その後
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蛇足と取られなければ嬉しいのですが、秋谷さんが本編のラストにおいて「長々と説明を入れたくない」と考えたことから語られること無く終わってしまった、アサヒ様と朱璃様の“戦友”のその後、そして歴史について、私の口から少しばかり語らせていただきたく思います。
・日本
対ドロシー戦から一四年後、朱璃様は三〇歳になるのとほぼ同時に戴冠し、女王の座に就きました。
ただし、彼女は北日本王国の最後の女王ともなったのです。
それからさらに二八年後、五八歳の時、北と南の両国間で統合を望む声が高まったことから、日本国の天皇・月灯様と長年協議した末に出した結論を発表。北の王家の血と天皇家、双方の血を引く開明様と月灯様の間の長子・太陽殿下を初代とし、両国を統合した新国家・日本皇国の樹立を宣言。すぐに月灯様と共に長年受け継いできた権威を太陽殿下へと移譲しました。
・開明様と月灯様
朱璃様達が東京から戻った時、すでに二人は結婚を決めていました。ただ、月灯様の年齢がまだ幼かったこともあり、籍を入れたのは二年後のことです。
幸いにも月華様が三人の御子を産んだ時のようなことは起こらず、長子・太陽殿下をはじめ七人の御子様は全員すくすくと成長。二人は霊術に傾倒し、朱璃様を師として偉大な術士になったようです。また別の御子様は、やはり朱璃様に学んで疑似魔法学の権威になりました。
お二人は晩年まで、ずっと仲睦まじく幸せに暮らしました。ただ、朱璃様に対する申し訳なさは常に感じておられたのだとか。
・緋意子様
刑期を勤め上げた後、しばらくはすることが決まらず暇を持て余していましたが、やがて朱璃様に新しい伴侶を見つけてあげなければと考えるようになり、お見合い相手を探すことに積極的に。
ただ、結果的には激怒されてしまい、再び親子の縁を切られてしまいそうになったため、朱璃様の再婚に関しては諦めました。代わりに縁談を取り持つことに喜びを見出すようになり、役所の結婚支援課で働くように。いつか人竜日記で書くつもりの設定だったのですが、先に明かしておきましょう。北日本王国では八割がお見合い結婚です。
それなのに親子二代で恋愛結婚したあたり、星海家は意外とロマンチストなのかもしれません。
・マーカス様
特にそんなつもりは無かったのですが、二人とも朱璃様の親として振る舞うものですから、気が付けば緋意子様と熟年夫婦のような関係に。ですが、良司様に悪いので最後まで籍は入れませんでした。
朱璃様を置き去りにしたアサヒ様に対しては生涯怒りを燃やし続けたものの、同時に、強く帰還を願い続けた一人でもありました。七〇歳になるまで現場に居続け、真司郎様の最年長記録を更新しています。
・友之様と小波様
お二人とも実はドロシー戦で重傷を負っており、後遺症により特異災害調査官は引退せざるをえなくなりました。
ただ、友之様はかねてより著作の人気が高く“芸術家”の一人として認められたことで副業の小説家が本業に。小波様は、そんな彼を支える専業主婦としてしばらく働いていました。しかし、その友之様からの薦めで数年後に対策局へ復帰。後進の指導に当たる教官の職を得ました。努力家の彼女は教えるのが上手く、数多くの優秀な調査官を送り出したそうです。
友之様がアサヒ様と朱璃様をモデルにして書いた“ほぼ”ノンフィクション小説「人と竜」はベストセラーになり、後に小学校の教科書にも一部が掲載されたとか。
・門司様
妹さん達に巌倉様の死を伝えました。最後まで仲間を守って散ったと語ると、妹さんは「あの人らしい」と苦笑したそうです。
その後も対策局の専従医師として活動。三年後、別の班に転属になった直後、記憶災害に巻き込まれて死亡しましたが、死の寸前まで他の仲間を助けるために全力を尽くし、四人中三人が命を取り留めました。
生き残った中の一人は新人の専従医師で、彼女から教わったことを、松葉タバコを吸う度に思い出していたと言います。
・大谷様
大谷様はドロシーとの戦いの後も護衛隊士として働き続けました。その後、上官の弟君と結婚して小畑家の一員に。実は小畑家は四騎士の一人の子孫で代々の護衛隊長を排出することを使命にしています。彼女は“騎士”に選ばれた時点で花嫁の第一候補にもなっていたのです。
幸い、婚約者はとても良い方だったので結婚後の生活にも大きな不満はありませんでした。出産後は息子を鍛えることに熱心に。
なお、この家は次代に隊長の座を引き継ぐ際、家名まで変えます。数代先、時代の流れで隊長を世襲制ではなくそうと決まった時の隊長の姓は駿河。後にアサヒ様を出迎えた彼女の、おじいさまに当たる人物でした。
・小畑様
大谷様が嫁いできた後も、次の隊長となる彼女の息子が育つまでの間、隊長兼女王付きのメイドを勤め上げ、隊長の座を退いた後は生涯メイドとして働き続けたと言います。朱璃様の心をお傍で支え続けた一人でした。
結婚はなさいませんでしたが、実はドロシー戦で亡くなられた隊士達の子のため、長く援助を続けておられたそうです。
・焔様
退位して朱璃様の戴冠を見届けてから三七年後、老衰で眠るように息を引き取りました。
その際、彼女が年老いた朱璃様に「お前に彼を諦めさせられなかったことが唯一の心残り。まだまだ待ち続けるつもりなら、私のように老いさらばえて死ぬ前に、より厳しい道を歩む覚悟を決め、この先の長い戦いへ臨みなさい」と言い残し、それが“竜”になる決意のキッカケとなったそうです。
・風花様
人類の地上再進出にあたり、かつての月華様のように結界で都市を守るお役目の“鏡巫女”が誕生しました。都市中心部に設置された結界発生装置に一日三時間篭もって霊力を充填する仕事です。かなり強い霊力の持ち主しかなれず、初代は彼女と朱璃様が務められました。
そのため大勢の人に愛され、成長してからは尊敬されるようになりましたが、本人は余暇で動物のお世話をするのが一番楽しかったそうです。アサヒ様が帰還直後の寄り道で見つけた小都市は実は福島。あの街を守る鏡巫女は、風花様の子孫にあたる人物です。
・烈花様
ドロシー戦で右目を失い、月華様から術士をやめてもいいと言われた彼女は、別の夢を追いかけ始めました。許可を貰って北日本へ渡り、特異災害対策局に入局したのです。
術士として鍛え上げられていただけあり、片目のハンデをものともせず採用試験に合格した彼女は、初めて配属された班で命の恩人の娘とバディを組むという運命的な出会いを果たします。
後、彼女達はコンビでの竜討伐数歴代一位の記録を打ち立て、未だそれは誰にも破られていません。
・斬花様
ライバルの烈花様が北へ渡ってしまった後も術士隊に残り、都市防衛に尽力。彼女の開発した刃状障壁の術は対竜戦闘における効果の高さから使い手が増加。後の日本皇国では上級術士として認められるための必須技能になりました。
刃状障壁を開発した功績は後にさらに高く評価され、北日本と南日本の両方から勲章を授与。さらに月華様が“とある目的”のため留守にすることが多くなり、術士隊の束ね役を別の人物に譲った時、彼女はその補佐として選ばれました。
彼女が桜花様から引き継いだ名刀・夢桜はアサヒ様が帰還された時代、最も偉大な術士一〇人の一人に選ばれた彼女の遺品として、皇都の博物館に展示されています。
・カトリーヌ様
生涯現役。生涯最強。四二歳の時に術士隊の長の座を押し付けられ、養母への恨み節を吐き続けながら三人の子の子育てをしました。結婚は三三の時、彼女を一途に想い続けた“弟”からの圧に負けた形。この結婚を機に、霊力のある子供を強制的に養子にするシステムも廃止にしています。
八〇を過ぎてもかくしゃくとしており、彼女に鍛え上げられた弟子達も誰一人勝てなかったそうです。三年後、竜との戦いの最中に亡くなりましたが、死因を調べたら老衰でした。
朱璃様とは最後まで友人。アサヒ様が帰って来たら一発ぶん殴ってやると言い続け、その望みは彼女の子孫にあたる女性が叶えてくれました。アサヒ様曰く「あの子、本当に人間!?」だそうです。
・水無瀬様(2021/10/28加筆)
この方の後日談を忘れておりました、申し訳ございません。
完結編にて初登場となった海軍の偉い人こと水無瀬艦長。あの後、心身共に傷付き疲弊していた朱璃様達生存者を乗せ、無事に秋田まで連れ帰りました。その最中に大型の変異種や竜に遭遇していますが、魔弾ならぬ魔砲によって見事に撃破しています。
その後、竜すら撃破できる火力を手に入れたことで海軍の行動範囲は多少広がりました。けれど深海にはさらに想像を絶する怪物が潜んでおり、大陸への渡航を試みた遠征艦隊は手痛い教訓を与えられて逃げ帰ることに。アサヒ様が帰還なさったあの時代でも外洋には出られていません。
艦長自身は幸いにも生き残り、生還後に負傷が原因で引退。その後、成長した息子さんが後任に。
また、東京遠征後、魔砲を撃つため海軍艦には三名以上の霊力保有者が乗艦することが義務付けられたのですが、艦長の息子さんはあの東京決戦時に乗艦していた術士の少女の一人と結婚なさいました。
・竜機兵(2021/10/28加筆)
もう一つ加筆を。終章で登場したあの巨人達はDAシリーズが発展した結果、生み出された兵器です。というか、竜の大半は人間より遥かに大きいので、朱璃様は最初から最終的に巨大兵器にすることを目標としていました。その方が大型の敵に対抗しやすく、なおかつ搭乗者の安全性も高まるからです。
ちなみに作中では人型しか登場しませんでしたが、実はもっと様々な形態があり、用途によって使い分けられています。そもそも人竜千季のストーリーが生まれる以前、先に後日談となる未来の物語が考えられており、そちらはいわゆる“ロボット物”だったのです。巨大ロボットのパイロット達が力を合わせ、魔素によって再現される様々な記憶災害に立ち向かうというコンセプトで、秋谷さんが想定していたのはファンタジー版「ダイ・ガード」でした。
そのため戦闘用の竜機一つを取っても人型だけでなく、人体の構造を模した機体では不可能な動きを可能とする球体に無数の脚を取り付けたような多脚戦車タイプや四足歩行型、鳥型、昆虫型、水中戦特化型など様々あります。これら戦闘のため作られた人が搭乗するタイプの兵器をまとめて竜機兵と呼びます。戦闘用でないものは竜機と、兵を抜いて呼ぶのです。
そう、戦闘に限らず災害現場での救助用竜機、工事現場で使われる重作業用竜機なども存在しており、アサヒ様が帰還なされた時代では一般的に広く使用されています。また、小回りが利き、大型機械では対応し辛い細かい作業の行えるパワーアシストスーツも引き続き活用され続けております。
はい? ええ、はい……わかりました。ええと、秋谷さんから補足が。駿河様達の乗っている竜機兵が人の形をしているのは、DAシリーズと同じように疑似魔法を使えるからだそうです。作中で何度か説明されたように、疑似魔法はイメージをより鮮明に思い描くことで効果を増します。巨大な機体を動かすエネルギーも魔素の操作というシンプルな疑似魔法によって行われているため、人体を模した機体の方が力強く、かつ素早く動きやすい。そして疑似魔法を使った攻撃や防御も強力になるという利点があります。
ただ、逆に言えば動物の体の動きを具体的かつ鮮明にイメージできるような特異な才能があれば、人の形をしていない機体で、より高い戦闘力を発揮することも可能だとのことです。
アサヒ様のお迎えの時に駿河様と一緒に出て来たのは、竜王・竜后の身辺警護と儀礼的な仕事を任されている儀仗隊で、そのため全員が人型に乗っているという設定もあるそうです。
・そして
アサヒ様と朱璃様は再会後、仲睦まじく暮らしました。二人に与えられた竜王・竜后の称号は宗教的な意味合いが強い敬称で、国を治める国皇とは全く別。助言や助力を求められれば手を貸し、それ以外の時は基本的にイチャイチャして過ごしたようです。お二人とも一緒にいられればそれで満たされるので、特にやりたいことは無く、毎日お散歩をしたり一緒にお昼寝をしたり、観劇をしたりと長年連れ添った老夫婦そのもの。
とはいえ全く働かなかったわけではなく、しばらくして日本全体の再開拓が一段落した頃、海外にも入植しようという話が持ち上がり、彼等の護衛として同行。それからしばらくは世界中を回って溌剌と開拓の手伝いを続けました。驚くことに、日本以外でも生存者は少数ながら存在したそうです。
さらにその後のお二人については、ご想像にお任せしましょう。
以上となります。もし、他にもその後について知りたいというリクエストがございましたらコメントでお伝えください。
五四万字の、とても長い物語にお付き合いいただき、ありがとうございました。またいつか、どこか別の世界でお会いしましょう。
案内役は次も私、サポートAIメイドのレインが務めさせていただきます。それでは、ごきげんよう。