話……」
「わかってる。他の皆が来たら始めるからそれまで待ってなさい」
 直後、朱璃は部品を一つだけ目の高さまで持ち上げた。さらに頭上まで掲げて何かを確認し、小さく頷く。それは液体の入ったガラス管のようなパーツ。昨日の実験で使った装置に似ている。
「不調の原因はこれね。魔素整流管のここんところ」
 と、管の端の部分を指差す。そこには青みがかった金属のフタが嵌っていた。
「何か変ですか?」
「よく見なさい、くすんでるでしょ。劣化してるわよ」
「えっ?」
 たしかに、よくよく見ないとわからない程度にその部分だけ変色していた。ほんの少しだけ黒ずんでいる。
「前回交換してからの期間は?」
「三ヶ月です」
「半年は保つはずだけど、品質にムラがあるのかしら?」
 舌打ちする彼女。現在の技術では、どうしても昔ほど工業製品の質を均一に保つことは難しい。それにしたって六ヶ月が三ヶ月になってしまうのは問題だが。この誤差は命がけで任務に当たる自分達にしてみると大きい。
「別の要因も考えられるし後で改めて検査する。これはもうこのままにしておいて保管庫から予備の銃を持って来なさい。ついでに持って来てもらいたい物もあるし。ええと……ほら、申請書」
「ありがとうございます」
 新しい銃を持ち出すための申請書に素早く必要事項を記入し、手渡す朱璃。友之は「なんか多くありません?」と首を傾げたものの、朱璃と二言三言交わした後に敬礼して出口へ向かった。
「あ、ついでに設備課に水道のこと言ってきますよ」
「お願いね」
「うっす」
 彼が出て行った後、アサヒは机の上に並べられた部品を眺め、風変わりなものを見つける。
「これって、もしかして?」
 透明なキューブの中に小石と砂が封じられていた。他にも透明な液体が入っているものや黒い石と色の付いた液体の組み合わせなど計五種類ある。
「それが触媒」
「やっぱり」
 彼女達の使う“疑似魔法”とは、自分の脳内に思い描いたイメージを体内の魔素に再現させ放出する、いわば人為的な小規模記憶災害だ。そのため通常の記憶災害と同じように周囲の環境から影響を受ける。雲の中で記憶災害が発生すると竜巻になったり飛行型の竜が出現してしまうように、銃の中に自然環境の一部を封入しておけば体内から放出した魔素はその触媒に触れつつイメージの再現を始める。それによって方向性がより明確に定められ魔法の効果が増す。そういう仕組みらしい。
「こんなに小さいんだね」
「大きくちゃ本来の銃としての機能に支障が出るもの。小さくても十分な効果を発揮する触媒だけに厳選してあんのよ」
 それを見つけ出すために、かつての朱璃は何百何千時間と調査研究を繰り返してきたのだとも聞いた。
 アサヒは無意識のうちに手を伸ばす。
「朱璃は偉いね」
 そう言って彼女の頭を撫でた。
「……は?」
「あっ」
 しまった、いったい何をしてるんだ自分は。我に返り青ざめるアサヒ。こんな子供扱いをしたら怒るに決まってるだろう。慌てて手を引っ込めたものの、時すでに遅し。
 朱璃はニコッと微笑んだ。いつもの小馬鹿にするような笑みより、そっちの方が遥かに恐ろしく感じる。
「アンタに挫けられても困るから多少は加減してやろうと思っていたけど、おかげで気が変わったわ。今日の特訓はスパルタ方式に変更よ」
「お、お手柔らかに……」
「ご愁傷さまです」
 大谷は触らぬ神に祟り無しとばかりに明後日の方向を見つめ、心の中で合掌した。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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