一章・血族(1)

文字数 6,420文字

 ──彼等との出会いは、八週間前のあの日だった。

「というわけで結婚するわよ、アサヒ!」

 小柄で気の強そうな赤毛の少女が、いきなりアサヒに口付けた後、そう言って袖で涎を拭った。澄ましていれば愛らしい顔立ちなのに、この時は腹を満たした獣の如き様相で笑っていた。
「よろしい、認めます」
 現女王である彼女の祖母も、あっさりとその宣言を認めてしまう。アサヒ自身が望んでおらず、事前に何の話も聞かされていなかったというのに。
 自分の意思を無視された形での突然の婚約。謁見の間に並ぶ王室護衛隊の隊士達がざわつく中、予想外の急展開に呆然としていた彼は、気が付けばいつの間にか別室へ案内されていた。それも朱璃(あかり)達から引き離され一人になってしまっている。
 我に返り、心細さに襲われた彼を見据え、案内の兵士は「どうぞ、中へ」と促す。すでにドアは開かれていた。上の空だったので、どうしてここへ連れて来られたのかを全く覚えていない。当然躊躇したのだが、目の前の兵士に「お早く」と厳しめの口調で急かされてしまったので反射的に踏み出した。
「──」
「へえ」
「来たか……」
 上品な壺や絵画で適度に飾られたその室内には、すでに四人の先客の姿があった。長方形の座卓を囲む形で三人掛けのソファが左右に一つずつ。そして手前と奥に一人掛けのソファが、やはり一対。計八人分の席が配置され、左右と奥に年齢のバラバラな男女が一人ずつ腰かけている。さらに左の壁際にはメイド服を着た黒髪の女性も立っていた。この時はまだ名前を知らなかったが、後に長い付き合いとなった小畑 小鳥である。
 奥の椅子に座っているのは白髪混じりで右頬に大きな古傷がある壮年の男だ。いかにも偉い人だとわかる雰囲気を醸し出しており、教科書で見た日本軍の将校風の軍服を着込んでいる。席の位置から考えてもこの場で最も身分の高い人間だろう。
 一方、右のソファに腰かけているのはどこかで見たような顔の三十代くらいの女性だった。どこかの誰かのようにベーシックな黒いスキンスーツだけを装着している。背が高く均整の取れたプロポーションの持ち主なのでアサヒは咄嗟に視線を逸らした。本当に女性が着ていると目のやり場に困る服だ。
 また、左の人物も良く見知った人間と似た顔立ちだった。おそらくは自分よりも年下の少女。別人だという確信が持てず、慎重に問いかける。
「朱璃……?」
 彼女の顔は星海(ほしみ) 朱璃と酷似していた。先程突然自分の婚約者になってしまった、あの少女だ。しかし、どこかが違う気もする。アサヒが眉をひそめつつ見つめると、少女だと思っていた相手は存外低い声で彼の誤解を否定する。
「いやいや違うよ。良く間違われるけどね」
「え? あれっ? 男の子?」
「そう、君と同じさ」
 ニヤつきながら頷く少年。その笑い方も良く似ている。朱璃の兄弟だろうか?
(あっ)
 次の瞬間、アサヒはもう一つ気が付いた。中央の男の白髪に混じる数本の束も、右の女の頭髪も、どちらも少年と同じ色。壁際の侍女と自分以外、全員が夕焼けのような赤い髪の持ち主だと。
(この人達、もしかして)
 こちらが素性を察したタイミングで、男が切り出す。
「良く来てくれた、まずは座りたまえ。互いに名乗るのはそれからにしよう」
「あ、はい」
 警戒しつつも促されるまま手前の椅子へ腰を下ろす。背後ではドアが静かに閉ざされた。同時に壁際で控えていた女性が音も無く動き出し、洗練された手つきでお茶を淹れ、彼の前に置く。
「どうぞ」
「あ、どうも、いただきます」
 緊張で喉がカラカラになっていたところだ。ありがたく一口啜る。ズッと音を立ててしまうアサヒ。正面の男の眉がいきなり持ち上がった。
(しまった……)
 冷や汗を垂らしつつそっとカップを置く。今のはやはり無作法だったろうか? そもそも、この一番偉そうな人の承諾を得てからでないと口をつけてはいけなかったのかもしれない。結果的に茶を飲んだことでかえって緊張の度合いが増してしまった。
 うろたえる彼を、けれど男は咎めない。ただ、少しばかり瞳に失望の色が浮かぶ。
 そして、そんな彼を左の少年がたしなめた。
「父さん、その態度は初代王に失礼じゃないかな」
 どうやらこの二人は親子のようだ。
「彼は伊東(いとう) (あさひ)ではない」
 男はそう言って右手を上げ、軽く動かす。すると小畑は小さく頷き、何も訊かず部屋の外へ出て行った。どうやら人払いの合図だったらしい。入口に立っていた兵士も彼女と共に退室する。
 部屋の中が着席している四人だけになったところで、男は再び口を開く。
「この部屋は防音が効いている。外には見張りが立っているが、大声さえ出さなければ中の会話が聞こえることは無い」
「はあ……」
 何か後ろめたいことでも話すのだろうか? 訝ったアサヒを見て男は再び眉根を寄せ、少年はプッと吹き出す。
「なんとも純朴な性格だね。伝承では高材疾足(こうざいしっそく)、知と勇を兼ね備え、なおかつ仁徳溢るる完璧な王だったと謳われているのに」

 王? さっきもそうだったが、自分をそう呼ぶということは──

 アサヒの疑念に対し、二人は同時に首肯した。
 直後、それまで黙っていた右の女がやっと発言する。
「君が何者かは承知している。だが一応確認させてもらおう。君は初代王の模倣体で魔素(まそ)によって全身が構築された生物型記憶災害。通称はアサヒ。間違い無いな?」

 ──やはりか。この三人は自分が伊東 旭を再現した記憶災害だと、すでに知っているらしい。なら隠す必要も無い。アサヒも頷き返す。

「その通りです……それで、あなた達は?」
 予想はついていたが、やはりこちらも確認のつもりで訊ねてみた。すると奥の男が最初に名乗りを上げる。
「星海 剣照(けんしょう)。現女王陛下の甥で元帥に任命されている」
「げんすい……?」
「ようするに軍事のトップだよ。陸軍・海軍それぞれに大将がいるけど、うちの父さんはその両方の上役だ。護衛隊だけは王の直属だけれどね」
 不慣れな軍事用語を聞いて戸惑っていると、少年が親切に解説してくれた。なるほどと納得しつつ彼の父・剣照を見る。するとこちらは何故か叱責するかのような厳しい眼差しを息子へ向けていた。
「お前も名乗れ」
「ああ、ごめんごめん。アサヒ君もすまないね、たしかに自己紹介が先だった。僕は開明(かいめい)。君は初代王の一七歳当時の姿を再現しているというから、こっちが一歳下だ。僕は軍人でも調査官でもない、ただの学生だよ。この場には王族の一人として同席しているだけ。さっきも間違えられたが朱璃とは“はとこ”同士で、君とも親戚ということになる。これからよろしく」
「あ、どうも」
 差し出された右手を素直に握り返すアサヒ。開明と名乗った彼は女の子のような外見をしているが、この手の平も柔らかくて華奢だ。思わずドキッとしてしまう。
(それに、やっぱり似てるな……)
 髪を伸ばせば、ぱっと見では朱璃と見分けられない。親戚とはいえ男女でここまで似るのは稀ではないだろうか?
 似ていると言えば、こちらも──右に顔を向け、残る一人へ注目した。彼女はアサヒの視線に気が付き、ようやく自らを語り出す。
神木(かみき) 緋意子(ひいこ)。特異災害対策局の局長だ。先日の福島の一件では、うちの者達が世話になった」
「あ、はい、こちらこそ、お世話に……」
 あれ? 頭を下げられ、下げ返しつつ、予想が外れたことに戸惑うアサヒ。話の流れから彼女も王族ではないかと思ったのだが、姓が異なる。
 直後、再び開明が含み笑いを漏らした。
「ふふ、緋意子おばさん、肝心な言葉が抜けていますよ。あなたは朱璃の母親でしょう」
「えっ、朱璃の!?
 一度は他人だと思い込んだせいで驚いてしまったが、自己紹介される前に予想していた通りの人物ではあった。血縁が無ければここまで朱璃と似ているはずもない。
「……」
 目を見開いたアサヒに凝視され、それでも眉一つ動かさない神木。鉄面皮のまま平然と言い放つ。
「すでに親子の縁は切った。あれと私は上司と部下の関係でしかない」
「……は?」
 あまりの言い様にアサヒは鼻白む。しばらくの間、目の前の相手が何を言ったのか理解できなかった。

 縁を切っただって? まだ一五歳の子と?
 なら、二人の姓が違うのは──

「神木というのは亡くなられた旦那さんの姓だよ。娘とは縁を切れたのに夫との繋がりは断ち切れないらしい。未練がましいね」
 冷笑を浮かべ、嫌味ったらしく言葉をぶつける開明。しかし、それでもやはり緋意子の表情は変わらない。剣照も我関せずという態度で黙っている。いったいどうなっているんだ、この一族は?
(俺の子孫なのに性格の悪い人ばっかりだ……)
 自分の遺伝子が悪かったのだろうか? それとも記憶に無い配偶者の方? まだここに連れて来られた理由さえわからないのに、早くも気が滅入り始めた。
「そろそろ本題に入ろう」
 神木に助け舟を出す、というより、興味の無い話を打ち切ったかのような態度で話題を変える剣照。他の二人も一旦切り替えた様子で、それぞれの顔をアサヒに向けた。
 急に三者に注目され、再び緊張で固まってしまう彼。
 剣照は厳しい顔付きのまま、そんなアサヒをまっすぐ見据えた。
「まずは、突然の婚約発表に驚いたと思う。それについて説明しよう」
(あれ?)
 拍子抜けした。てっきり自分の抱える爆弾のことや初代王の記憶について問われるものだと思っていた。いや、たしかにそれも知りたかった話ではあるのだけれど、優先順位の付け方がおかしくないか?
 アサヒが訝り、首を傾げても、剣照は構わず説明を続けた。
「端的に言うなら、陛下は君に三つの役割を期待している。そのため朱璃の婚約者という立場を与え、自然に近くにいられるよう配慮なされた」
「役割?」
 つまり自分達の婚約はそれを支障無くこなすための建前? 本当に結婚させられるわけではないのかもしれない。アサヒは少しだけホッとする。

 ──朱璃のことは嫌いじゃない。嫌いなんじゃなくて怖い。なにせ初対面でいきなり拷問にかけられた相手だ。その後も散々な目に遭わされている。苦手意識を持たない方がおかしい。あの悪魔っ子と結婚したら夫婦であることを口実に今まで以上に無体な実験を強要されるかもしれない。

『ダーリン、アンタが毒にどれだけ耐えられるか試したいから、今日の夕飯は猛毒尽くしのフルコースよ。さあ、まずは青酸カリ入りのスープから召し上がれ♪』

(……うわあ)
 青ざめるアサヒ。自分で想像しておいてなんだが、本当にやりかねないから怖い。彼女はどうもこちらを実験動物(モルモット)か何かとしか認識していないようだし。
「まず、一つ目」
 アサヒが嫌な未来を想像している間にも、やはり剣照はそのまま話を続けていた。こういう他人の顔色を窺わないところは流石親族。朱璃と似ている。
「朱璃を護衛してもらいたい」
「護衛?」
「すでに知っての通り、朱璃は王太女(おうたいじょ)だ。このままいけば次の女王になることが決定している身。それゆえ、彼女の命を狙う輩が存在する」
「!」
 ピンと来たアサヒの脳裏にある男の顔が浮かんだ。容疑者としてではなく朱璃を守る側の人間として。
(マーカスさんがいつもピリピリしてるのって、ひょっとすると朱璃がそういう人達に狙われてるからなのか……?)
 ベテラン調査官のマーカスは朱璃の亡き父親の親友で彼女にとっては育ての親でもあるそうだ。いつも傍にいて守っているのは親心からだと思っていたのだが、どうやらそれだけではないらしい。
「あの、護衛ならマーカスさん達がいるんじゃ?」
 わざわざ半分怪物の自分に頼らなくても、朱璃の傍にはマーカスを始めとした星海班の仲間がいる。彼等なら相手が“竜”でもない限り彼女を守り抜けるだろう。
 アサヒの言葉に剣照は小さく頭を振る。
「もちろん彼等にも、その役割は期待されている。しかし、あの娘は自ら好んで人の手に余る危険へと近付いて行くだろう?」
「ああ……」
 それもそうか。特異災害調査官の任務は記憶災害の調査。そして再発に備えた対処法の研究。朱璃の場合、そこからさらに一歩進んで生物型記憶災害の打倒を目指している。父を“竜”に殺されたからだ。彼女は復讐のためなら躊躇無く自分の生命を賭ける。剣照達が心配しているのはそれか。
 たしかに自分なら“竜”が相手でも対抗できる。なにせ自らも“竜”なのだから。アサヒは頭を掻きながら訊ねた。
「じゃあ、朱璃達が地上へ行く時には、俺も?」
「そうなる。君には可能な限り彼女の身の安全を確保して欲しい。そのためならば彼女の指示に背いたとしても許されるだろう。これは女王陛下からの要請だからな」
「なるほど……」
 朱璃より立場が上の女王からの頼みとなれば、朱璃の命令に逆らったとしてもこちらの立場が悪くなることはない。後でフォローしてもらえる、という意味だと解釈した。
 とはいえ朱璃のことだ、場合によってはかなり怒るだろう。まだよく知らない女王よりどちらかといえば彼女の怒りの方が怖い。
(いや、守るよ? そりゃ俺だって、あの子が危なかったら守るけどさ……)
 なんでだろう? 自分の方が絶対に強いはずなのに、自分に守られている朱璃の姿を上手く想像できない。むしろ、ことあるごとにこちらが助けられそうな気がする。
 まあ、それはともかくとしても、彼等の提案には一つ大きな問題点があった。肝心な報告が届いていないのだろうか?
「あの、聞いてませんか? 俺は変異種や竜を引き寄せる体質なんですけど……」
「無論、知っている」
 答えたのは朱璃の母親だという神木。
 冷徹な眼差しをアサヒに向け、だからどうしたとでも言わんばかりの表情で回答する。
「それはそれで都合が良いと判断した。あの子の目的を考えれば変異種や生物型記憶災害と戦う機会が増えることは、むしろプラスに働く。たとえその結果、命を落としたとしても本望だろう。本人が望んだことの末路だからな」
「……」
 絶句するとはこのことか。今度こそ完全に言葉を失うアサヒ。本当にこの人は子を持つ親なのか? 自分の母とのあまりの違いに怒りすら湧いてこない。まるで別の世界から来た生物だ。朱璃に対して抱いているのとは別種の恐怖と嫌悪感を感じ、早々にこの場から離れたくなる。
 しかし剣照の言葉に引き留められた。
「……誤解無きように言っておこう。我が国における王とは権威の象徴にあらず。民を守り、導ける強者でなければならない。緋意子の言い方は悪かったが、朱璃が次代の王を目指す以上、常に実績を求められる。そしてこれは君の責任によるところも大きい」
「俺の?」
「初代王が絶対的な強者だったからこそ、民は次の王にも同様の資質を求めた。そのため我々王族は代々“武”に重きを置いてきたのだよ」
 そう言いつつ、彼が見つめた先には息子の開明がいた。明らかに“武”という言葉からかけ離れた容貌の線の細い少年。もしかしたら彼は王族として失格だと見なされているのかもしれない。
「朱璃の場合まだ幼く、武人としては未熟。だが、あの頭脳と執念が生み出すものは現状を打破する鍵となるやもしれん。だからこそ女王陛下に王太女として選ばれた。ならば朱璃にも、その期待に応える義務がある」

 なるほど、話はわかった。
 けれど理解はできても納得はできない。いくら理由があるからといって一五歳の少女を過度の危険に晒していいのか?

(まあ、本人は喜ぶだろうけどさ)
 ああ、つまりはそういうことか。あの年齢で特異災害調査官という危険な仕事に就いているのも、彼女自身が望んでいて、周囲に止めるつもりが無いからなのだ。
 国のトップに立つ者達が揃ってその調子では誰も口を挟めまい。
(本人からして、周りが心配したとしても、余計なお世話だって返すんだろうしな……)
 モヤモヤしたアサヒは気を取り直すため、もう一度お茶に手を伸ばす。
 彼がそれを口に含んだタイミングで、今度は開明が告げた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み