過去編【伊東 旭】

文字数 6,229文字

「ハァ……」
 目の前の光景を見つめ、伊東(いとう) (あさひ)は白いため息をついた。
 都市が凍っている。誰も彼もがいなくなったせいで、冬の冷気に抗う術を持たず、何もかもが凍り付いて半透明の宝石のようになってしまった。地面には雪も積もっている。そこへ日の出と共に光が差し込み、視界の全てを輝かせた。
 終末を迎えた世界。けれど、最も悪い時はすでに過ぎ去った。これは同時に、新しい世界の始まりでもある。寂しくも荘厳な風景は彼にまでそんな柄でもない感想を抱かせる。気分は詩人。この地上に、たった一人の寂しい詩人。
 今は一八歳。月から降り注いだ謎の光のせいで世界が滅茶苦茶になってから、早くも一年経った。
 凍りついた街を眺めながらぼんやり黄昏ていると、やがて背後から声がかかる。
「ドウしたンデスカ、あさひ?」
 いかにもなイントネーション。それだけで日本人でないことがわかる。
 独特なクセのある響きを持った声なので、個人の特定も容易だ。
「おはよう、ドロシー」
「グッモーニン、あさひ」
 小さなビルの屋上。立ち尽くす彼の横へ、赤毛で茶色い瞳の少し年上の女性が並ぶ。ドロシー・オズボーン。アメリカ人だ。地下都市にいると思っていたのに、いつの間にやら上がって来たらしい。
「ここは危ないよ」
「アハハ、コノ世界でアナタの隣より安全な場所なんてありマセン」
 そんなことは無いと思うが、しかして一理ある意見だとも思った。彼女一人くらいなら、たしかにどんな危険に見舞われても守り切れるだろう。
「アナタはヒーローデス。自覚しなサイ」
「そういう呼ばれ方をするのは、やっぱり苦手だな」
 鋭い眼光。高身長。筋肉質な体つき。一見すると怖そうなのに、へろりとした情けない笑みを浮かべる彼。途端に厳つい雰囲気は消し飛んでしまった。この旭という少年は、実際には気弱で大人しい性格なのである。
 それが、なんの因果か持って生まれた不思議な力で多くの人々を救うこととなり、今や“英雄”なんて呼ばれてしまっている。ついには生存者達が集った仙台の地下都市を彼の王国にしようなんて話まで出て来た。本人は嫌がっているのに。
「いくらなんでも冗談だよね、今時、王様なんてさ?」
「ハァ? 何を言ってるンデスカ、私の生まれた国には今もキングがいマス」
「アメリカは大統領でしょ?」
「ソレは育った国。私、こう見えて生まれはイギリスです」
「あ、そっか。イギリスには王様がいたね」
「イエ~ス。他の国にも意外と王様はいマスヨ。有名ドコロだとオランダとか、ベルギー、モロッコ、ブータン。ていうか日本のテンノーヘーカだって似たようなモノでしょ?」
「それはそうかも……いや、でも、一番問題なのは俺が王様にされそうなことだろ」
 どこの世界に一八歳の一般市民を王様にする国があるというのだ。政治のことなんて何もわからないのに。
 しかし、ドロシーは不服そうに眉をしかめて首を傾げる。というか上半身全体を傾けて下からこちらを斜めに見上げた。長い赤毛が重力に引かれカーテンのように垂れ下がる。胸元の隙間から谷間が見えてしまい、旭は慌てて顔を逸らした。しかし、ドロシーはぐるっと回り込んで今度は正面から黒い瞳を覗き込む。吸い込まれそうなほど大きな瞳に、どうしても目が離せなくなった。
「ソレの何がイケナイ? さっきも言いマシた、アナタはヒーローデス。たった一人で何万人も助けマシタ。私も助けられマシタ。今だって守ってくれてマス。アナタの素晴らしい力と優しさが無ければ、人類はアナタ一人を残してとっくにくたばッてマスヨ? 皆が感謝して、お返しを考えるのはアタリマエのコト」
「いや、でも俺は……」
 別に、皆を守ろうとしたわけじゃない。たまたま、あの霧から生まれる怪物達を倒せる力を持っていたからそうしただけだ。一番守りたかったものは最初に喪ってしまった。だから正気に戻った後、たまたま目の前にいた人間を──
「あさひ、あの時、私を助けてクレタのは、お母さんの代わりデスカ?」
「ッ!」
 図星を突かれて硬直する。
 ドロシーはクスクス笑いながら抱き着いて来た。
「ホントーにアナタはわかりやすい人デス。別に、ソレでも構いマセん。アナタが私を助けてくれたコトは変わらない。皆だってソウ言いマスヨ。王様をやる自信が無かったら私が助けてあげマス。タクサンの命を守っている分、タクサン周りに頼っていいノ。キングはデンと座って構えていれバ、オールオッケー。難しいコトは、できる人に任せなサイ。アナタが傍にいてくれる。ソレが皆の……いいえ、私の安心なんデス」
「ドロシー……」
 我慢できなくなって抱きしめた。この一年、彼女のおかげで生きて来られた。何もかも奪われた悲しみから立ち直ることができた。だから彼女を守りたい。母に出来なかったことをしたいからではなく、一人の男として傍にいて守り続けたい。
「大丈夫、ズット一緒にいマス」
「うん……」
「不安だったら、いつでもこうしてあげマスから、そろそろ戻りましょ?」
「そうだね、行こう」
「あ、トコロで、もし本当にキングになったら、一つお願いしたいことアリマス」
「何?」
「コミック! 新しいコミックが読みたイ! 国民に創作活動を推奨しまショウ!!
 そういえば彼女は、彗星が落ちてきたらしばらくは好きな漫画の続きが読めなくなってしまうかもという理由で、両親と共に日本へ移住して来たのだった。彼女の父親があの彗星の発見者だったから、その功績に免じて特別に新宿の地下都市に住むことを許されたらしい。
「相田先生の作品だけじゃ駄目なの?」
「もちろん先生の“突発性エモーショナル症候軍”は名作デース。でも、他にも色々読みたいヨ! ここ日本なのに、今はアイダ先生の漫画しか読めナイッ!」
「ほとんどの漫画家さんは東京にいただろうしね……描ける人自体は避難民の中にもまだいるんだろうけど、今はまだそれどころじゃないからなあ」
「復興のためにも癒しは必要デスっ。是非とも皆サン、漫画描いてくだサイ。小説でも構いませんっ」
「地下都市にも色々あったよね?」
「めぼしいのはもう読んじゃったヨ。フレッシュな作品が読みたい」
「う~ん、そうか……」
 王様になるつもりはないが、もしもならざるを得なくなったらそういう政策も面白いかもしれない。たしかに、生き延びるためにがむしゃらに働いてばかりではいけないと思う。もっと皆が笑顔になれる機会は増やすべきだ。
 笑えてさえいれば、人は生きられる。旭はその事実を他ならぬドロシーとの出会いによって学んだ。同じように、笑うことを忘れてしまった人達に伝えられたらなと、そう思う。

 ──直後、朝日より眩い輝きが彼方に落ちた。

「ホーリーシット! いい雰囲気だったのに、空気読みなサイ!!
「……そんなこと言ってる場合じゃない」
 普通の人間には感知できない光が旭には見える。地球全体を汚染した謎の物質が放つ銀色の輝き。それが集まり、何かの形を取って自分達に迫って来ている。凄いスピードだ。それの前にある建物がことごとく打ち砕かれ、瓦礫が宙に舞い上げられる。凍結し静寂に包まれていた廃墟が一転、激しい破壊音の波に飲み込まれた。
(クソッ、見逃してた!)
 目の前の景色やドロシーに気を取られ、頭上に流れてきた黒雲を見逃してしまっていた。
 だが、まだ遠い。自分が囮になれば彼女の退避は間に合う。
「すぐに地下へ戻るんだドロシー。皆に気を付けろって伝えて」
「イエス! アナタも気を付けて、あさひ!」
「ああっ!」
 ドロシーが走り出すのと同時、旭は急速に近付いて来る気配を見据え、力を解放した。
 渦が生じる。銀色の微粒子が結合した空気中の水分と共に向かって吸い寄せられ、彼の周囲で螺旋を描く。その様から、人々は彼をこう呼ぶ。

 嵐を生む英雄“渦巻く者”(ボルテックス)

「こっちだ!」
 この力を使うと、霧から生まれる怪物達──“魔物”は何故か自分に引き寄せられる。なので地下都市の入口から離れるようにビルからビルへ飛び移って移動すると、案の定こちらを追いかけてきた。よし、これで地下都市からは引き離せる。
 ある程度距離を取ったところで足を止め、迎撃態勢に移る。
「ここから先には進ませない。やっと、一年かけてようやく皆、立ち直りつつあるんだ。少しずつ前に進んでるんだ」
 一年前のあれは人類史上でも類を見ない大災害だった。人類がかつての暮らしを取り戻すまでには、きっと想像を絶する長い時間を要するのだろう。
 自分達はまだ、その一歩目を踏み出したに過ぎない。
 王様になるかどうかは、ともかくとして──
「邪魔はさせない!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
 巨獣が咆哮する。今回はドラゴン型か。翼こそ無いが、それ以外は“アイツ”に良く似ている。その事実に気付いた途端、旭の中で燻っていた炎が燃え上がった。怒りに滾る復讐者の意志。母を殺した赤い巨竜への殺意。
「消え失せろ! 俺がいる限り、もう誰も殺させない!」
 銀の軌跡を描いて飛翔する彼。吸い込んだ魔素を噴射し、超高速で敵の額に蹴りをぶち込む。鱗が吹き飛び、頭蓋が陥没し、巨大な怪物がその一撃でたじろいだ。それほどの威力の攻撃、普通に考えれば人体が耐えられるはずはない。反動でバラバラに砕け散るはず。しかし彼の肉体は傷一つ無く、それどころか彼の意志に応えるようにさらに強靭さを増していく。ミシミシ、ギシギシと音を立てながら、一瞬ごとに自分の体がより強く進化していくのを感じる。
 これは、本当に意志に反応しているのかもしれない。この身に吸い込まれる銀色の微粒子には、もしかしたら願いを叶える力があるのでは? だとしたら、現実には存在しなかったはずのこの怪物達が現れることも誰かの願いの結果なのか?
 どうでもいい。今はただ、敵を倒し、彼女達と共に生き残る。
 そして世界を復興する。いつか母との約束を果たすために。

「俺は! オリンピックに出て、メダルを取るんだ!」

 腰だめに構えた拳へ集束する銀色の光。ひるんだ相手の顔の下に潜り込み、ますます輝きを増したそれを叩き付ける。
 ただのアッパーカットだ。だが、それが巨大な光の柱を生み出す。天を貫き、怪物の胴体に風穴を空けた。
 するとその一瞬、何かが見えた。
「なっ!?
 頭に流れ込んで来る無数の景色。霧に包まれた東京。そこを彷徨う奇妙な格好の人々。刀を持った武士らしき一団。凛とした女剣士。蜂蜜色の長い髪。そして、どこか生物的なデザインの一本の杖。
 最後に、白い髪の女性が振り返って微笑む。良く似た少女が傍にいるから、母親だろうか?
『彼女をよろしくお願いします、旭さん』
「──……」
 誰のことかと問いかける前に、その一瞬の白昼夢は終わっていた。呆然と空を見上げる旭。確信は無いのだが、この“誰かの記憶”は空から降って来た。そう感じた。
 次の瞬間、そんな彼を巨大な前肢が殴り飛ばす。
「うぐっ!?
 いくつもの建物をぶち抜き、やがて瓦礫の山に激突して止まる。あの怪物に殴られた。今しがた空けた風穴がすでに塞がり始めている。
「外して、いたのか……」
 少なからぬダメージに耐えつつ立ち上がる。霧から生まれる魔物の一部には“結晶”を抱えているもの達がいる。銀色の霧が集まって球形になり状態の安定したそれは、大抵の場合“心臓”の中に宿っている。それさえ破壊すれば倒せるのだ。
 さっきは適当に心臓がありそうな位置に当たりを付けて攻撃した。しかし外れていたらしい。結晶持ちの魔物はそれを破壊しない限り、いくらでも再生してしまう。
 でも、まだ戦える。こっちもこの力に目覚めてから異様に頑丈な体になった。この程度ならまだ十分勝てる。
 そう思った時──さらに複数回の落雷が立て続けに発生した。

「……嘘だろ」

 五体の巨大な魔物が彼を取り囲むような形で出現した。それぞれ姿の異なるその怪物達の顔を見渡し、旭は再び嘆息する。その周囲で渦がよりいっそう大きくなり、加速した。
 応えろ、応えろ、応えろ。怪物を生み出す銀の霧よ、お前がもし本当に願いを叶えるものならば、この願いに応えてみせろ。
「俺を、もっと強くしろ!」
 吠え立てて、彼は再び目の前のドラゴンに立ち向かって行く。振り下ろされた爪を砕き、自分を圧し潰そうとした顎を力ずくでこじ開け、今度は口の中に閃光を叩き付ける。
 再び光の柱が生まれ、ドラゴンを消し去った。余波で大きく弾き飛ばされながら、その勢いを利用して外骨格を持つ羊のような怪物との間合いを一気に詰める。
「おおッ!」
 彼の叩きつけた拳は、再び敵を粉々に砕いた。



「あさひ! 大丈夫!?
 地上の喧騒が止んだからだろう。様子を見に、何人かの仲間達が上がって来て道路に倒れている彼を見つけた。その中には顔を真っ青にしたドロシーもいた。
「酷ぇ怪我だ……おい、地下都市に運び込むぞ! タンカ持ってこい!」
「お前さんがこんなにやられるなんて、いったいどれだけ敵がいたんだ」
 地上の仙台市は見るも無残に破壊され尽くしてしまっていた。これではあと数年以内に完全に風化してしまうだろう。この戦いの影響が地下にまで及んでいないといいのだが。
 それよりなにより彼を助けなければ。仲間達は必死に応急手当を施し、手を握っていてやれと言われたドロシーが両手でギュッと旭の左手を握る。
 すると──
「おい、無理するな!」
「少し、だけ……」
 気絶しているものと思っていた血塗れの彼が目を開け、自分の右手をドロシーの両手に重ねる。
 そして言った。
「結婚……して、ください……」
「へっ?」
 唐突なプロポーズ。何体もの怪物と戦った直後で頭に血が上っていたことも一因だが、それだけではない。あの赤い巨竜との戦い以来、初めてここまで追い込まれた。死ぬかもしれないギリギリの状況。そのおかげで思い出した。どんなに超人的な力を持っていても、自分は人間だ。傷付けば死ぬ人間なのだと。
 だから、悔いを残して死にたくない。想いを伝えなければと思った。

「愛してる……ドロシー、ずっと一緒に、いてほしい……」
「あさひ……」

 彼女はしばし黙していたが、やがてポロポロ涙を零しながら毒づく。
「バカァ、どうして、こんな時に言うのヨ~」
「ご、ごめん」
 予想外の反応に旭の方が戸惑ってしまう。
 でも結局、ドロシーは頷いた。
「ズット、ズットズット一緒ね。大事にしてヨ、ダーリン」
「ありがとう。大事にするよ」
 ズタボロの体で求婚して、病院のベッドの上でOKを貰った彼は、それから一年後──新たな国の王になった。そして赤い髪のお妃様と結ばれ、可愛い娘を一人授かり、その力で人々を守りながら仲間達と共に人類復興の礎を築いた。


 そして、およそ三十年後、唐突に姿を消す。


 地下都市の一部が崩落した事故で最愛の妻を喪ってしまい、それから一年後のことだった。
「父さんはいつか帰って来る」
 唯一彼の行方を知っていると思われる二代目の王は、誰かに父のことを聞かれる度、そう言って微笑んだ。結局、彼女の寿命が尽きてもなお初代王・伊東 旭が戻って来ることは無かったが、彼が失踪してから二百と数年後、人々は彼女の言葉が正しかったことを知る。

 彼は帰って来た。一七歳のときの記憶と姿で、己が王であることも忘れていたが──たしかに、帰って来たのだ。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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