終章・応報(1)

文字数 5,076文字

「姉様、姉様っ!?
 泣きながら、術士の少女達が縋りつく。
 彼女は倒れ伏し、今にも事切れようとしていた。
「カトリーヌさん……」
 友之(ともゆき)もまた涙を流す。あの後、頭上を覆っていた“蒼黒(そうこく)”が沈静化し、月華(げっか)が残りの敵を一掃してくれた。

 助かった。皆、そう思ったのに──まさか、こんなことになっていたなんて。

「……まあ、気に病むな」
 呼びかけられ、うっすら瞼を開くカトリーヌ。霞み、焦点の合わなくなった目で、気配だけを頼りに彼の姿を見上げる。
 そして、隣に小波(こなみ)が並び立っているのを見つけ、微笑んだ。
「好きで、やった……ことだ」
 ずっと、やきもきしていた。北へ潜入し、調査官にされ、半年前にこの二人と出会って以来、もどかしくて仕方なかった。
 一方は、自身の気持ちに気が付いていながら、何年もそれを言えずに黙っていた不器用な娘。
 もう一方は、自分の本当の気持ちを自覚せず、目を背けるため別の女を言い訳に使っていた大馬鹿野郎だ。
 大勢の姉妹と暮らしてきたからだろう。昔から、世話を焼くのが好きなのだ。いわゆる性分なので、誰のせいにもできやしない。これは自分で招いた結末。
「大切に……してやれ、よ……」
 彼も、いいかげん心を決められただろう。なら、もう心配する必要は無い。ほっといていたって結ばれるはずだ。相思相愛なのだから。
「大阪も、救われたな……まあ、すぐに捨てる街だが……」
 それでもあんな怪物共に蹂躙させるのは忍びなかった。京都へ避難した市民達も無事なはずだし、これで安心して逝ける。
「でも、せめて、最後に……」

 あの二人とも、言葉を交わしたかった。
 そう思いながら俯くカトリーヌ。

「カトリーヌさん……」
「姉様……ッ」
 何が起きたのか、小波にも斬花(きりか)にも理解出来た。生き残った仲間達が次々に駆け付けて来ても、もう彼女は反応しない。何も見えず、聞こえていない。
 特異災害調査官カトリーヌ。そして天王寺(てんのうじ) 梅花(ばいか)は、今ここで、その過酷な人生を歩み終えた。















「──なんて格好つけておきながら、なんで生き延びてんのよ、アンタは?」
「言うな。私が一番恥ずかしいんだ」
 苦い顔で朱璃(あかり)に言い返す彼女、天王寺 梅花ことカトリーヌは、重傷こそ負ったものの、なんだかんだで生存してしまった。今は病院のベッドの上である。
「姉様、マジでパねぇッス!」
 リンゴの皮を剥きつつ、そんな姉の生命力を賞賛する烈花(れっか)。笑顔だが、目の端には今も涙が浮かんでいる。
「あれでも死なないなら、姉様はきっと“竜”に踏まれても平気ですね」
「やめろ斬花。これ以上、私のイメージをマッチョにするな」
 そんな噂が流れてしまうと、いよいよ嫁の貰い手が無くなってしまう。本当に踏まれて生還したことがあるなどとは口が裂けても言えない。
「優良物件も逃がしたし、これからはもう少し清楚に振る舞うべきか……」
 冗談めかして言うと、朱璃に呆れられた。
「自分でくれてやったんでしょうに」

 ──あれからも結局、友之と小波はもどかしい関係のまま。だがまあ、一方通行だった感情が双方向になれた分、少しは進展したと言える。

「そもそも、あれが優良物件なの?」
「素材は悪くない。男なんてものは、手に入れてから磨けばいいんだよ」
「ふうん……一理あるわね」
 考え込む朱璃。アサヒを、より自分好みに仕立て上げようと企んでいるのが丸分かりの表情。
(変わったな……)
 苦笑する。そこへ再び問いかけられた。
「で、アンタ、いつごろ復帰できるの?」
「ああ、この程度なら一週間といったところだ」
「ふうん、治癒術を併用すると、そんなに早く治るのね」
「いや、普通はもっとかかりますって」
「梅花姉様だけです」
 頭を左右に振りたくる妹達。しかし姉が一週間と言った以上、本当に一週間で復帰してしまうのだろうとも思った。本当にこの姉は規格外が過ぎる。
「ボクも、よりいっそう精進しねえとなあ……」
「烈花、また姉様の伝説を真似る気? 少しは懲りなさいな。あなた、前にそれで大怪我したでしょう?」
「ハッ! ちょっと無茶するくらいじゃなきゃ強くはなれねえって!」
「烈花!」

 無謀に挑もうとする姉を諫める斬花。
 そこへ、今度は妹が戻って来た。

「姉様! お花の水、換えて来ました!」
 音響兵器並みの大声が狭い室内で炸裂する。咄嗟に耳を塞いだ朱璃と斬花は無事だった。だが、怪我のせいで対処の遅れたカトリーヌは気絶してしまう。リンゴの皮を剥いていた烈花も、両手に持っていたナイフとリンゴを安全な場所に置いて意識を失った。
「あれ? 姉様、お休みになったんですね。ふふ、烈花姉様まで」
「ええ、ゆっくり休ませてあげましょう」
 穏やかに微笑む斬花。これで二人とも、しばらくは大人しく寝ているはず。
 いっそ、風花をここに常駐させておいた方がいいかもしれない。
「ところで」
 花瓶に新しい花を活ける風花を横目に、朱璃は再度問いかける。
「あんたらの母親はどこへ行ったの? このまま大阪で待ってなさいなんて言っておいて、一向に戻って来ないんだけど?」
「母様でしたら、今は京都へ」
「京都?」
 蒼黒の脅威が去った後、向こうへ退避していた市民はすぐに呼び戻された。今は戦闘で壊れた建物などの補修工事に一丸となって当たっている。
 自分達が護衛に加わるので、すぐに福島へ移ってはどうかと提案したのだが、その前にできる限り綺麗にしておきたいのだそうだ。立つ鳥跡を濁さずというやつだろう。こちらのメンバーにも休養と治療が必要だったので、ならばとしばらく待つことにした。
 しかし、他が後始末に奔走する中、あの魔女は何故に京都へ?
(いまだに天皇への謁見が許可されないことと、何か関係あるのかしら……)
 あるいは、と別の可能性も思い浮かべたが、推察通りなら自分が気にするような話ではない。とはいえ、全く心配していないわけでもなかった。
「あんな状態で出歩いて大丈夫なの?」
「心配いりませんよ、母様ですもの」
「母様ですしね」
 姉の言葉に追従する風花。
 朱璃は苦笑しつつ、窓越しに京都の方角を見やる。
「信頼されてるのね」
 霊術は信じることが大切。そう語った魔女に寄せられる子供達の全幅の信頼。虫の名前で呼ばれたり、毎日毒を盛られたり、散々な目に遭っているのに術士達は誰一人、彼女を恨む様子が無い。
 人を信じる、信じたいという気持ちを思い出した朱璃は、少しだけそんな彼女達母子の関係を羨ましく思った。



「……これはまた、よりいっそう若返られましたなあ」
 ねっとりした口調で嫌味を吐く老人。左右に二〇名ばかりの年寄りが並び、奥には御簾。華奢な影が一つ、その向こうに座っている。
 正対する位置で部屋の中心、畳の上に正座した月華は、老人の言葉を無視して常よりも高い声を発し、御簾の向こうの御方へ挨拶を述べた。
「陛下、お久しぶりでございます」
「うん」
 応じたその声も若い。まだ年端もいかない少女のものだ。
 そして月華の姿も、さらに幼くなっていた。つい先日まで十歳児程度の外見だったのに、今はもう少し若返ってしまっている。おおむね七、八歳か。
 それを見た天皇は身を案じた。
「また、小さくなりましたね……大丈夫ですか?」
「ご心配には及びません。赤子になったこともあります」

 笑顔で答えつつ、内心舌打ちする月華。これは朱璃のせいなのだ。
 彼女にはとっておきの切り札がある。先日の一戦、あのじゃじゃ馬娘が勝手に持ち場を離れてしまったため、その奥の手を使わざるをえなくなった。
 とても強力な力なのだが、代償として“時間”を奪われてしまう。寿命を削るという話ではなく、その逆に若返り、どんどん赤子へ近付いて行くのだ。
 二五〇年前、あの崩壊の日に到るまで彼女の外見は齢八〇の老婆のそれだった。なのに今は八歳前後。我ながら無茶を重ねたものである。
 しかし、それも、もうすぐ終わる。

「陛下、本日は今後のことを相談しに参りました」
 そう前置いて、これからの計画を語る月華。すると、御簾よりこちら側にいる老人達の表情が見る間に変わっていく。
「何を言うておる!」
「ふざけるな、我が国の伝統をなんと心得るか!?

 月華はこう言ったのだ。北日本王国との併合を目指そう。たとえ、自分達が下の立場になったとしても──と。

 激昂した議員達を一瞥し、彼女はぴしゃりと言い放つ。
「今は民を生き残らせることこそが肝要。その邪魔になるような伝統なら捨ててしまうがよろしかろう」
 外見こそ幼いが、彼女はこの場の最年長者。若僧共の言いたいことなど言われるまでもなく理解している。
 理解した上で言っているのだ、そうすることが必要だと。
「陛下、ご一考を。福島へ居を移すは好機です。北日本王国との和合を目指しましょう」
 何も、今すぐ一つの国になれと言っているわけではない。ゆくゆくはそれを目指すべき、それはたしかだが、今はまだ両国間の軋轢に配慮すべき時期でもある。
 そして、それでもなお自分達は、もっとしっかり互いの手を握らなければ駄目だ。そうできなければ、誰があの災厄に勝てるものか。
「我等は“蒼黒”ごときに苦戦しました。術士隊は死者一二名、重傷者七名。北日本からおいで頂いた援軍も、王室護衛隊の隊士に八名の死者が出ております」

 ドロシーとの戦はもっと大規模なものになるだろう。その時、二つの国がいがみ合ったままでは勝てるものも勝てなくなる。
 朱璃の開発したMWシリーズとDA一〇二。あれら疑似魔法兵器の威力は此度の戦いで十二分に証明された。あの二つを量産し、強化された王国軍と自分達術士隊が手を結べば、その力はかの大蛇さえ脅かすはず。
 そこにアサヒとライオの力、そして朱璃の頭脳を加えれば、可能性はさらに──

「馬鹿者! 向こうから頭を下げて来るならともかく、正当な日本国の後継である我々が下手に出る必要など無い!」
「そもそも貴殿の言えたことか? 女王の甥を誑かし内乱を起こさせ、強引な手段で北を我が国に取り込もうとしたのは、御身ではないか」
「当初の計画が駄目になったから別の方法で権力を手にしようとしておられるのだろうが、そのために陛下まで巻き込むなど容認できませぬぞ」
「権力……ね」
 そんなものに興味は無い。
 彼等は誤解している。
「私はただ、この国の行く末を憂いておるのみ」
「黙れ痴れ者!」
 御簾の手前に座す老人が怒鳴った。途端、月華の体に暗がりから伸びて来た荒縄が数本絡み付く。それはまるで生き物のように蠢き、彼女を瞬時に縛り上げた。
 さらに、多重の結界が彼女をその場に封じ込める。
「月華様!?
「お下がりを、陛下。ご安心ください、命まで取るつもりはございません」
 彼の言葉を合図に一斉に立ち上がる老人達。彼等“国会議員”の半数は、古くからこの地に根付いていた陰陽師や霊能力者、その子孫なのだ。実のところ、本気を出せば月華が育てた術士達以上という強者もいる。
 科学文明が滅んだ後、彼等の先祖は抜け目無く日本という国の実権を掌握した。東京で命を落とした皇族の代わりに、民間に嫁いで皇室を抜けた女性の息子を新天皇として祀り上げ、生き残った人々の心の拠り所を作った。

 それから二五〇年──さぞや邪魔だったのだろう。自分達の手による日本国の完全掌握を阻み続け、それでいて民に慕われる“月華”という存在が、邪魔で邪魔で仕方なかったはずだ。
 だからこそ、こうして封じる手を用意していた。

「これはまた、随分強力な封印ですこと」
 身動き一つ取れない状態で素直に感心する月華。彼女の霊力でも力押しでは破れそうにない。実に見事に練り込まれた術式。込められた霊力も、かなりの人数が長い時を費やし貯め込んだものだろう。きちんとこちらの力の程を理解した上で、必要十分な出力を発揮できるよう計算してある。
「当然だ、我等の父祖、いや、さらに以前の代からこの時のために準備を進めてあったのだからな。貴殿がいかに強大な霊力を有していようと、これだけは絶対に解けぬ」
 現・日本国首相──長坂(ながさか) 伝馬(てんま)は得意気に語り、ニヤリと笑う。彼は若い頃から月華を目の敵にしていたので、今は心の底から楽しくて堪らない。
 他の議員達も同様の態度。ニヤニヤ笑いながら、訊いてもないのに勝手に自分達の計画を語り始める。
「月華殿には人柱になっていただく」
「我々が不在の間、京を守る結界を維持してくだされ」
「抗っても無駄ですぞ。すでに呪は働いています。今後、貴女はそのためだけに生かされ続ける」
「堪忍なあ、月華様。代わりにあんたの計画は、あてらが活用しますよって」
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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