第49話 昔話3

文字数 1,542文字

 「で、シュウが母さんのところに連れて行ってくれたんだ。母さん、横になって、お腹の前で手を組んで寝てた。
どんなに話しかけても何も言ってくれないし、どんなに揺さぶっても目を開けないし、冷たいし……。
 俺、凄く悲しかった。母さんの事大好きだったから。悲しかったし、あの兵士が憎かった。
母さんを殺した、あの兵士の笑い声がまだ聞こえるんだ。耳を塞いだら、あの高笑いが……」


悠也はゆっくりと瞬きをして、また話を続けた。僕は、彼を見続けた。

 「母さん以外も、たくさん死体が並べられてて、それを見た人はみんな泣いてた。そして、シュウ達が順番に死体を埋めていってたんだ。

俺、ずっとそこにいたんだ。今からどうしたらいいのか分からなかったし、どこに行っても、俺はひとりぼっちだし。夕方まで、空が真っ赤になるまで、ずっといた。そしたら、シュウが聞いてきたんだ。『悲しいか?』って。だから『うん』って言った。そしたらシュウが『ついて来い』って言ったから、俺、ついてった。

 シュウは歩くのが早いから、ずっと走ってた。そしたらシュウが手を繋いで引っ張ったんだ。……手、あったかかった」
「え?」
「何だ?」
「だって、両腕はサイボーグなんじゃ……」
「俺が初めて見た時は、右腕がサイボーグになってた。両腕がなったのはその後だ」
「そ、そうなんだ」
「なんで知ってるんだ?腕の事」
「え?あ、えっと、佐野さんに聞いたんだ」
「……そうか」
「ごめん、続けてくれる?」
「あぁ。ついて行った所は、俺も知らない、壊れかけた建物の中だった。銃声とか、そういうのは無くて、静かだった。外はもうすぐ真っ暗になりそうだった。
その建物の中に、七人くらいの人がいたと思う。その中に、あのおじさんと、ナツメがいたんだ。二人とも、壁に縛り付けられてて、ナツメには目隠しがされてた。

 シュウは、おじさんを殴った。なんで殴ってたのかは知らない。でも、おじさん、ぐったりしてた。
そしたら、シュウが俺の目の前にハンドガンを出して、おじさんの目の前に立つように言われた。
今でも忘れられない。あの事は、ずっと夢に見るんだ。」

 悠也が黙ってしまった。目に涙を浮かべて、いつもの虚ろな目になった。少し深呼吸をして、彼は話してくれた。

「『こいつを撃て』って言われて、俺の手を掴んで、銃口をおじさんに向けさせられた。俺、『嫌だ』って言ったけど、シュウが、『この引き金を引くだけでいい』って。それでも俺、『嫌だ』って言ったんだ。おじさん、『助けてくれ』ってずっと言ってたし。そしたらシュウが怒鳴って、俺、怖くて手が震えて、歯がカチカチ鳴ってた。
そして、シュウが俺の耳元で言ってきたんだ。『こいつは、お前の幸せを奪ったんだぞ?』って。
 それを聞いた時、母さんの顔が思い浮かんだんだ。優しい母さん、死んでいった母さんの顔が、俺の手を動かしたよ。気がついたら、おじさん、おでこから血を流して死んでた。ナツメ、大声出して泣いてた。
 凄いよな、指一本で、人が死んだんだぜ……」

僅かに風が吹いてきた。その風は冷たくて、コートの布地をすり抜けていった。雪も、さっきより降ってきた。本当に変な気候だった。僕は初めて、こんな『忘れ雪』を見たよ。

「ナツメちゃんは、どうなったの?」

コートの袖で目を擦っていた悠也は、その手を止めて、また遠くを見つめた。

「死んだ。シュウが殺したんだ。俺、銃口は向けたけど、引き金は引けなかった。そしたら、シュウが俺の手を持って引き金を引いたんだ。

 ナツメ、最後になんて言ったと思う?『なんでこんな事するの?』って、言ったんだよ」

 また目を擦った悠也は、下を向いた。僕は「無理しなくていいよ。戻る?」って聞いたけど、悠也は「全部話したい」と言ったので、僕は話を聞いた。
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