第75話 告白3

文字数 1,557文字

「全部、知っていたのか」
「何が」
「悠也が団長の息子だったことも、悠也をこの国から逃がすことも、あの日、公安部隊が突入してくるということも、全部知っていたのか」

彼は、静かに「うん」と言った。

 僕は拳を作り、力いっぱいテーブルを叩いた。その反動でカップが倒れ、冷え切ったコーヒーがテーブルから床へこぼれ落ちていった。ポタポタと流れる様は、悠也が最後に流した涙のようだった。

「言おうか」
「何を」
「この戦争の裏の話」

 彼はまたソファに横になった。

「さっき佐野が『金持ちの道具』って言ってたけど、どういう事だと思う?」
「この国が兵器実験場で……」
「それが大筋の意図だけど、裏では、金持ちが人を使って賭けをしてたそうだ」
「賭け?」
「この国は、金持ちの『遊び』道具だ。政権軍と反乱軍、どっちが勝つか、お金持ちの連中はかなりの大金を賭けて勝負していた。さらに武器と技術をこの国に持ち込んで、どうにかして勝とうと躍起になった。
 第一旅団とか第二旅団とか言うけれど、実は金持ちの連中が入れた民間軍事会社の社員だ」
「民間、軍……」
「民間軍事会社。『戦争屋さん』と言ったら分かりやすいか。最前線で戦闘したり、要人や建物の警護したり、戦闘員を育て上げたり、戦地で金儲けをする、国とは関係のない民間の会社の事だ。
第一、第二旅団は重要任務をこなす戦闘員で約二百人。第三旅団は通常の戦闘員で三万人以上。第四、第五旅団は戦闘員の教育で約三千人、第六から第八旅団は航空部隊で戦闘機三千機以上、第九、第十旅団は海上部隊で五百隻以上。って言われてた。それに合わせてニッポンの反乱軍が約五万人。
 戦争屋さんが、外国から入ってきた優秀な社員が幹部となって指揮を執ってたらしい」
「悠也の父親は」
「戦争屋さんの幹部。現場のプロフェッショナル。かなり凄かったらしい。生まれた時から兵士としてプログラムされた、生粋の軍人だ。彼はとある国から戦争を長引かせるように依頼されてた。そして優秀な新開博士と知り合い、サイボーグやナノマシンの研究開発に手を入れ、それを実験台として第一旅団で活用していた奴だ。
それ以外の九割は現地の人。つまり、ニッポン人だ。
反乱軍だけじゃない。政権軍にも戦争屋さんはあったが、少ない人数だったし、それを知ってる奴はほぼいなかった」
「君は、どこで知ったんだ」
「佐野から」

 こぼれたコーヒーの動きが止まった。僕は立ち上がって、窓を閉めた。一気に部屋の空気の動きが鈍くなったのを感じた。

「うまく逃げてくれよな」
「光は?」
「……俺は、お前をここから逃がすのが仕事」

光がそっぽを向いた。

 その日の夜、光は病院に戻っていった。僕は家で過ごすことにした。色々と気持ちを整理したかったからだ。光は、家を出る前にこう言った。

「俺、悔しいんだよ。遊び道具で命が弄ばれたのが……」

 光は泣いた。僕は涙を堪えた。

なぜ僕なんだろうーー
僕にそんな事ができるのかーー
そもそも信用してもいいのかーー
光はどうなるのーー
外国でどうやって暮らせば良いんだーー
大量の紙幣はどうしたらいいーー
椿になんて言おうーー
この家はどうしようーー

結局、気持ちの整理はつかないまま、僕はソファで眠った。

 その日、僕は夢を見た。朝日が昇る前の、紫とオレンジがまだらに入り乱れる空のもと、僕は知らない草原に立っていた。生ぬるい向かい風を全身に浴びていると、遠くに僕のドッペルゲンガーが立っていた。その顔つきは、穏やかで柔らかな顔をしていた。彼は何かを言ったが、何も聞こえなかった。

全てが消えていく中、僕は彼の後ろにたくさんの人がいるのを見た。

 目が覚めると、外はすっかり日が高くなっていた。不思議と頭の中はすっきりとしていて、清々しい気分だった。

 腹は決まった。ソファから降りた僕は、すぐに準備を始めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み