五章・斬燕(2)

文字数 6,531文字

 ──三時間後、特異災害対策局本部最上階執務室にて、神木(かみき) 緋意子(ひいこ)は報告に来た部下へ訊ねる。
「被害は?」
「負傷者多数。ただし死者は確認されていません」
「なによりだ。不幸中の幸いだな」
「王太女殿下も無事です」
「そうか」
 あの少年、伊東 旭を模倣した“竜”が上手くやってくれたらしい。あるいはマーカス達の尽力によるものか。なんにせよ“人斬り燕”と交戦したにしては軽微な被害と言える。
 軽く頷いた緋意子の前に、調査官全員を統括する調査部の長・青柳 アザミが資料を提出した。短い茶髪でメガネをかけており、特異災害調査官らしい長身痩躯。現在はデスクワーク専門だが、四年前までは現場で活躍していた才媛だ。男社会の特異災害対策局で局長に次ぐ地位まで上り詰めた彼女、そして局長の緋意子と朱璃の三人を局員達は密かに“三大女帝”と呼んでいる。
「こちらが詳細な報告です。それから野外実験場で発見された変異種についてもまとめておきました」
「ご苦労」
 書類を受け取り、目を通し始める神木。人斬り燕と新発見の変異種。後者の報告書から読んでいる。
 青柳は上司に気付かれないよう、ほんの少しだけ片眉を上げた。
(一人娘が狙われたと言うのに気にならないのか……?)
 自分だったら真っ先に暗殺未遂事件の方から目を通すだろう。いや、そもそも我が子の命が狙われているとわかれば、即座に駆け付けて行って抱きしめる。そして安全な場所を確保し、自らの手で守るだろう。
 ところが目の前の上司は、そんな素振りを微塵も見せない。対策局の長として職務を全うしようとしているからか、公平性を重んじる性格だからなのか、あるいは──
(いや……)
 考えても栓無きことだ。こちらは与えられた仕事を粛々とこなすだけ。それこそ子供達を守るために働かなければ。
 現代社会でも労働を拒絶する人間はいる。しかし統治者達はそんな彼等に厳しい。この国に税金は無いが、別の義務を果たすことは求められる。労働だ。病気や障害などの理由無くこの義務から逃れようとした人間の行き先は、管理放棄されたピラーの中か生存率の低い地上だけ。特に重犯罪を犯した者は見せしめを兼ねて地下都市から追放される。追放刑に処されて帰って来た者は一人もいない。
(時々、彼等の気持ちがわかる)
 この国はあまりにも窮屈だ。兵士か調査官になれなければ、大抵は一生を地下で過ごすことになる。しかも職業選択の自由は無い。雨や雪を知識でしか知らない住民が過半数を占め、仮に地上へ出られる職についたとしても、待っているのは命がけの任務。人々の思い描く理想からは程遠い。
 遠い昔、生存を最優先する仕組みが作られ、それが二〇〇年以上も遵守され続けている。悪いことだとはけして思わないが、いつになったらこの鳥籠から出て行けるのかと焦燥感に駆られてしまうのも人として当然の話なのだろう。直に陽の光を浴びることのできない人生なんて、なんのために生まれて来たのかもわからなくなる。
(まあ、私は子供を産んでから地上へ行く意欲を失ったが)
 上司の場合、己が子を太陽のような存在だと捉えているわけでもないらしい。いったい彼女は、この歪な世界のどこに生きがいを見出しているのか?
 時折、それが不思議に思える。



「疲れた……」
 長時間の聴取を終え、アサヒが対策局地下の自室まで戻って来たのは、すでに真夜中と言うべき時間帯だった。
「おつかれさまです。それでは私は、これで」
「はい、おつかれさまでした」
 王室護衛隊の大谷 大河(たいが)は部屋の前で夜番の兵士に監視の任務を引き継ぐと、凛とした佇まいのまま帰って行った。凄いなと感心する。彼女も自分と同じく陸軍や対策局の聴取を受けていたのに疲れを全く顔に出していない。
「おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
 夜勤の兵士達にも頭を下げ、部屋に入る。
 すると予想外の声に出迎えられた。
「おかえりなさいませアサヒ様。お疲れ様です」
「え? 小畑(おばた)さん、まだここに?」
 もう帰っていると思った侍女が、嫌な顔一つせず会釈した。テーブルの上には、ちょうど今しがたできましたという風に湯気を立て、暖かな料理が待ち構えている。
「アサヒ様のお世話が私の務めですので」
「す、すいません」
 随分長く待たせてしまった。謝りつつ急いで手を洗い、着席する。これを食べてしまわないと彼女は帰れないのだろう。
「いただきます」
 夕飯も洋食だった。クリームシチューとサラダ。シチューには珍しく、何かの肉がたくさん入っている。一つ食べてみると、なんだかホルモンのような食感だった。けれど軟骨に似たコリッとした触感もあり、風味も鶏や豚とは異なっている。なんというか旨味がものすごく濃い。
「美味しいけど、なんですか、この肉?」
「それはヌタウナギです」
「ウナギ?」
 その名前から連想したイメージと味も食感も全く違う。そもそも弾力が強くて魚類だとさえ思わなかった。
「正確にはウナギではありません。細長い生物でして、形が似ていることからそう名付けられただけだとか。深海魚なのですが五m程の比較的浅い海でも捕獲が可能で、秋田では旧時代から食されてきました」
「へえ、そうなんですか」
「外部から刺激を受けた際にムチンという成分を分泌し、そのムチンが周囲の水分を取り込むことで粘膜を形成。それによって身を守ります。ヌタというのは、このぬるぬるした粘膜の呼び名ですね。
 ただし、その肉も厳密にはマソヌタウナギという変異種のものです。通常の数倍に大型化しており、彼等の腸を加工することで“服”が作れます」
「あ、この服って」
 陸軍の兵士から借りた戦闘服を引っ張るアサヒ。伸縮性が高く、保温性と通気性を兼ね備え、静電気の発生を抑制することにより人類の死亡率を低下させた万能素材。生物の腸を加工したものだとは聞いていたが、肉まで美味しく食べられる魚だったとは。
 なお、厳密に言うとヌタウナギは魚類ではない。原始的な構造の脊椎動物を指す無顎類だ。他にはヤツメウナギしか現存していない寂しいグループである。場合によっては魚類と見なすこともあるそうだが、そんなことはアサヒにとってはどうでもいいことだ。単純に「美味い美味い」と思いながら食べ進める。
 そんな彼を笑顔で見つめ、言葉を肯定する小畑。
「そうです、我々が着ているこれはマソヌタウナギが原料です。靴も腸と革を組み合わせたものですね。彼等には捨てるところがありません。とはいえ、以前は普通のヌタウナギとは異なり、捕獲の難しい生物でした。しかし王太女殿下のご両親が効率の良い養殖法を確立なさったおかげで、今日では地下都市内の養殖場にて大量に飼育されております」
「なるほど……」
 生まれて来る娘のため必死にこの素材を探し出したという朱璃の父。凄い人だったとは聞いたものの、そんな功績まで遺していたとは。改めて驚かされる。彼の発見と研究でどれだけ多くの人が救われたのだろう? 会ったことは無いが素直に尊敬できた。朱璃が目標にするのも納得だ。
 でも、今の小畑の話には少し気になる部分があった。彼女は“ご両親”と言ったのだ。ということは、あの自分の娘に対する愛情を全く感じさせない母親(かみき)も、以前はそうではなかったのだろうか?
 確かめておきたい気はしたが、これ以上待たせるのも悪い。黙々とスプーンを動かし食事を進めるアサヒ。小畑はそんな彼を静かに見つめる。
 すぐに皿は空になった。サラダも完食。おかわりが無いのは残念だけれど、地下都市の食糧事情を考えると贅沢は言えない。食べる必要の無い自分に食べさせてくれているだけで感謝だ。スプーンを置いて両手を合わす。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「料理長に伝えておきましょう。それでは、私はこれにて失礼いたします。そちらの服はいつものようにカゴに入れておいてください。洗濯した上で陸軍に返却しておきましょう。寝間着はベッドの上に用意してありますので」
「はい、ありがとうございます。あの、遅くなってすみませんでした」
「事情は伺っておりますから、お気になさらず」
 食器をワゴンに乗せ、一礼して退室する彼女。

 途端、静かになった。魔法の光で終始照らされている地下室。一人残され、ふうと息を吐くアサヒ。再び椅子に座って考え込む。久しぶりの外出。朱璃とのデート。野外実験に地下でのワーム達との戦い。続けざまに現れた人斬り燕なる怪人。今日だけで色々な事がありすぎた。気疲れするのも当然の話。
 それに心配だ。本当についていなくて良かったのだろうか?

(朱璃が、あの変なやつに命を狙われてるのに……)
 あんなことが起こった以上、今後は四六時中彼女の近くにいて守れと言われるかもしれない、そう思っていた。だが、どういうわけか結局この場所へ戻されてしまった。朱璃も普段この建物の三階で生活しているのだが、今夜からはしばらく王城に移るらしい。
(王室護衛隊がいるから安全、ってことかな)
 まあ実際、自分が守るより彼等の方が頼りになるだろう。今日の自身の体たらくを思い出し、自己嫌悪に陥る。まさか人間相手にあそこまで後れを取るとは。マーカスが戻って来てくれなければ朱璃共々殺されていただろう。英雄だったオリジナルから超人的な力を受け継いだというのに、我ながら情けない。
(結局、俺は戦い方に関して素人だからな……)
 兵士用の戦闘服に身を包んでいることが滑稽に思えた。今のままでは護衛として大した役には立てないだろう。

 こういうことがある度に、いつも思う。
 どうして伊東 旭は自分に全ての記憶を引き継がせなかったのか。
 せめて戦闘に関する知識と経験だけでも与えてくれていたら……。

「戦い方……か」
 頼めば誰か教えてくれるだろうか? もちろん一朝一夕に強くなれるとは思っていないけれど、だからといって何もしなければ永遠に素人のままだ。この時代で自分の足で歩み、生きていくと誓った以上、人との約束はしっかり守りたい。今朝も同じことを考えた気がするが、自分のような化け物が人々と共に暮らしていくには、まず社会に貢献して信用を勝ち取ることが大切だと思う。朱璃もそう言っていた。
 しかし戦い方を教えてもらうと言っても誰に頼んだものか? マーカスにはまず確実に断られるだろう。ウォールは面倒見が良さそうだが、意思の疎通が難しい。カトリーヌには何かとからかわれそうだ。となると、やはり友之か小波になるか?
 ああでもないこうでもないと考え込んでいると、横から声をかけられた。
「なに? 訓練でもしたいの?」
「あ、うん。格闘技でも教われば多少はマシになるかな……って、朱璃!?
「見りゃわかるでしょ」
 勝手にベッドに腰かけ、筋肉の凝りを解すように伸びをする彼女。寝間着(パジャマ)姿で足下には大きなカバンを置いている。いったい、いつの間に入って来たんだ?
「なっ、えっ、どうしてここに? 王城に行ったはずじゃ?」
「馬鹿ね、アイツの注意を向こうへ引き付けるための嘘に決まってるでしょ。偽情報での攪乱なんて基本中の基本よ。アンタだって表向きは城にいることになってんだから」
「そうなの!?
 そんな話、全く聞いていない。
 もちろん、彼に話したら簡単に情報が漏れてしまいそうだから意図的に伏せられたのだ。この少年は嘘をつくのが上手くない。
「ま、あの化け物をこの程度で騙し通せるとは思えないけど、少しの間だけ狙いを絞らせなければ問題無いわ。昼間の戦闘でアイツの戦い方は分析できたし、アンタの抱える問題も把握したからね」
「え?」
「どう戦えばいいかわからないなら、アタシが教えてあげる。自分の命がかかってるもの、特別よ。よっぽど物覚えが悪くなけりゃ一日か二日でモノになるでしょ」
 たったそれだけの時間で、全く手も足も出なかったあの怪人に対抗できるようになるのか? にわかには信じ難い。
(俺を過信しすぎじゃないか?)
 たしかに手段を選ばなければ勝ち目はある。なにせ自分は、この地下都市を丸ごと吹き飛ばすことも可能なのだ。
 でも、当然そんなことはしないし、したくない。だから地下都市内で戦う限り極力周囲への被害を考慮して戦う必要がある。それでも普通の人間に比べてまだまだ大きなアドバンテージを有しているはずなのだが、人斬り燕はその差を圧倒的な技量と霊術によって覆した。
 正直言って勝てる気がしない。なのに朱璃は自信満々に言い放つ。
「その顔は疑ってるわね? まあ見てなさい、次は勝たせてあげるから」
「たった二日で?」
「できれば一日でよ。いつまたアレに襲われるかわからないんだからね」
「頑張ってみる……」
 まだ半信半疑だが、何か策があるというのなら従ってみよう。こっちだって連敗したいわけじゃない。
 ただ、もう一つ気にかかることがあった。
「あの……ところで朱璃、どうして寝間着なの?」
「寝るからに決まってるじゃない」
「どこで?」
 彼の質問にペロリと舌なめずりして笑う彼女。ベッドの上に寝そべり、艶めかしい視線を送りながら手招きする。
「ちょっと早いけど初夜といきましょうか、ダーリン?」
「出してください! 他の部屋に移ります!」
 猛然と走り出しドアに縋りついて懇願するアサヒ。しかし、その願いは外の兵士達には聞き入れられなかった。



「失敗したな」
「……」
 暗がりの中、一人の男が彼女に話しかける。お互いに顔はほとんど見えない。見えたとしても無意味。所詮は使い走りだ。雇い主の意志を伝えるだけの下っ端に過ぎない。
「人斬り燕ともあろうものが、小娘一人に手間取るとは」
「次は殺すとも」
 断言した。弱気で返すのは悪手。雇われの身だからこそ、こちらにまだその価値があるのだと明示しておくことが重要。
「帰って伝えろ。役目は必ず果たすとな」
「そう願いたいものだ。いつまでも、あの保守的な連中に任せてはおれん。地下都市の寿命が近い今こそ人々は我々の導きを必要としている。あの小娘を殺すことは人類復権に向けての第一歩。こんな段階で躓くことは許されんぞ」
「……ああ」
 本気でそう思っているならおめでたい思考回路だが、あえて指摘したりはしない。辛い時代だ、甘い夢に陶酔したい気持ちも理解できなくはない。
「主には伝えておこう。だが、敵はこれで警戒を強めた。チャンスは残り少ない。次こそしくじるな。またしても失敗するようなら、あの娘には二度と会えんと思え」
「言われずとも、承知している」
「ふん」
 蔑むような目を向け、男は去って行く。行き先は上層──ここは午前中に訪れたピラーと同じく百年以上放置されている建物だ。今の地下都市にはこういう密談に適した場所が数多く存在する。人口に対して建造物が多すぎるせいで管理が行き届いていない。
 あの連中は、そんな死角を利用して活動を続けてきた。現体制に逆らう革命家気取りの集団。時には今回のように王族暗殺を企てることもあったが、成功例は一度も無い。
 にもかかわらず、今回は必ずやれるはずだと息巻いている。彼等にそう思わせるだけの強力な後ろ盾(バック)が付いたからだろう。まったく迷惑な話だ。
 光が細く差し込む場所へ移動し、仮面と、黒いカラーコンタクトを外して今しがた渡された写真を見つめる。暗い部屋で椅子に縛りつけられ、怯えた表情を浮かべる少女が映っていた。あの男の言葉を信じるなら今朝撮影された一枚。まだ彼女が生きているという証拠。

 ──つまりは人質。彼女の命が惜しければ計画に協力しろと言われ、しかたなく従っている。

 こちらの素性も知られてしまっていた。それだけなら朱璃や神木局長も同じだが、人質まで取られている以上、寝返る以外の選択肢は無い。
「まったく、人でなしの計画だ」
 写真を魔法で燃やすと、炎の照り返しで一瞬だけ素顔が浮かび上がった。青い瞳に白い肌、日本人離れした美しい容貌。長い金髪は結ってまとめあげ、布を巻いて隠してある。さらに烏帽子を被っているから、彼女を知る人間でも仮面を外さない限り正体には気付かないだろう。
 偽りの名はカトリーヌ。本名は天王寺(てんのうじ) 梅花(ばいか)。星海班所属の特異災害調査官にして朱璃の唯一の友人。
 そして、人斬り燕の正体である。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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