十一章・開戦(2)

文字数 5,014文字

 一方、地下都市大阪でも戦いは始まっていた。
『す、すげえ!?
 頭上を見上げ驚く友之(ともゆき)。亀裂に侵入して来た膨大な量の水が青白く輝く障壁により塞き止められている。半分以上失われた天井の代わりに、月華の展開した巨大な結界が流入を阻んだのだ。
「アンタ、これを単独で……?」
 流石の朱璃も驚嘆するしかない。霊力に目覚めたからこそわかる。月華の持つその力はあまりに桁違いだと。
「いくつかの強力な呪物による補助は受けているけれど、まあ、おおむね私の霊力によるものよ。昔から霊力の強さだけが自慢でね」
 得意気に頷いてみせる月華。ただし、その額には早くも珠の汗が噴き出していた。当然だが、あの結界を維持し続けることで相応の負荷を受けているらしい。
「やはり、前回よりもさらに力が増している……正直言って、今回は朝まで保たせるのは無理よ」
 蒼黒は夜更けを待って訪れ、夜明けと共に去って行く。彼女は天井が失われて以来かれこれ四十年ほど、この結界によって大阪を守り続けて来た。そして今夜、とうとう限界を迎えた。やはりここが正念場。
「さあ、ここからが本番だぞ」
 術士隊の隊服、巫女に似た装束に着替え、たすき掛けをしたカトリーヌが長刀を構える。背中には一応、MW二〇三もマウントしてあった。魔素に比べればゆとりがあるが、霊力とて無限に使える力ではない。いざとなったら疑似魔法にも頼らせてもらう。
 彼女の見上げた先で、障壁を透過し、侵入して来るものがあった。
『あ、あれって……!?
 小波(こなみ)はその敵の姿を知っていた。北日本でもよく知られる、海での発生率が高い生物型記憶災害(ドラゴン)。巨大な海蛇の形の“竜”である。
 同じものがさらに数体。別種も複数。結界の外でどんどん数を増やしていく。その全てが内部へ入って来る。
『りゅ、竜だらけじゃないッスか!?
 叫んだ友之の横で抜刀する斬花。
「いつものこと、と言いたいですが……」
「ここまでの規模は、ボクたちも初めて見ましたよ」
 烈花の顔も青ざめている。彼女達にとってもこれは予想外の展開。

 蒼黒には記憶災害を生む力がある。海中にはシビレエイなど体内で強い電力を作り出す生物がおり、それらを操ることで記憶災害発生のトリガーを引かせる。
 もちろん、彼等の生み出す電力など落雷に比べれば遥かに小さいエネルギーだ。しかし蒼黒は無数の人間、その死者の意識の集合体であり高い知性を備えている。つまり北日本で発展した疑似魔法と同じ仕組み。より具体的なイメージを可能とする人類の知性は脳内の微弱な電気信号だけで大きな記憶災害を生み出す。だから蒼黒も数匹の発電生物を確保しておくだけで大量の“竜”を発生させられる。

「は、話が違う……」
 震えて後退る護衛隊士。似たような光景を見慣れている術士達でさえ気後れする状況だ、仕方ない。
 事前の打ち合わせの際、敵が障壁を通過して来ることは聞いていた。月華はわざとそうするのだと。蒼黒そのものの圧力に加え、竜や巨大変異種の攻撃にまで晒されたら結界が保たない。だからあえて尖兵を迎え入れ、自身は障壁の維持に努める。入って来た敵は術士隊に処理させる。それがいつもの戦法。あれらの竜は蒼黒に操られているわけではなく、挑発することで簡単に結界内へ呼び込める。
 だが、こんなことは初めてだ。蒼黒がここまでの猛攻に出たことは過去二〇〇年以上の歴史の中で一度も無い。その全てを見て来た月華自身が保証する。
(助っ人を呼んだことに気付いたわけ? あるいは、あの坊やに脅威を感じた?)
 なんにせよ、相手もここで決着をつけるつもりらしい。
「か、母様……」
「大丈夫よ風花。皆、しばし持ち堪えなさい! 彼は必ず、やってくれるわ!」
 震える娘の手を握りつつ、月華は全ての子供達を鼓舞する。そして同時に、すでに遥か彼方へ遠ざかった気配に向け精神波を飛ばし、語りかけた。

(そこよ! その真下にいるわ!)

 直後、完全に巨体を侵入させた怪物達が次々に襲いかかって来た。怯えていた風花が眦を吊り上げ、吠える。
「母様には、絶対に近付けさせない!」
 彼女の発生させた竜巻は数匹の“竜”を弾き、押し返した。そこへ他の姉妹達が一斉に反撃を仕掛ける。
「堪えろだなんて生温い! らしくないッスよ、母様!!
「ええ、いっそ、全部倒してしまいましょう!」
 炎を投げつけ、刃で斬り裂く烈花と斬花。その二人の間を抜け、さらに前へ出た姉達が飛翔術を発動させ宙に舞い上がる。
 先頭を行くカトリーヌが紙人形を投げつけ、印を切った。竜の吐き出した高圧の水流を小規模結界が捻じ曲げ、敵自身に叩き返す。
「その意気だ、一歩も退くな! 母様は風花が守る! 私達は結界を強化する四方の呪物の防衛だ! いつもと違って朝まで戦う必要は無いぞ、決着はすぐにつく! 力の全てを振り絞れ!」
 直後、彼女を狙って別の竜が鎌首をもたげたが、別方向から飛来した火球が顔面にぶつかり、それを怯ませた。
 一瞬だけ振り返ったカトリーヌに対し、親指を立てる友之と小波。
 二人の後ろにいる朱璃も対物ライフルを構え、スコープを覗きながらペロリと下唇を舐める。
「さて、それじゃあ改良したコイツの威力も試してみようかしら」
 これまでMWシリーズは疑似魔法を増幅する杖でしかなかった。でも、今は違う。朱璃の全身から放たれた青白い霊力が銃身の中を通過し、銃口の先端で集束した。この数日間、優先すべき知識だけを学び、それを早速取り入れた成果。銃身やグリップに刻んだ文字と新たに組み込んだ触媒が術式を構築し、術士が言うところの神霊に呼びかけ、注ぎ込んだ霊力を対価に“理”へ干渉する。
 MWシリーズは今、本物の“魔法の杖”と化した。
「計算通りなら、消費は従来の二割程度。アタシの回復力も考慮した場合、ほとんど撃ち放題って話よ!」
 もちろん、弾が尽きるまでは──頭の中で補足し、トリガーを引いた瞬間、白い閃光が敵の首を貫いた。



【そこよ! その真下にいるわ!】
 脳内に直接響く月華の声。これも霊術? 不思議に思いつつアサヒは素早く次の行動へ移る。シルバーホーンの力を借り、全身を霊力障壁で包むと、大きな水柱を立てて真下の海面へ突入した。
 重力に引かれ、真っ暗な海中に沈んで行く彼。途端、魔素で形作られた球体に何か黒い物体が絡み付く。
「な、なんだこれ……」
 手──いや、髪か? 細く黒い糸状のものが集合して無数の腕を形作っている。さっき手足に絡まって来たのも、海上まで追いかけて来たのもこれだろう。
 一つ一つはか細いのに、締め上げられた障壁には瞬く間に亀裂が走り、ギシギシと悲鳴を上げ始めた。
(割られる!?
 危惧した彼は障壁の上方に手を当て、そこから右腕だけを突き出し、高圧の魔素を噴射する。その勢いで急速に沈降する球体。髪の毛の手は千切れて振り解かれる。

 ──水深は、あっという間に数十m。かなりの水圧がかかっているはず。なのに障壁はびくともしていない。魔素障壁と違って、そもそも霊力障壁は物理的な力で破壊するのが難しいと聞いた。カトリーヌも以前、北日本の兵士達から集中砲火を浴びたのに、独力でそれに耐え切っている。
 だとすると、あの“手”はいったいどれほどの力で締め上げて来たというのか?

 暗闇の中、またいつ襲われるかもわからない恐怖に震える。まるでホラー映画の一場面。幸いなのは、最初に飛び込んだ時のような激流ではないこと。このあたりは流れが不思議と穏やかだ。おかげで、ただまっすぐに降りて行けばいい。

【もう、かなりかなり近いはずよ。何か見えない?】

 再び脳内に響く声。アサヒは目を凝らす。深海とはいえ、障壁の放つ輝きが周囲を照らしていた。数m先までなら辛うじて見通せる。しかし、蒼黒の核らしき物体はおろか海底すらまだ見えて来ない。
(そうだ)
 思いついて周囲に魔素の照明を次々に放ってみる。しかし、やはり光の飛び行く先には何も見当たらなかった。
 おかしい。こんなに深いものか? この辺りは以前陸地だったと聞いた。なのにあまりにも海底が遠い。
 そう気付いた瞬間、障壁が何かに当たって動きを止める。
「な、なんだ?」
 衝撃は無かった。柔らかいクッションのようなものが真下にある。海草? だが魔素の光の範囲には何も見えない。あるのはただの暗闇──いや、違った。
「ひっ!?
 それがなんなのかわかった途端、無数の“目”が彼を見た。障壁を止めたのは膨大な量の“髪”で、隙間から人間の目がいくつも見開き、彼一人を注視している。
「な、なんだよこれ!?
 咄嗟に攻撃しようとする。けれど、その腕に絡み付くものがあった。
 髪だ。細い髪が数本、いつの間にか障壁内に侵入している。彼の中でシルバーホーンも驚愕した。
【術を解析して突破しただと!?
 ──そうか、術士だ。蒼黒の中にはこれまでこの怪異と戦って倒れた術士達の魂も取り込まれている。その知識を利用された。
「う……」
 障壁の向こう側に、びっしりと張り付いた髪と無数の目。あまりにもおぞましい光景が本能的な恐怖を呼び覚ます。
「ああっ……うああああああああああああああああああああああああっ!?
 アサヒが取り乱した途端、彼を保護していた球体は砕け散った。



 ──さあ、おいで。

 それらは手招きする。

 ──君も一緒に行こう。

 心細い。だから仲間が欲しい。

 ──沈め、腐れ。

 自分達はそうなった。ゆえに妬ましい。

 ──ああ、また……。

 泣きじゃくる魂。犠牲者が増えたことを嘆く、そんな心も混ざっている。

(……そう、か)

 直感的に理解出来た。いや、ようやく実感した。月華の話はこういうことだったのだと。蒼黒はたしかに記憶災害とは違う。もっと恐ろしい怪異だ。何かを“核”にして死者の念が集まった領域。混沌とした思念の海なのだと。

(壊さなきゃ……)

 夥しい数の意識が絡み合い、渦巻いている。だったら目指すものはこの渦の中心にあるはず。アサヒは必死に手足を動かし、そこへ泳いでいこうとする。
 障壁を壊されたことにより、空気も失われた。呼吸できない。けれど大丈夫、この体は作り物。息を吸わなくたって死ぬことは無い。
 疲れないし、朽ちることも無い。だからきっと、目指す場所まで行ける。
 しかし、そんな彼に亡者達が話しかけて来た。

 ──同じやね。

 違う。

 ──お兄ちゃんも、うちらとおんなじ。

 違う。

 ──なんで? 疲れることも朽ちることもあらへん。そないなもの、生きていないのと同じでしょ。君はコピーや。とっくにおらん人の影法師。そんなん、うちら死人と同じやないの。

 違う。

 ──もう、頑張らんでええんよ。私らと一緒におったらええ。星が滅んだかて、この海の中だけは永遠が続く。終わりなんて、いくら待っても来ぃへんねや。

 だからって。

 ──いいから、身を委ねなさい。
 ──もうすぐ、なんもかんも終わり。
 ──待っとればええ。
 ──この場所に、全ての命の源に、全ての命を還しましょう。
 ──坊や、楽になってええんよ。よう頑張ったね。

 嫌だ。
 嫌だ、嫌だ。
 優しい言葉に、甘い言葉に逆らって、アサヒは必死にもがき続ける。でも、そんな彼を封じようと再び髪が絡み付いて来た。無数の目が見つめ、どこからともなくクスクス響く声が、無駄な努力を嘲笑する。

(朱、璃……)

 目指す場所に彼女の姿を重ね、必死に手を伸ばした。あと少し、あとほんの少し。もう目と鼻の先。何故かそんな確信がある。
 だが、だからこそだろう。敵はついに本気を出した。

 ──無駄やって。

!?
 全身に絡み付いた髪が力を込める。肉が潰れ、骨が砕けた。魔素で作られた肉体は即座に再生を始める。けれど、治った端から再び壊されてしまう。それでも──
(あと、少し……!!
 なお諦めようとしない彼の姿を無数の目は不思議そうに見つめる。そして何かに気付き、囁いた。

 ──ああ、痛みを遮断しているのか。
 ──だったら、穴を空けさせてもらうよ。

 直後、数ヶ月ぶりの“痛み”がアサヒに襲いかかる。
「ッ!?
 信じ難い激痛に悲鳴を上げる少年。呼吸を必要としない彼は、それでも窒息できないし気を失えない。

 ──ほんま、かわいそうな子や。
 ──でも、全部終わるまでは、そのままでいてな。
 ──すぐや。すぐに終わらせたるよ。

 次の瞬間、今度は右腕を引き千切られ、傷口から髪が侵入して来た。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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