五章・斬燕(1)

文字数 4,945文字

 ──北日本王国では三年前、正体不明の辻斬りが王都に出没し巷を騒がせた。仮面で顔を隠した袴姿の怪人が青白く輝く刀を振るい、夜な夜な人を襲って殺していたのだ。被害者は一般市民だけでなく兵士や調査官、果ては王族の一人にまで及んだ。
 当然、軍は大量の人員を投入して対処に当たった。王室護衛隊や対策局も協力し一丸となって追跡した。にもかかわらず、誰一人この怪人を捕えることはできなかった。
 彼はその名の通り自在に宙を舞い、追跡者達を翻弄したのである。さらには魔素障壁(シールド)を容易く切り裂く刃を持ち、熟練の戦士をも圧倒する剣技で一方的に殺戮を行った。女王の指揮で罠にかけ一時的に追い込むことこそできたものの、一瞬の隙を突かれて包囲網から脱出を許し、そのまま見失ってしまっている。
 結局、怪人“人斬り燕”はどこの誰なのかもわからぬまま姿を消した。服装から南日本の刺客だったのではないかという噂も立ったが真相はわかっていない。以来、いつかまたあの怪人が戻って来るのではないかという恐怖に人々は怯え続けている。
 そして今日、恐怖は再び具現化した。


「ぐっ!?
 腕を斬られたことで動揺するアサヒ。魔素がすぐに欠損した箇所の復元を始める。だが敵は待ってくれなかった。さらなる追撃が繰り出され、今度は朱璃(あかり)を抱えたまま大きく跳んで避ける。
(障壁が斬られた!? ドラゴン(あいつ)の攻撃だって止めたんだぞ!?
 知らず自身の力に驕っていた彼のその動揺に付け込み、間髪入れず再び距離を詰める敵。空中に展開した足場を蹴って直線的に移動するこちらとは異なり、滑らかな軌跡を描いて追いすがって来る。
「ここは狭い! 壁の向こうへ!」
「わ、わかった!」
 朱璃の指示を受け、アサヒは自身と彼女を障壁で保護しつつ旧エレベーターシャフトとこの小シャフトを隔てる壁に体当たりした。幸い大した厚みは無く、簡単に貫通して広い空間に躍り出る。
 当然、敵もその穴を通って追って来た。しかも素早い。十分な距離を空けるためさらに二度、三度と空中でバックステップを繰り返すアサヒ。ところが大きく跳び過ぎたせいですぐに反対側の壁に背中がぶつかってしまう。
「あっ!?
「馬鹿、早く横に──」
 カッと音を立ててナイフが一本、その壁に突き立った。途端に彼の動きは凍り付く。
(な、なんだこれ!?
 突然、見えない壁の中に埋め込まれたような感覚。どれだけ力を込めても眉一つ動かせないし声すら上げられない。
「ちょっと、どうしたの!? 早く動きなさい!」
 彼の腕の中で焦る朱璃。アサヒは気付いた。敵の仮面の上部にある細いスリット。そこから覗く黒い目が少女を見つめていることに。やはり狙いは彼女の方。
(逃げろ朱璃!)
 心の中で呼びかけるも当然届かない。そもそも硬直した彼の右腕が彼女の動きを阻んでしまっていた。朱璃も敵の接近に気が付き、怯えた表情で振り返って──直後、ポケットに突っ込んでいた右手を引き抜く。
「ハン!」
 怯えの色が一瞬で消し飛び、嘲笑と共に引き金を引く彼女。隠し持っていたミニサイズの拳銃で発砲。弾丸が刺客の胴体にめり込む。
 バランスを崩して落下する怪人。そのまま真下に積まれていた木箱の山を粉砕しつつ墜落した。
「ったく、世話が焼けるわね」
 そう言うと朱璃は壁に突き立ったナイフも撃って破壊する。途端、アサヒの体は自由を取り戻した。
「──っく、あ!? な……なんだったんだ、今の?」
「影縫いよ。南の術士が使う行動阻害の術」
「え……? じゃあ……」
 やっぱり、あの刺客は南から送り込まれてきたのか? 三ヶ月前に自分を救ってくれた恩人達の顔を思い出し、戸惑うアサヒ。できれば彼女達の仲間とは戦いたくない。
 朱璃は二発撃ったら弾切れのデリンジャーに新たな弾を込め、注意を促す。
「あれこれ考えるのは後にしなさい。また来るわよ」
「!」
 彼女の予想通り、崩れた木箱の山を吹き飛ばして再びあの怪人が姿を現す。銃撃されてこの高さから落下したのに全くダメージを負った様子が無い。
「う、撃て!」
「殿下をお守りしろ!」
 事態が飲み込めず遠巻きに様子を窺っていた兵士達が、ようやく朱璃の姿に気付いて銃を構えた。一瞬の後、無数の砲火に晒される怪人。ところが高速で飛来する弾丸は一つも彼を捉えられない。全ての射線が予め見えていたかのようにひらりひらりと身を躱す。
 それでも邪魔には思ったのだろう。突然急降下したかと思うと、兵士の一人を柄尻で叩き、昏倒させて銃を奪った。
 すかさず三連射ずつのバースト射撃。恐ろしく正確な狙いで次々に兵士達を薙ぎ倒す。そして彼等をあらかた片付けたかと思うと、再び空中に舞い上がって来た。
「なんなんだこいつ!?
 圧倒的過ぎる。再び狙われる立場になったアサヒは完全に腰が引けていた。怯えて逃げようとした彼に、しかし朱璃が真逆の指示を出す。
「待った! 前に出て、なるべく壁に近寄らないで戦いなさい! 影が出来るとまた縫い留められるわよ!」
「近付くの!?
「何ビビってんの、行け!」
「わ、わかったよ!!
 もうヤケクソだ。アドバイスに従い、今度はシャフトの中央付近で接近戦を挑むアサヒ。まずは一合、朱璃を狙った長刀を再生した左手で下から突き上げ攻撃を防ぐ。
(やれる!)
 そうだ、自分は“竜”だ。冷静になれば問題無い。魔素障壁が通じなくても人間相手なら圧倒的なアドバンテージを有している。

 ──そのはずだった。

「う、くっ!?
 敵の強さは想像を超えていた。太刀筋は一合ごとに鋭さを増し、かつて巨竜を翻弄した人外の反射速度でも対応しきれない。いや、むしろ、だからこそ騙される。相手は緩急を交えた巧みなフェイントでアサヒの反射を欺き防御に間隙を作り出した。左から打ち込むと見せかけ、一瞬の後に下から切り上げて来る。右に動いたかと思えば正面から突っかけ、人外の視力と反射神経が僅かな予備動作に対し思わず反応してしまった瞬間を狙い攻撃を繰り出す。
「チッ!」
 それを朱璃が牽制する。彼女は彼女で相手の動きを読み、発砲と魔法によってどうにかアサヒが衝かれた隙を埋め合わせていた。おかげで二人とも致命傷こそ免れているものの、すでに傷だらけである。そして次第に追い込まれ、再び壁が近付いてきたことに気付いた彼女は警告を発した。
「壁が近い!」
「くそっ!」
 全速でその場から離脱。けれどもやはり敵を引き離せない。速度で負けているわけではなく、移動先を読まれてしまっている。あっさり追いつかれ息つく間も無く再度の猛攻に晒される二人。

 強い、強すぎる。シルバーホーンと戦った時以上の窮地に焦るアサヒ。
 逆に朱璃は笑っていた。この状況で爛々と目を輝かせている。

(あの長刀、対魔素障壁に特化した術をかけてあるわね!?
 欲しい、その術の仕組みを是非とも知りたい。
「アサヒ! 絶対コイツを捕まえなさい!」
「無茶言うなっ!」
 捕まえるどころか、今は殺されないようにするので精一杯だ。
「近すぎる……!!
「これじゃあ手が出せんっ!」
 生き残りの兵士達も頭上を見上げて歯噛みする。両者が素早く動き回っている上、距離が近すぎて援護できない。下手に発砲すると朱璃にまで当たってしまう。
(どうしたらいいんだ!?
 次第に追い込まれていくアサヒ。無数の切創から漏れ出した血が魔素の霧になって立ち昇った。福島での戦い以来、彼の痛覚は麻痺している。だから痛みを気にすることは無い。とはいえこの状況が続けばいつかは集中が切れるだろう。自分だけならともかく朱璃の命まで預かっているのが辛い。紙一重で彼女を守り続けている緊張感から精神的には早くも限界に達しつつあった。
 そしてとうとうその時が訪れ、ほんの一瞬だけ足を止めてしまった瞬間、敵は致命的な一手を打ち込んできた。

 長刀が足場の障壁を斬り裂く。

「あっ!?
 動揺しなければ、すぐに別の足場を作り出すなり魔素を噴射して逃げるなりの対処法があった。けれどこれまでの攻防で精神をすり減らされていたアサヒは頭が真っ白になってしまい、朱璃ごと落下を始める。
「ちょっと!?
 朱璃が叫んだその声も彼の耳を素通りする。スローモーションのようにゆっくり風景が流れ、敵の動きが鮮明に見えた。自身も急降下しながら槍を突き込む怪人。受け止めようとした彼の左手を障壁ごと貫き、切っ先が朱璃の眼前に迫る。

 その刃が、弾丸に弾かれた。

「ッ!?
 今度は敵が驚き、背後へ振り返る。視線はすぐにスロープを駆け上がってきたマーカスの姿を捉えた。
 直後、アサヒと朱璃が墜落する。床にぶつかる寸前、兵士達が風の魔法でクッションを作って衝撃を緩和してくれた。
 軟着陸した二人を逃がすまいと追撃をかける人斬り燕。
「させるか!」
 マーカスは銃撃で牽制しつつ周囲の兵士達に向かって叫ぶ。
「何してんだ! 撃て!」
「あっ!?
 朱璃とアサヒは床に落ちて、敵はまだ空中にいる。たしかに今がチャンスだ。気付いた兵士達は一斉に銃を構えて怪人を狙う。
「──! ッ!!
 無数の射線に追い回され四方八方飛び回りながら逃げる怪人。やはり当たらない。狙いをつけて発砲しようとすると、直前に射線から外れてしまう。何人かは未来位置を予測して偏差射撃を行った。だが、それさえも読まれている。
(コイツ、こっちの武器のことを熟知してやがる!!
 マーカスにはわかった。あれはこの銃の性能を知り尽くし、自らも扱いに慣れた人間の動きだと。兵士が狙いをつけて発砲する、その気配に深く馴染んでいるからこその正確な読み。
(仮面の下の中身は兵士か、調査官てことか!)
 銃の携行を許されているのも、日常的に射撃訓練を受けているのも北日本ではその両者だけだ。
 一転、人斬り燕は急降下した。再び朱璃達が狙われている。
「しまっ──」
 相手の狙いに気付いて躊躇するマーカス。敵はこちらと朱璃達の墜落地点を結ぶ直線上に割り込もうとしている。ここから撃てば朱璃達にも当たる可能性が高い。
(──いや)

 だからこそ撃つ!

 マーカスは再び引き金を引いた。驚きながら青白い障壁を展開して防ぐ怪人。
「あんた何を!?
「野郎が足を止めた! 撃ちまくれ!!
「し、しかし殿下に」
「大丈夫だ!」
 言葉通り、マーカスの銃撃による流れ弾が敵の後方へ逸れても巨大な魔素障壁がそれを防いだ。
「やってください!」
 朱璃を抱えたまま叫ぶアサヒ。正気に戻った彼が朱璃を守ってくれていることに気付き、兵士達もそれぞれの位置から再度攻撃を仕掛ける。
「この野郎!」
「くたばれえええええええええええええっ!!
 足を止めたその場で複数の方向から銃撃に晒される怪人。次第に全身を覆った輝きに亀裂が走り始める。どうやらあの光の膜も無敵の盾というわけではないらしい。

 チッ。

 舌打ちが聴こえた。アサヒがそれを聴き取った瞬間、敵は障壁で自分を包んだまま包囲網の一角に向かって突撃する。削り殺される前に脱出すべきと判断したようだ。
「ぐあっ!?
 兵士の一人が斬られ、包囲を突破した敵はそのままエレベーターの方へ走って行く。
「逃がさないで!」
 朱璃の願いも空しく敵は小シャフトの中へ姿を消した。立坑に身を躍らせる直前、丁寧に煙玉で煙幕まで張って行く。これでは地上に逃げたのか地下へ紛れたのかわからない。
「に、忍者かよ……」
「畜生、また逃がした……」
 後に残された者達は悔しがりながらも、とりあえず一息つく。同時に全身から冷たい汗が噴き出した。足に力が入らなくなってへたり込む者までいる。何人かは倒れた仲間達に駆け寄った。マーカスだけが戦意を保ったまま小シャフトに向かって走り、煙を払って中を覗き込む。
 そして──
「伏せろ!」
 壁に貼りつけられたものを見つけた彼は、咄嗟にそう叫んで魔素障壁を展開。
 次の瞬間、爆発が起こってフロア全体が大きく揺れた。爆弾だ。
「クソが……」
 追撃されるかもしれない可能性を考え、置き土産。相変わらず厭らしい手を使う。三年前、次々に人を殺して回ったあの時と同じ。
「帰って来た……あいつだ」
「人斬り燕だ……」
 兵士達もその脅威の名を呟き、青ざめた顔で爆破されたエレベーターシャフトを見つめ続けた。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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