六章・忘我(3)

文字数 5,383文字

「……へえ?」
 朱璃も表情を変える。
「ボウヤ、何か掴んだのかね?」
 短い髪の星海班専従医師・門司 三幸が火のついていないタバコを咥えながら問う。
「さあ、どうかしらね。試してみましょう?」
 言うなり、アサヒの回復を待たず攻撃を仕掛ける朱璃。
 その音速に近い速度で放たれた銃弾を、彼は避けた。
 薄暗い地下の射撃場に銀色の光跡が描かれる。
 一瞬、アサヒが二人になったかのような錯覚を誰もが覚えた。
 小波が驚きの声を上げる。
「な……えっ?」
「なんか今、あいつ、変な動きをしなかったか……?」
「手を止めない! 来るわよ!!
 この特訓は誰か一人が触れられたら終わり。朱璃は攻撃続行を指示した。自らもボルトアクション式のMW一〇七に次弾を装填して狙いを付ける。
 戸惑いつつも友之と小波は軽機関銃で弾幕を張った。機関銃の役割とは狙撃銃のような正確無比の攻撃ではなく、ある程度弾を散らすことで敵の侵攻を阻む壁を作り、同時に相手に恐怖を植え付けること。つまり足止めのための制圧射撃だ。人であれ獣であれ、無数の弾丸が広範かつ高速で飛来する場所に突っ込んで行くことは躊躇いを抱く。
 なのにアサヒは前に出た。再びゆらりと空中に光跡を描きつつ。
 その光の帯が突然長く伸びた。そう思った時には彼はもう訓練場の左端にいて、二人が照準をそちらに向けた瞬間、今度はいつの間にか右端へと移動している。
「なっ!?
「は、速い!」
 速すぎる。狙いが付けられない。いや、狙う必要など無い。自分達の役割は弾幕を張ること。銃口を振り回しつつ弾を景気良くばら撒く。
「くっ!?
 何発かがアサヒに当たった。ホッと息をつく二人。これまで以上の俊敏な動きを見せられたことには焦ったが、まだ無傷で銃火の嵐を抜けられるほどではない。その事実に何故か安堵した。
 しかし──
「まだよ! 手を止めるなって言ってんでしょ!」
 そう言って朱璃が発砲する。アサヒは驚きながら回避した。そこへ門司が追撃をかける。彼女の銃弾はアサヒの肩を撃ち抜いたが、朱璃は素早く次弾を装填しており、さらに発砲。アサヒはまた銀色の光跡を虚空に残し、そこから大きく移動する。
「どういうことだ朱璃!? 当たったぞ!」
「せっかく掴みかけてるんでしょ、なら、間を置かずに挑みなさい!」
 そういうことか、納得した友之達も攻撃を再開する。軽機関銃による弾幕。狙撃銃の正確な攻撃。それらの合間にウォールが放つ嫌がらせのようなバースト射撃と魔法。
 それらをアサヒは次第に躱し始めた。さっきまでの勘と運に任せた回避ではない。より確実に少しずつ被弾率を下げていく。
 彼もまた、高速で動き回りながらそういうことだったのかと理解する。これ以上は何も教えないなどと言いつつ、朱璃はさりげなくヒントを与えてくれていたのだ。

『アンタの長所は何?』
『人体はまずデタラメな高加速には耐えられないのよ』
『自分がどう動いているか、相手がどう動くのか、ちゃんと見えてたんでしょ?』
『後はアンタが自力で限界を超えるの』

「限──界、を──ッ!」
 スピードが上がって行く。一言ごとに十数mの距離を移動する。速度は人の目で追える領域から追えない領域へと到り、そこからさらに加速を重ねる。
 狭い屋内だ、どこまでも行けるわけではない。壁際で、あるいはそれよりもっと手前で切り返し、その瞬間に一瞬だけ動きは止まる。だが、その切り返しの時間すら次第に短くなっていく。人体の構造上絶対にありえない動きを彼の肉体が選択する。それに合わせて関節や筋肉を作り変えていく。
「超え──ろ!」
「!」
 調査官達の目の前でアサヒの姿が消え、空中に無数の光跡だけが残された。あまりにも速すぎて残像しか見えない。友之と小波が適当に当たりをつけて発砲した弾も全く当たらなくなった。着弾したとして、それが体内にめり込むよりも早く別の場所へ移動してしまうからだ。
 そもそも、ここまで速くなったら弾丸など彼に届かない。
 直後、空気の破裂する音がして衝撃が彼等を襲う。
 地下なのに猛烈な突風が駆け抜けた。
「うあああっ!?
「きゃあっ!!
「くっ!?
 予測して構えていた朱璃だけが転倒せずに堪える。けれど、その一瞬の間にアサヒは目の前まで到達していた。
「こ、こういう……」
 疲労しない肉体になったはずなのにハァハァと息を切らしている。流石にまだこの速度に体が順応しきれないのだろう。
「こういう……ことだろ? 俺は人間じゃない……だから、人間のつもりで動いていたら、駄目だったんだ……」
「……正解」
 ニッと笑った朱璃はアサヒの姿を改めて観察する。膝から下が人間のそれとは明らかに異なる形に変形していた。関節の向きが前後逆になり、皮膚が硬質化。シルエットも細くなっている。水平方向により速く動き、切り返しの一瞬の隙をさらに短縮するための異形の双脚。
 瞳も金色に変化している。少し複雑な気分になった。これはあの赤い巨竜の瞳だ。アレがアサヒに力を貸したんだろう。
「で、でもさ、これ……」
 アサヒは困り顔でその場に立ち尽くす。
「どうやったら、元に戻せるんだろ……」
「そんなの簡単よ」
 言うなり朱璃はカウンターの上に上がり、身長差を埋めてアサヒの顔を両手で掴む。
 そして、いつかのように強引にキスをした。
「むぐっ!?
 驚いて目を丸くしたアサヒは、瞳の色が黒に戻り、足も銀の煙に包まれ元の人間のそれに戻った。
「な、なんで……?」
 どうしてキスをしたのか、そして何故それで元に戻れたのか、二重の意味で問いかけた彼に、朱璃は口の端から垂れた涎を拭いつつ答える。
「古今東西、乙女のキスで呪いは解ける。そういうものよ」


「はい、これにて特訓終了。片付けをして撤収」
 朱璃が手を叩くと、呆然としていた調査官達も我に返った。
「や、やっと終わりかあ……」
「流石に疲れた」
 安堵の息を吐きながら立ち上がる友之と小波。アサヒに近寄って来て順に拳で胸を叩く。
「やったな」
「は、はい、ありがとうございました」
「大したもんだよ君」
「小波さんも、ありがとうございます」
 門司とウォールにも頭を下げ、それから一緒に訓練場の掃除を行う。
 やがて再び朱璃に呼ばれ、一ヵ所に集合した。
「さて、再確認しておくけど、これで自分の強みは理解できたわね?」
「うん。人間の限界に囚われないこと、だろ?」
「それを認識できれば問題無いわ。人斬り燕がいくら強いっても、結局のところアイツも人間なの。人としての限界は超えられない。いや、見た感じ部分的には超えてたかもしれないわね。多分ドーピングでもしてるんでしょ。
 対するアンタは最初から人間じゃない。人体を再現してはいても、その肉体は魔素の塊。いわばアタシ達が使う疑似魔法そのもの。考え方次第でいくらでも新しい力を引き出せる。だから人としての常識なんて捨てちゃいなさい」
「いや、うん、まあ……戦いではそうするよ。普段は常識を捨てたら駄目だと思うけど」
 戦闘では竜であることをもっと自覚すべきだと認識したが、それでもあくまでも人として生きたい。せめて日常生活の中でくらいは。
 彼のその答えに朱璃は意地悪な笑みを浮かべた。
「頭の固い奴ね。まだ特訓が足りなかったみたい」
「足りてる! 十分!」
「駄目よ、やっぱりもう少し柔軟な考え方ができるようにならないとね。てなわけで早速部屋に戻りましょうか」
「な、何で?」
「アンタに手を出す気が無いなら、こっちから誘ってやるわ。自分の子孫とヤッちゃえるくらい頭がぶっ飛べば、もっと強くなるでしょ。なんならここでもいいわよ?」
「いやいやいやいや」
 だから、それは御免被ると言っている。
「いいからさっさと抱きなさい! 薄くなったアンタの遺伝子を再び我が家に取り込むことも王太女の役目なんだから!」
「前から言ってるけど、孫の孫の孫の孫とそういうことをするのはおかしいって!」
「そっちこそなんべん言わせんの! アンタが強くなるには、まずその固定観念を捨てて自由な思考力を手に入れることが」
「──班長」

 突然、ウォールが口を開いた。
 普段無口な彼の発言には、否応無しに注意を引き付ける力がある。
 朱璃までもアサヒに掴みかかるのをやめて振り返った。

「なに?」
「アサヒは、たしかに強い。だが、まだ問題がある。相手が人間だからこそ、本気で戦うことができない」
「あ……」
 言われて当人も気が付く。今の特訓で人斬り燕を相手に互角に戦えるような気になっていたが、たしかに、よく考えたら人間相手では攻め手に欠ける。本気で攻撃したら相手が消し飛んでしまうことを考えると、どうしても躊躇せざるをえない。
「そんなことはわかってるわよ」
 朱璃は腕組みしつつ鼻息を吹く。
「この甘ちゃんに人を殺す度胸は無いでしょうしね。あくまでコイツは足止め。捕縛するなり殺すなり、どちらにせよ仕留めるのはアタシ達の役」
「えっ?」
「オレらが、あの人斬り燕と……ですか?」
 驚く小波と友之。当然朱璃を守って戦うつもりではあったが、しかし噂に聞く怪人を相手に自分達でどこまでやれるかはわからない。あのマーカスでも翻弄されたという相手だし、正直言って自信は持てなかった。
「別にアンタ達二人に任せるわけじゃない。総力戦だから誰か一人の弾が当たればいいの。アサヒは記憶災害だけれど、アイツはさっきも言ったように人間だからね。弾を食らって動ける人間はいない」
 昨日は被弾しても動いていたが、あれは障壁で防がれたからだろう。飽和攻撃で障壁を削り一発でも貫通させられれば決着はつく。
「それもそうか」
「わかりました、やってみます」
「うん」
 この割り切りの良さは流石にプロである。部下達の決断力に感心する朱璃。
 そもそもアサヒは地下都市内では満足に火力を発揮できない。というか、させてはいけない。訓練によって以前より出力調整が上手くなっているとはいえ、限界に近い今の地下都市にとって“渦巻く者”の強大な力は猛毒だ。中で自由に暴れられたら寿命が大幅に縮んでしまう。
 敵もそれがわかっているから、あの時、旧エレベーターシャフトなどという狭所で戦いを挑んできた。アサヒの稚拙な体捌きでは上手く身動きが取れないとわかっていたし、周囲への被害を考慮した彼はさらに攻撃の手まで鈍らせた。実際、ほとんど一方的に押し込まれてやられかけている。先にマーカスを攻撃し、自分を抱えて跳ぶように誘導したのもそのためだろう。他者を抱えてしまったことで彼にはより一層の縛りがかかった。
 反面、地上に出ていた時、人斬り燕は仕掛けて来なかった。人数だけで言えば旧エレベーターシャフトよりも少なかったのに。つまり、あの広い空間の方が自身に不利な地形だと理解していた。だから次も必ず地下都市内で仕掛けて来る。
 アサヒに特訓を施したのは、今しがた言った通り奴の動きを止めさせるためでしかない。人の身でありながら銃弾を避け、空を飛び回る怪人。そんな相手に機動力で対抗できるのは彼しかいない。アサヒが自分の役割をこなしたなら、そこから先はこちらの仕事。
 ただ、これだけでは策に厚みが無いように感じる。もう一手が欲しい。
「さて、どうしようかしらね……」
 アサヒ、友之、小波、ウォール、門司。居並ぶ面々の顔を見渡し、天才少女と呼ばれる小さな指揮官は考えた。
 ここにいないマーカス達は、今頃上手くやっているだろうか、と。



 深夜、王城の中の一室に小畑(おばた) 小鳥(ことり)は足を運んだ。
「……」
 無言でドアをノックすると、
『どうぞ』
 という返答。
 静かにドアを開く。
「ご苦労様」
「ありがとうございます」
 労いの言葉をかけて来たのは少年だ。王太女に良く似た顔立ちの赤い髪の少年。
 その手元には一枚の写真があった。椅子に縛られた少女が写っている。
「彼の様子は?」
「今夜も王太女殿下とご一緒にお休みです」
「そう。なら、もうそろそろ親戚が増えるかな?」
「あのご様子では、しばらく手を出すことはないでしょう」
「そうか、残念だね。まあ、そもそも彼女は死ぬかもしれないが」
「……」
 少年──開明(かいめい)は椅子から立ち上がった。青い瞳が闇の中、わずかに輝く。
 それは何かを酷く悲しんでいる憂いの光だ。
「本当に、よろしいのですか?」
 確認のため投げかけられた小畑の言葉を、彼はじっくり噛み締める。
 やがて諦観の面持ちで肯定した。
「この国の為だ」
「わかりました。では私も監視に戻ります」
「頼むよ」
「はい」
 そうして小畑が出て行った後、彼は窓に近付き、カーテンを少しだけ開けて外の景色を見つめる。
 地下都市の天井を支える無数のピラー。そのシルエットが暗がりの中にさらに濃い影となって浮かび上がっていた。
 あの中のいくつかには現在の社会に適応できなかった者達が隠れ潜んでいる。初代王の再来であるあの少年は、きっとまだその事実を知らないだろう。
「君は怒るかもしれないな。でも、どうか許して欲しい」

 これから行われることを。
 自分達の罪を。

 開明はあの少年が好きだ。朱璃のことも。自分達は根底に抱えるものが似ている。その事実を打ち明けることができたなら、どんなに良かっただろう。
 でも今はまだ、そうすべき時ではない。
(必ず……仇は取るよ)
 少年の誓いを闇で隠しつつ、夜は静かに朝の訪れを待ち続けていた。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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