第11話 記憶

文字数 1,048文字

 それから彼はしばらくの間、広場に行かなかった。僕は暇だろうと思って、紙と色鉛筆を持っていってやった。まぁ、過去を吐き出してもらうためのカウンセリングの一環だ。

「何でもいい、今までの事、今まで行ったことがあるとこを描いてみてよ」

彼は、目を丸くして僕の顔を見た。

「暇だろうと思ってね。書いて、僕も書くから」
「……」

悠也は軽くため息をついて、紙と色鉛筆を持って描き始めた。僕も隣で絵を描いた。

 二十分後、僕の絵ができあがった。

「はい、できた」
「……これ、俺?」
「似てるでしょ」
「……」

彼は照れくさそうに下を向いた。

きめ細かい肌に、二重で子猫のような大きな目が印象的。横一文字の長い眉に小さな口と、悠也の顔を描いてみせた。僕にしては上手に描けたと思った。僕はその絵を、悠也にプレゼントした。

「描き終わった?」
「……まだ」
「どれどれ」

僕は彼の絵を見た。

「君は、どこにいるの?」
「これ」

彼が指を指した先には、黒ずくめの彼が銃を構える姿があり、その周りは、人が銃を持ち、血を流して倒れている絵だった。後ろの建物は崩れ、ガラスやコンクリートの破片が散らばっていた。その崩れた建物からは火が出てて、煙が上へと伸びていた。

「ここはどこ?」
「……」
「君は、銃を持ってるんだね」
「……こうやって構える。そして、弾が人にあたって、死んだ」
「みんなはどこにいるの?」

彼がゆっくりと指を指した。紙の端の方で、壊れた建物の影に隠れている黒ずくめの人が数人いた。

「これだけ?」
「まだいたけど、どう描けばいいのか分からない」
「この倒れてる人たちは?」
「……」
「話したくない?」

彼は小さく頷いた。

 戦いの時の事が、よっぽど目に焼きついたんだろう。絵だからリアルには見えないんだろうけど、これが現実にあったんだと思うと、辛かった。彼はまだ子どもなのに、こんな体験をしているなんて……、正直、かわいそうに思った。

 彼だけじゃない、この施設に来た子ども達はみんな、戦場の絵を描いた。自分の家が焼かれた事、自分の目の前で両親が殺された事、逃げまとう人達を後ろから撃った事。残酷で残忍な記憶が、子ども達を苦しめ壊していったんだ。

 僕はそんな子ども達をたくさん見てきた。悠也だけじゃない、みんなが麻薬で苦しめられ、過去の記憶に苦しめられ、大人たちに苦しめられてきた。ほんと、見ているだけでも辛いよ。

 僕は、彼の描いた絵をもらった。

 あ、そうそう、先日のケガをした男の子は命を取り留めたよ。右目はもう使えないけど、しばらくは入院したよ。よかった。
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