三章・実験(2)

文字数 5,649文字

「まあ、馬鹿な男どもをなじるのはここまでにしましょ。準備は?」
「ばっちりですよ。こっちです」
 そう言って歩き出す小波。彼女を先頭に後へ続く朱璃達。
 アサヒは走って小波の隣へ並び、話しかける。
「あの、お久しぶりです。退院されたんですね、おめでとうございます」
「ああ、久しぶり。誰かさんは一度も見舞いに来なかったけど、無事退院できたよ」
「すいません……」
 小波は福島の手前で遭遇した“竜”との戦いで重傷を負い、その後は長期入院していた。アサヒとしても共に戦った仲間なので見舞いに行きたかったのだが、結局今日に至るまで外出許可は下りなかった。
 再び落ち込んだ彼を見て、彼女は「相変わらず素直だね」と苦笑する。
「冗談だよ、君が本部から出られなかったことは知ってるから、責めたりしない」
「ありがとうございます……」
「むしろ悪かったね。あの時は私だけ何も手伝えなくて」
「いえ、それこそ怪我をしてたんですから」
「まあ、お互い引け目があるってことで、あいこにしよう」
「はい」
 そう言ってもらえると、こちらも気が楽になる。
「今日は楽しみにしてるから。うちの班で私だけ君の力を見てないしね」
「頑張ります」
「頑張んなくていい、加減しなさい」
 前回の実験装置が大破した悲惨な結果を思い出せと、二人の会話に割り込み釘を刺す朱璃。視線が冷たい。
「わかってるよ。手加減を頑張るってこと」
「ならいい」
 直後、急に視界が開けた。森が途切れ、広々とした草原が現れる。
「まぶしいな……」
 雲一つ無い快晴だ。久しぶりに太陽の光を拝む人間には若干辛くもある。この天気なら記憶災害が発生する確率は低い。だからこそ今日を野外実験の日にしたのだろう。
「ここは?」
「昔、ゴルフ場だった場所よ。秋田の地下都市は住民の反対にあって元の市街地から少し離れた場所に建設されたの。当時この辺りは大半が畑や田んぼだったらしいわ。長い時をかけて森になったんだけど、ここだけは何故か木が生えず草原になったのよね」
「どうして?」
「原因不明。過去にも何度か調査されたけどわかってない。土に他と違う成分が含まれているわけでもなし、福島の手前の草原みたいに海風に晒されているわけでもなし、現状はさっぱりわからないと言うしかないわね」
 そんな現状に納得はしていないのだろう。神妙な表情で腕を組む朱璃。
 彼女にわからないことが自分にわかるはずもない。ただ、アサヒの脳裏に閃くものがあった。率直に挙げてみる。
「魔素の影響?」
「まあ、その可能性も考えられる。今のところ確証は掴めていないけどね。なんにせよ、ここでは他にもおかしなことが起きていて、時々人が消えるのよ。だから普段は立ち入り禁止にしてある。天候に関係無く少人数で立ち入った人間が行方を眩ませているから、何らかの生物のナワバリなんじゃないかしら? そいつがこの一帯での木々の繁殖を阻害しているとアタシは踏んでる」
「草原に生えた木を引っこ抜いてるとか?」
「今までにそういう痕跡が見つかったことは無いけれど、似たようなことをしているのかもしれないわ。人間も同じだけど、獣は巣を作ったり、特定の場所にマーキングしたりして周囲の環境に手を加え、自分の過ごしやすいように作り変えるでしょ。もしそういう変異種がいるんだとすれば、根本的な原因はたしかに魔素だわ」
 なるほど。それにしても、この場所で過去に複数の行方不明者が出ているというのは気持ちの良い話ではない。
「大丈夫なの? そんなところに来て……」
「近くには他に今回の実験に適した場所が無いのよ。すぐに地下都市まで逃げ帰れるけど原因不明の失踪が多発しているこの場所を使うか、それとも変異種や記憶災害に遭遇する確率を上げつつ時間をかけて地下都市から遠い場所まで行くか、その二択」
「……」
 アサヒにはどっちが良いとも言い切れなかった。
「一応、ある程度の人数がいる状況で失踪者が出たケースは無いのよ。襲撃者が警戒するのかもしれないわね。まあ、いざとなったらうちの班の連中がいるし、アンタもいるからどうにかなるんじゃない? ちゃんと守ってよね、ダーリン」
「わかってる」
 彼女の身を守るのも契約のうちだ。それに契約なんか無くたって眼前で危険に晒されている人間がいたら見捨てるつもりは無い。
「ともかく、ここの謎についてはアタシも気になるけど、今回はそれを調査しに来たわけじゃない。好天とは言ってもこんな拓けた場所じゃいつ“飛竜”に見つかるかわかったもんじゃないし、神隠しに遭うリスクだってゼロじゃない。というわけでさっさと始めて、さっさと帰るわよ」
「了解」
 たしかに長居するべき場所ではない。アサヒは朱璃と共に草原の一角に組み立てられた実験装置へ近付いて行った。
「あ、朱璃ちゃん、アサヒ君、やっと来たんか」
 巨乳の美女がこちらを見つけ、大きく手を振る。同時に長い金髪も揺れた。朱璃の年上の友人で星海班の古株でもあるカトリーヌだ。ただしこの名前は偽名で、本人が気に入らないという理由から本名の方は秘匿されている。朱璃だけは知っているらしいが。
「どないやった朱璃ちゃん? その服、褒めてもろた?」
「一応ね。さっき地上へ出る直前よ」
「あら、そらアカンわアサヒ君。なんですぐに褒めたらんかった。照れとったん?」
「いや、コイツ、単純にそこまで気が回らなかっただけよ」
「男の子やなあ。次からは気ぃ付けてな」
「はい……」
 さっきもされたばかりの説教を受け、肩を落とすアサヒ。そんな彼を押し退けた友之が前に出て叫ぶ。
「カ、カトリーヌさん! 今日はまた一段とお綺麗ッスね!」
「アンタ、さっきまでここにおったやろ。そんなんで失点を取り返せると思うたんか?」
 笑顔のまま辛辣な言葉を浴びせかける彼女。よく見るとその姿もいつもと少し違う。
「あ、爪が」
「お?」
 カトリーヌの手の爪に絵が描かれている。旧時代、クラスメートの女子達がよくやっていた。たしかネイルアートとか言ったか。意味はわからないが色とりどりの花が指先を艶やかに彩っている。
「すごい細かい……綺麗ですね、それ」
「ほうほう、ええでええでアサヒ君。君はギリギリ合格点」
「え? あ、ありがとうございます」
 褒められて喜んだ直後、けれどアサヒはハッと息を呑む。
 そして、ゆっくり振り返って小波にも声をかけた。
「あの……髪型、変えたんですね」
「まあね、遅いけど」
「すいません」
「やっぱり君も失格やな」
 カトリーヌは苦笑しながら指で“×”(バッテン)を作った。


 実験場には彼女達の他にも複数の研究員と星海班のメンバーがいた。星海班専従医師の門司(もんじ)だけは見当たらないが、残るマーカスとウォールは銃を手に周囲を警戒している。
 朱璃によると彼等は一時間ほど前からここにいたらしい。それだけの時間が経っていてまだ何も起きていないなら、たしかに団体行動中は安全なのかもしれない。
「……」
 ドレッドヘアの黒人男マーカスは、こちらの姿に気付いても何も言わなかった。秋田に着いたあの日、朱璃との婚約が発表されて以来ずっとこうだ。全く口を利いてもらえない。理由は朱璃から教えてもらった。

『アンタの顔を見るだけで殺したくなるんだって。まあ、しばらくしたら落ち着くでしょ。それまでなるべく距離を取ることね。アンタがいくら化け物でも経験の差があるし、下手したら本当に殺されかねないわよ』

 彼は朱璃の父の親友で彼女の育て親でもある。そんな人物が何も知らされないまま我が子同然に思っている少女の結婚を決められてしまったわけだから、そりゃ面白くないだろう。
(って言っても、俺も無断で婚約させられたんだけどな……)
 ──なんて言い訳をしたら火に油を注いでしまうのは明白だ。なので黙っておく。そもそもマーカスには元から嫌われていたので、婚約のことが無かったとしても自分に対する態度は大差無いに違いない。
「お、お久しぶりです」
「……」
 一応挨拶はしてみたものの、やはり無言。星海班一の巨漢ウォールもまた黙って頷き返すのみだった。もっとも彼の場合は単純に無口なだけだが。
「さて、それじゃあ服を脱ぎなさい」
「え? あ、そっか」
 一瞬何事かと驚いたものの、前回の実験時のことを思い出したアサヒは一拍遅れて服を半分だけ脱ぎ、素直に上半身をはだける。やや気温が高めなので草原を吹き抜ける風が肌に心地良い。
「少しチクッとしますよ」
 研究員の一人が彼に近寄り、腕を取って注射を打った。途端に全身の血管が青白い燐光を放ち、ぼんやりと浮かび上がる。
「不気味だよねこれ……」
「前にも説明したけど、アンタの体内の魔素の流れを可視化するためのもんよ。一時間もしたら分解されて元に戻るから我慢しなさい」
「了解」
 たしかに前回もそうだった。わずかな時間のことだから言われた通り我慢しよう。
 そして件の実験装置はというと、三mほどの円筒形の筒だった。ガラスのように透明な素材で作られていて直径も八〇cmほどある。相変わらずでかい。
 それが横向きの状態で複数の足場の上に固定されている。中は黄色い液体で満たされており、両端にゴムか、それに似た素材のフタが嵌められていた。
「工房に頼んで前回より強度を上げてもらったけど、アンタが相手じゃ焼け石に水よ。くれぐれも壊さないように」
「うん」
 前回の失敗以来、友之やカトリーヌの指導を受け、力を制御するための訓練も重ねて来た。出力調整に関してはそれなりに上手くできるようになったはず。
(最初の頃は魔法の灯り一つで大騒ぎになったな……)。
 あの時は危うく皆を失明させるところだった。放出した魔素の量が多すぎて太陽と見紛うばかりの輝きになったのだ。
「星海主任、カメラの準備できました」
 研究員の一人が朱璃に報告する。その言葉通り実験装置の周囲には無数のカメラが設置されていた。電池が不要な機械式カメラだ。バネやゼンマイで作動し薬品を塗った銀色の板に感光させて像を写し取る……らしい。説明は受けたものの、アサヒには仕組みがよくわからない。彼のオリジナルが生きていた時代はカメラといったらスマートフォン内蔵のものかデジタルカメラばかりだったからだ。おそらく、ああいうカメラもどこかで使われてはいたのだろうが。
 まあ、理屈を知らなくても結果はわかる。カメラはカメラ。シャッターを切れば写真が撮れることには変わりない。
「それじゃあ行くわよ皆。アサヒが魔素を放出したタイミングで撮影するから、アタシのカウントダウンに合わせて実行。いいわね?」
「わかりました」
「了解です」
「うん」
 上半身裸のまま透明な筒の片端の前に経つアサヒ。こちら側のフタには浴槽の栓に似たものがはめ込まれていた。研究員の一人がそれを抜いたところへ、すかさず自分の右腕を突っ込む。
(うっ、冷たい)
 もう六月で気温もかなり高くなってきたというのに、中の液体は妙に冷たく感じられる。なんともいえないツンとした異臭も鼻をつく。とても長時間腕を浸していて良いものとは思えないし、できれば一発で終わらせてしまいたい。
 彼の準備が整ったのを確かめ、朱璃が研究員達の顔を見渡し、最終確認を行う。
「今から三つ数える。アタシが三を言い終わったタイミングに合わせて。つまり“ん”よ? “ん”の瞬間ね」
「はい!」
「いつでも!」
「来い!」
 アサヒは深呼吸して意識を指先に集中する。彼の周囲で再び吸い寄せられた魔素が渦を巻き始めた。吸収したそれの一部を絞り込み、指先に集めるイメージを思い描き──
「いち、にの、さん!」
「ふッ!!
 朱璃が言った通りのタイミングで収束させた魔素を放出するアサヒ。同時に周囲で無数のフラッシュが瞬いた。
 次の瞬間、筒の反対側を塞いでいたフタが吹き飛び、中の液体も盛大に筒の中からぶち撒けられる。
 だがそれでいい。あのフタはアサヒが魔素を放出する瞬間まで液体を筒の内部に保持しておくことだけが役割。むしろフタが外れて圧力を逃がしたことにより、筒の方は前回のように砕け散らずに済んだ。
「よし、バッチリ!」
 実験が成功したことを確認し、グッと拳を握る朱璃。文字通りあっという間に終わってしまったが、この一瞬のため彼女達は長いこと苦労したのである。
「おお! 完璧ですよ主任!」
「やった、ありがとうアサヒさん!!
「これで久しぶりに家のベッドで眠れるっ!」
 研究員達も飛び上がるほど喜んだ。
「だったら、良かったです」
 まだ残っている方のフタから腕を引き抜き、照れ臭そうに頭を掻くアサヒ。彼としても久しぶりに人の役に立てたことが嬉しい。
「へえ、なるほど、へえ……」
 中の液体がほとんど吐き出されてしまった筒へと近付き、観察する朱璃。筒の内側には魔素と反応して赤く変色した薬品がこびりついていた。まるで血のようだ。
「やっぱり螺旋状に回転してるみたいね。でも、これを見ると一mも進まないうちに速度が倍以上に……」
「主任、これって逆方向にも回転していませんか……?」
「たしかにそんな感じよね。二重螺旋なの? いったいどんな意味が……」
 研究員達と一緒に痕跡を撮影しながら観察を続ける彼女。その間アサヒも別のカメラで肌に浮き出た血管を写真に撮られていた。彼の全身は先程よりもさらに強く青白い輝きを放っている。
「驚きの反応です。この光度は普通の人間の数十倍、いや、数百倍かもしれません。尋常でない量の魔素が体内に蓄積されていますよ。人間とは思えない」
「はは……一応、人間です」
 メガネでお下げの研究員に真実を言い当てられ、顔を引き攣らせる彼。その表情を見て友之と小波が視線を逸らし肩を震わせた。笑いを堪えているようだ。
 そんな二人の態度をマーカスが叱責する。
「おい、油断すんな! ここがどこだか忘れたのか!!
「あっ、す、すいません!」
「反省します!」
 姿勢を正して周囲の警戒に戻る二人。
 ちょうどその時だった。
「うおっ!?
「じ、地震かっ」
 突然、地面が波打ち始めた。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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