現代編【アサヒ】2

文字数 5,677文字

 そんなわけでカトリーヌに教師を引き受けてもらい、授業が始まった。
 時々「どうして俺、二五〇年後の世界でまた中学生の勉強してるんだろう……」と醒めた気持ちになってしまうこともあったが、その度に拳骨が飛んで来て現実に引き戻される。美人なのに、この先生も見た目に反して意外とスパルタだ。
 かと思えば、たまに自分の豊かな胸を突き出してからかってきたりする。
「どや? アサヒ君、美人の女教師と二人だけの密室授業。ムラムラしたりせえへんか?」
「しません」
 本音を言えばしなくもないのだが、そう答えると今より調子に乗ってしまうのが目に見えている。アサヒは努めて冷静に、感情を押し殺して返答した。
「つまらん子やなあ。若いのにからかい甲斐が無いわ」
 多分、彼女のことを好きな相田 友之もこんな感じで日常的に弄ばれているのだろう。ちょっと同情する。
「まったく、少しは私のストレス解消に付き合ってくれてもいいだろうに……」
「? あの、何か言いました?」
「ん~ん? 何も言ってへんで~、空耳とちゃうか?」
 気のせいか……もしかしたら自分の中にいる“アイツ”の仕業かもしれない。あれ以来ずっとおとなしくしているが、いつ暴れ出してもおかしくない“同居人”のことをアサヒはずっと警戒していた。
 すると、頭にぽんとカトリーヌの手が乗る。
「コラ、ちゃんと勉強に集中しい。ここ、ホンマにこの解答でええんか?」
「あ……すいません」
 言われてようやくミスに気付いたアサヒは計算をやり直した。やはり前とは違う答えになり、嘆息と共に修正する。
 カトリーヌは時々からかってくること以外は優秀な先生だった。わかりやすく解法を説明し、答えは自分で考えさせる。間違っていたら自力でそれに気付くまでの猶予を与え、その間に気が付けなかった場合のみ指摘する。なんというか、人に教え慣れている感じだ。以前にも似たようなことをした経験があるのかもしれない。
「カトリーヌさんって兄弟とかいるんですか?」
「ん? なんで?」
「いや、なんか教え方が上手いから……」
「ああ、なるほど。流石は朱璃ちゃんの先祖やな、けっこう鋭いわ。うちは子だくさんでな、兄弟も姉妹もいっぱいおってん」
「何人くらいです?」
「いっぱいや」
 改めてそう答える彼女。その声の響きから、あまり踏み込むなという感情を受け取る。
(なんか複雑な家庭の事情があるのかな……)
 そう思ったアサヒは、それ以上何も訊ねなかった。
 しばし気まずい沈黙。しかし、それがかえって功を奏したようで、問題を解くことに専念した彼はなんとか全問の記入を終えた。
 回答欄の埋まった答案を受け取り、流れるように素早く目を通して頷くカトリーヌ。
「うん、ええやん。前半で何度か躓いたけど、後半はスラスラ解いてたし、ちゃんと理解できたんちゃう? まあ、少し間を置いてもう一度やってみて確認やな。とりあえずこれはうちから朱璃ちゃんに提出しとくわ」
「まだやるんですか?」
「君らの時代かて学生生活が一日やそこらで終わったわけやないやろ? そもそも人間なんてな、一生が勉強みたいなもんやで。たかだか何十年かで何もかもを理解できるわけやあらへんからな」
 まあ、それはそうかもしれない。けれど、アサヒの脳裏には例外的な存在が何人か思い浮かぶ。
「朱璃みたいな天才がうらやましいですよ。小学校の時の同級生にも一人いたなあ、高校までいけたやつ。俺も、もっと物覚えが良ければ学生でいられたのに」
 彗星の衝突に備えて地下都市の建設が進められていた時代、多くの児童は中学校卒業と同時に労働の現場に駆り出されていた。高校に進学できたのは一部の突出した頭脳を認められた人間だけ。伊東 旭は前者だった。
 建設現場で働くことが苦だったわけではないが、もう少し“子供”のままでいたかった。オリジナルの抱いたそんな気持ちが我がことのように蘇って来る。
 そんな彼を見てカトリーヌは「ふむ……」と腕を組む。
「君には意識改革が必要やな」
「え?」
 どういうことかと眉をひそめるアサヒ。一方、踵を返す彼女。
「後で教えたる。とりあえず、今回の授業はここまで!」


 その日の夜、再びカトリーヌがやって来た。それも皆が寝静まったような深夜に。
「なんや、まだ起きとったんか?」
「カトリーヌさん?」
 なかなか眠れず、ぼんやり天井を眺めていた彼に背後から声がかかる。
 振り返るとカトリーヌがいた。
「なんで一人で天井見つめてんねん。ちょっと怖くて躊躇ったわ」
「いや、普通に上に行きたいなと思っただけですよ。ここ地下でしょ」
「地下都市の中の地下室ってなんやおかしいわな。って、そういうことやない。ほら、行くで」
「え? どこにです?」
「社会科見学や」
 そう言われて手を引かれ、室外に出る。どういうわけか見張りの兵士達はいない。
「あの人達はどこに?」
「心配いらんよ、ちょっとここから離れてもらっただけや。うちの色気で頼み込んだらあっさり聞いてくれたわ」
「はぁ……」
 真面目そうな人達だったが、本当に色仕掛けに応じたのだろうか? 後で怒られないといいが。彼等も自分も。
 深夜の廊下を並んで歩く二人。こんな時間に美人で年上のお姉さんに手を引かれているシチュエーションは少年の胸をドキドキさせた。いったいどこまで連れて行かれるのだろう?
 地下から階段で地上階へ上がる。
 すると、そこからほどなくしてカトリーヌは立ち止まった。窓の一つを指差す。
「ほれ、見てみ」
「?」
 何があるのかと思ったその方向に、また別の窓があった。深夜なのに煌々と照明が灯っている。
 ここは軍事基地だ。二四時間誰かが必ず働いている。だからそれ自体に驚きは無い。
 けれど──
「朱璃……?」
 光の中に見えるのは朱璃だった。昼間の自分と同じように机に噛り付き、熱心にペンを走らせている。
「何してるんですか?」
「何って、仕事に決まってるやろ。遊んでるように見えるか?」
「仕事?」
 いや、だって……昼間も働いていたはずだ。それにカトリーヌは先日の件の事後処理が終わって暇になったと。
「暇なのはうちらだけや。班長のあの子にはまだまだぎょうさん仕事が残ってんねん。もちろん、手伝えることは班員の誰かが手伝っとるけど、それでもあの子以外にはできん仕事が多すぎる。中間管理職なんてそういうもんや。挙句にあんたのためのテストまで作ってるし、アンタのことやこないだの戦闘の現場を調べて得られたデータのまとめもしとる。働き過ぎや言うとるのに、ほとんど休もうとせえへん」
「……」

 母を思い出した。
 体力自慢で、いつも複数の仕事を掛け持ちしていた。
 子孫達にも、遺伝してしまったのだろうか。

「うちはな、あの子が“天才”って言われるの好きやないねん。本人がそれを自称しとるから普段は黙っとるけどな。あれは自分を奮い立たせるために使ってるだけの言葉や。ホンマは天才でもなんでもあらへん。普通の子や。少なくともオツムに関してはな。天才ちゅうのは普通の人間にはパッと見てもわからんようなことを直感的に理解して解決法まで導き出してしまうような奴のこっちゃ。
 朱璃ちゃんは違う。あの子は知らないこと、わからないことがあったら一つ一つ丁寧に調べる。理解できるまで咀嚼する。情報を集めて記録する。検証を重ねて実証する。凡人や。ただ、ちょっと頭のネジが一本外れとるだけ」
「ネジ?」
「お父さんが死んで以来、なんでか“恐怖”を感じなくなったらしいわ。だからブレーキの効きが悪いねん。うちらがしっかり見ててやらんと、そのうち大事故起こしてくたばってまうで。だからアサヒ君、君もしっかり見といたってな?」
「……はい」
 カトリーヌはここに自分を連れて来た目的は言わなかった。昼間の授業と同じ。答えは自分で出せということだろう。
 結局、二人はそれからすぐにまた地下室へ戻った。カトリーヌは「おやすみ」と一言だけ言って立ち去り、残されたアサヒの方はまた天井を見上げながら遠い昔を思い出す。

 ──小学校に入ったばかりの頃、ようやく自分が“特殊”なのだと気付いた。普通の子供よりずっと背が高いだけでなく、大人達が驚くほどの身体能力まで有していたから。
 鬼ごっこ、ドッジボール、サッカー、野球、鉄棒。何をやっても他の子供達を圧倒した。一人だけ大人が混じっているようなものだから当然の話。
 当然、一緒に遊びたがる子供はどんどん減っていった。お前と遊んでも強すぎてつまらないんだと言われて。
 それでも保育園の頃から付き合いがある友人達とは遊べていたのだが、彼等も、やがて周りの声に流されて距離を取るようになってしまった。
 ある日、誰も友達がいなくなってしまったと告白して母に泣きついた。
 そしたらこう言われた。

『そりゃしかたないさ。お前はアタシに似て腕力と体力だけは人一倍あるんだから。お前の方から合わせてあげなきゃダメなんだよ。まあ、アタシは女子で体を動かす遊びにはそんなに混ざらなくても良かったし、すぐに加減することを覚えたから同じ状況になったことは無いんだけど……。
 まあ、とにかくだ旭。今は窮屈に思えるかもしれないけど、そのうちみんなわかるよ。世の中は公平だって。不公平に見えるかもしれないけど、そうじゃない。アンタの体が強いように、他の子もみんな何かしら才能を持って生まれて来てるもんさ。自分が望んだ才能を授かってるとは限らないけど、それはアンタだって同じだ。誰にでも得意なことと不得意なことがある。だから、それぞれのできることで助け合って生きていけばいい。大きくなったらほとんどの人間はそのことに気が付く。それまでの辛抱だ。
 お前のその才能が、いつか誰かの頼りになることもある。だから、そうなるまでは我慢しな。友達がいないことに我慢しろってことじゃないよ? 友達と遊ぶために、本気を出さないように我慢しな』

「我慢……」
 思い返せば、あれ以来、あの言葉の通りに生きてきた気がする。必要に迫られない限り、決して本気を出さないようにした。おかげで少しずつ友人達との関係も修復され、楽しい学生時代を過ごせた。だから母の教えが間違っていたわけではない。
 間違っていたのは、それを都合の良い言い訳に使っていた自分だと、あの朱璃の姿を見て気付いた。

『俺は本気を出しちゃ駄目なんだ』

 運動以外のあらゆることでも、そう言い訳して努力を怠ってきた気がする。自分が授かった才能は優れた身体能力、それだけなのに、勉強でもなんでも、やはり本気を出したら皆に嫌われると言い訳をして苦しいことから逃げていた。勉強なんかしたって、どうせ中学を卒業したら肉体労度に従事するのだからという意識もあったかもしれない。

 でも、今は違うじゃないか。
 今の自分は皆に頼られる存在だ。知らない間にそうなってしまった。
 正しくは、まだ恐れられている段階。でも、そのままでいるつもりは無い。

「この世界で生きていくって、自分で決めたんだもんな……」
 恐れが信頼に変わるように努力しなくてはならない。朱璃がワガママを突き通しても許されているのは、彼女がそれに相応しい努力を重ねて実績を残しているからだ。自分もそれを見習おう。
 幸い、体力には自信がある。母譲りだ。それになんだか眠くない。
 監視のため室内には真夜中でもずっと魔法の照明が灯っている。いつも眠る時には消して欲しいと思っていたが、今は都合が良いと思えた。アサヒは机の前に座り、カトリーヌが復習用にと置いて行ってくれた教科書を開く。
 結局彼は一晩中、それに読み耽った。


 翌日、カトリーヌと共に朱璃がやって来た。
 新たに与えられた宿題と向かい合うこと数時間後、一旦仕事のため離れていた朱璃が再び戻って来る。
 彼女は採点をして、そしてニヤリと笑った。
「ふうん……まあ、及第点ね。まだまだミスが多いけど、ハムスターレベルにはなったかしら?」
「なんだよ、ハムスター可愛いじゃないか」
「そういう問題やあらへん」
 後ろで苦笑するカトリーヌ。旭の頭に手を置き、グリグリと撫でまわす。
「まあ、今日は授業に集中してたし、ミスもそんなにしてへん。聞いた話じゃ昨夜ずっと復習しとったらしいな? えらいえらい」
「やめてくださいよ」
 くすぐったい。しかし、なんだか懐かしい。以前にも母以外の誰かにこんな風に頭を撫でられたような。
(ああ……)
 思い出した、彼女だ。
「とりあえず数学はここまでにして、明日からは他の科目をやるわよ」
「うん、わかった」
 あっさり頷いたアサヒの態度に、眉をひそめる朱璃。
「アンタ、なんか変わった?」
「そうかな?」
「何をとぼけてんの。心境の変化でもなんでもいいけど、情報はちゃんと共有しなさいよ。アンタはアタシの研究に協力する。そういう契約を結んでるでしょ」
 そういえばそうだった。なら、とアサヒは切り出し、朱璃の顔をまっすぐに見つめる。
「昨夜思い出したんだけどさ、俺の子供の頃の話、聞く?」
「昔話ね。たしかに何かのヒントになるかもしれないわ。聞いてあげようじゃない」
「なんで上から目線やねん」
 こうして、少しの間だけではあったが、三人は穏やかな時を過ごした。


 何故か眠気は来ないのだが、二日連続で徹夜するのは体に良くないだろう。そう思ったアサヒは、きちんと眠ることにした。
 ベッドに横たわり、枕に背中を預けて、ほんの数日前の出会いと別れを思い出す。
「桜花さん……菊花……蘭花さん、藤花さん、桂花さん……」
 南日本の術士達。自分をサルベージしてくれた──いや、この世界に生み落とし、連れ出してくれた五人の“母”──今はもういない彼女達の顔を瞼の裏に描き、語りかける。
「俺、頑張るよ。きっと、この力で皆を守り抜く。だから安心して」
 負けない。あの日、自分を守ってくれた彼女達の願いに応えるためにも、この先の苦難を必ず乗り越えてみせる。
 それが自分の生まれてきた意味だと、知っているから。

 ──次の瞬間、どういうわけか記憶の中の桜花が、苦笑したように見えた。
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登場人物紹介

 アサヒ。文明崩壊から二五〇年経過した日本の筑波山で気絶しているところを特殊災害対策局・星海班に発見された少年。保護した直後、班長の朱璃はわずかな手がかりから短時間で彼の「正体」を突き止めた。

 崩界の日と呼ばれる大災害やその後の困難から人類を救った英雄・伊東 旭に瓜二つ。当人もその英雄の記憶を持っている。だが崩界の日の直前までしか覚えていない。

 目付きが鋭く高身長。そのため見る者に威圧感を与えるが、内面はむしろ柔弱でおとなしい。崩界の日まではごく普通の人生を歩んでいた。

 ただし、当時から人並外れた身体能力の持ち主でもあった。夢はその才能を活かし、いつか開催されるかもしれないオリンピックに出てメダルを取れたら、女手一つで自分を育ててくれた母にそれを贈ること。

 朱璃には初対面でいきなり拷問されたため苦手意識を抱いている。

 星海 朱璃。後に「記憶災害」と名付けられた現象により文明が崩壊してから二五〇年後、南北に分裂した本州の片割れ「北日本王国」で特異災害調査官を務める天才少女。まだ一五歳。

 星海家にはドロシー・オズボーンという女性の血が入っており、世界に蔓延した記憶災害の原因物質「魔素」の影響か、代々彼女の身体的特徴を受け継いでいる。そのため日本人ながら髪は赤く、瞳は青い。顔立ちも日本人離れしている。

 優れた頭脳や才覚を認められた一部の人間しか入学を許されない高校に飛び級で入り、たった一年で卒業した。頭脳だけでなく身体能力や反射神経も優れており、体格の大きさが有利に働く「疑似魔法」においても魔素吸収能力の高さにより小柄な体という欠点を補っている。

 また、父を喪った出来事以来「恐怖心」も欠落しており、普通の人間なら躊躇うような危険にも必要とあらば迷わず突っ込んでいく。

 研究者としても優秀。現在の北日本王国兵が必ず装備している疑似魔法の威力を高める銃器「MWシリーズ」は彼女の発明。さらに国民全員が身に着けている静電気の発生を抑制するスキンスーツは彼女の両親の発明である。

 アサヒのことは非常に興味深い研究対象と認識している。

 マーカス。星海家と同じく魔素の特性によって先祖返りしたと思われるアフリカ系の特徴を持つ男。先祖は在日米軍兵だったルーカス・ブラウン。

 朱璃の護衛役であり彼女が調査官になる前からの保護者。親友だった朱璃の父が死んだ後、母親が育児放棄してしまったため代わりに引き取って育てた。

 死亡率の高い調査官の仕事を二十年以上続けている事実が示すように極めて優秀。特に危機察知能力と生還能力に優れており、情報を持ち帰ることが重視される調査官としては理想的な人材だと言える。

 コミュニケーション能力もけして低くない。ただし朱璃が絡むと父親としての顔が出てしまい、男子に対しては厳しい態度を取りがち。

 アサヒの存在を様々な意味で危険視している。

 カトリーヌ。本人はそう名乗っているが偽名で、自ら嘘だと周囲に明かしている。親からもらった名前に思うところがあるらしく誰にも教えたがらない。星海班でそれを知っているのは朱璃だけ。その朱璃とは年の離れた友人としても交流を重ねている。

 やはり先祖返りで金髪碧眼に生まれた。温和な性格で次に紹介する友之と共に班のムードメーカーを担っているが、実はずば抜けた戦闘センスの持ち主。竜と戦っても無傷で生還することが多い。

 友之に惚れられているが、彼女の側からはからかい甲斐のある後輩だとしか思っていない。

 旧時代の重火器をコレクションしており、それが朱璃の研究の一助にもなっている。

 相田 友之。根っから明るい快男児。調査官になってから数年経っているが、精鋭揃いの星海班の中では幼馴染の小波ともども新米扱い。なのでアサヒのことは弟分として可愛がっている。

 視野が広く、咄嗟の判断力に優れる。他の能力も平均以上に高いため、つい最近死亡した前任者二人の代わりに他班から引き抜かれた。

 副業としてSF作家をしており、それなりに人気がある。同期の小波とは子供の頃からの腐れ縁。しかしカトリーヌに出会った瞬間から鼻の下を伸ばし、アプローチを続けている。小波のことは世話の焼ける妹扱い。

 車 小波。友之の幼馴染で班長の朱璃を除くと最年少。全体的に平均より少し上といった能力だが、朱璃に配慮して男女比を半々にするため星海班への転属が決まった。努力家で根性なら人一倍鍛えてある。

 あからさまに友之に好意を寄せており周囲もそれに気が付いていて朱璃ですらさりげなくアシストすることがあるのだが、肝心の友之だけはそれに気付かずカトリーヌの尻を追いかけ回しているため恋が実る可能性は今のところ低い。

 友之ともども幼少期から「伊東 旭」の英雄譚を聞いて育った。なのでアサヒと接する時には若干緊張してしまう。

 巖倉 義実。通称はウォール。魔素の影響で大型化した三m近い巨漢。体格=魔素保有量=疑似魔法の性能になる現代では極めて優れた資質の持ち主。

 しかし、それゆえか進んで貧乏くじを引く、仲間の盾になりたがるなど献身的で自己犠牲を好む傾向にあり、生還が第一の調査官には不向きな性格。

 マーカスや後述の門司より年下だが、以前も同じ班にいたことがあり当時からの戦友。

 実はバツイチで別れた妻との間に三人の娘がいる。

 極めて無口で全く彼の声を聞かずに終わる日も多い。

 門司 三幸。調査班に必ず一人同行する決まりの専従医師。一応は戦闘訓練を受けているが、戦うのはあまり得意じゃない。アサルトライフルは治療行為の邪魔になるため朱璃に特別に作ってもらったハンドガン型のMWを愛用。

 愛煙家。ただし本物のタバコではない。この時代の医師は患者の体内の魔素を操作して検査を行ったり痛みを緩和したりできる。

 中杉 真司郎。通称ジロさん。マーカスよりさらに二十年ほど長く活躍している引退済みの局員も含めた最年長調査官。そのため局内では生ける伝説扱い。局長の神木 緋意子ですら彼に対しては敬意を払う。

 老いてなお優秀。常に冷静沈着。朱璃に対するアドバイザーとして配属されたが、彼女もまた誤った判断をすることが少ないので出番が無いなと苦笑している。

 家族は娘夫婦と孫が二人。

 神木 緋意子。特異災害対策局の現局長。マーカスとは同期で、かつて同じ班に所属していた。

 とある出来事以来、常に淡々とした話し方をする。目的のためには手段を選ばなくもなった。自分の最も大切なものですら駒として扱える。

 娘が一人いるが、親子としての会話は何年もしていない。

 北日本王国の現女王。初代王が優れた戦士だったため今も王家には優れた戦士であることが求められており、彼女も即位前は陸軍に所属していた。訓練教官をしていた時代もあり、対策局の問題児だったマーカスを預けられ鍛えたこともある。

 そして緋意子の母親。娘が王位継承権を捨てて同期の調査官に嫁いだので、今は孫を後継者に指名している。

 シルバー・ホーンと呼ばれる赤い巨竜。発生から十分間で自然消滅する記憶災害のルールに抗い、二五〇年前から存在し続け、荒廃した東京に今も居座っている。

 二足歩行で直立すると一〇〇m以上の巨体。多種多様な「竜」の中でも特に大型で高い戦闘能力を発揮しており、北日本の調査隊が東京へ送り込まれた際には高々度から巨大な炎を放って彼等を焼き払った。その時の衝撃波は福島まで到達している。さらに命名の由来になったサイのような角からは魔素すら焼き尽くす超高電圧の雷撃を放つ。

 知能も高く、未確認ながら南日本の術士達が使う「霊術」を行使したという噂もある。

 星海 開明。第二部から登場。

 朱璃のはとこ。良く似た顔立ちのせいで頻繁に間違われる。謙遜しているが頭脳でも匹敵。ただしこちらは高校生。

 母とは三年前に死別。父とは幼い頃からすれ違い。ほとんどの人間には友好的で朱璃やアサヒに対しても同様だが、緋意子に対しては敵意を向ける。

 星海 剣照。第二部から登場。

 開明の父で北日本王国軍の元帥。昔は前線で戦っていた。顔に当時の古傷が残っている。

 若い頃の夢を息子に託そうとしたものの、息子は彼の求める資質をことごとく持たずに生まれてきた。失望感を隠し切れず、そのせいで関係が悪化。今もろくに口を利かない。

 大谷 大河。第二部から登場。

 高い能力と王族に対する強い忠誠心を兼ね備えた者しか入隊できない王室護衛隊の隊士。アサヒの護衛役という名目の監視役。実は彼女を傍に付けたことには別の目的もある。

 勘が鋭く頭脳の回転も早い。王室護衛隊の名に恥じない優秀な隊士だが童顔でくせっ毛なことが本人の悩み。

 王族扱いになったアサヒに対しては敬意を払いつつも常に警戒している。

 小畑 小鳥。第二部から登場。

 元は女王付きのメイド。まだ現代社会に不慣れなアサヒのため世話役として貸し出された。

 常にたおやかな笑みの美女。しかし時々妙な圧を感じさせることも。

 天王寺 月華。第二部から登場。

 南日本を護る術士隊の長。外見は十歳程度の少女だが自称四百歳超え。霊術という人知れず伝承されてきた技の使い手。しかし彼女の使う霊術には他の誰も知らないものが多い。霊力の強さは完全に人の域から逸脱しており、地下都市・大阪全体は彼女の展開した結界により二五〇年間守られ続けている。

 崩界の日より二十年ほど前、どこからともなく突然現れて日本政府の中枢に食い込んだ。それ以前の経歴を知る者はいないが、本人は「霊術を魔法と呼ぶ場所にいた」と断片的に語っている。

 民を守るためなら時に老獪で卑劣な真似もする。非情にもなる。それでも多くの者達に慕われており、実質的に南日本を支えている柱。

 月灯。南日本の天皇。発育が良く大きく見えるものの、まだ十二歳。月華を他の誰よりも信頼する。しかし彼女と対立する「議員」達の手の内にあり、発言を抑え込まれている。

 天王寺 風花。第三部から登場。

 月華に継ぐ霊力を誇る最年少術士。気が優しく戦いには不向きな性格。しかし防御にかけては優秀なので月華の護衛につくことが多い。

 一年ほど北日本にスパイとして潜伏していた。向いてないように見えるが、あまりに天真爛漫なので誰にも疑われなかった。そして本人も任務を半分忘れて牛の世話に夢中だった。

 人懐っこい性格。ところが声が大きすぎて室内だと相手が失神することもある。

 天王寺 烈花。第三部から登場。

 烈花の名は術士隊一の炎の使い手と認められた証。元々高い火の精霊との親和性をさらに高めるため髪の一部を赤く染めたり男勝りに振る舞ったりしているが「オレ」という一人称はどうしても馴染めず「ボク」に落ち着いた。

 当代最強の術師と名高い「梅花姉様」に憧れ、彼女の伝説を真似て無茶ばかりしている。そのせいで生傷が絶えない。

 体育会系で下の子達の面倒見が良い。中身は割と乙女で好きなタイプは大きくて優しい人。できれば年上。

 天王寺 斬花。第三部から登場。

 術士隊最弱の霊力。才能に恵まれなかった分を他が絶句するほどの努力で補い、ついには唯一無二の技に開眼した。彼女の振るう刃は離れた場所から障害物を無視してあらゆる物体を両断する。

 烈花とは同い年。親友でライバルで一番仲の良い姉妹。

 愛刀は桜花から受け継いだ「夢桜」という銘の霊刀。

 天王寺 桜花。南日本の術士。第一部でアサヒを護って散った。

 霊術に関しては梅花以上の天才。特に精神に干渉する術を得意としていた。愛刀「夢桜」は彼女のその力を増幅する力を持つ。

 伊東 陽。旭の母。高校在学中に妊娠。相手の男子生徒は彼女の妊娠発覚直後に交通事故で死亡。その後、父親と大喧嘩して勘当され高校も中退。幸いにも地下都市建設計画が開始され働き口はいくらでもあったため、女手一つで息子を育てる。

 細腕からは想像し難い腕力と並外れた体力が自慢。病気にもかからず健康優良児を自称していたが、旭が中学生の時に長年の無理が祟って心臓病を発症し倒れる。

 不幸中の幸いで長期入院中に疎遠だった両親と和解。病気も数年間治療を優先し安静にしていたことで良くなり、地下都市へは両親と息子と共に四人で退避した。

 崩界の日、旭を庇って彼の代わりにシルバー・ホーンの顎にかかり、命を落とす。

 伊東 旭。北日本王国の初代王。魔素を無尽蔵に取り込み身体能力を強化。さらに取り込んだ魔素を自在に放出する能力を有する。

 長年その超人的な力で王国を守り続けて来たが、妻・ドロシーを失ってからしばらくして不意に姿を消す。行方は彼の娘でさえ知らなかった。

 アサヒは十七歳時点の彼を再現した記憶災害。

 全盛期の彼の強さは月華をして「怪物」と言わしめたほど。

 ???。第三部から登場する謎の女。全ての記憶災害の元凶と目される「蛇」を従え、遥かに離れた場所からアサヒ達を標的に様々な攻撃を仕掛けてくる。

 神にも等しい万能の力を振るうも、それに頼らない純粋な体術でも歴戦の特異災害調査官数名を圧倒するレベル。

 その行動からはアサヒと朱璃に対する強い執着が伺える。

 伊東 光理。北日本王国二代目の国王であり最初の女王。父には遠く及ばないものの十分に並外れた魔素吸収能力と身体能力、そして母譲りの頭脳を有し、旭が消息を絶った後の北日本を長く導いた。

 その他の主な業績として地下都市仙台から地下都市秋田への遷都を主導したことが挙げられる。朱璃達の属する特異災害対策局も彼女が国防の一環で設立した組織。

 性格は母親に似て合理主義。けれど弱者を見捨てられない性分も父から引き継いだ。旭の戦友「四騎士」の一人の息子と結婚する。

 王になった直後、伊東という姓は王らしくないという理由から改姓。以後は「星海 光理」と名乗るようになった。

 水無瀬 守人。実質的に漁業を生業とする北日本王国海軍が誇る名艦長。第四部にのみ登場。

 魔素吸収能力も頭脳も特に優れているわけではない。しかし勘と咄嗟の機転は働く方で彼が艦長になって以来、漁獲量は落とさぬまま乗員の死亡率は激減した。それに加えて気さくで陽気な性格でもあるため多くの海兵に慕われている。

 第四部の東京決戦では、とある兵器をノリノリで使用。同行した術士の少女達も気が付けば彼のテンションに同調してしまっていた。素晴らしい兵器の数々を生み出してくれた朱璃に対しては心の底から感謝している。

 仕事と部下達の面倒を見ることにかまけてばかりで、早婚が推奨されている時代なのに三十目前でまだ独身。

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