あとがき

文字数 1,016文字

 今日、何の日でも無いのに、ふと、お墓へ向かった。
 ただ手を合わせ、少し枯葉を拾い、墓石に目をやった。

 私の祖父母は、第二次世界大戦を経験している。そして、祖父自身と、弟二人、戦場に立ったそうだ。

 弟は、二人、戦死した。それは、墓石に書いてあった。

『昭和二十年○月□日、朝鮮……(地名)にて、戦死す。二十歳』
『昭和二十年○月□日、沖縄……(地名)にて、戦死す。二十八歳』

 子どもの頃は、それを何となく見ていた。そして私は今、彼らよりも歳をとっている。

 祖父は、沖縄のある所で戦った。
食べる物もなくなり、道端に生えた草を食べて飢えを凌ぎ、故郷に帰ってきた。

 私は子どもの頃、小学校の夏休みの宿題に、戦争体験を記録するというのがあったので、祖父母に聞いたことがあった。

 「戦争の時の事教えて」と聞くと、祖父は私の目を見ること無く、古くさい折り畳みナイフを持ってリンゴを剥きながら、上記の事を教えてくれた。詳しくは教えてくれなかった。
 とてつもなく激戦地だったのは子どもながらに理解した。そして最後に祖父は、「戦争なんて、やるものじゃない」と、どこを見ているのか分からない目をして呟いたのを、私は鮮明に覚えている。

 祖母は、故郷で農作業をしていた。もんぺを履いて、腰に稲を一束刺していた。
 飛行機の音が聞こえる度に、祖母は腰を下ろし、伏せて、田んぼの中に紛れて、音が聞こえなくなるまで身を潜めていたそうだ。

 ある日、遠くで原子爆弾が投下された時は、そのキノコ雲が大きく出ていたのを見たとも言っていた。

 長い時を経た今日、ご先祖様は何を思っているだろうかーー。命を賭してまで、何を伝えたかったのだろうかーー。それを考えると、私はいつの間にか泣いていた。

 古く黒い墓石を改めて見ると、白い斑点の形をした苔がたくさん散っていた。それはまるで、ご先祖様が流した血の様に見えて仕方なかった。そしてそれは、手で擦っても取れなかった。

 私の涙は止まらなかった。

 この地球上では、日々銃声が鳴っていると思う。

 どうか、一日でも早く、いや、一日でも良いので、銃声がしない日が訪れる事を、墓前に祈った。

 そして私は、墓場を後にした。

 皆様の身内の方や、墓石にも、そういった事を体験された方がいらっしゃるのではないだろうか。

 昔の時代の物が風化する様に、出来事や話も同じ様に風化すると思う。

 忙しい日々、風の様に目まぐるしく回る時代に、皆様は何を思うだろうか。
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