一章・崩界(1)

文字数 4,899文字

 二〇四八年四月六日。東京都地下都市建設計画における植物工場建設現場の一角で感嘆の声が上がった。
「おおお……アシストスーツ無しで……」
「すげえなオイ、ほんとに子供かよ」
 この日からここで働くことになった新人作業員の一人が、通常はパワーアシストスーツを着用するか、あるいは二人以上で持ち上げる重い機材を片手で軽々抱え上げたのだ。しかも反対の手にはもう一台。なのに当人は顔色一つ変えていない。
 いや、若干顔が赤く、気恥ずかしそうに俯いている。どうやらこんな風に注目されることを好むタイプではないようだ。
 背が高く筋肉質ではあるが、体型は細い。とてもこんな怪力を発揮できるようには見えないシルエット。一方、顔立ちは目付きが鋭いことも含め、攻撃的な第一印象を人に抱かせる。そのくせ実際には控えめな性格なので、心身共に見た目とのギャップが激しい。
「凄いな……えっと、伊東(いとう)君だっけ? もう下ろしていいよ」
「はい」
 頷いて機材を下ろす彼。さらに驚くべきことに、この新人作業員・伊東 (あさひ)は一五歳というまだあどけなさの残る少年だった。
 もっとも、この若さで建設工事に携わること自体は今の時代なんら珍しい話ではない。というより義務化されている。今日入った新人達は全員が旭と同世代の若者達だ。
 現代、一般教養の学習は小学生の間にしか行われない。小学校を卒業すると適性試験が実施され、その適正に沿ったクラスへと振り分けられる。中学で必要な技能と知識を学び、卒業すると同時に実際の現場で働き始める。
 大半の若者はこうして地下都市の建設作業に加わるか、地上での食糧生産へ回される。そうでもしないと期限に間に合わないからだ。

 ──現在、地球には一つの彗星が接近しつつある。

 一八年前に初めて観測されたその星は、発見者の一人娘の名前を取って“ドロシー”と名付けられた。
 当初そのニュースは小さなものだった。テレビや新聞で多少報じられたくらいで、他の様々な情報に埋もれてしまい、すぐに忘れ去られた。天文愛好者向けの雑誌でこそ大きく取り上げられたが、世間一般での認知は低いままだった。
 ところが発見から二年後、事態は急変する。

“彗星ドロシーは、地球に衝突する可能性が極めて高い”

 世界各国の首脳がある日、全く同時にその事実を公表した。万が一どころか億に一つも無い可能性ではあったが、仮にそうだとしたら備えが必要になる。そのため一部の者達は“ドロシー”が観測された直後から、実用化されたばかりの量子コンピューターを用いて軌道予測シミュレーションを行っていたのだ。
 そして知った。何度繰り返しても同じ結論に達した。衝突を避けるには幸運に頼るしかない。なんらかの要因で彗星が今の軌道から外れない限り、極めて高い確率で地球にぶつかってしまうのだと。
 もちろん爆発物を搭載した無人ロケット等、様々な兵器を用いての迎撃作戦も試みられた。しかし、数年かけて実行されたそれらの計画は全て失敗に終わった。ドロシーの周囲には観測不能な力場が存在しているらしく、爆発がことごとく防がれてしまったのだ。この事実から彗星の正体は宇宙人の侵略船なのではないかという説までまことしやかに囁かれた。

 当然、世界中がパニックに陥り、沈静化までに長い月日を要した。暴動、終末論の台頭、諦めて無気力になる人々。人類史上最大の混乱だったかもしれない。
 それでも例外的に日本だけは落ち着いていた。いつものことだが、この国の人間は災害に対し異常なほど冷静に対応する。

 彗星衝突の危機を公表した時点で、全世界の人間を避難させるための巨大地下都市建設構想は既に持ち上がっていた。幸い、実現に足る十分な時間もまだ残されていた。
 日本人は他国の人々が混乱の坩堝に陥っている最中、政府の指示に従って粛々と計画を始動させた。
 そんな日本の動向を見て、やがて他の国々も後に続いた。それをしなければ死ぬという事実があれば、結局のところやる以外の選択肢は無いのだから。

 そして──“ドロシー”が初めて観測されてから一八年後の現在、教育や労働の形態は大きく様変わりし、かつて“高校生”と呼ばれた若者達が生き残るための計画の最前線で働いている、というわけだ。
 労働を免れ、更なる学びの機会を得られるのは現代ではごく一部の天才児だけ。彗星が衝突すると言われる二〇五〇年の七月まであと二年と三ヶ月しかない。すでに日本の地下都市建設は実際に人が居住できる水準にまで達しているが、彗星が衝突した後、どれだけ長期間地下での生活を余儀なくされるかは不明。短くて数年。長ければ十数年と試算されている。
 だから少しでも長い期間、快適に過ごせるようにしておくのだ。今の苦労が明日の楽に繋がると思えば、多少辛くとも頑張れる。そもそも今の彼等の世代にとってはこれが“当たり前”なので、特に辛いとも思っていなかったりする。
「よし、じゃあ君達は先輩の指示に従ってここにある資材をそれぞれ必要な場所に運んでくれ。改めて言っとくが、安全が第一だぞ。くれぐれも無理はするな」
「はい!」
 今日が初仕事の旭達は、とりあえず簡単な運搬作業から始めることになった。もう少し専門的な仕事ができる知識も技能も学んできたのだが、まあ新入りが任される仕事なんてどこも似たようなものだろう。
 とはいえ、旭は他の同世代の若者達の数倍の効率でそれをやってのけるのだから十分に活躍していた。
 現場監督を始めとした大人達も、その働きぶりに感服する。
「本当に凄いな彼は」
 最近では多くの建設用機械が別の現場に回されているため、正直ここは人手不足だった。しかし、あの伊東 旭という少年なら一人で数人分の不足を補えそうだ。目上の人間の指示に対し素直に従うところもまた好感が持てる。
「けど、もったいないですね。こんなことになる前だったらオリンピックにでも出られていただろうに」
「そうだな。まあ、もう少し経てばスポーツを楽しむ余裕もできるさ」
「本当にそうなるといいんですが」
 完成後は工場員の寮になる予定の建物の上に立ち、周囲を見渡す彼等。同じ形の建物が遠く彼方まで並んでいる。首都の膨大な人口を支えるため、野菜などの生産は畑でなく効率を重視したこれらの工場で行われるのだ。頭上は分厚い天井に塞がれている。
 最も浅いところでも地下七〇〇m──この都市は彗星が直撃しない限り耐えられる設計だそうだ。とはいえ、実際のところやはり、その時になってみないとわからないだろう。
「オリンピックか……見てみたいもんだな」
「そうですね」
 工事が始まってから一五年。その間にオリンピックのような大イベントは一度も開催されていない。息抜き程度の小さな催しならたまに開かれるが、基本的には生き延びるための準備で手一杯。この危機を乗り越え、人類がもう一度スポーツを楽しめる日が来るのかどうか……できればそうあってくれと大人達は祈った。


 昼休憩が始まり、旭達は自然と同じ学校出身の仲間同士で集まった。他のグループも似たような理由で固まっているのだろう。この現場で働き続けていればいずれ彼等とも仲間意識が芽生えるだろうが、今はまだ初日である。
「あー、疲れた」
「ひたすら階段を昇ったり降りたり……エレベーター使わせてくれよ」
「修理中だってさ。だからオレらが人力で運んでんだろ」
「かったりいなあ。せめてアシストスーツくらいよこせっての」
「数が足りねえんだってよ」
 機械の力で補助を行うアシストスーツは、体力的に衰えて来たものの経験は豊富というベテランに対して優先的に回される。彼等のような新人が使う機会は、おそらく無い。
「まあいいや、飯だ飯」
 気を取り直して唯一の楽しみと言ってもいい食事に取りかかる彼等。それぞれの手には全く同じ形の箱があった。先程作業員全員に配られた弁当である。めいめい適当な場所に腰かけながら封を開けた。白米に梅干しに唐揚げにキャベツ。シンプルながら、まあまあ美味そうに見える。
「これ西川達が作ってるってマジ?」
「西川? そういや食品工場に行ったんだっけ」
「そうそう。っても本人から聞いたわけじゃねえけど、うちの母ちゃんが西川ん家のおばちゃんと友達でさ。よく話してんだよ」
「ふうん」
 と、そんな級友達の話を聞きながら旭が箸をつけようとした時だ。突然彼の弁当の上に唐揚げが一つ上乗せされた。
「なに?」
「やるよ旭。お前が一番働いたんだし、でかいんだから、その分」
「ああ、オレもオレも」
「オレのも」
 そう言って友人達が次々に自分の弁当を分けてくれるものだから、旭の分だけ唐揚げの量が倍になった。
「いや、いいよ。お前らだって腹減ってるだろ」
 彼が困り顔でそう返すと、友人達は一様に「いいんだよ」と言って自分の分をさっさと食べ始めた。
「……ありがとう。でも、今日だけでいいからな」
 苦笑しながら山盛り弁当に箸をつける。美味い。さっきの話のせいか脳裏に小中学校が一緒だった西川 サキという少女の顔が思い浮かぶ。話に出てきたあの子も今頃同じものを食べているんだろうか?
「そういや、オレはさ」
「うん?」
「旭は都市間連絡通路の方に回されるんだと思ってた」
「ああ、うん、まあね」
 旭自身、頷きながら弁当と一緒に配給されたボトル入りの緑茶を飲む。地下都市建設にある程度の目途が立った六年前から、日本では各地方の地下都市間を結ぶ地下道の建設も並行して進められてきた。実際目の当たりにしたことは無いのであくまで聞いた噂の範疇でしかないが、向こうの労働環境はこっちが天国に思えるくらい過酷だそうだ。そのため向こうに回されるのは経験豊かで体力もある者達ばかりだと言う。
 だが中学時代から並外れた身体能力に注目されていた旭のところへは、実際に地下道建設現場からの打診があった。
「でも母さんのことが心配だし、地元がいいですって言ったら先生が向こうの人と話して、こっちに回してくれた」
「え、マジで? いいとこあんじゃん栗ヤン」
「栗坂先生はいい人だよ」
 今度は、ちょっと独特な髪形の元担任教師の姿が思い浮かぶ。気難しい人ではあったが悪い人じゃない。優しいから厳しくする。そんな先生だった。
「第一、地下都市自体はもう出来てんだしさ、焦る必要も無いよな」
「うん」
 彼等若年層は今の状況に楽観的だ。他の地方への道を通しておきたいと思っているのは大人ばかりで、子供の大半はそれを望んでいないし、かといって反対もしていない。
 彼等はこの計画が始まってから生まれた世代だ。そもそも他の地方のことなんかロクに知らない。映像や写真で見たことがあるくらいで、誰も実際に旅行で他県を訪れたりしたことが無いからだ。急がなければ死ぬ。大人達が揃ってそう危惧しているから、誰も彼もが忙しくてそんなゆとりを持てずにいた。
 だから旭達にとってはこの東京の街が全て。地上と地下の二つの都市だけが彼らの実際触れてきた世界なのである。
 旅をしてみたいという願望はあるのだが、誰もそれを口には出さない。言っても空しくなるだけだから。
「そういや旭、お前ん家って何階?」
「まだ決まってないよ」
 旭と友人達は視線を巡らせ、周囲にそびえ立つ無数の柱を見上げた。地下の限られた空間を有効活用しようと、天井を支える柱の多くは集合住宅を兼ねている。そうでもしなければ、とても全国民を地下に収容することなんてできやしない。
「上の方にはなりたくないな」
「昇り降りが大変だろうしな」
「うちも、じいちゃんとばあちゃんが一緒に住むことになってるから、下の方がいい」
「だよな。でも政治家とかは三階建ての専用公舎に住むらしいぜ」
「なんだそれ、ずっりい」
「差別だよな」
 愚痴愚痴言いつつ食事を終え、残りのお茶で一服しながら駄弁っていると、やがて先輩達からお呼びがかかった。
「おーい、新入りさん達。そろそろ再開するぞ」
「あ、はーい」
「すぐ片付けて行きます」
 休憩はきっかり一時間。回収箱に容器を捨てながら、それぞれの持ち場へ戻る作業員達。旭も立ち上がると、ズボンの尻を叩いて歩き出した。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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