四章・旅路(1)

文字数 4,748文字

 地上に雲が降りて来たかのような、高くて分厚い壁がそびえ立っている。それは絶えず右から左へ回転を続けていた。
「あれが……」
「そう、今の“東京”の姿」
 早朝、星海(ほしみ)班の面々は再び筑波山上へ登り、伊東 旭“もどき”に現在の東京を見せてやった。彼がしきりに気にしていたから。
 この距離でも見える巨大な銀色の壁。回転しながらそびえ立つ、濃密な魔素が形作った雲の結界。その中にあるのが、かつて日本の首都だった街だ。
 あの場所では二五〇年前の崩界の日以来、ずっと同じ状態が続いている。原因はすでに判明しているのだが、誰にもそれを取り除くことはできない。
 今は、まだ。
 雲の壁は地下や海中にまでは及んでおらず、中へ侵入すること自体は容易だ。でも生還できた者はほとんどいない。わずかな生還者もすぐに逃げ帰って来ただけで、二度と壁の向こうへ行こうとはしなかった。
 彼等の話によると、内部は常時“記憶災害”が荒れ狂っている地獄だと言う。あれだけ膨大な量の魔素が集まっていたら、それも当然のことだろう。
 中だけでなく、あの雲の近くも超がつくほどの危険地帯だ。だから今の関東地方に人間は暮らしていない。北日本の場合、福島の猪苗代湖の北側を通っていた国道49号線以南を全て進入禁止エリアと定め、許可を得た者以外の立ち入りを固く禁じている。
 南との交流が少ない一因もそれだ。日本海側から大きく迂回していけば最も危険な地帯を避けること自体は可能。だが現状、そこまで危険を冒すメリットが無い。海路も空路も使えない以上、移動手段は陸路に限られるからだ。長年放置された道路は崩壊してしまっているし、そのため車のような乗り物も使えない。必然、移動には長い時間と多大な労力を要する。また当然のことだが、危険地帯を避けたところで変異種や記憶災害に遭遇する可能性が皆無になるわけでもない。
 ついでに言うと、北と南は一度戦争したことがある。その時に不可侵条約を結んだので向こうへ渡ることは政治的な意味でも難しい。それは重大な協定違反にして犯罪行為なのだ。
「そんな……」

 朱璃(あかり)からそれらの説明を受けた“もどき”は膝をついてうなだれた。ようやく理解できたのだろう。今の世界の状況と自分自身の境遇を。

「じゃあ……母さんは、みんなは……」
「とっくの昔に死んでるわ。本物のアンタも含めてね、アサヒくん」
 人の意識を持つものを“もどき”呼ばわりするのは心苦しい。だからせめて名前で呼ぶべきだと班員達に諭され、しかたなく朱璃は従った。ただし彼女の中ではカタカナで“アサヒ”と呼んで区別を付けている。
 情など移してたまるものか。これは実験材料だ。人類がさらに前に進み、いつか“記憶災害”を屈服させるための踏み台に過ぎない。
「母さん……」
 霧の壁を見つめ、うちひしがれた様子で涙を流すアサヒ。そんな彼とは逆に、朱璃の瞳には強い憎悪が宿っていた。

 あの壁の向こうにいる敵を、いつか必ず葬ってやる。

 彼女が力を求める最大の理由はそれだ。この怒りと憎しみを受けるべき相手にぶつけてやりたい。そのためなら、どんなものだって利用してやる。
 それから三時間ほど調査を続け、彼女達は下山した。



 午後になり、星海班は再び移動を始める。物資が残り少ないため補給と報告を兼ねて人の住む街まで戻るのだ。朱璃としてはそのまま王都までアサヒを連れて行きたい。
 だがとりあえず、中継地点となる福島を目指す。おそらくは、そこでしばらく留まることになるだろう。アレの正体を考えれば、いきなり王都へ連れて行くことは難しい。お偉方に事情を説明して許可を得るまで、早くとも数日を要するだろう。長ければ──どれだけかかるのか朱璃にも計りかねた。なにせ、こんなことは前例が無い。
(まあ、ゴネるようならアタシが直接出向いて説得ね)
 それでかなりの時間を短縮出来るはずだ。
 もちろん班員達にも休息が必要。コンディションの低下は集中力の欠如を招き、ひいては任務の失敗や無意味な殉職に繋がりかねない。

 わかっている。自分は班長なのだ。彼等の命を預かっている。
 とはいえ残念なものは残念だ。不満そうに唇を尖らせる彼女。

「収穫はこれだけ、か」
 馬上で呟く。馬を操っているのは彼女ではなくマーカスで、朱璃はその後ろに背中合わせで乗っていた。上向きに広げた手の平には黒く煤けた鈴が一つ乗っている。
 あれから午前中の時間をめいっぱい使って筑波山の火災現場を調べてみたのだが、捜索範囲を広げても大したものは見つからなかった。
 発見出来たのはこの鈴と、いくつかの焼死体だけ。あの場にはアサヒ以外の人間も数名いたらしい。
(まあ、謎を解く取っ掛かりにはなるかもね)
 大きな発見とは言い難いが、小さくもない。まずまずの収穫である。
「連中、何をしに来てたんだ?」
「さあね」
 それを探り当てるだけの時間が無かった。やはり、もう一日くらい調査を継続するべきだったろうか? いや、やはり帰りの日数を考えるとタイムリミットだった。それにあの場所でこれ以上の手がかりが得られたようには思えない。見渡す限り全て焼き尽くされていたのだから。
 焼け方から察するに、あちこちで火が点けられたようだった。少なくとも自然発生した山火事ではない。放火、もしくは記憶災害の類だろう。油などの燃料の匂いはしなかったから多分後者だ。
 そして、焼死体の身に着けていたものはほとんど焼失してしまっていたが、傍には必ずこの鈴と同じ物が落ちていた。
 鈴には、その名の通り錫が素材として用いられることが多い。融点が低く加工しやすい金属だからだ。錫という字が“金”と“易”を組み合わせているのも鉄などに比べて簡単に引き延ばせる性質を表したからである。
 ところが、この鈴はあの火災に巻き込まれても溶けていなかった。耐熱性の極めて高い合金を用いているからだろう。相当な腕と知識が必要になる。現代の日本でこういう金属を作り出せる場所と言えば北日本の一部の工房を除けば──
(多分、大阪でしょうね……)
 よく見ると、表面には細かい八桁の数字が刻印されていた。この鈴の持ち主が誰なのかを示すためのものだ。つまりこれは旧時代の兵士が身に着けていた認識票である。持ち主は南日本の“術士”と呼ばれる者達だろう。

 霊術──そう呼ばれる技術が南日本には存在している。どうもこちらの“疑似魔法”とは異なる原理で超自然的な力を引き出すものらしく、その威力は絶大。一人の術士の力はこちらの精兵一〇人分に匹敵すると言われており、数人がかりでなら“生物型記憶災害”を倒すことも可能だそうだ。
 その代わり、疑似魔法以上に才能に依存するところが大きく、技術を学んでも才能の無い人間には小さな火一つも生み出せないという。そのため術士自体の人数は一〇〇人もいないそうだ。疑似魔法の場合、習得が容易で体格による許容量の差以外にはほとんど個人差が生じない。その点を考えると一概に霊術の方が優れているとも言い切れないだろう。

(忍者じみた体術も学んだって言ってたわね……動く時に鈴を鳴らしてしまうような奴は半人前だとか)
 昔、向こう側の事情に明るい人物から聞いた話だ。嘘か誠か知らないが、ともかく南の術士達がこの可愛らしい鈴を認識票として持たされていることは事実だそうな。実用性を考えれば無駄でしかないチョイスだと思うのだが、南の人間の考えることはよくわからない。
 ともあれ、そんな南の精兵が何故か不可侵条約を無視してこちら側まで来ていたらしい。正式な命令を受けてのことか、あるいは一部が脱走してきたのかもしれないが、なんにせよ穏やかな話でないことだけはたしかだ。アサヒと繋がりがあるかどうかも不明。
(まあ、状況的に無関係だと考える方が難しいわね)
 死体はどれも完全に炭化してしまっていたため、調べる価値無しと判断し、土に埋めて来た。余計な荷物はなるべく持たないに限る。
「アイツも覚えちゃいないらしいし、どうなってんだ?」
 馬上で首を巡らせるマーカス。その視線の先には小波と同じ馬に跨っているアサヒの姿があった。あの場に南の術士がいたと判明した直後、当然彼にも事情を尋ねてみたのだが、何もわからないと言う。自分達に保護される以前の記憶で最も新しいのは地下都市の建設作業に従事していた際のものだそうだ。
 彼自身の認識としては、平和な世界からいきなり二五〇年の時を超えてこの物騒な時代に現れてしまった、ということらしい。本当に友之の好きなSF小説のような話だ。
「術士達が何かした結果、彼等の死後に“再現”が行われたのかもしれないわね」
 魔素が記憶を“再現”する現象が記憶災害。そして、何が“再現”されるかはその時の周囲の環境から影響を受けて決まる。伊東 旭に関連する何かがあった、もしくは起きたからあの場でアサヒが誕生した可能性はある。
「ヤロウの言い分を信じるなら、たしかにありえる話だが」
 だが、真実を語ったとは限らない。少なくともマーカスは疑っていた。朱璃も半信半疑である。尋問時の反応を見る限り嘘をつかれたようには思えなかったが、人間は無意識にだって偽りを吐ける生き物なのだ。それを再現した彼もまた然り。
 ちなみにアサヒが小波の後ろに乗っているのは、消去法と運試しの結果である。街まで連れて行くと決めた以上、歩かせるわけにはいかない。移動に時間がかかりすぎる。かといって友之や真司郎、ウォールとの二人乗りでは体重が重すぎて馬が保たない。そのため残る女性陣二人のうちどちらかが同乗することになり、恨みっこナシのクジ引きの結果、小波が選ばれた。
「なんで私が……」
 優等生の小波も、流石に後ろに“生物型記憶災害”を乗せているこの状況では不平を漏らす。顔色も悪い。
「かんにんなあ小波。うちのクジ運が強いばっかりに」
 言葉とは裏腹にニコニコ顔のカトリーヌ。後輩が困り顔のこの状況を楽しんでいるのが丸分かりだった。
「だからアタシが一緒に乗るって言ってんのに」
「馬鹿言え」
 朱璃の再度の提案を即座に却下するマーカス。彼には他の何を差し置いてでもこの少女を守らなければいけない理由がある。人類全体にとっても彼女の頭脳を失うことは大きな損失だ。あんな化け物の近くに置いておけるはずが無い。
 万が一にも暴れ出した場合に備え、小波とアサヒを乗せた馬の四方は残る四人が固めていた。少しでも怪しい動きを見せたら撃てと命じてある。だからアサヒの表情にも緊張感が張り付いていた。
「まあ、野郎にゃ同情するがな」
 東京が壊滅していること。それから二五〇年が経過していること。そして自分が本物の伊東 旭ではないこと。どれ一つ取っても簡単には受け止め切れない事実ばかりだ。むしろよくこの状況で冷静さを保っている。
(案外肝が据わってんのかもな)
 だとすると好感が持てた。しかし、だからといって甘い顔は見せられない。彼等調査官は誰より近くで記憶災害の脅威を目の当たりにしてきたのだ。たとえそれが人の形をしていようとも、あれが魔素の塊である以上、油断など出来るはずもない。
(本当なら今すぐに始末してえ)
 とはいえ──
「殺しちゃ駄目よ? 貴重なサンプルなんだから」
 彼等の班長がアレの始末を認めていない。どうしても王都まで連れ帰って詳しく調べてみたいらしい。
「許可が下りねえと思うがな」
 生物型記憶災害を王都に持ち込むなんて本来なら極刑に処されてもおかしくない行為だ。福島まで連れて行くだけだって相当にヤバい。
 なのに背後からは朱璃の自信満々の気配が伝わって来る。
「下りるわよ、アタシのお願いならね」
「やれやれ」
 そんなこたぁ無いと言い切ることは、彼には不可能だった。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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