終章・契約(2)

文字数 4,790文字

 ──そんなこんなで不安に苛まれつつ、出発の日。自分で決めたことだからと決意を再確認して馬車に乗り込むアサヒ。地下道はきちんと整備されているため、普通にこういう乗り物を使えるようだ。人数が多いから二台に分乗して走り出した。
 アサヒの同乗者はウォールとマーカス。向こうの馬車には朱璃と門司とカトリーヌ。男女で均等に分けられた。小波と友之の姿は無い。小波はあの日、この先にある仙台へ移送され、そこで改めて治療を受けた後、王都の病院へ移ったそうだ。友之は朱璃から彼女の様子を見て来いと命令され、一人だけ先に出発している。
 そして彼等を乗せた馬車は、延々と続く長い地下道を進んだ。
(気まずい……)
 自分を歓迎していないマーカス。そして普段から無口なウォール。男三人の馬車の旅は地獄だった。これもまた朱璃の嫌がらせ、もとい実験なのだろうか? 精神に重い負荷をかけたらどうなるかとか、そういう類の。
 一時間経過しても会話が無かったので、とうとう堪え切れなくなり、自分から不機嫌なマーカスに話題を振る。ウォール相手だと返事があるかもわからない。
「あ、あの……」
「あぁ?」
「どうして“秋田”が王都に、なったん、ですか……?」
 睨み返され、次第に声が尻すぼみになるアサヒ。他の面々とはそれなりに打ち解けたと思うのだが、どうしても彼だけは苦手意識が消えない。向こうも向こうでこちらを敵視しているのが明らかだからだろう。
 彼の質問を受け、やはりマーカスは眉間のシワを深くする。
「秋田が王都じゃ悪いってぇのか?」
「いえっ! ただ単に、どうしてなのかと気になっただけです!」
「ふん……どうだかな。うちの婆ちゃんが言ってたぜ。旧時代の東京の人間ってのは、田舎者を見下すいけすかねえ連中ばかりだったってな」
 彼の祖母だったらすでに崩界後に生まれた世代のはずだが、やっぱり誰かから同じことを聞かされて育ったんだろうか?
「ま、まあ、多少はそういう面もあったかもしれません……」
 実際大人達の間には出身地による偏見が時折感じられた。とはいえ自分達の世代は他の地方のことなんてほとんど知らずに育った。だから都会の人間だという理由で田舎を見下すことはしなかったし、むしろ憧れを抱いていた者も少なくない。
 そういう事情を説明すると、マーカスの態度はこころなし軟化した。
「まあいい、教えてやんよ」
 彼もやはり暇だったのかもしれない。そう言って経緯を語り出す。意外にも話に乗ってくれたので、目を輝かせて耳を傾けるアサヒ。その間もウォールは黙したまま瞼を閉じている。ひょっとして単に寝ているだけでは?

「元は、この先にある仙台が王都だった」

 けれど大きな震災が起こり、仙台の地下都市は半分が崩落してしまった。そのため現在では旅の中継地点としてしか使われておらず、他の都市の中で最も保全状態の良い場所へ遷都することを決めたらしい。それも、もう二〇〇年以上前のことだそうだ。
「なるほど、それで秋田に……」
「まあ、街の保全状態が良ければどこでも良かったんだろうがな」
 それでもマーカス達にとっての秋田は生まれ故郷。だから愛着があるんだろうなと先程彼が怒った理由を察する。どんなところなのか今から見るのが楽しみだ。
 直後、かつての王都だという仙台にも立ち寄った。福島と同じように軍人しか駐留しておらず、崩れ落ちた瓦礫の山が、まだそのまま残されていた。
「ひどいですね……」
「しゃあねえよ」
 撤去したくとも昔のように重機が使えるわけではないため、手の付けようがないそうだ。彗星の衝突にも耐えられるように造ったはずなのに、いったいどれだけ大きな地震が起きたらあんな酷いことになるのだろう?
 少し馬を休ませると仙台からはすぐに去ることとなった。だが、その瞬間アサヒの耳に何者かの声が届く。

『おかえり』

「……」
「おい、どうした?」
 マーカスに問いかけられて気付く。どういうわけか両目から涙が零れていた。それは血を流した時と同じようにすぐに霧となって消えてしまう。
「いえ……」
 今の声が本当に聴こえたものだったのか、それともただの幻聴だったのかはわからない。けれど、誰にも言わず自分だけの大切な記憶として留めたいと、何故かそう思った。



 翌日、やっと秋田に到着した。
「おお~、すごい」
 馬車の小窓から外を眺めて喜ぶアサヒ。地下都市の構造なんてどこも似たようなもののはずだから、景色は他と大差無いだろうと思っていた。けれど構造は同じでも色彩が全く違う。軍事基地と化していた福島や旅の中継点でしかない仙台とは違い、この街の建物は色とりどりの塗装が施されていた。
「どの家も年に一度は、壁を塗り替える」
「そうなんですか」
 珍しく発言したウォールの言葉に、驚きながら振り返る。すると大人達も反対の窓から久しぶりの故郷を眺めて楽しんでいた。
「ずっと地下にいるからな。景色に変化が無いと飽きるだろ」
「なるほど」
 地下暮らしならではの工夫というわけだ。そういえば自分達が二年間新宿の地下で生活していた間にも似たようなことが色々行われていた気がする。
「思ったより明るいですね」
「光ファイバーと鏡を使って地上から光を取り入れてんだ。夜にゃかがり火を焚く」
「へえ~」
 地下で火を使うって換気システムはどうなってるんだろう? 昔のように電動ではないはず。そういえば省電力のため非常時には自然に空気を循環させるシステムがあったかもしれない。元・建設作業員の性か、アサヒはそのあたりが色々と気になった。
 しばらくして馬車は街の中心部に辿り着き、停車する。
「よし、降りろ」
「ここは?」
「城だ」
 城? たしかに高いことは高いが、まったくそれらしくない無機質で平坦なデザインの白い建物が目の前にあった。道中の景色に比べて面白みに欠ける外観。反面、旧時代らしさは一番強く感じる。
「旧時代には県庁だった場所だ」
「あ、なるほど」
 それでこんなデザインなのか。そういえば東京の地下都市に建っていた都庁や国会議事堂も似たような感じだった。縁の無い場所なので記憶は若干曖昧だが。
「何してるの、行くわよ」
「へえへえ」
 朱璃に呼ばれて歩いて行くマーカス。アサヒもその後に続く。王女が帰還したのに盛大な出迎えは無いらしい。
「そら、君の存在がまだ世間一般には知らされてないからや。目立ったらアカンやろ」
「あ、そうか」
 そういえば、それで変装させられたんだった。アサヒは度の入っていないメガネをかけ、金髪のカツラを被っている。ちなみに服は自分用のものをきちんと採寸して新たに作ってもらった。
 街中を歩く人々を見て気付いたが、一般市民はもっと服らしいデザインの服を着ている。下にこれと同じスーツを着用して静電気の起こりにくい素材で統一してあれば、それ以外は自由なのだそうだ。朱璃達の場合、動きやすさを重視した結果この格好で行動しているらしい。野外で活動していればどうせ汚れるからだとも言っていた。彼女らしい。
 出迎えこそ無いが、正面玄関から堂々と入城する一同。透明な強化ガラスの扉が勝手に左右に開く。
(自動ドア……どうやって動かしてるんだ?)
 そんなことを考えながら中へ入った彼は、玄関ホールでいきなりあるものを見つけ、なんとも言えない微妙な表情を浮かべた。
「あれって……」
「君の肖像画や」
 くすくす笑うカトリーヌ。入ってすぐ正面にあごひげと口ひげを生やした自分の巨大な肖像画が飾られていた。多分、四十代あたりの姿だろう。
「俺、あんな風になるんですか……」
「老化するならね。アンタ“記憶災害”だし、案外ずっとそのままなんじゃない?」
 たしかに、そういう可能性もありそうだ。中年になった自分の顔を眺めつつ渋い表情で考え込むアサヒ。年を取るのと取らないのと、どっちの方がいいんだろう?
 というか、どうしてひげ? 王様か? 王様っぽいからか?
「いいからさっさと来なさい。女王陛下が呼んでるんだから」
「えっ、それって」
 なんで城に招かれたのか、ようやく知ったアサヒは小走りで朱璃の隣に並ぶ。
「君のお母さん?」
「祖母よ」
 あれ? じゃあ母親はどこに──などと思っている間に、早足で歩いていた朱璃は一際立派な扉の前で立ち止まった。左右で控えていた二人の兵士が敬礼する。
「おかえりなさいませ、殿下」
「どうぞ、お通りください」
 彼等の言葉を聞いて、改めてこの少女が本物のお姫様なのだと実感する。
「待ってて」
「おう」
 扉が開けられても、マーカス達はその場で立ち止まったまま動かない。朱璃はアサヒの背を叩いて中へ進む。ここへ入れるのは自分達だけらしい。
 部屋の中には外の二人より重武装した兵士達が二列になってズラリと並んでいた。女王の護衛として選び抜かれた精鋭だと、小声で教えてくれる。
 注目されることに慣れていないアサヒは、彼等の間を縮こまりながら進んで行く。前を歩く朱璃は流石に堂々としたもので、屈強な兵士達に挟まれても全く臆していない。
 女王は一番奥の小さな階段を上がった場所に設えられた玉座に座している。なるほど、髪の半分が白いけれど、たしかに朱璃と良く似ている。こころなしか母・陽の面影もあるような気がした。
 彼女は二人が所定の位置で立ち止まるのを確認してから声をかける。
「よく戻りました、朱璃。そして、お初にお目にかかりますアサヒ殿。同胞の帰還を心よりお慶び申し上げます」
 そう言って立ち上がり、アサヒに向かって会釈する。一国の女王に頭を下げられ、恐縮したアサヒの方も相手が自分の子孫だということを忘れ、ぎこちない礼を返した。するとカツラが落ちてしまって、慌てて拾う。
「もういいわよ、それ」
 朱璃が眼鏡と一緒にひったくって背後に投げ捨てた。兵士達から戸惑いの気配が伝わり、やがて一人がそそくさと拾い上げる。
 小声で抗議するアサヒ。
「何も捨てなくても」
「邪魔だもの」
 そんなやり取りを静かに見つめる女王。なんだか嬉しそうだ。
 彼女は眼差しを細め、もう一度じっくりアサヒの顔を眺める。
「本当に、初代王に瓜二つですね」
「あ、はい。本人ではないんですけど……」
「存じていますよ」
「余計なことは言わなくていいから」
「おぐっ!?
 アサヒの脇腹を肘で突いた朱璃は、自ら女王に話しかけた。
「陛下、この者をお連れすること、お許し頂きありがとうございます」
 普通ならこの場で王の許可無く発言することは許されていない。しかし、女王もやはり孫を咎めるようなことはせず、再び玉座に腰かけながら穏やかに微笑んだ。
「お前の頼みです、そのくらいは安いもの。ただし朱璃、約束は忘れていませんね?」
「ええ、もちろん」
「約束?」
 なんのことだろう、やはり全く聞いていない。朱璃は報連相を知らないようだ。
 アサヒが眉をひそめながら見下ろすと、彼女もこちらを見上げ、突然ぴょんとジャンプしてきた。首に腕が絡まり、強引に引き寄せられる。

 そしてキスをされた。

「んぐっ!?
 舌まで差し込まれる。何をしてるんだこの子!?
「殿下!?
「ど、どういうことだ……」
 英雄そっくりの少年が現れても冷静さを保っていた兵士達が、にわかにざわつき始める。彼等にも目の前で何が起きているのか理解できない。
「ぷはっ」
 長い長いキスの果て、目を白黒させていたアサヒが窒息しかけた頃、ようやく唇を離す朱璃。満足そう、というか空腹を満たした獣のような表情で垂れた涎を拭う。
 しかし、これで終わりではなかった。
 少女はさらなる混乱をたった一言で生み出す。
「というわけで結婚するわよ、アサヒ!」
「はぁ!?
「よろしい、認めます」
 女王までもがとんでもないことを言い放つ。彼女は艶然とした笑みを浮かべ、若い二人を見守った。





                           (第二部へ続く)
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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