三章・実験(1)

文字数 5,911文字

 地下都市と地上は東西南北四基の巨大エレベーターによって繋がっている。無論旧時代のエレベーターがそのまま稼働しているはずは無く、現在は旧エレベーターシャフト内を八枚の隔壁で八層に隔て、それぞれの階層を後付けのスロープで行き来できるようにしてある。
 また、それとは別にシャフトの内壁に埋め込まれたかつての点検用小型エレベーターを水力式に改造して稼働させており、数人ずつならスロープを使うよりも早く地下と地上の間を行き来可能だ。
 そのエレベーターは昔のようにAIで制御されているわけではない。なのでかご室内に運転席が設けられ運転士が一人常駐していた。アサヒ達が乗り込んだそれの運転士は小柄な老人。少年少女と護衛隊士という奇妙な組み合わせを見て眉をひそめる。
「なんだ、お前さん達? ここは陸軍が管理しとる施設だぞ」
 旧エレベーターシャフトは外敵の侵入路にもなり得る設備。そのため現在では西以外の三基に陸軍が常駐して守っている。西だけは海に近いため海軍の管轄だ。彼等が漁に出て獲って来た魚介類の搬入に使われているので常に磯の香りがする。
「ま、ここからなら一般人の目には触れないし、もういいでしょ」
 そう言ってカツラを外す朱璃。その下から現れた赤い髪を見て、運転士の目はギョッと見開かれた。
「お、王太女殿下!?
「通達は来てるはずよ。実験のため地上へ出る。さっさと連れて行きなさい」


 旧時代のものに比べるとゆっくり動作する水力式エレベーター。それに乗ってシャフトの最上層まで移動した三人は、今度は地上へ通じるスロープを徒歩で上がり始めた。
「そういえばそうだった……点検用エレベーターは地上に直通じゃないんだ」
「アサヒ様は、ここの構造にお詳しいようですね」
「え? あっ、大阪にいた時に見たことがあって」
「なるほど」
 大谷が納得してくれたことに内心胸を撫で下ろすアサヒ。発言には気を付けなければ。自分が本当は旧時代の人間のコピーだということは秘密なのだから。
 今のは不味かったかな? 確認のためこっそり朱璃(あかり)に目配せすると、彼女はいつも通り小馬鹿にした目で見つめ返してきた。
「……何?」
「いや、アンタって本当に馬鹿ねと思っただけよ」
「なんだよそれ」
 言われなくたって知ってる。自分は朱璃のような天才ではない。
 唇を尖らせつつ進んだ先でスロープは途切れ、道が壁の中に向かって折れ曲がっていた。その細い通路のゴツゴツした壁に触れ、今度は眉をひそめる。
「なんかここだけ、後から掘ったような……」
「実際、後から掘ったものだもの」
 朱璃のその言葉の意味は、細く長いトンネルがより大きな別のトンネルに繋がった時点で理解できた。
「そうか……これ予備脱出抗か」
「そういうこと」
 旧時代、彗星の衝突に備え地下都市とこの巨大エレベーターシャフトは造られた。当時、設計者達はこう考えた。計算通り地球に彗星が衝突したなら、衝撃で大量の土砂と海水が空中高く吹き飛ばされ、やがて再び地上に降り注いで来るだろう。
 その場合、堆積した土砂や海水に阻まれてしまい巨大エレベーターで地上へ出ることは叶わないかもしれない。だから正規の出入口が塞がれてしまった場合に備え、シャフトを取り巻く形で螺旋状のトンネルが用意された。そこから重機を地上近くまで運び、障害物を除去して新たな出入口を確保する計画だったのだ。
「アタシ達調査官は遠征の時に馬を連れて行くけど、その場合はエレベーターやスロープを使うより地下都市から直接こっちに入って上がって来た方が早いのよね。どのみち一番上の隔壁は安全のため常に閉鎖されてるから、地上へ出るには必ずここを通らないといけないし」
 シャフトの内壁から迫り出して来る構造の隔壁は、地上と地下を隔てる一枚目以外全て少しだけ端を開けた状態になっている。その隙間にスロープを通して上下を行き来できるようにしたわけだ。だが一番上の隔壁だけは外敵の侵入を阻むため開けられない。そこでシャフトを取り巻く予備脱出抗へトンネルを掘って繋げ、遠回りながらも安全に行き来が可能な別ルートを作った。予備脱出坑にも隔壁はある上、シャフト内の巨大なそれと比べれば短時間で開閉が可能。さらに構造的に直上から敵が襲って来ることになる向こうより、狭い坂道で戦えるこちらの方が迎撃を行うには都合が良い。
 そんな説明を聞いて「よく考えられてるなあ」と感心するアサヒ。対する朱璃は再び嘲笑を浮かべた。
「時間をかけて少しずつ改善していっただけよ。むしろ、たっぷり時間をかけてまだこの段階で足踏みしているノロマな先人を恥じるべきだわ」
「またそんなことを……」
 この子は憎まれ口を叩かないと気が済まない性格なんだろうか? 形ばかりの許嫁とはいえ、時々周囲の人々に嫌われてやいないかと心配になる。
 ちなみにエレベーターシャフト内もこの予備脱出抗も光源は魔法の照明だけなので地下都市内に比べると薄暗かった。こちらでは地上からの採光システムが導入されていないからだ。元々こんな風に使うことは想定していなかっただろうし、しかたのない話である。
 予備脱出抗にはところどころ歩哨が立っていた。彼等は朱璃の姿を見るなり一様に敬礼する。ただ、さっきの運転士のように驚いた様子は無い。調査官をしている彼女が地上へ出ること自体は珍しくないからだろう。兵士達にとっては見慣れた姿なのだ。
 しばらく進むと出口と思しき扉があり、その前に立っている二人の青年が朱璃に許可証の提示を求めた。王太女であっても無許可での通行は許されない。
 もちろん実験のために許可を取りつけていた彼女は特異災害対策局・局長の署名が入った書面を見せる。あっさり正式なものであることが認められ扉が開いた。重そうな扉なので隔壁なのではと思ったのだが、どうやら後から設置された代物らしい。まあ隔壁なら手動での開閉にはこちらのものでも数分かかったはずだし、利便を考えると普段は全て開けたままにしておく方がいいのだろう。
「あれ?」
 扉の先で上り坂は終わっていたが、しかし今度は平坦な通路が続いている。てっきり外へ出る扉だと思っていたのに。
「これは?」
 通路の壁は、再びこれまでのものと質感が異なっていた。素材はおそらくコンクリートなのだがキメが粗い。先を行く朱璃が振り返って回答する。
「出口が丸見えになってちゃ駄目でしょ。上から岩に偽装したこの建物を被せて隠蔽してあんのよ」
「そっか」
 たしかに出入口が剥き出しになっていたら簡単に発見されてしまう。多分隣接するシャフトの方も一枚目の隔壁をなんらかの方法で隠してあるのだろう。
「ん? でも福島のは……」
「アンタがシルバーホーンと戦った時のアレのことなら一応隠してあったのよ。アンタを誘導して来る前に皆でカモフラージュを解いたの」
 そうだったのか。あの戦いの時、朱璃達も自分からは見えないところで色々と頑張ってくれていたようだ。今さらながら感謝に尽きない。
(一対一だったら、多分俺が負けてただろうしな)
 あの巨大な竜を倒せたのは奇跡みたいなものだ。次も彼女達と協力しなければ勝ち目は薄い。
 だからこそ、この体内にいる怪物も大人しくしている。
(頼むからおかしなことはしないでくれよ?)
 いよいよ外界が近くなってきたところでアサヒは緊張を覚えた。もし、これがこいつの狙いだったなら? 己の中の怪物を疑い、警戒心を向ける。
 彼の体内には福島で倒したのと同じ、人類に“シルバーホーン”と名付けられた巨竜が同居している。やろうと思えば、あの竜の姿になることも可能だ。
 福島で倒した敵は“こいつ”に言わせれば“偽者”らしい。というのもアサヒの体内にある高密度魔素結晶体“竜の心臓”は本来シルバーホーンの核だったものだからだ。この結晶にオリジナルの“伊東 旭”の記憶と人格を転写して生み出されたのが彼という存在なので、こちらに宿ったシルバーホーンの意識こそ正統であり向こうは偽者、なのだそうである。あくまで当竜(とうにん)が言うにはの話だが。
 彼はその偽者との戦いの最中、一度だけシルバーホーンの姿になり、敵に痛烈な一撃を見舞って撤退させた。あれ以来、赤い巨竜が表に出て来たことは無い。けれどその意志は時々語りかけて来る。

『力を貸せ。奴を倒すために』

 この怪物がアサヒに主導権を委ねているのは、どうやらそのためらしい。己の姿と力を盗んでいた“真の敵”への復讐。それを成し遂げるためにはアサヒの協力が不可欠。彼の手を借りるつもりなら人類と敵対してはいけない。だから今は人間とも共闘する。単純で、それでいて理性的な判断だと思う。
 三ヶ月の付き合いで徐々にわかってきたが、この巨竜は見た目通りのただの獣ではなく高度な知性があるようだ。下手をすると自分より賢いかもしれない。表に出て来ないのも朱璃の感情を不必要に刺激しないため。そんな計算高い性格でもある。

 ──朱璃の父は東京を調査していた時、この“シルバーホーン”によって殺害された。だからアサヒは半分、彼女の親の仇なのだ。

 朱璃はどうして自分との婚約をあっさり受け入れたのだろう? 福島までの道中、彼女の仇討ちにかける執念を目の当たりにする機会が幾度かあった。あれだけ憎んでいた相手と結婚させられることになって悔しくないのだろうか? それとも彼女の中ではアサヒとシルバーホーンは完全に別個の存在として認識されているのか? これまで何度も考えてみたが、結局答えはわからない。本人に問い質すのが一番早いことはわかっているものの、気が引けて今の今まで訊けず終いだ。
「王太女殿下、話は伺っております。どうぞ、お通りください」
 大岩に偽装してある小さな砦の出口で、再び兵士が扉を開けてくれた。爽やかな風が吹き込み、光ファイバーを経由していない素の太陽光との久方ぶりの対面を果たす。なんだか懐かしい気分だ。
 その光の中、朱璃が振り返る。
「ほら、行くわよ」
 まるで子を導く親のように手を差し伸べる彼女。そこでようやくアサヒは大変な失敗に気付く。
 彼女はこれをデートだと言ったじゃないか。だからいつもと違う服で来てくれた。
 わかっていたのに口に出して言っていなかった。研究室を出る時、呆れた表情をさせてしまったのはそのせいか。
「朱璃」
 手を握り返しながら呼びかける。
「あによ?」
「その服、似合ってるね」
「……」
 少女は珍しく驚いた顔になり、それからニヒッと口角を持ち上げた。
「何をらしくないこと言ってんの? いいから行くわよ」
 相変わらずの憎まれ口だが、こころなしか機嫌が良くなったようにも見える。
「はいはい」
 本当に喜んでいるのか、それともこちらの思い過ごしか、アサヒにはまだ見分けがつかなかった。


「よう、アサヒ!」
「友之さん」
 外に出てすぐ、この時代における数少ない“友人”を見つけ駆け寄るアサヒ。朱璃が率いる星海班の一員で若手の特異災害調査官・相田(あいだ) 友之(ともゆき)だ。ツンツンと逆立った短い髪とアサヒ以上に恵まれた体格が目を引くさっぱりした風貌の青年である。
「今回の実験に参加するんですか?」
「地上だからな。お前はともかく、研究員のみんなにゃ護衛が必要だろ」
「なるほど」
 今の地上は地下とは比べ物にならない危険な場所だ。考えてみれば戦闘員が必要になるのも当然の話。
「森の中なんですね、出口」
 周囲は鬱蒼と木々の茂る森だった。一応、歩きやすいように下草などは伐採されてあるのだが、頭上は枝葉に覆われている。砦から少し離れてしまうと、また地下に戻ったかのような錯覚に陥るほどの薄暗さ。
 その砦は、なるほどたしかに岩のような外観をしていた。あれなら上からは本物の岩にしか見えないだろう。
「なるべく上空の敵に気付かれないようにしないとな。変異種相手ならオレら普通の人間でも戦えるけど、福島の時みたいに“竜”に襲われたら倒すのは無理だし」

 竜とは、魔素がなんらかの生物を模した生物型記憶災害──中でも大型で強力な個体に対する総称だ。より厳密に言えば、アサヒの体内にあるシルバーホーンの核と同じ高密度魔素結晶体を有するものだけがそう呼ばれる。
 竜の大半は高い戦闘能力を持ち、なおかつ体内の“竜の心臓”からもたらされる膨大な量の魔素によって強力な再生能力までも有する。逆に体内の結晶を破壊してしまえば巨体を維持できず短時間で消滅することが確認されているのだが、現時点でそれを成し遂げたのは英雄・伊東 旭と彼のコピーであるアサヒの二人だけだ。他に竜を倒せた人間は存在しない。
 倒すことはできないが、他にも竜に打ち勝つ方法はある。竜だけでなく、あらゆる記憶災害には“維持限界”という共通のルールが適用されるからだ。原理は未だ不明なのだが発生から最大一〇分間を過ぎると記憶災害は分解を始め、そのままただの魔素へと戻る。
 つまり人類が記憶災害に遭遇した場合、基本的に時間稼ぎこそが最善の策となる。耐えて、逃げて、隠れて、一〇分を経過させてしまえば相手は勝手に消えてくれるのだから。

「おはよう」
「班長、おはようございます」
 朱璃に声をかけられ、即座に挨拶を返す友之。
 だが、その後に言葉が続かない。アサヒがついさっきの過ちを思い出して「あ……」と呟いた直後、今度は女性の声が響く。
「班長、おはようございます。今日はお洒落ですね」
「おはよう、小波」
 声をかけてきた長身の女性に対し、頷きながら挨拶を返す朱璃。彼女は友之とアサヒを交互に見やると、心底蔑むような目でハッと笑った。
「アンタら、ほんと駄目ね」
「まったくです」
 大谷まで同意してしまう。ようやく自分の失敗に気付いた友之と、同じ失敗を経験したアサヒは肩をすぼめてうなだれた。
「すいません……良く、お似合いです」
「そういうの気が回らなくて……」
「何? あんた達、まさか班長がいつもと違う格好なのに気が付かなかったわけ?」
 嘆息する長身の女性。その名は(くるま) 小波(こなみ)。やはり星海班所属の調査官で友之の幼馴染である。以前は彼より短い髪形だったのだが、長期の入院を経たからなのか今は若干伸びてベリーショートくらいになっていた。
「気付いてはいたんですが……」
「同じく」
「だったらちゃんと褒めなさい。常識でしょ」
 そういうものなのか。アサヒはまた一つ知識を身に着けた。よくよく考えると旧時代も女の子と付き合ったことなんて無かったので、そういうことには本当に疎い。
(よく結婚出来たな、オリジナルの俺)
 伊東 旭はドロシー・オズボーンなる外国人女性と結婚したらしい。その二人の子孫が朱璃達、現在の王族だ。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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