終章・応報(2)

文字数 5,799文字

「なるほど……」
 嘆息する月華。ここに自分を封じ、改めて北と交渉して、ドロシー討伐作戦の主導権を握りたいらしい。その方が戦後の交渉でも優位に立てると思っているのだ。
 勝たなければ、戦後など訪れない。これはそういう戦いなのに。
 しかし見直せた部分もある。この連中にも一応、滅亡の危機に瀕しているという自覚はあったようだと。
「思ったよりは、賢明な判断」
「余裕があるな……」
 眉をひそめる伝馬。よほどこの封印に自信があるのだろう。破られるなどとは露ほども思っていない。

 愚かな話だ。

 一瞬の後、月華の姿は御簾の目の前にあった。
「は?」
 何が起きたかわからず、言葉を失う議員達。一方、月華は素早く呪文を唱える。今から起こる凄惨な出来事を、この中の少女には見せたくない。

「お眠りなさい」

 霧が御簾の向こうへ流れ込み、中の少女を瞬時に眠らせた。それを確かめて振り返った彼女の瞳は、両方とも藍色に輝いている。

「おかげで、また若返ってしまったじゃない」

 声に含まれる微かな怒気。どうやって封印を抜け出したかなど、そんなことを説明してやるつもりは無い。
「もういい、お前達も眠るがいいわ」
「ひっ──」
 一歩踏み出した彼女に怯え、後退る議員達。こんな暴挙に出なければ、生かしておいてやるつもりだった。彼等の存在はけっして無益では無かったから。いざという時、陛下をお守りする盾くらいにはなるだろうと思っていたし、明確な悪役が存在することで民衆の不満の矛先を作ることもできた。
 だが、こうまでして自分を排除しようとするなら仕方ない。
「福島へは、陛下と民だけをお連れしましょう」
「な……舐めるな!!

 ──陰陽術、西洋魔術、果ては超能力。様々な技能の持ち主が一斉に月華へ襲いかかる。だが封印を脱した彼女は、瞳から藍の光を消す。
 この程度≪時空≫を使うまでもない。再び嘆息しつつ軽く右手を振った。途端、攻撃を仕掛けようとした議員全員の首が切断され、同時に絶命する。
「こちらはね、とっくに王手をかけていたのよ」
 全員不思議そうな顔で息絶えたところを見ると、最後まで気付かなかったようだ。彼等の首に巻き付けておいた霊力の糸の存在に。もちろん、力を持つ者にも見えないよう完全に不可視化させてあったからだが。

「私を誰だと思っているの?」
 鍔を掴もうと顔の前に手を持ち上げた彼女は、そう言えばもう、三角帽子なんて被っていなかったのだと思い出し、苦笑する。
「まあ、知らないのだから仕方ないか。せめて冥途の土産に覚えていきなさい、私の本当の名を」

 彼女はライオと同じだ。遠い昔、この世界にやって来た来訪者。
 師は二人。それぞれ聖実(せいじつ)の魔女、才害(さいがい)の魔女と呼ばれていた。
 そして彼女自身は──

「最悪の魔女ヒナゲシ。それが、私の名よ」



 現天皇・月灯(つきひ)。線の細い儚げな少女。彼女が目を覚ますと、そこはいつも寝ている寝所の布団の上だった。
 傍らには月華がちょこんと正座し、彼女を見守ってくれている。
 ホッとしたが、すぐに先程の状況を思い出し、問いかけた。
 ここに彼女がいるということは──
「……議員達は?」
「下院は残してあります」
 言外に老人達を殺害したことを認め、頷く月華。かつて国会は衆院と参院の二つに分かれていた。だが、何代か前の議員達がより直感的に理解しやすい呼び名に変えようと言い出し、上院と下院に改められた。
 先程殺害したのは上院議員達である。先祖代々の特異な技や異能を有し、自分達は特別な存在だと思い込んで過酷な時代の現実から目を背けていた者達。
 あれらに比べれば下院はまだマシだ。平凡な人間で、それゆえに上院から常に見下され、使いっ走りのような仕事ばかり任されていた彼等は、まだしも現実が見えており民との心の距離も近い。
「これからは、私達だけで生きて行かねばならないのですね……」
「心配はいりません、陛下」
 不安そうな少女に、優しく語りかける。上院議員達は、特殊な力を持つ自分達の存在は日本国の安定のために必要不可欠なのだと、呪詛をかけるがごとくこの少女に囁き続けて来た。だから彼女は、彼等を失うことを恐れていた。
 けれど、もう必要無い。必ず、彼等よりずっと心強い味方ができる。
「私がいます。子供達もいます。そしてなにより、これからは北日本王国も御身の味方についてくれます」
「……かの国の方々は、私達を、お許し下さるでしょうか?」
「必ず……とまでは言えませんが、この目で見てきた当代の女王陛下は、こちらが誠意を尽くす限り、同じく誠実に応えて下さる方と見えました」
「そうですか……」
 なら、その誠意を見せるのは自分の役目だと、決意を表情で示す月灯。
 月華は、まだ一二歳の少女の手を取り、そっともう一方の手の平も重ねる。
 体温が伝わり、強張っていた少女の体から、少しずつ余計な力が抜けていった。
「つきましては、会っていただきたい者達がおります」
「それは、もしかして……?」
 再び緊張した少女に、月華は苦笑を浮かべて返す。
「大丈夫、彼等なら気楽に接して構いません。陛下とさほど変わらない年頃ですし、その方が当人達も喜ぶでしょう」



 ──一ヶ月後、朱璃達は、当初の予定より少し遅れて北日本王国へ帰還した。先に南の術士が一報を入れていたため契約を違えたことにはならず、北日本王国の女王・(ほむら)は約束通り福島と仙台の二都市を日本国に譲渡。朱璃らが護衛に加わり、共に長い旅路を歩んだ南の国民達は、待機を命じられた福島にそのまま定住することとなった。
 とはいえ、まだ全員ではない。流石に一〇万の人間をいっぺんに連れて来るのは不可能だった。これから南の術士隊は北の特異災害対策局と連携し、残った住民の護送を数度に渡って繰り返すことになる。
「冬が来る前には、終わるといいね」
「そうね」
 早朝、久しぶりの研究室。向かい合って椅子に座ったアサヒと朱璃は、他のメンバーが来るのを待ちつつ、そんな会話を交わす。壁際にはやはり大谷が静かに立っていた。
 冬になったら護送は中断しなければならない。大阪も京都も居住可能な状態ではあるが、残された人々はあの過酷な環境で一冬越さなければならなくなる。人数も減っている以上、それはかなり危険な生活になるだろう。
「やっぱり、俺も手伝った方がよくない?」
「駄目よ」
 たしかにアサヒの能力は大きな助けになる。しかしドロシーに狙われている彼は移民達を余計な危険にも晒してしまう。彼自身、前回のように他の戦力から切り離されて窮地に陥る可能性が無いとは言えない。
「いいから皆に任せなさい。その方が上手く回るわ」
「信じて待て……か」
 たしかにその方がいいかもしれない。改めて納得したアサヒは自分で淹れたシイタケ茶をズッと啜る。南で飲んだ海草スープも美味しかったが、やはりこっちの方が彼の好みには合っている気がした。
「それに、アンタが余計なことをしない方がDAシリーズのデータも取れる」
 護送部隊に加わった調査官達にはDA一〇二やその改良版を貸与してあり、帰還の度に装着者が気付いた改善すべき点や個々の要望といった報告を受け取っている。おかげで早くも大幅な強化と量産性の向上を両立させた新型が出来上がりそうだ。
 案の定、霊力障壁を生産過程に組み込むことで動力源の人工高密度魔素結晶も以前とは比較にならないペースで増産できている。
 この調子なら、来年の春にはDAシリーズを装着した一個大隊が編成されているはずだ。つまり、およそ一〇〇〇人の超人が決戦に投入されることになる。

 ──東京に巣食う怪物・ドロシー。宇宙のどこかにある魔素の海で誕生したというあの大蛇との戦いは、冬が明けてすぐの時期に決定した。
 今の東京には、かなりの雪が積もるらしい。足場の悪いその状態で戦うのは、こちらにとって大幅な不利となる。なので決戦を挑むなら春以降にすべきだと月華が提案し、焔が同意した形だ。

「でもさ、月華さんは絶対に大丈夫だって言ってたけど、本当にアイツが東京で大人しく待ってたりするかな?」
 アサヒはまだ半信半疑だった。月華のことは、ある程度信用している。南の人々にあれだけ慕われているのだ。少し苛烈なところはあるが、だからといって悪人だとは思えない。
 けれど、ドロシーは自分の中にある力を狙っている。いつ前回の戦いのように東京から離れ、こちらへやって来たとしてもおかしくない。
 しかし、この話をすると朱璃は決まって同じ言葉を返す。
「大丈夫よ」
「東京が龍脈の上にあるから……だっけ?」
「そういうこと。覚えてるじゃない」
「まあね」
 実際、説得力のある理屈だとは思う。ドロシーは龍脈とかいう地下を流れるエネルギーラインからも魔素を吸い上げているらしい。そのため、複数の龍脈が交差しており、最も集積効率の高い東京を離れることは無い。それが月華と朱璃の見立て。
 福島の時は短期間で済む追跡だった。だから一時的に龍脈を離れてまで追いかけて来た。しかし、さらに長距離を遠征してしまうと格段に効率が落ちる。ましてやこちらのホームグラウンドで迎え撃たれ、前回のように手痛いダメージを受けて逃げ帰る羽目になったら余計に目標達成が遠のく。
 ドロシーの目的はあくまで故郷に帰ること。そしてそのために必要な膨大な量の魔素の集積と、地球上に拡散した自分の“欠片”の回収。
 それらは東京でじっと待っていれば、いずれ必ず達成できるわけだ。だから奴は待ちに転じたはずだと彼女達は言う。向こうは待てば待つほど有利になり、こちらは逆に不利になっていく。そんな状況で自分から仕掛ける道理は無い。
 なるほど、たしかにその通り。筋が通っている。
 なのに、アサヒは何か引っかかっていた。
(なんでだろ? 何か隠されてるような……)
 朱璃も月華も秘密を抱えている。確証は無いのに、どうしてかそんな気がしてならない。
 とはいえ、そこに悪意を感じないので問い質すべきかもわからない。彼女達は善意から隠し事をしているかもしれないのだ。だったら何も聞かない方が良い。

(ま、いいか)

 自分は朱璃が好きなのだ。どんな隠し事があろうとも、それでも彼女から離れることはできない。月華とは違い、信用してるし信頼もしている。
 なら、今すべきことは一つだけ。
 湯飲みを置いて立ち上がる。
「ん~っ、ただ待ってるだけも暇だな。俺にも何かできることない?」
 ここ最近の朱璃はMWシリーズとDAシリーズの改良に大忙し。夫として彼女の体調も心配になっていたところだ。手伝えることがあれば何でも手伝おう。
 そう決意した彼に、幼な妻はニタッと不気味な笑みを向ける。
「へえ……なんでも?」
「いっ!?
 しまった、迂闊な発言だった。ここ最近イチャイチャしすぎて、すっかり油断しきっていた彼は早くも発言を後悔する。
 朱璃はゆらりと立ち上がり、タイミング良く組み上がった新型銃を構えてみせた。
「やる気十分ね。そういうことなら遠慮無く付き合ってもらうわ、ダーリン」
「お、お手柔らかに……」
「手加減して有用なデータが得られるかってのよ! ほら、自分で志願したんだからキリキリ動く! コイツの射撃テストよ、アンタは的!」
「ああっ、やっぱり」
 足蹴にされ、研究室から追い立てられつつ、それでもアサヒの口許は綻ぶ。
 なんだかこういう朱璃は懐かしかった。そして、こんなマッドなところも今となっては愛おしい。
 廊下に出ると、ちょうどそこに友之と小波もやってきた。
「あ、班長。おはようございます」
「なんだアサヒ、お前また班長を怒らせたのか?」
「いや、射撃訓練の的になれって言われて」
「班長……」
「結婚しても、そういうとこは変わらないんスね……」
 がっくり肩を落とす二人。
 そんな両者の間を見つめた朱璃は、再び口許をニヤつかせる。
「アンタ達は、ちょっとは変わったみたいね」
「あっ」
 慌てて友之と繋いでいた手を離す小波。
 友之は右手で頭をかきつつ、左手でもう一度、強引に彼女の手を取った。
「ええ、まあ……このくらいはできるようになりましたよ。まだ班長達ほど熱々とはいきませんけどね」
「おい、何言ってんだ馬鹿!?
 顔を真っ赤にする小波。ぽかぽかと胸を叩かれ、それでも幸せそうな友之。
 アサヒは思わず声を出して笑い、朱璃もつられて大笑する。二組のバカップルの様子を眺め、大谷も穏やかに微笑んだ。

 城では、焔と緋意子(ひいこ)が顔を突き合わせて何か討論しており、白熱してきた議論が口論に変わらぬうち、メイドの小畑が新しいお茶を出す。
 墓地では開明(かいめい)が両親の墓に朱璃達の無事の帰還を報告して、帰り道、親友の墓を参ったマーカスと出くわした。
 ウォールは久しぶりに長女と顔を合わせ、彼女の進路についてもう一度話し合っている。彼は南で出会った少女達のことを語った。彼女達を見て感じたことが、少しでも娘が良い未来を選択する助けになればと、そう願って。
 門司(もんじ)は北日本の国民の中から霊術の素養を秘めた人間を探すための検査官に任命されてしまい、連日大勢の人間と対面している。その隣には南日本から派遣され助手として働く烈花・斬花・風花の三人の姿もあった。
 カトリーヌは難民護送隊の隊長を務め、月華は下院議員達と共に北日本王国を相手取り今後のための協議を重ねている。天皇・月灯はもう一度あの少年少女に会いたいと、そう切望しながら仙台で待ち続けていた。やがて、別の運命的な出会いを果たすことは未だに知らない。
 そして──

「冬が明けたら……ね。いいでしょう、それまで待ってあげる」

 女は、魔素に満ちた空間で白蛇を腕に絡め、鷹揚に頷いた。
 別に彼女は急いでいない。ただ、その時を心待ちにはしていた。彼等はいったい、この自分にどんなスペクタクルを見せてくれるのだろう?

「楽しみだわ……ねえ?」

 傍らではやはり、あの“杖”が赤い輝きを放ち、怒りを示している。
 彼の名は伊東(いとう) (あさひ)。目的を遂げるべく、この魔素の海の中で生存できるシンプルな構造へと己の肉体を変化させた者。北日本の初代王。アサヒのオリジナル。
 そして目の前の女に精神を破壊され、怒り以外の感情を失ってしまった哀れな道具。
 女は、いつか必ず報いを受ける。彼もまたその時の訪れを切望し続けていた。





                         (第四部・完結編に続く)
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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