七章・迎撃(1)

文字数 5,857文字

「結婚式!?
「そう、明日の正午から王城の近くにあるチャペルで開くことになったわ」
 朱璃(あかり)がいきなりそう言って来たのは、あの特訓から二日後だった。いつも通り研究室まで足を運んだら誰の姿も無く、どうしたらいいのかと途方に暮れつつ一時間ほど待機していたところ、先に部屋を出たはずの彼女がようやく現れ、そしていきなり自分達の結婚式の日取りを告げた。
「なっ、なっ……なんで!?
「落ち着きなさい。アイツを誘き出すための作戦よ」
「え?」
「まあ、ちょっと長い話になるから座りなさい。大谷、アンタもよ。いつも思ってたけど、黙って立ってられちゃ気が散るの」
「しかし殿下、私は──」
「その王太女殿下がいいって言ってんだからいいのよ。ほら、座って」
「わかりました」
 王族にそう言われては護衛隊士の彼女には逆らえない。結局、言われるがまま椅子へ腰を下ろす。
 相変わらず他の面々はいない。室内の三人が集まったところで朱璃は説明を再開する。
「まず、アイツの狙いはアタシ。それはわかってるわね?」
「まあ、この間の動きを見る限りそうだと思う」
「ならアタシが狙われる理由は?」
「いや、それは……」
 言われて気が付いた。よく考えると剣照(けんしょう)達からは朱璃が王太女だから狙われるという話しか聞いていない。王族が暗殺者に狙われるなんていかにもな話だから深く考えていなかったが、当然どんな犯罪にも動機はあるはずだ。
 常識で計れる理由だとは限らないが。
「えっと……王様になりたい、別の誰かが指示したから?」
「だとすると容疑者は他の王族ね。幸い数が少ないからすぐに絞り込めるわ」
「いやいや、待って待って」
 まだほとんど知らない相手だが、そんな理由だとは考えたくない。剣照にしろ開明(かいめい)にしろ悪人には見えなかった。神木(かみき)だって、あれで一応は朱璃の母親だ。流石に我が子を殺すような真似はしないだろう。そうだと思いたい。
「ま、骨肉の争いなんてのは定番の話だけれど、一応怪しい連中は他にもいるのよ」
 ニヤニヤしながら語る朱璃。こちらの回答を予想していたに違いない。他にも容疑者がいるなら先に教えてくれればいいのに。
「もしかして、反体制派ですか?」
 察しのついた大谷が問いかける。朱璃は「かもね」と返した。
「でも、人斬り燕は明らかにアタシ達のとは別系統の魔法を使っていた。あれは南の霊術なんじゃない?」
「私は直接見ていませんが、話に聞く限りはそうだと思います。おそらく人斬り燕は南の人間でしょう。しかし三年前の犯行時、奴はただの辻斬りでした。王族のお一人も犠牲になったとはいえ、それも奴が狙ったからではなく、佳純(かすみ)様がご自分で城を抜け散策されていたことが原因です」
「そうね、佳純おばさんが夜の散歩になんて出かけなければ、あんな悲劇は起きなかったかもしれない」
 二人の会話に突然出て来た名前に戸惑い、今度はアサヒが訊ねる。
「あの、その佳純さんってもしかして……」
「開明の母親よ」
 やっぱりか。人斬り燕の三年前の連続殺人については旧エレベーターシャフトの戦いの後で友之(ともゆき)から聞いたが、犠牲になった王族が開明の母親だとは知らなかった。
(あんなに明るく振る舞ってたのに、あいつにも辛い過去があるんだな……)
 親を喪った者同士、どことなく親近感を覚えてしまう。
 そんな彼の横で二人はさらに議論を重ねた。
「私は、人斬り燕を潜入工作員だと疑っています」
「南の?」
「はい。我が国に混乱をもたらすことを目的にしているのではないかと。正直申し上げて三年前の時点では、我々は奴に対抗する術を全く持っていなかった。なのに奴は女王陛下や王太女殿下を狙わず、一般市民や兵士、調査官ばかりを襲撃していた。おそらく王族を狙う許可が下りていなかったからでしょう。王族殺しとなれば流石に事が大きくなりすぎます。即座に戦争にも発展しかねない。
 しかし、逆に要人暗殺が目的だったとすれば、辻斬りなどという無意味な凶行を重ねる意味が無い。だからあれは我々の間に疑心暗鬼を生み北日本国内の情勢を悪化させることだけを目的とした一種の扇動工作だったのではないか。そう考えました」
 なるほどと楽しそうに頷く朱璃。
 でも、と言葉を返す。
「今回、アイツは真っ先にアタシの命を狙って来た。これはつまり南が方針転換を行ったということかしら?」
「その可能性は否定できません。しかし、らしくないと考えます。先に述べた私の仮説が当たっているとすれば、南は我が国の混乱に付け込み、なんらかの……おそらくは武力に依らない政治的介入を行うつもりだった。けれどあの事件の折、結局そんな動きは見られなかった。
 それはおそらく佳純様が犠牲になってしまったから。王族に被害を出したことで作戦は中止になり、ほとぼりを冷ますための冷却期間を置いた。けれど、まだたったの三年です。我々の記憶が風化するには早すぎる」
「だから今回は南日本ではなく、別の意志の働きかけで動いている、と?」
「そう思います」
「なるほど、たしかにアナタは優秀だわ」
 感心した朱璃は珍しく素直に人を褒めた。敬愛する王族からの賞賛に大谷は「恐縮です」と頭を下げる。ちょっと顔が赤い。
 黙してしまった彼女に代わり、話についていけなかったアサヒへ朱璃が解説する。
「反体制派というのは、今の北日本の社会に適応できなかった連中よ」
「適応できなかった?」
「食事が配給制であること。将来を国に勝手に決められてしまうこと。そういう諸々の不自由に我慢できなくて自分から社会の枠をはみ出していった人間。旧時代にだっていたでしょ?」
「それは……」
 たしかにいた。伊東 旭が生きていた時代にも社会の仕組みに順応できず苦しんでいる人々は大勢いた。
 けれど、まさかこの生存すら困難な時代にそういった人々がいるとは思っていなかった。みんな、ただ生きることに必死なのだとばかり。
「連中の大半は管理放棄されたピラーに隠れ住んでいるわ。わざわざあの中に入って上の方まで探しに行ったりしないものね。まあ、とはいえ大した悪さはできないのよ。食糧も一応、自給自足してるみたいだし。足りなくなったら盗みに来ることもあるけどね。そもそも努力のできない連中ばかりだもの、大それた計画なんて実行できない。過去に企てた要人暗殺だってことごとく失敗に終わってる」
「はい、ですが──」
「そんな怠け者どもにやる気を出させて、強力な支援も行える指導者が現れた」
 大谷の言葉を継ぐ形で答える朱璃。大谷は少しばかり驚く。
「ご存知でしたか」
「対策局も地上ばかりを見ているわけではないのよ」

 彼女達の説明によると、近年、反体制派の動きが活発になっているらしい。
 まだ目立った行動こそ起こしていないが、バラバラだった複数のグループが統合された上で明確な指揮系統を築き、組織立って活動を始めた。
 もちろん警察組織も兼ねる陸軍が捜査を行い、何十人もの反体制派を逮捕している。
 しかし誰一人としてどんな計画が進行中なのか喋らない。全員が口を揃えて、もうすぐ王制は終わりだと、それだけを言い続けている。
 その言葉を額面通りに受け取るなら革命を起こすつもりなのだろう。だが、それをいつどこで、どのようにして行うのかは判然としない。そもそも彼等に本当にそんな力があるのかも不明だ。

「でも、多分やるわ」
 朱璃は立ち上がり、目の前の二人を交互に見ながら語った。
「人斬り燕は南から送り込まれた潜入工作員。きっと、その見立ては当たっている。王族に犠牲を出してしまったことで連中は人斬り燕に一旦身を潜めるよう指示を出した。けど、三年後の今になって誰かがその事実を突き止めたのよ。その情報で奴を脅し、刺客として利用している。真っ先にアタシを狙ったことを考えると、恐らくはこの国から王族を排したい人間。なら必然的に反体制派こそが最も有力な容疑者ということになる。ただ一番の問題は──」
 トン、と指先で机を叩く彼女。不敵に笑い、二人の間の誰もいない空間を睨みつける。

「誰が、その指示を出している黒幕か……ってこと」

 脅しをかけられている人斬り燕は、この先も王族の命を狙い続けるだろう。だが、彼を倒したところでそれで解決にはならない。指示を出した黒幕を見つけ出さないと第二第三の人斬り燕が送り込まれてくる可能性が高い。
「──とはいえ、それに関しちゃアタシ達の仕事じゃない」
 急にそんなことを言って着席する彼女。予想外の気の抜けた表情を見せられ、アサヒと大谷は眉をひそめる。
「なんで?」
「アタシ達はあくまで特異災害対策局よ。大谷は護衛隊。そして捜査は陸軍の担当。自分の命がかかっていることだし、もちろん対処はするけれど、管轄外の仕事にまで精を出すことはないわ。アタシ達は人斬り燕を迎え撃つことに専念すべき。というわけで話を戻すけど、明日が結婚式だから」
 そうだった。長々と遠回りしてしまったが自分が訊きたいのはそれだ。今度はアサヒが立ち上がり、持ち上げた両手をわななかせる。
「だから、なんで結婚式なのさ!?
「アンタとアタシの結婚自体、反体制派に対する牽制だから」
 なんだって? 目を白黒させた彼に彼女は真実を告げた。
「早々に王太女であるアタシが身を固めることで王制は当面盤石だとアピールする狙いがあんのよ。しかもアンタは初代王の再来と言われる“渦巻く者(ボルテックス)”じゃない? その血を王室に迎え入れれば国民からの支持はさらに高まる」
 なるほど? いや待て、一瞬納得しかけてアサヒは逆に激昂する。
「そんな理由で結婚するのかよ!?
「何? 他に何か合理的な理由があんの?」
「合理的とかなんとかじゃなくて、だから、その……」
 一番大事なのは互いに愛し合っていることなんじゃないかと言いたかったが、朱璃の顔がニヤついているのを見てやめた。当然こちらの考えはお見通しなのだろう。馬鹿正直に言ってもからかわれるオチしか見えない。
「ああ~……なんでこんなことに」
「別にいいじゃない。アンタみたいな化け物、婿に貰ってくれる相手なんてアタシくらいのもんよ?」
「そうでしょうか……」
「ん?」
「……」
 大谷が何か言ったような気がするが、朱璃は聞き逃したし、アサヒは頭を抱えて聞いてなかった。
 ああ、どうしてだ、どうしてこんなことに。

(なんで俺、こんなに落ち込んでるんだ!?

 朱璃との結婚は形だけ。それだけでこの国に居場所が出来る。人外の自分にはたしかに望外な厚遇。
 でも納得がいかない。まさか、いや、本当にまさかだ。
 ありえない。絶対にそれだけは無い。無いはず。
 葛藤する彼に対し、朱璃は明るい表情で声をかける。
「ところでさ、暇なら指輪の一つも用意しなさいよ。材料ならそのへんにあるもの適当に使っていいから。言い忘れてたけど、今日は安全のため、この建物から一歩も出られないことになってるんで、そこんところよろしく」
「そんな適当な結婚指輪は嫌だっ」
「私、買って来ましょうか?」



 ──翌日、アサヒは予定通りチャペルまで移動した。大勢の護衛に付き添われているが、馬車でここまで来る間、とりあえず襲撃は受けていない。やはり朱璃の予想通りになりそうだ。

『敵が仕掛けてくるとしたら、おそらく結婚式の最中』

 教会の中は狭く、また参列者が数多くいる。ちょうど先日の旧エレベーターシャフトと似たような状況だ。つまりアサヒには全力が出せない。敵が優位を取るにはうってつけのシチュエーション。
 だが逆に言えば、だからこそ敵はこの機を見逃せない。

『アイツには考えを読まれている』

 本来、この結婚式はもっと後で執り行われる予定だった。こんな急な予定変更を怪しまないわけがない。少しでも考える頭があれば怪しむはず。だから実際に敵が来るかどうかは賭けだという。
 仮に人斬り燕が単独犯だったなら、恐らくは来ない。みすみす罠に飛び込むのは馬鹿のすることだから。
 しかし、朱璃と大谷の推測が当たっていれば人斬り燕は反体制派と繋がっており、どうしても彼等の指示に従うしかない事情がある。ならばその理由次第では無理を押してでも仕掛けて来ることは十分考えられる。アサヒの能力を封じられるこの状況には賭けに出るだけの価値があるからだ。

『式が始まったら、さりげなく周りの兵士や調査官に注意しなさい。マーカスが言うには、敵はおそらくその中に紛れ込んでいるそうよ』

 人斬り燕は現役の兵士か調査官である可能性が高い。そう教えられて驚いた。知っている相手でなければいいのだが。
(いや、知り合いじゃなくても嫌だけどさ……)
 あえて言えば、やはり顔見知りの方が戦いにくい。
「さて、と」
 着替えを済ませた彼は、鏡張りの小さな更衣室から出て訊ねた。
「どうでしょう?」
「大変お似合いです。ただ、少々タイが曲がっていますね」
 そう言って直してくれる小畑(おばた)。こんな時でも彼女はアサヒの世話を焼いてくれる。
「ありがとうございます」
 アサヒはいつものスキンスーツではなく、燕尾服風にデザインされた衣装に着替えていた。
(人斬り燕と戦うのに自分も燕になるって、なんか皮肉だな)
「どうされました? お顔が渋くなっておられますよ?」
 彼の表情の変化に気付いて問い質す小畑。
 アサヒは照れ笑いを浮かべつつ頭を振る。
「いえ、ちょっとつまらないことを考えただけで」
「そうですか……殿下とのご結婚を嫌がっているのかと思いました」
「それは、えっと……」
「ふふ、冗談です。アサヒ様の本心はわかっておりますよ」
 優しく微笑むその顔を見ていると心が和む。自分は一人っ子だったが、姉がいたらやはりこんな気持ちになったのかもしれない。
「なんでもお見通しですか?」
「ええ、侍女ですから」
「メイドさんって凄いんですね……」
「仕えるということは、よく観察することでもあります。観察力なくして一人前の使用人にはなれません」
 そういうものなのだろうか? 小畑の職務にかける情熱とプライドを見たようで今度は尊敬の念が湧いて来る。
 その直後だった。二人のいる控え室のドアがノックされ、小畑が「どうぞ」と答えると即座に開き、兵士が一人、顔を出す。こちらもいつもの大谷だ。
「アサヒ様、朱璃様の支度が整いました。お先に移動してください」
「あ、わかりました」
「では参りましょう」
 小畑が前に立って歩き出す。アサヒには親族がいない。だから彼女が代わりに付添人をすることになった。
 彼女には失礼だけれど、こう思ってしまう。
 母がいてくれたら良かったのに、と。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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