序章・鳥籠

文字数 6,329文字

 ──あれから三ヶ月が経過した。あの日、筑波山で目を覚ましてから九〇日余り。まだ三ヶ月だが、もう三ヶ月だとも言える。かつて人類を救った英雄・伊東(いとう) (あさひ)の模倣体アサヒは、今日もまた地下のベッドで目を覚ます。
「ハァ……」
 天井を見上げたまま、疲れた顔でため息。また、あまり眠れなかった。頭上に浮かぶ光球。疑似魔法で作られた照明。二四時間点けっぱなしのあれのせいだ。何度か就寝中くらいは消してくれないかと訴えたものの、まったく聞き入れてもらえない。

 明るいと悪夢を見るのに。

「……母さん」
 起き上がり、呟きながら手の平を見た。夢の中ではこの手で母の腕を掴んでいた。竜の牙に千切り取られた右腕を。
 ここ最近いつもあの夜の夢を見る。近いような遠いような、そんな昔日の夢。東京が火の海になり世界中で数十億の人々が死んだ“崩界の日”の記憶。
 ここは故郷から遠く離れた秋田市。その地下七〇〇m以上の深度に建造された街一つを内部に収める超巨大シェルターだ。彼が暮らす特異災害対策局本部は地下都市内縁部の南側に位置している。地上部分は五階建て。地下にも三階。この場所は最下層。元は倉庫だったらしいのだが、彼が来る直前、軟禁するための場所として改装された。窓は無く、照明を点けないと何も見えない。
 だからといって四六時中照らさなくてもいいと思うのだが、監視のために必要らしい。唯一の出入口は分厚い鉄扉で、覗き窓から定期的に見張りの兵士が室内をチェックしてくる。今のアサヒは暗闇を苦としないが、普通の人間には問題だ。なのであの照明は彼等を安心させ、信頼してもらうための対価と考えるしかない。
「……」
 無意識のうちにアサヒは、室内に母の姿を探していた。ふと我に返り、いつもいつも馬鹿なことをと自分に呆れる。こんなところにいるはずが無いのに。
 母は女手一つで自分を育ててくれた。けれど、そのために夜間も働きに出ていることが多かった。だから小さい頃、母が不在の夜にはこんな風に照明を点けながら寝た。母も息子を一人で残していくことが心配だったようで、防犯のためにと許可してくれた。
 だが寂しさからか、他に誰もいない恐怖からか、結局悪い夢ばかり見て翌朝家の中で母の姿を見つけるまでは安心できなかった。おはようと抱きしめてもらって、それでやっと安らぎを得た。

 でも、母はもういない。

(死んだわけでも、ないのかもしれないけど……)
 母はある場所に囚われている。かつての自分は彼女を助け出そうとして、自らも同じ境遇に陥ってしまったらしい。二〇〇年もの間、巨大なドラゴンの体内で親子揃って囚われの身だ。
 けれど、次こそは──
(いや、まあ、焦ってもしかたないよな)
 一人でどうにかできる問題ではない。オリジナルの自分と同じ過ちを犯さないためにも、今は着実に準備を整えていかなければ。自分にはまだまだ足りないものが多すぎる。
 次の瞬間、気持ちを切り替えてベッドから降りた。すると、唐突に頭の中でイメージが浮かび上がる。赤毛の少女と抱き合う自分の姿だ。言葉というほど明確でなく、けれども言いたいことは伝わって来る思念。それが彼に語りかける。

【つがいになるなら、あの娘を抱けば良い】

 同居人の仕業だ。頭の片隅に自分を見て笑っているような気配。ただ一言、うるさいと返して余計なイメージを掻き消す。これだから野生動物は。
「人間は、お前らドラゴンとは違うの」
 言ってやると、今度は憎々し気に反論してきた。我々が単純なわけではなく、お前達が生殖活動を複雑化しすぎているだけだ、と。そしてまた別のイメージが浮かび上がって来る。
「や、やめろ!? お前らの交尾の記憶なんか見せるなっ」
 頭をぶんぶん振りたくると、やっと同居人からの干渉が消えた。起き抜けになんてものを再生するのか。
 その時、ガチャリと音がして柔らかい声が室内に響く。
「おはようございます、アサヒ様」
「はいっ!?
 今しがた見せられた記憶のせいで思わず声が上ずってしまった。我ながら格好悪い。
 室外から監視している兵士が起床に気付き、告げたのだろう。唯一の出入口の鍵が外から開けられ、侍女(メイド)小畑(おばた) 小鳥(ことり)が入室して来た。清楚な物腰の妙齢の美女だ。彼女の護衛兼アサヒの監視役・大谷(おおたに) 大河(たいが)も後に続く。こちらは童顔だが、常に沈着冷静な態度を崩さず、時折小畑より大人びて見えることもある女性。肩からは革のベルトで短機関銃(サブマシンガン)を吊り下げていた。兵士なのだ。
 大谷はクセッ毛の上にヘルメットを被っており、肌にピッタリ張り付くスキンスーツの胴や関節部にはプロテクターを縫い付けてある。色は赤で左肩にだけ金色の星が刻印してあった。この国を守る三つの軍隊のうち最も人数が少ない王室護衛隊に所属する証。兵士としての実力だけでなく、王族に対する強い忠誠心も認められた者だけが入隊できる精鋭中の精鋭らしい。
 そんな大谷に見守られつつ、小畑が洗濯済みの衣服を差し出す。
「お召し物です」
「ありがとうございます」
 それを受け取り、一瞬躊躇ってからその場で着替え始めるアサヒ。異性の前で裸になどなりたくないのだが、今の彼は目の届かない場所へ隠れることを許されていない。

 これではまるで囚人だ。

 とはいえ二ヶ月以上も同じことを繰り返しているし、流石に彼女達に見られることには慣れてしまった。
 この服もそう。ラテックスのような光沢を放つスキンスーツ。素肌にピッタリ張り付き体型が丸分かりになる。これを初めて着た時には恥ずかしく思ったものだが、今ではなんともない。そもそも寝間着も若干薄手に作られているだけで同じ素材かつ同じ構造なのだから、否が応にも慣れるしかなかった。
 一応、手足に比べて胴体部などは生地が厚くなっており、遠目にはシャツやスパッツを重ねているようにも見える。染色も可能な素材なので、アサヒは厚い部分を黄色がかった薄い赤色にしてもらった。朱華色(はねずいろ)と言うらしい。この色を選んだ理由は、自分を筑波山で拾ってくれた少女の名前が一文字入っていたからだ。そうでもしないと時々、恩を忘れて逃げ出したくなる。
「お食事をどうぞ」
 着替えている間に小畑が朝食の支度を調えてくれた。いつも通り、パンや目玉焼きなどオーソドックスな洋風のメニュー。たまには白米を食べたいと思うのだが、今の時代では貴重品らしい。王族ですら月に一度しか食べられないそうだし贅沢は言えない。
 小麦も潤沢というわけではないので、パンにはどんぐり等の粉が混ぜられている。そのせいか旧時代のものに比べるとボソボソしていた。けれど、これでも現代ではかなり上等な部類の食事だそうだ。一般人はさらに質素だと聞く。
 三枚あるベーコンのうち一枚をフォークで突き刺すと、いつものように罪悪感が首をもたげた。
(俺が食べても、あまり意味は無いんだけどな……)
 この体は魔素の塊。本当の人間ではなく人間を模倣しただけのもの。たしかに空腹にはなるのだが、別に食べなくても死ぬことは無い。特異災害対策局もそれは知っているはずなのに、毎回きちんと食事が出される。
(まあ、嘘がバレないようにってことなんだろうけど)

 ──現在、アサヒは王族の一員ということになっている。素性をそのまま公表するわけにはいかないからだ。初代王(あさひ)を再現した記憶災害。なおかつ人類の天敵とも融合している。そんな事実が知られれば確実に大きな不和を生み出す。
 そこで彼の正体を知る者達は協議の末、彼を南日本に隠れ住んでいたもう一つの王家の末裔ということにした。二〇〇年ほど前、突如として行方知れずになった初代王は南日本へと渡り、そこでまた子を授かっていた。彼の血を引くその一族は長年自分達の出自を秘密にしていたのだが、アサヒが彼と同じ能力に目覚めてしまったため真実が露呈。北日本との戦争に利用されそうになり、祖先の故郷と戦うことを拒んで亡命した。
 そんな設定(デマカセ)だ。

 だから、その嘘がバレないように特別扱いを受けている。アサヒはこの“豪華な食事”の理由をそう推察した。
(俺は皆と同じでいいんだけどな)
 むしろその方がありがたい。毎回こんな心苦しい気持ちにならなくて済むから。純粋な厚意が含まれていることも、わかってはいるのだけれど。
 塩を振った目玉焼きが美味しい。鶏卵も今の時代は結構な贅沢品だ。丸々一個を一人で食べられる機会は珍しいという。
(そういや友之さんは、食べる楽しみが少なくて本好きになったって言ってたな……)
 食が侘しい反面、ここ北日本王国では娯楽に力を入れている。地下都市という閉鎖環境内でのストレスを軽減するため、人を楽しませることを目的とした商業活動が奨励されているからだ。
 その一つとして創作がある。驚くことに旧文明が崩壊した今でも漫画や小説が新たに刊行され続けており、多くの人々が好きな作品の新刊を心待ちにしている。
 もちろん昔のように大量に刷ることは難しいが、人口もさほど多くないため少数を印刷して各地下都市へ配布すれば事足りるらしい。古くなって図書館から溢れた書籍はやがて市場に放出される。朱璃の部下の相田 友之はSF作品を中心にそういった古書を集めているそうだ。アサヒも彼から数冊のオススメを借りており、それを読み進めてから眠るのが最近の日課になっている。
 この部屋では食事と読書以外に楽しみが無い。小畑はともかく、大谷は世間話に付き合ってくれるタイプではないし、アサヒ自身、自由に外へ出られないため話題に乏しい。部屋から出たとしても行動を許されているのは対策局の敷地内だけ。さらに、どこへ行くにも監視付き。正直言って息が詰まる。
(いつになったら俺、街を見に行けるんだ?)
 秋田へ来た目的の一つは現代の人々の生活を見ることだった。でも、今のところは初日に馬車の中から少し眺められた程度で、それ以降全く機会に恵まれていない。まさか、このまま残り何年あるかもわからない寿命をこの建物の中だけで過ごすのだろうか?
 嫌な想像が脳裏をよぎり、ため息をつきそうになる。でもギリギリで堪えた。食事中にそんなことをしては料理にも用意してくれた人にも失礼だろう。今は余計なことを考えず、感謝しながらしっかり味わうとしよう。
 黙々と食べ進め、最後に海藻たっぷりのスープを飲み干して食事を終える。手を合わせ、ごちそうさまでしたと言って立ち上がり、自発的に食器の片付けを手伝った。
「いつも、申し訳ございません」
「いえ、こちらこそ」
 本来これは小畑の仕事なので、手伝ってはいけないらしい。けれど自分は精神的に庶民であり、人任せにするのは心苦しい。そう説明して頼み込んだら、渋々ながらも手を貸すことを許してくれた。以来、毎日同じやりとりをしている。
 片付けが終わると、小畑は食後のお茶を淹れてくれた。三人分だ。
「どうぞ、アサヒ様。大谷さんも、こちらへ」
「わかりました」
「はい」
 律義に呼ばれてから移動する大谷。壁際からアサヒの前まで移動して着席し、彼女が席についたところでゆったりとお茶を楽しむ。
(この味にも慣れてきた……)
 お茶はお茶でも、これは乾燥させたシイタケから出汁を取ったシイタケ茶だ。地下都市は年間を通して気温が三〇度前後に保たれているため茶葉の栽培には不向きらしい。逆にキノコの成長は早いものだから様々な料理に用いられている。さっきのスープにも入っていた。
 思えば寝ている間も気が休まらない今、一日のうちでこの食後の一杯を楽しんでいる時こそが最もくつろげる時間かもしれない。
 とはいえ、それもやはり永遠ではない。やがて大谷が機械式の腕時計を見つめ、静かに立ち上がった。
「そろそろ、お時間です」
「あ、はい」
 安らぎの時は終わった。ここからは義務を果たさなければ。働かざる者、食うべからず。王族扱いの自分とて例外ではない。
 アサヒは部屋の隅にある洗面台へ移動し、歯を磨き、ヒゲを剃って、冷水と石鹸で顔を洗った。この体は魔素という微粒子が集合して出来ている。なのに人体を完璧に再現しているものだから、肌は皮脂で汚れるし体毛も伸びる。余計な機能は省いてくれてもいいのにといつも思う。
 いつもと言えば、この水道にも驚かされる。記憶災害発生のトリガーとなるため電力が使えなくなった今の時代、それでもきちんと綺麗な水が出てくるのだ。かつて整備されたインフラが二五〇年経った今でも改良を加えられ機能し続けている。その事実に、当時の建設に携わった彼は感動すら覚えた。人間の技術と創意工夫は素晴らしい。
 約束の時間の一〇分前、手早く支度を調えて部屋を出た。毎朝八時に一階の研究室まで顔を出すように言われている。

 そういう契約を交わした。

 小畑は掃除等の仕事があるため地下室に残り、大谷だけが後ろについて来る。地下には他にも何人かの見張りが立っていた。全員が大谷と同じ王室護衛隊。
 彼等に睨まれると、いつも気後れして足取りが鈍くなる。
「お急ぎを」
「はい」
 再び大谷にせっつかれ、今度は急ぎ足で階段を上る。王族に忠実な護衛隊員の割に、この人は自分に対する当たりが強いような気がした。彼女には、まだ王家の一員と認められていないのかもしれない。
(まあ、俺にもそんな自覚は無いけど)
 王族は“伊東 旭”の子孫なのだから、その一員だと言われれば否定し難い。とはいえ、王族らしく振る舞うのも庶民として生きてきた一七年間の記憶しか持たない自分には難しい。
 そんな、らしくない部分を嫌われているのかもしれない。あるいは正体を見抜かれてしまっているのか……後者の可能性にやっと気が付き、アサヒは小さく身震いした。
「どうしました?」
「あ、いえ、少し寒気を感じて」
「そうですか、たしかに地下は冷えますからね」
 実際、上へ行くほど温度も上がって来た。ほどなくして頭上が明るくなる。彼の姿に気付いた兵士が地上部分へ通じる扉を開けたのだ。
 扉の向こうから流れ込んできた風が熱い。地下都市内は一年中夏の気温。そう考えると地下階の方が快適に過ごしやすくはあるのかもしれない。
(でも、地下都市なのにさらに地下階って言うのおかしい気がするよな)
 そんなどうでもいいことを考えつつ一階の廊下に出る。地下階の暗さに慣れた目には窓から差し込む光が眩しかった。
 ちなみに、この光は数億本の光ファイバーや鏡を利用して地上から取り入れられている。旧時代に省エネ目的で組み込まれたシステムなのだが、まさか二五〇年後の世界でまで活用されているとは思わなかった。
 二人は目が慣れるまで少しの間その場で立ち止まっていた。そして、やっと研究室に向かって移動を再開しようとしたところ、横合いから声をかけられる。
「やあ、久しぶり」
「?」
 どことなく聞き覚えのある声。気さくな調子だし知り合いだろう。でもすぐには誰だか思い出せなかった。振り返って、顔を見たところで眉をひそめる。声からは予想しえない相手だったから。
朱璃(あかり)?」
「いやいや、前回も言ったけれど、違うよ」
「あっ……ごめん、また間違った」
 勘違いに気が付き、さらに驚く。そこにいたのは彼をこの地下都市まで導いた少女・星海(ほしみ) 朱璃と良く似た顔の少年だった。年頃も近く、朱璃より一歳上。つまり一七歳当時の伊東 旭を再現しているアサヒにとっては一つ下ということになる。相手が小柄で童顔なため見た目はもっと離れているようにも見えた。

 この少年の名は星海 開明(かいめい)
 北日本を統べる王族の一人。

 彼の父と朱璃の母が従兄妹なので、朱璃にとっては“はとこ”に当たる人物だ。そしてアサヒのオリジナル・伊東 旭からすれば、遠い子孫の一人である。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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