第17話 情熱と情熱のあいだ3
文字数 1,675文字
彼は足が速い。僕も速い方だけど、彼は、あっという間にいなくなってしまった。
とりあえず、彼の部屋に向かった。外は暗いけど、月明かりで施設の壁や屋根を青く照らしていた。風が吹き、僕の髪を撫でた。そして、僕の熱を少しずつ奪っていった。
部屋の前、軽くドアをノックした。
「悠也……」
部屋の電気を付けて、中に入った。彼はベッドの上に座って、下を向いていた。僕も、ベッドの端に座った。
「ごめんね、あいつ、ストレートに物を言うタイプなんだ」
彼の様子を伺うが、微動だにしない。僕は話を続けた。
「光の言うことも正しいよ。君はいづれ、ここを出ないといけない。僕たちも、ずっと君のそばにいることは出来ないんだ。だから、みんなはここで勉強して自立しようとしてるんだ。ここを出て、立派な人として生きて、そして、今までやってきた罪を生きて償うんだ。君だけじゃない、ここにいるみんな、ここを出たみんな、苦しい思いをしながら生きてる。君だけじゃないんだよ」
一旦言葉を切った。彼が肩を震わせていたからだ。そして、彼のすすり泣く声が、僕の耳に入ってきた。
「悠也」
僕の手は、自然と彼の背中に伸びていた。彼の息づかいが、手のひらを通じてわかった。
彼は少し深呼吸をした。そして、少し顔を上げ、涙を浮かべた。
「ごめんね、光も、君のことを思って言ったんだよ」
そう言いながら、悠也の背中をさすった。すると悠也はまた下を向いた。そして、口を開いた。
「分かってる、あいつの言うこと。ずっとここにはいれないことも、みんな、俺と同じように辛い思いをしてるのも、分かってる」
彼は涙声で、言葉を途切らせながら続けた。
「でも、俺は、居場所が欲しかった。ここに来て、今までやってきたことを否定されたから」
さすっていた背中の手を離し、僕はベッドに乗って、彼の座っている目の前であぐらをかいて、左手を彼の肩にそっと置いた。
「教えてくれる?」
彼はまた少し顔を上げ、涙でいっぱいの目を、僕に向けて話してくれた。
「敵を倒すことが正しいと思ってた。悪いのは正規軍の方だって思ってた。強い奴は弱い奴を守れるけど、弱い奴は強い奴を守れない。だから俺は強くなった。でも、ここに来て、人を倒すことは悪いことだって、戦うことは悪いことだって、皆が言うんだ」
彼はまた肩を震わせ、眉をひそめた。
「俺の居場所は旅団の中だった。戦場が、俺の存在を示せる場所だった。俺には、心が休まる場所がないんだ。帰りたい、みんなのとこに、帰りたいよ」
自分の服を強く握りしめ、自分の服を涙で濡らし、小さく丸まった。
「悪い奴を倒して何が悪い?生きる為に殺して何が悪い?……死にたくなかった。死ぬのが怖かった。だから、殺した」
悠也の姿に、僕も涙が流れた。
「……教えてくれよ、殺すのが悪かったら、動物を殺して食ってる人間は悪くないのか?何が正しいんだ?俺が悪いのか?俺は、俺たちは、戦いたくて戦ってるんじゃない。人が死んでいくのを、愉快に見てる訳じゃない。……もう、頭の中、ぐちゃぐちゃで、もう俺、わかんないよ」
辛い思いをしていたんだと痛感した。僕たちの日常は彼らの非日常、僕たちにとっての常識は、彼らにとっては非常識なんだ。
僕は、彼の肩をつかんだ。どうしたらいいのか分からなくてね、思わずそうしたんだ。
「辛かったんだね、苦しかったんだね」
「……あんたが泣くことないだろ」
「泣くよ」
「なんでだよ。俺の辛さなんて、わかんないんだろ?」
「わかんないけど、でも、泣くよ」
「……」
「人を殺したのは、今の君じゃなくて、昔の君だ」
「巽?」
「君の居場所はここだ。ここでいいんだよ。何もないとこだけど、ここが居場所になるように、君の為に尽くすから、だから、ゆっくりでいい、一緒に考えよう。一緒に頑張ろう、ね?」
そう言って僕は、彼をきつく抱きしめた。彼の手は僕の後ろに回ってて、僕の服を握りしめていた。
「何なんだよ?何で優しくするんだよ?人殺しの俺を、何で、俺なんかに……」
「……僕は、心配性で、お節介焼きだから」
僕と悠也は大粒の涙を流し、そして悠也は声を殺して泣いた。
とりあえず、彼の部屋に向かった。外は暗いけど、月明かりで施設の壁や屋根を青く照らしていた。風が吹き、僕の髪を撫でた。そして、僕の熱を少しずつ奪っていった。
部屋の前、軽くドアをノックした。
「悠也……」
部屋の電気を付けて、中に入った。彼はベッドの上に座って、下を向いていた。僕も、ベッドの端に座った。
「ごめんね、あいつ、ストレートに物を言うタイプなんだ」
彼の様子を伺うが、微動だにしない。僕は話を続けた。
「光の言うことも正しいよ。君はいづれ、ここを出ないといけない。僕たちも、ずっと君のそばにいることは出来ないんだ。だから、みんなはここで勉強して自立しようとしてるんだ。ここを出て、立派な人として生きて、そして、今までやってきた罪を生きて償うんだ。君だけじゃない、ここにいるみんな、ここを出たみんな、苦しい思いをしながら生きてる。君だけじゃないんだよ」
一旦言葉を切った。彼が肩を震わせていたからだ。そして、彼のすすり泣く声が、僕の耳に入ってきた。
「悠也」
僕の手は、自然と彼の背中に伸びていた。彼の息づかいが、手のひらを通じてわかった。
彼は少し深呼吸をした。そして、少し顔を上げ、涙を浮かべた。
「ごめんね、光も、君のことを思って言ったんだよ」
そう言いながら、悠也の背中をさすった。すると悠也はまた下を向いた。そして、口を開いた。
「分かってる、あいつの言うこと。ずっとここにはいれないことも、みんな、俺と同じように辛い思いをしてるのも、分かってる」
彼は涙声で、言葉を途切らせながら続けた。
「でも、俺は、居場所が欲しかった。ここに来て、今までやってきたことを否定されたから」
さすっていた背中の手を離し、僕はベッドに乗って、彼の座っている目の前であぐらをかいて、左手を彼の肩にそっと置いた。
「教えてくれる?」
彼はまた少し顔を上げ、涙でいっぱいの目を、僕に向けて話してくれた。
「敵を倒すことが正しいと思ってた。悪いのは正規軍の方だって思ってた。強い奴は弱い奴を守れるけど、弱い奴は強い奴を守れない。だから俺は強くなった。でも、ここに来て、人を倒すことは悪いことだって、戦うことは悪いことだって、皆が言うんだ」
彼はまた肩を震わせ、眉をひそめた。
「俺の居場所は旅団の中だった。戦場が、俺の存在を示せる場所だった。俺には、心が休まる場所がないんだ。帰りたい、みんなのとこに、帰りたいよ」
自分の服を強く握りしめ、自分の服を涙で濡らし、小さく丸まった。
「悪い奴を倒して何が悪い?生きる為に殺して何が悪い?……死にたくなかった。死ぬのが怖かった。だから、殺した」
悠也の姿に、僕も涙が流れた。
「……教えてくれよ、殺すのが悪かったら、動物を殺して食ってる人間は悪くないのか?何が正しいんだ?俺が悪いのか?俺は、俺たちは、戦いたくて戦ってるんじゃない。人が死んでいくのを、愉快に見てる訳じゃない。……もう、頭の中、ぐちゃぐちゃで、もう俺、わかんないよ」
辛い思いをしていたんだと痛感した。僕たちの日常は彼らの非日常、僕たちにとっての常識は、彼らにとっては非常識なんだ。
僕は、彼の肩をつかんだ。どうしたらいいのか分からなくてね、思わずそうしたんだ。
「辛かったんだね、苦しかったんだね」
「……あんたが泣くことないだろ」
「泣くよ」
「なんでだよ。俺の辛さなんて、わかんないんだろ?」
「わかんないけど、でも、泣くよ」
「……」
「人を殺したのは、今の君じゃなくて、昔の君だ」
「巽?」
「君の居場所はここだ。ここでいいんだよ。何もないとこだけど、ここが居場所になるように、君の為に尽くすから、だから、ゆっくりでいい、一緒に考えよう。一緒に頑張ろう、ね?」
そう言って僕は、彼をきつく抱きしめた。彼の手は僕の後ろに回ってて、僕の服を握りしめていた。
「何なんだよ?何で優しくするんだよ?人殺しの俺を、何で、俺なんかに……」
「……僕は、心配性で、お節介焼きだから」
僕と悠也は大粒の涙を流し、そして悠也は声を殺して泣いた。