六章・忘我(2)

文字数 6,010文字

 ──雪が容赦無く顔にぶつかってくる。真っ暗な空の下、周囲は一面の雪景色。東京では滅多に見られなかった光景。けれど、ここへ来てからもう三〇年。人生の三分の二を東北で過ごしたことにより、すっかり雪にも慣れてしまった。あれから流れた時の長さを思い出し、しばし感傷に耽る。

『本当に行ってしまうの?』

 朱璃に良く似た顔。彼女が大人になったような女性。それが目の前に立って震えながら自分を見上げている。

『やっと母さんがいないことに慣れてきたばかりなのに、父さんまでいなくなってしまうなんて……そんなの、ひどいよ』

 風が強くて、長い髪がその顔を隠した。
 最後になるかもしれない。そう思っていた自分は、もっとしっかり目に焼き付けておくべきだと考え、手を伸ばす。
 ああ、頬が冷たくなっている……可哀想に、こんな寒い場所へ出て来たからだ。

『もう、戻れ』
『嫌よ、私も父さんと行く。おばあちゃんを助けるんでしょ?』
『駄目だ、お前は残るんだ』

 わざと突き放すように言った。
 あんな化け物と戦うのは、同じ化け物の自分だけでいい。
 それに、この新しい国には王が必要だ。自分の代わりの新たな王が。
 娘は妻に似て賢く育った。きっと上手に人々を導いてくれる。

『父さんは勝手よ……みんな、父さんを信じてるのに』

 そうだな。でも、その信頼には十分に応えたはずだ。三〇年間、全力で応え続けた。
 だから行かせてくれ。皆が反対したけれど、それでも自分にはやはり、今もあの中で苦しんでいる母を見捨てることなんかできない。

『……ごめん、わかってるよ。このままじゃいけないんだよね。いつまでも父さんに頼り切りの今のままじゃ、どうせいつかは駄目になる。いいかげん、自分の身は自分で守れるようにならなきゃいけないんだ……私も、この国の皆も』

 賢いから彼女は、そんな結論に到った。
 ああ、なんて俺は勝手な奴だ。
 自分から突き放しておいて、娘が自立を口にした途端に寂しくなる。
 ごめん、ごめんな光理(ひかり)。こんな馬鹿な父親でごめん。

『謝らないでよ父さん。代わりに約束して。必ず帰って来るって。おばあちゃんを助けて二人で仙台に戻って来るって、そう言って』

 ああ、約束する。
 絶対に戻って来るよ。
 愛してる。

『私も愛してる。父さんと母さんの子に生まれて、本当に良かった』

 しばらく抱き合った後、どちらからともなく離れ、遠ざかる。
 何度も振り返った。地下都市へ続く出入口から漏れる光。その中に彼女はずっと立っていた。妻の面影を宿す、この世で最も大切な娘。
 それでもなお歩いて行く。
 やがて振り返っても姿は見えなくなった。吹雪のせいで微かな光が完全に覆い隠されてしまったから。

 俺は泣いた。
 どうして、一番大切なものを手放さなきゃならなかったんだ。
 母もこんな選択を望んではいないはずなのに。
 それでも二本の足は立ち止まらない。
 もう決断の時は過ぎた。

『帰る……帰るんだ。絶対、あの場所へ帰る……母さんを連れて』

 母を助けること。娘との約束を守ること。
 そして──

『……あいつを、殺して』

 誰にも言えなかった、言わなかった三つ目の理由。
 俺は、そのために全てを捨てた。



「おい、アサヒっ」
「わっ!?
 しばらく意識を失っていたらしい。仰向けでのびていたアサヒは友之に声をかけられて勢い良く目を覚ます。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……」
 すでに傷は治っている。痛みも元から感じない。ダメージを受けすぎて一時的に意識が飛んだだけだ。この肉体も無敵というわけではない。
「ボサッとしてんな、さっさと立ちなさい!」
 朱璃が肩を蹴飛ばす。
「班長!」
 友之が抗議の声を上げても彼女は傲然とアサヒを見下ろしたままだ。
 その顔に、今しがた見た夢の一部が重なる。
「……ひかり」
「ハァ? 何をボケてんの!」
「ご、ごめん」
 そうだ、今は特訓の最中だった。思い出して慌てて立ち上がる。
 途端に頬を冷たいものが伝った。それを見て流石の朱璃もたじろぐ。
「ちょっと、泣いてんの? スパルタ方式でいくって言ったじゃない」
「いや、違うよ。朱璃のせいじゃない」
 ちょっと夢を見ただけ、そう言って涙を拭う。
(どうして今頃になって?)
 今までどれだけ思い出そうとしてもオリジナルの自分が“英雄”になってからの記憶は蘇って来なかった。それはおそらく伊東 旭が意図的に“崩界の日”以降の記憶を自分に複写しなかったからだと思っていたのだが……。
 いや、やはりその認識は間違っていないと思う。福島で一つのキッカケからサルベージされた直後の記憶を思い出したように、他の記憶もあるのなら今の夢を見たことが原因で連鎖的に回復しても良さそうなものだ。なのに相変わらず何も思い出せない。
 つまりあの夢は、それだけ大切な記憶だったんだろう。捨て去ろうとしても捨てることなどできないほどに。だから彼の意志に反してこの記憶だけは模倣体の自分にも焼き付けられていた。そう考えるとしっくり来る。
「で、どうする? まだやれるの?」
 朱璃に問われ、アサヒは頷く。
「やろう」
 その身を包むスキンスーツは、すでに穴だらけでボロボロになっていた。


 ──少し時間を遡ろう。この場所は特異災害対策局の敷地内にある射撃訓練場だ。普段はその名の通り調査官達の射撃訓練に用いられている建物。アサヒに与えられた私室同様地下にあり、窓の類は一切無い。これはMWシリーズの試射等機密扱いの実験にも使われているからで、ここなら外部に情報が漏れる心配は無い。
 あの後、研究室には小波(こなみ)とウォールと門司(もんじ)だけがやってきた。朱璃によるとマーカスとカトリーヌの二人には何やら別の仕事があるらしい。研究員達にも昨日の実験で得られたデータの解析をさせていると言う。
 残りのメンバー全員を射撃訓練場まで移動させた彼女は、万が一にも心臓に当たるのは不味いからと言ってアサヒに鋼鉄の胸当てを装着させた。それだけで彼女が何をさせるつもりなのかは察しがついた。
 案の定アサヒは壁際に立たされる。
「今から全員でアンタを銃撃する。アンタはそれを全部避けつつ前に出て誰か一人に触れなさい。それで特訓終了。ただし魔素障壁(シールド)を使うのは禁止。跳んで上に逃げることも禁止。一発でも命中したら最初からやり直し。いいわね?」
 というわけで、この無茶苦茶な特訓は始まってしまったのである。
「はい命中。さっさと戻りなさい!」
「いや、やっぱり無理だろ!?
 もう何度目のチャレンジか数えるのも諦めてしまった頃、とにかく朱璃以外の面々が疲労の色を濃く滲ませたタイミングで、ようやくアサヒは疑念を呈する。
「攻撃を受けながら前に進めって言うんならともかく、一発も当たるなとか不可能じゃないか!」
 友之と小波はいつもの突撃銃ではなく、より連射性能の高い軽機関銃型のMW四一四を使用している。この二人の弾幕を掻い潜るのがまず難しい。銃弾なんて目視で回避できる速度じゃないから、アサヒはとにかく素早く動いて当たらないようにしている。けれども幼馴染だという二人のコンビネーションは見事なもので、一方の射線がアサヒの行く手を塞いだかと思うと、次の瞬間には逃げようとした先にもう一方の弾が飛んで来ている。
 さらにこの二人の攻撃を運良く避けたとしても朱璃と門司の狙撃が待っている。二人とも狙撃銃型のMW一〇七を使い、アサヒが一瞬でも足を止めたら正確に当てて来るのだ。
 そして最悪なのがいつもの突撃銃MW二〇五を使うウォールだ。彼は他の四人の攻撃の合間にアサヒが移動しそうな位置を予測して三連射ずつのバースト射撃を行う。それだけでなく魔法まで駆使して邪魔をする。移動阻害の凍結魔法や視界を塞ぐ黒煙が邪魔で邪魔でしかたない。
 それでもまだ移動できる範囲の広い屋外ならなんとかなったかもしれない。でもここは地下の狭い空間だ。横幅は三〇m。さらに縦方向への移動や魔素障壁の使用を封じられたルール内で全弾回避しつつ前に出るなんてできるはずがない。事実、ここまで一度も一〇m以上前へは進めていない。朱璃達のところまで五〇mの距離があるのに。
「泣き言を言うな! 次、行くわよ!」
 愚痴を吐きつつも所定の位置へ戻ったアサヒに対し、給弾を終えた朱璃が早速攻撃の口火を切る。
「すまんアサヒ!」
「よけてよ!」
 他の面々も申し訳なさそうにトリガーを引いた。再び弾幕が張られ、避けようとしたアサヒをメッタ撃ちにする。鋼鉄の胸当てがいくつかの弾丸を弾いた。これが無ければ胸の中の高密度魔素結晶体を砕かれ、とうに死んでいたかもしれない。
「……っく……」
 膝をつく。痛みは無い。けれども全身の傷口から一気に魔素が漏れ出している。これは彼にとっての血だ。人体を精巧に再現している以上、当然大量の失血は意識の低下を引き起こす。さっきもそのせいで気絶してしまった。
「ほら、また行くわよ!」
「は、早い……」
「敵が待ってくれると思ってんの?」
「くそっ……」
 ふらつく体に鞭打って立ち上がる。声も震えていた。
 生物型記憶災害、すなわち“竜”である彼は、胸の中の高密度魔素結晶体“竜の心臓”を破壊されない限り死なない。その部分を保護してある今、まずこの訓練で死ぬ確率は低い。
 けれどもゼロではない。鎧で保護されていない部分から体内に入った弾丸が心臓を貫く可能性が全く無いとは誰にも断言できない。極めて不死に近い存在ではあるが、本当に不死身なわけではなく、死ぬ時には死んでしまう。
 その事実を思い出し、汗が噴き出した。昨日の人斬り燕との戦いと同じ。そんな恐怖が彼の動きを鈍らせる。
「がっ!?
 足を止めてしまったところに朱璃と門司の狙撃を両方食らう。門司の弾は足に当たったが朱璃の攻撃は容赦なく左の眼球を潰し、頭をそのまま貫通した。流石にたまらず倒れ込む。
「アサヒ!?
「あ、頭を狙ったんですか班長!?
「落ち着きなさい、死なないわよ」
「う……ぐ、ぅ……」
 頭と右足から煙を上げたまま、しばらくその場に這いつくばるアサヒ。思えばこれまで頭部に大きなダメージを受けたことは無かった。潰れた眼球が再生していく感触の不快感。これも知らなかった。
(なんで……こんな、無茶を……)
 心の中で呻きつつ、しかし、さらに深いところでは一つだけ理解していた。朱璃は合理的に物事を考える。つまり、これもできると思っているからやらせているのだろうと。
 ならば間違っているのは自分だ。できるはずのことをできずにいる自分の方に非がある。

 何が間違っている?
 どうすればできる?

 考えても考えてもわからない。そんな彼の耳に、遠く離れた位置から大きな嘆息の声が届く。
「ハァ……呑み込みの悪いやつね。同じ血が流れてるとは思えないわ」
「なん……だと……っ!!
 憎まれ口に腹を立て、ゆっくりと立ち上がる。これも自分を鼓舞するためだとわかっているからこそ乗ってやった。
 朱璃は狙撃銃を置いたカウンターを跳び越え、近付いて来る。自分を睨むアサヒの前に立つと、思いっ切り背伸びして顔を近づけた。怒りを忘れてドキッとした彼の目を透き通った青い瞳が覗き込む。そして問いかけた。
「アンタの長所は何?」
「え?」
「そのくらい即答しなさい! 自分の強みも理解してないの!?
「ま、魔素……魔素を、普通の人より多く使える」
「他には?」
「いや……そのくらい、だよね?」
 他には思い当たらない。彼がそう答えると、またしても彼女は深くため息をついた。
「そこまで自己評価が低いとは思わなかったわ」
「どういうことさ?」
「いい? アンタには他にもいくつかの武器がある。その一つは“反応速度”よ」
「はんのうそくど?」
「アンタ、福島でシルバーホーンと戦った時、むっちゃくちゃなスピードでピョンピョン跳ね回ってたじゃない。覚えてないの?」
「いや……覚えてるけど」
 たしかにあの時、圧倒的なサイズ差を考え、真っ向から立ち向かってはいけないと判断してスピードで攪乱する作戦に出た。
 でも、あれがそんなに凄いことだったのだろうか? たとえば朱璃達だって自分と同じように魔素を扱えたらできることなのでは?
「んなわけないでしょ、馬鹿ね」
 腕組みして、いつもの小馬鹿にするような笑みを浮かべる朱璃。その顔に不思議と今は安心感を覚える。
「ピラーの時にアタシと大谷が死にそうになったのを忘れた? 人体はそもそもあんな高加速には耐えられないのよ。仮にその問題を克服した上でアタシ達があの時のアンタと同じ速度で動けるようになったとしても、やっぱりすぐに自滅するわ。それはね、人間はあの速度の中で思考できないから。思考も反射もとても追いつかない。つまり、すぐにしくじっておしまい。でもアンタは一度もしくじらなかった。自分がどう動いているのか、相手がどう動くのか、ちゃんと見えてたんでしょ?」
「う、うん」
「いい? それがアンタの武器の一つ。人間の限界を超えた反応速度」

 そうか、やっとアサヒは理解した。
 これはそれを鍛えるための特訓だったのか。

「銃弾を見て躱せるようになれってことだね?」
「……」
「あ、あれ?」
 朱璃はまた呆れ顔を浮かべてしまう。どうやらそうではなかったらしい。
「答えは自分で考えなさい。甘やかされ過ぎだわアンタ。ったく、旧時代の人間って物を考える力が無かったわけ? アタシはこれ以上教えてやらない。後はアンタが自力で限界を超えるの」
「そんな……」
 ゴールがあるのかどうかもわからない迷路に置き去りにされた気分。心細い彼をその場に残し、再び持ち場へ戻って行く朱璃。
「三二回目、行くわよ!」
 彼女は回数を数えていたらしい。
「ッ!」
 スコープを覗き込む朱璃を見て身構えるアサヒ。話している間に傷は完治した。けれど、何をしたらいいのかがまだわからない。
(銃弾を躱すなってわけじゃないんだよな? 最初に全部避けろって言われたし)
 友之と小波の射線が交差する。わずかにタイミングがずらされていたそれを、アサヒはこれまでの経験から予測してどうにか掻い潜った。流石にこれだけ撃たれ続けていたら多少は読みも当たるようになる。
 だが、そこへウォールが魔法を繰り出して来た。目の前で強烈な閃光が炸裂する。
「うわっ!?
 眼を焼かれ、一時的に視力を失い、堪らず立ち止まってしまう。
 次の瞬間には朱璃と門司の狙撃で撃ち抜かれるだろう。避けなければ──そう思ってアサヒは気が付く。

 自分は今、一瞬の攻防の間に“思考”している。

「ぐッ!?
 結局彼はそのまま二発の銃弾に撃ち抜かれた。さっきの教訓を活かして顔の前で腕を交差させていたため頭部には被弾していない。腕と脇腹に受けたダメージはすぐに修復が始まる。
「防御してどうすんのよ! よけろっつってんの!」
 またしても朱璃の罵声が飛ぶ。
 けれどアサヒは──

 笑っていた。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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