八章・欺瞞(2)

文字数 5,830文字

「剣照閣下、これはどういうことです!?
 式に参列していた議員の一人が声を上げる。そんな彼を無視して剣照はチャペルの全ての出入口を封鎖するよう兵士達に命じた。彼等は迷わずそれに従い、外にいる国民へ「中断された式の続きを行う」と説明して扉を閉じる。
 中に残された者達は剣照とその配下以外、全員チャペルの中央に集められ、武器を取り上げた上で両腕を縛り、拘束された。さらにまた無数の銃口が突き付けられる。
 そこでようやく彼は自身の計画について語り始めた。
「これはクーデターだよ、高橋議員。我が国始まって以来、最初のな」
「ク、クーデター!?
「何故ですか閣下!!
 問いかけたのは議員でなく陸軍の兵士だった。やはり、仲間であるはずの者達の手で床に押さえこまれ、腕を縛り上げられている。ここへ来た全ての兵が剣照の息のかかった人間ではないらしい。
「何故……か」
 その一言と共に剣照の表情は一変する。疲れ切った老人のそれへと。彼は女王から奪い取ったサーベルを抜くと、その刃を彼女の首に押し当てた。
「それは私が問いたい。何故、諸君は現状で満足していられる? この女の奴隷同然の今に。この狭苦しい鳥籠に。囚われている自分に嫌気が差さないのか?」
「なるほど、やはりそれが動機ですか」
「そういうことです、叔母上」
「まさか閣下、本気で地上へ移住されるおつもりか!?
 叫んだのは、さっきとはまた別の議員だった。彼はどうやら剣照の野望について何かを知っているらしい。
「そうだとも、手万里崎(てまりざき)議員。君は信用に値しないと思ったようだが、見たまえ、我々は着々と準備を進めてきた」
 大仰な身振りで左腕を振り、周囲の兵士達の姿を示す剣照。手万里崎と呼ばれた白髪の議員は顔を青ざめさせる。
「手万里崎さん……?」
「以前、閣下から誘いを受けたことがあった。地上への移住計画に賛同してくれないかと。もはや地下都市は寿命が近い。だから陛下を説得するために協力してくれと言われた」
「そう、そして君は断った。地上への移住計画など荒唐無稽だと言ってな。残念だよ」
 そう語る剣照の目は酷く冷たい。もう、目の前にいる男に露ほどの興味も抱いていない。そんな眼差しだ。
「し、しかし、地上へ移り住むと言っても記憶災害への対処はどうするのです!?
 兵士の一人がまた質問を投げかける。環境型の記憶災害は発生原因さえ突き止めてしまえば予防できるかもしれない。しかし“竜”が現れたら? 人類にはまだあれらに対抗できるだけの力が無い。
「そ、そうです、お考え直しを」
「今はまだ時期尚早です」
 そんな彼等の言葉を、剣照は歓喜に両腕を大きく広げ、一蹴する。
「いいや、もう我々は十分に“竜”と戦える。そうだろう、なあ? マーカス」
「……クソが」
 話を振られたマーカスは剣照を睨んだ。彼も当然、先程まで身に着けていた外骨格を外されている。
 その姿を見て、皆が剣照の言わんとしていることを理解した。
「そういえば、さっきのあれは……」
「妙な怪力を発揮していたぞ。動きも素早かった」
「あの装備、まさか……」
「そのまさかだ諸君。ついに朱璃は完成させたのだ、新たな武器を。奴等を貫く剣“MWシリーズ”以来の傑作。人を竜と化す鎧。魔素によって動作するパワーアシストスーツを!」

 パワーアシストスーツ──それは本来、電力によって動作する機械だ。モーター、油圧、空圧、人工筋肉等、駆動方式は様々だが、共通して人体の動作を補助する機能が与えられている。たとえば装着者は重い物を軽々と持ち上げ、長時間走っても疲れにくくなる。
 これは、本来なら地面に固定して使うような大型の火器を歩兵が携行して運用することも可能になったということだ。砲を持ち、装甲を取り付けて守りを固めてやればそれはもはや人型の戦車と言っても過言ではない。アシストスーツを動作させるための魔素を武器にも供給してやれば疑似魔法の威力だって大幅に向上する。いや、朱璃ならすでにその程度の発想はしているはず。おそらくそういった機能はすでに組み込まれてあるだろう。
 この技術を発展させていけば、ゆくゆくは電気やガソリンを使わずに動作する航空機や車が生まれるかもしれない。その恩恵を受けるのは兵士だけではない。軍事以外の様々な分野にも活かされ、人類をかつてのような繁栄へと導いていく。

「朱璃、よくやってくれた。よくぞここまで形にしてくれた。先程の戦闘、しかと見せてもらったぞ。スピードでこそ人斬り燕には及ばなかったが、あの長刀を砕いたパワーがあれば十分だ。お前は初代王に並ぶ人類の救世主として、永くその名を語り継がれるだろう」
 朱璃の偉業を褒め称える剣照。彼はこのために今まで彼女を生かしておいた。魔法の杖、MWシリーズの完成によって人類は大きく前に進んだ。しかし、まだ足りない。竜と対峙するにはそれでも足りていない。奴等を倒すには自らも“竜”に近い存在となる必要がある。それが長年、軍人として怪物共と戦い続けた結果、辿り着いた結論。
 だからこそ朱璃を生かし、そしてここで殺すことにした。必要なのは新技術の基礎となる根幹部分だけ。そこさえ出来上がっていれば、あとは凡庸な技術者達でもどうにかなる。だから消す。彼の目的にとって女王や王太女は邪魔でしかない。この娘の頭脳を失うことだけは惜しいが、気性を考えればいずれ必ず敵に回る。

 ──もっとも、本来なら“人斬り燕”に始末してもらうつもりだった。彼女に朱璃を暗殺させ、あわよくばその場で女王や議員も片付けさせる。そして自分達が奴を討伐したことにして国民からの信頼を勝ち取り、不在になった王位に就いて穏便に国を乗っ取る。それが理想的な展開だった。
 なのに、まさかあの稀代の術士に狙われても生き延びてしまうとは。つくづく優秀な娘だ。
 まあ、予想は裏切られたが予測の範囲からは逸脱していない。女王や議員達、さらには朱璃までもが生存してしまった場合に備え、すでに次善の策を動かしてある。ここに連れて来た兵士達など手駒の一部でしかない。数年かけて入念に計画を練って準備を進めて来たのだ。最大の懸念だったアサヒも無力化できた今、女王一派は完全に詰んでいる。

「お前は我が家の誇りだ……だが、すまんな朱璃。あれが完成した以上、お前はもう要らん。とはいえ、さらに兵器開発を行い、それに専念すると約束するなら生かしておいてやってもいいぞ?」
 頬を緩ませ顔の傷を指先でなぞる。気分が良い時のクセだ。これをやっている時の彼は本当に機嫌が良い。
 その良い気分に、朱璃は冷や水を浴びせた。
「冗談でしょ? なんでアタシがアンタごときの飼い犬にならなきゃいけないわけ?」
「フン、まあ、そう言うだろうと思った」
 その程度の挑発ではこちらも動じない。何故なら勝利を確信しているから。
 直後、外に出ていた部下達がある物を運んで来た。
「閣下、拘束具をお持ちしました」
「うむ、そこで寝ている小僧に着せてやれ」
「う……ぐ、ううっ……」
 悶え苦しむアサヒを見やる剣照。部下が持って来たそれは皮肉にも朱璃の開発したアシストスーツに良く似たデザインだった。しかし用途は全くの逆。装着者の身動きを完全に封じるため開発された拘束具である。動かす必要が無い分、容易に強度と耐久性を高められた。いかな怪物でも簡単には逃れられないだろう。
「人のダンナに、そんな悪趣味なもの着せる気?」
 この期に及んでまだ悪態をつく朱璃に対し、流石に若干の苛立ちを覚える。
「まだ勝てるつもりか? とっくの昔に勝敗など決しているのだぞ」
「へえ? どうしてかしら?」
「お前の連れ合いをどうすると思う……南日本に明け渡すのだよ」
「なっ!?
 再び絶句する議員や兵士達。
「剣照閣下、あなたはまさか……」
「そうだ、南日本と密約を交わしている。このクーデターが成った暁には即刻北日本王国を解体。彼等の日本国再統一案を受け入れ、我々は南の傘下に降ることとなる」
「ば……売国奴め! 恥を知れ国賊!」
「黙れ!」
 ついに我慢しきれなくなった議員の一人が罵り、近くにいた兵士に殴り倒された。
 膝をつきながら、自分を殴った相手を睨みつける議員。
「き、貴様等……よくも……!!
「うるっせえ! 売国奴だと!? 閣下こそ真の愛国者だ!」
「こんな穴倉に篭もっていたって未来なんか無い! 今こそ全国民が勇気を奮い立たせて地上へ帰還すべき時なんだよ!」
「あの臆病な女王に媚びへつらって来た自分達の方こそ恥じろ! 恥じて死ね!」
「我々の勝利だ!」
 口々に倒れた議員や女王を批判し、勝ち鬨の声を上げる彼等。
 剣照は女王に視線を移し、彼女達が知らない外の状況を明かす。
「この式が始まってすぐ、我々の同士は市内の重要拠点数ヵ所に襲撃をかけた。彼等から制圧の報告が届けば、その時点で我々の勝利は確定する。多少国民が騒ぐかもしれんが、生命に関わる重要なインフラを支配された状態では抵抗のしようもない。そもそも彼等には命がけで立ち向かうほどの気骨など無いだろうしな。そういうことです陛下、もっと早い段階で私の提案を受け入れておくべきでしたな」
 彼はずっと昔から叔母に言い続けてきた。人は地上へ回帰すべきだと。いつまでもこの鳥籠の中で不自由な安寧に浸っていてはいけないと。
 しかし女王は一度も首を縦に振らなかった。たった一回、ほんの少しでも理解を示してくれるだけでこんな状況にはならなかったかもしれないのに。
「悔いるがいい。ここにいる者達の命は、あなたの不明が奪うのだ」
 彼がそう言うと、すぐ近くで笑い声が上がる。
「プッ……ククッ……」
 朱璃だ。肩を震わせて堪えている。
「おい! 何がおかしい!?
「待て」
 剣照は、激昂した兵士が掴みかかるのを制止した。
 険しい眼差しで目の前の少女を見据え、勘繰る。
(どういうことだ?)
 朱璃は狂人の類だが馬鹿ではない。何の根拠も無くこの圧倒的不利な状況で笑い出したりはしないはず。まだ何か手札を隠し持っているのか? それとも時間稼ぎのハッタリ? だとしても時間を稼いで何を待つ?
「あー、おかしい」
「虚勢を張るな朱璃。もうお前は死ぬ。素直に怯えながら待て」
「あれ、忘れたのおじさん? アタシの欠陥」
「……ああ、そうだったな」
 この娘は恐怖を感じない。だから平然としている。
 考えてみれば、それだけのことなのかもしれない。
 しかし、やはり何かが引っかかる。
 得体の知れない不安を覚えた彼の胸中を探るように、朱璃の青い瞳もまっすぐこちらを見つめていた。
「……癪に障る。お前は、叔母上の若い頃にそっくりだ」
「それはどうも」
「まったく、最期までその態度を貫くつもりか?」
 まるで興味を失ったかのように目を逸らした彼女の前髪を掴み、強引に視線を引き戻した。
「ッ!」
「テメエ!」
「おとなしくしてろ!」
 掴みかかろうとしたマーカスを部下が殴り倒す。
 それを確認してから改めて朱璃に提案する。
「良いことを思いついた。やはりお前は生かしておいてやろう。それに、あの小僧と死ぬまで一緒にいさせてやる」
「ハァ?」
 やはり朱璃の目は闘志を失っていない。構うものかと言葉を続ける。今は折れずとも、時間をかけてその鼻っ柱をへし折ってやろう。
「南日本に頼んで同じ家畜小屋に住まわせてやる。貴様が一緒にいるなら、あれも下手に暴れることはできまい。あれにはまだ利用価値がある。お前には生かさず殺さず捕らえておくための枷として機能してもらうぞ。なんなら奴の子を孕ませてもいい。お前とあれの子供なら優秀な兵士に育つだろうしな」
「開明とは違って?」
「──ッ!」
 次の瞬間、彼の右手は意識せず朱璃の頬を打っていた。
 その一言は剣照が我を忘れるほどのものだったのだ。
「クソがあああああああっ!!
 兵士達に押さえつけられたマーカスがさらに吠えるも、頬を打った右手の痺れで自分のしたことに気付いた剣照は、逆に冷静さを取り戻す。

 今のは駄目だ。朱璃の方が正しい。

「すまん、その通りだな。あれは使えん。男児が生まれた時には期待したというのに、成長するにつれて失望の方が大きくなっていった。あの歳になってもあれは背が低い。細い。星海の子でありながら魔素吸収能力もごく普通の平凡な子供だ。あれではとても優秀な兵士になどなれん」
 その目は朱璃を羨ましそうに見つめる。
「お前は正しく親の才能を継いだ。いや、あの神木(かみき)調査官以上の頭脳と緋意子(ひいこ)譲りの魔素吸収能力。そして何者にも屈服しない精神力。何度、お前が私の子だったらと思ったことか……」
 本音だ。朱璃は、彼が息子に求めた才能を全て有している。あまりにも羨ましく、眩しかった。開明にもこんな風に育って欲しかった。
 直後、息子に対する諦念を露にした剣照に前髪を掴まれたまま、朱璃は目線だけを動かして周囲を探る。
「その息子さんだけど、さっきから姿が見えないわね?」
「は、班長! カトリーヌさんもいないんですが!?
 友之が今さら気付いたもう一方の事実は、とりあえず無視しておく。
「……もういい」
 剣照は嘆息して朱璃の髪から手を離した。そして尻餅をついた彼女に背中を向け、先程見た光景を語る。
「あの愚息なら、人斬り燕が倒れた後、すぐに逃げ出してしまった。覇気の無い性格だとは思っていたが、まさかあそこまで臆病者だったとは……」
「あらら、ご愁傷様。ところで友之のおかげでもう一つ思い出したんだけど」
「ん?」
「人斬り燕の正体が、あんな“ブ男”だとは思わなかったわ」
「なんだと?」
 眉をひそめる剣照。
 だが、すぐさま言葉の真意を掴んで顔を青ざめさせる。
「ま、まさか……貴様ら……」
「どうした? 焦る必要は無いだろう──“まだ勝てると思っている”ならな」
 剣照に問い返したのは朱璃ではなく、その母の神木 緋意子だった。そしてやっと彼は気が付く。議員や彼の息がかかっていない兵士達はこの状況に戸惑っているのに、対策局の人間と女王は何故か平静を保っている。まるで全てを見透かしているかのように。

 全てを?

「そんな……そんな、馬鹿な……」
「はい、そんな馬鹿な息子が戻りましたよ」
「っ!?
 突然正面の扉が開き、逆光の中に一人の少年が姿を現した。
 星海 開明。父に怯えて逃げ出したと言われたばかりの少年。このクーデターの首謀者たる剣照の息子が、得意満面の笑みを浮かべ、そこに立っていた。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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