二章・逢引(1)

文字数 5,391文字

 地下都市・秋田は北日本の王都だ。一八〇年前までは仙台がその役割を果たしていたのだが、大震災により半分が崩落。やむなく遷都することとなり、当時最も保全状態の良かった秋田市が選ばれた。
「おお……」
 久しぶりに対策局の敷地から出たアサヒは、広い歩道を歩きながらおのぼりさん丸出しで周囲の風景を見回す。地下都市内には無数の柱が等間隔で並んでいるのだが、旧時代、あれらのうち半分は限られた空間を最大限活用するための居住施設や商業施設になっていた。今も一部は住居として使われているのだろうか? 遥か上方に洗濯物が干されている柱も見えた。
 都市中央部には柱以外にも高層建築が林立しているのだが、このあたりは内縁部、つまり端の方なので背の低い建物が多く広々としている。
(気持ちいいけど、なんかうるさいな?)
 さっきからひっきりなしに槌の音が方々から聴こえてきていた。建物や地下都市の天井に反響しているため正確な位置は特定できないが、どこかで大掛かりな工事をしているらしい。
 落ち着きのない彼を朱璃(あかり)が叱りつける。
「キョロキョロしない。悪目立ちするでしょ」
「あ、ごめん。でもさ、この街に来た時も驚いたけど、本当にカラフルだね」
 彼の言葉通り、秋田の市街地は色彩豊かである。地下空間でのストレスを軽減する政策の一環として年に一回、全ての建物を鮮やかに塗り替えるからだ。住民の中には塗り替え直後から翌年の構想を練り始める者までいるという。
 ペンキの原料には主に虫や食品廃棄物が用いられる。潰して色素を抽出し、動物の骨や皮から作った膠とその他いくつかの材料を混ぜて完成だ。廃棄物の量を減らせる上、製造に時間と人手を要するものだから働き口は逆に増やせる。労働もこの閉鎖環境で生きていく上では重要なのだ。やることが無いと人の心は容易く倦む。なるべく全ての人間に仕事を与えるため、歴代の王や議員達は知恵を絞って来た。
 アサヒの両目より上に視線を向け、からかう朱璃。
「アンタの頭も負けないくらい派手よ」
「そう言う朱璃はいつもより地味だね」
「言うじゃない」
(げっ)
 単に見たままを言っただけなのだが、たしかに挑発的に聞こえたかもしれない。青い瞳がカッと見開かれたのを見て冷や汗をかくアサヒ。
 彼は金髪のカツラを被っており、朱璃は黒髪のカツラを着用していた。さらに二人とも伊達眼鏡。朱璃は王太女でアサヒは初代王の模倣体。当然、二人とも大勢に顔を知られている。そのため変装してきたわけだ。
「ユウヒ、彼女はルリだ」
「あ、すいません」
 大谷に、いつも通り呼んでしまっていたことを指摘され、ようやくミスに気付く。自分はユウヒ、朱璃はルリと偽名も決めておいたことを忘れていた。
 大谷自身は戦闘服のまま二人の後ろを歩いている。朱璃は彼女の親戚で、秋田市にしかない高校への入学が決まった。しかし、ここしばらく病気にかかって入院していたために入学が遅れた。アサヒは病み上がりの彼女を案じた両親に頼まれ、付き添いを引き受けた幼馴染。普段は山形で兵士をしている。そして大谷は二人のため許可を貰い、午前中だけ市街地を案内することになった。そんな設定。
 まるでスパイだ。こういうのは初めてなので、アサヒの気分が若干浮ついてしまうのもしかたのない話ではある。
「でもさ、全然人がいないね?」
 せっかく変装して偽名や設定まで考えて来たのに、通りはどこも閑散としていた。ゴーストタウンかと思うほど人の姿が見当たらない。
「そりゃ今は労働時間だもの、市民の大半はそれぞれの持ち場で働いてるわ」
「ああ、そっか」
 言われてみれば当たり前のことだ。皆が働いている時間に、こんなにのんびりと散歩していいのだろうか? 今さらながらに罪悪感が湧き上がる。
 一方、朱璃は全く気にする様子が無い。
「このあたりは対策局関係の施設が多いから、なおさら人はいないでしょうよ。研究員は屋内にこもりっぱなしだし、調査官の大半は地上に出ているからね」
「なるほど」
「ついでに言えばウチは規模の小さな組織なの。権限はそれなりにあるけど、職員の数は四〇〇人もいないわ」
「どうして?」
「調査官が次から次に死ぬもの」
「……」
 今度は気軽に「なるほど」などとは言えなかった。脳裏に、福島で自分達を助けて命を落とした恩人の姿と言葉が蘇る。


『過酷な世界ではあるが、悪いことばかりではない。是非、楽しんでくれ』


「楽しんで、か」
「なに?」
「いや、えっと……逆に、一番人口が多いのは農業関係なんだっけ?」
「そうよ。ちゃんと宿題はしてるみたいね」
「しないと怒るだろ」
 苦笑するアサヒ。秋田に入る許可を得るまで福島で待機していた時から、目の前の少女に知識を身に着けろと言われ、色々と勉強させられている。おかげでそれなりに今の世界に詳しくなれた。
 たとえば、現代の教育システムは“伊東 旭”が学生だった旧時代末期のそれを参考にしているそうだ。多分、彼が初代王だったからだろう。
 小学校では生きる上で最低限必要な基礎知識を学ぶ。国語、算数、魔素に関する情報を加えた理科。王国の政治形態や歴史、そして地下都市の外にどんな危険な世界が広がっているかも教えなければならない社会。音楽、図工、家庭科に道徳。多少違いこそあるものの、この時点では二一世紀前半と大きな違いは無い。
 だが、その先は異なる。現代の子供達は小学校の六年間で個々の素養を測られ早々と将来の職業を決められてしまう。伊東 旭の学生時代もそうだった。そこに本人の意志が介在する余地は無い。
 中学校に上がると適正に合わせたコースへ振り分けられる。優れた身体能力や命令に対する従順さが認められれば兵士養成科。運動神経に多少の問題があっても体力が人並みで我慢強い性格だったら農業科。身体が弱くても手先が器用であれば技術職を目指すことになる。
 例外として、なんらかの突出した才能が認められれば高校へ進むことが許される。現在、高校が秋田市にしか無いのは生徒が少ないからだ。一学年に十数人だけなので校舎一つで間に合ってしまう。
 ちなみに朱璃は飛び級で九歳の時に高校に入り、一年で逆に教師に教える立場になってしまったため自主的に退学。その後、最初は研究員として特異災害対策局に入り一二歳になる直前に調査官採用試験を突破。半年間の研修を経て班長となった彼女は即座に星海班を結成。以来、研究員と調査官の二足のワラジで活動している。
「農業エリアは街の北。ここの反対側ね。都市外周部の七割を使って生産を続けている。高級住宅地の一部を潰して昔より田畑を拡げたのよ。労働時間中は市民の四割がそこ。子供は中心部の学校で勉強。あるいは兵士になるための訓練。
 農業の次に人口が多いのは軍ね。陸軍と海軍の二つに分かれている。陸軍の主な仕事は都市防衛と山林での食料調達。地下都市内の治安維持も担当。海軍は、前にも言ったはずだけど漁業に勤しんでるわ。軍艦を使って魚を獲るなんて昔の人間に聞かせたら笑うかもね。でも、そうしなければならないほど危険なの。理由はもう知ってるでしょ?」
「海中は陸上より魔素の濃度が高く、生物が変異・大型化しやすい……だよね」
「その通り。天候が悪化して海面に落雷があれば、陸地より大規模な“記憶災害”が発生する可能性も高い。だから海兵の死亡率は調査官に次ぐと言われている」
「凄いな……」
 そんな危険な環境でも漁には出るのか。これから魚介類を食べる時には海兵の皆さんに深く感謝すべきだろう。
「まあ、何種類かの海洋生物は養殖に成功しているし、将来的には無理に漁へ出る必要は無くなるかもしれないわ」
 朱璃はそう言った直後、足を止めた。つられて立ち止まったアサヒは目の前にあるものを見上げる。
「さて、到着したわ」
「到着って……柱?(ピラー)
 さっきも眺めていた地下都市の天井を支える巨大構造物。どうやら朱璃が目指していたのはこの場所らしい。
「ここで何するの?」
「とりあえず中に入るわよ。外じゃ人目に付くわ」
 見られたらまずいようなことをするのか。いいのかなと大谷に視線を向けると、彼女はいつも通り落ち着いた表情で佇んでいた。高い能力があっても王族への忠誠心が認められなければ入隊できないという王室護衛隊。その一員である彼女は、朱璃の判断に口を挟むつもりが無いのかもしれない。
(いや、でも研究室を出る前に止めようとしてたな)
 単純に朱璃を相手に問答しても勝てないと諦めているだけかもしれない。大半の人間がそうであるように。
「ふんふんふ~ん」
 鼻歌混じりに閉鎖されていた入口を開錠する朱璃。何故か鍵を持っていたようだ。もちろん、最初からここに来るつもりだったなら用意しておくだろう。けれど正規の手段で手に入れたものなのかは気になる。
「よっ、と」
 彼女のかけ声と共に、重そうな分厚い扉が軋みながら横へスライドする。二〇〇年以上放置されたことで相応に錆びていたらしい。それをあの細腕でこじ開けるものだから一瞬ビックリした。
(そういえばこの子、けっこう力持ちなんだった)
 ここしばらく平和な地下暮らしだったため忘れかけていたが、現代人は魔素の影響により旧時代に比べて大幅に身体能力が向上している。だから朱璃も魔素が無かった当時の平均的な成人男性より力が強い。前に鉄筋を素手で曲げた時は若干引いた。
「ほら、早く入って」
「うわ、暗い」
「私が先に立ちます」
 これまでは後ろをついてきたが、ここから先は何があるかわからない。護衛として前に出る大谷。朱璃も素直にそれを受け入れ、魔法で照明を生み出しながら前方を指差す。
「向こうに明るい場所があるでしょ、そこまで行くわよ」
「はい」
 彼女の指示通り、周囲の状態を慎重に見極めながら進む大谷。その少し後ろをついて行くアサヒと朱璃。特におかしなところは見当たらない。いや、ほとんど昔のままなのがむしろ異常ではある。
「なんか、意外と綺麗だね……」
「彗星の衝突に備えて造られた都市だもの。建物一つとっても高い耐久性と気密性が保たれているわ。まあ、完璧じゃなかったようだけど」
 何かを見つけた朱璃はしゃがみ込み、それをつまんでアサヒに向かって放り投げる。
「はい」
「ん?」
 反射的にキャッチした彼は次の瞬間、慌ててそれを振り払った。
「ひいっ!?
「どうしました!?
「なんでもない、ただの蜘蛛よ」
 悲鳴を聴いて振り返った大谷に手を振る朱璃。アサヒは今しがた払った手の平サイズの蜘蛛がどこかへ逃げていくのを見送りつつ、ようやく抗議の声を上げる。
「虫を投げるなよ!?
「アレには毒なんて無いけど?」
「そ、そういう問題じゃないっ」
「情けないわね、なに? 虫が怖いの?」
「ぐっ……」
 年下の少女が平然としているのに正直に「怖い」と答えるのは気が引けた。同時にあることを思い出す。
(朱璃には恐怖心が無いって、カトリーヌさんが言ってたな……)
 福島の戦いの後で知ったのだが、朱璃はどんな危機的な状況であっても全く恐れを感じないらしい。他の感情は有しているのに何故か恐怖心だけ欠落しているのだそうだ。
 それは危ういことだと思う。朱璃の友人だという彼女も言っていた。恐怖心があるから人は立ち止まれる。危機を回避できる。朱璃は賢いから恐怖を感じなくても危険を危険と認識して立ち回ることができているが、それでも誰かが見ていてやらないと、いつかどこかで見誤るだろう。踏み込んではいけない場所へと踏み込んでしまう。

『だからな、アサヒ君もあの子のこと、ちゃんと見といたってな』

 女王が自分を朱璃の護衛にした理由の一つもそれだった。アサヒは周囲の暗がりをおっかなびっくり見回し、どうかここがその踏み込んではいけない場所じゃありませんようにと祈る。子供の頃、母と一度だけ行った遊園地。そこでの思い出が蘇る。彼はあの時、強がって一人でお化け屋敷に入った挙句、結局は盛大に泣き喚いて母の元へ逃げ帰った。眼光鋭く体格にも恵まれていたくせに臆病な子供だったのだ。正反対の少女にブレーキをかける役としては適任かもしれない。
 やがて三人はピラーの中心に辿り着く。多分旧時代には多数のテナントが入る商業施設だったのだろう。オリジナルの自分が同じような場所で仕事していたことがあるため、構造に見覚えがあった。この記憶が確かなら中心部は最上階まで続く吹き抜けになっていたはず。実際にそこだけ少し明るい。朱璃が目指していたのもそこだ。
 けれど、今は上から射し込む光の大半が遮られてしまっていた。何故なら──
「蜘蛛の巣だらけだ……」
「空気の流れの通り道になってるからよ。獲物がかかりやすくて、蜘蛛はそういう場所に巣を張るの」
「殿下、ここで何を?」
 大谷の問いかけに顎をくいと上げ、頭上を示す朱璃。
「最上階まで行くわ。アサヒ、アタシ達を抱えて跳びなさい」
「え?」
「アンタの力なら、ついでにこの蜘蛛の巣も散らせるでしょ。階段を使うよりここの方が近道なの」
「いや、えっと……」
 自分は構わないが大谷はどうなんだろう? アサヒが彼女を見ると、大谷は問いかけるより先に「いいですよ」と答えた。
「まあ、そういうことなら」
 短い逡巡の後、アサヒは二人にそれぞれ右手と左手を差し出す。
 そして久しぶりに、彼だけが持つ特別な“力”を解放した。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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