第26話 2人の男1

文字数 2,811文字

 それから十日ほどたった頃、僕に来客があった。建物一階、事務所の横にある応接室に入った。

そこには、背広を着こなした二人の男がソファに座っていた。背広の二人は僕を目で見た。僕もソファに座って、二人と対峙した。

僕と二人の間には、小さなテーブルがあるだけで、他は何も無い。床と壁と天井があるだけの部屋だ。

僕は「御門(みかど)です」と挨拶をした。すると相手の二人も、「寺井(てらい)です」「佐野(さの)です」と挨拶をした。

「あの、僕に何か……」

僕がそう言うと、二人の眼光は鋭くなった。

「あのですね」と口を開いたのは寺井さんだった。佐野さんは、黒いフチのメガネをクイとあげ、体を前のめりにして自分の肘を膝の上に置き、己の体を支えた。

「あなた、御門樹さんをご存知で?」
「……樹は、僕の双子の弟です」
「やっぱり、そっくりだ」

寺井さんがそう言ったあと、佐野さんが自分の懐から二枚の写真を取り出し、僕の目の前に置いた。

一枚は、黒ずくめの男が、血の滴るナイフを持って立っている姿が写っている。もう一枚は、男の横顔のアップ写真。その目は哀しそうで、何かを恨んでいるような、なんとも言えないものだった。

僕の胸は少し高鳴った。僕にそっくりで、歳を召してるようには見えないのに髪が真っ白でーー、男の身に、何があったんだろう。

「樹さんの、一年前の姿です」
「た、樹は、生きてるんですか」

二人は互いの顔を見合わせ、僕に目を向けた。その目は、益々鋭くなった。

「私達は、樹さんの居場所をあなたがご存知かと聞きたくてここに来ました」

一瞬、頭の中が真っ白になった。僕は、樹が子どもの時に家を出た事、それ以来会っていない事を二人に話した。

二人はため息をつくだけで、少し無言になった。僕は、腹の中に湧き上がった何かを自力で抑えた。

「あの、なぜ樹を追ってるんですか?」

背広の二人は顔色を変えず、淡々と答えた。

「本当に何も知らないんですか?」

僕の腹の中にまた何かが湧き上がったけど
、僕は息を飲み込み、それを無理矢理抑え込んだ。

「樹さんは、戦犯です」
「戦犯……ですか」
「そう、樹さんは、我々に多大なダメージを与えました。戦犯である彼には、処分が必要です」
「我々って、新政府ですか?」
「そうです。我々は樹さんを裁判にかけます。そこで彼の処分が決まります」
「し、処分……」

言葉が出なくなった。二人の話は続いた。

「我々の間で、彼は『鬼』と呼ばれていました。彼に目をつけられれば、必ず殺される。彼の戦闘能力は、非常に高いものだったんです」
「殺人鬼と化した彼を、我々は見過ごすことが出来ません」

ーー殺人鬼ーー。その言葉を聞いて、僕は冷静さを失った。

「そんな、そんな……、樹はとても優しい子でした。そんなあいつが人を殺すなんて信じられない。何かの間違いじゃないんですか?」
「お兄さん、彼は変わったんですよ」
「そんな、嘘だ、樹がそんな……」
「御門さん、受け入れて下さい。彼は……」
「樹が殺人鬼なら、僕たちの両親を殺したあなた方も殺人鬼だ!」

声を少し荒げてしまった。

 二人は黙ってしまった。僕はテーブルに置いてある、樹の姿であろう写真を見つめた。よく見たら、彼の黒い服と顔の一部に、返り血なのか、赤くなっている部分があった。
ガンホルダーに収められたハンドガン。肩幅は広く、腰は細く締まっていて無駄な肉がなく、バランスのとれた体つき。

僕によく似た男、いや、僕のドッペルゲンガー?

この男が樹だと、信じたくなかった。他人であってほしいと思った。樹が『殺人鬼』だと、僕は受け入れたくなかったんだ。

「す……すみません、取り乱して」
「いえ」

二人は、眼光の鋭い視線を僕に向けた。

「とにかく、樹さんはあなたの元に姿を現すはずです。それともう一人、彼について行く男の子がいましてね」

言ったのは佐野さんだった。

「男の子、ですか」
「ええ。『小鬼』と呼ばれる、十四、五歳ほどの男の子です。その子についての資料はほとんどなく、名前すら分かっていません」

悠也の事だと分かった。僕は息を飲んだ。

「ちなみに、この施設にそんな子はいますか?反乱軍のチャイルドソルジャーは、います?」

僕は「いない」と即答した。

「ここにいる子ども達の中で、そんな話は聞いたことありません」
「……御門さん、あんたよぉ」

ため息まじり声を出したのは、寺井さんだった。

「あんた、嘘はついてないだろうね?」
「……はい?」
「本当は、樹の居場所を知ってるんじゃねぇの?」
「おい、寺井」
「樹はどこだ」
「僕は知りません」
「おいおい、犯罪者を庇うのか?」
「寺井」
「仮に樹が犯罪者でも、僕のたった一人の家族です!」

互いに声が荒くなっていった。こういうやりとりを何度か言いあい、それは、だんだんエスカレートしてきた。

「樹をかくまえばあんたも同罪だからな!あんたも晴れて処刑台行きだ!」
「いいかげんにしろ!僕は知らないって言ってるじゃないか!」
「貴様!誰に向かってその口をきいてんだ⁈なんなら今すぐに、お前を処刑してもいいんだぞ‼︎」
「やれるものならやってみろよ‼︎」
「き、きさまーっ‼︎」

寺井さんはテーブル越しに僕の襟を掴み引っ張った。僕はそれに負けじと寺井さんの腕を掴んだ。でも、その後はどうする事も出来ず、ただ睨むしかなかった。

「寺井、いいかげんにしろ!」

佐野さんが僕たちを引き離した。僕も寺井さんも、息を荒くしていた。寺井さんは、僕に聞こえるように舌打ちをした。

「すみません、乱暴なことを」

佐野さんは、低い声で謝った。

「こいつ、戦争で身内を亡くしましてね」
「佐野さん、その話はよしてくれ」

寺井さんはそう言うと立ち上がり、足早に部屋を出ていった。

「……まったく……」佐野さんも立ち上がった。

「彼の父親は軍人でね、戦死したんです。反乱軍との戦いの中、腹を撃たれて、それが致命傷となって、息を引き取りました」
「……そうですか」
「あなたと同じです。彼も、戦争の被害者です」

僕は、それに反論した。

「あの人に、家族を亡くして、ひとりぼっちになった僕の気持ちなんて、わかるはずがない。いや、誰にも分かってほしくない」
「……」
「僕は、寺井さんとは違う」
「御門さん……」
「帰ってください。もう、話す事はありません」

 背広の二人は、『また来ます』と言い残し、施設を出ていった。

 僕はしばらく、応接室にいた。心のモヤモヤを消したかったが、目の前の二枚の写真が、それをますます掻き立てていった。

 泣きたかった。誰もいないし、ここで泣いてしまえば、心がスッキリするような気がした。でもここで泣けば、僕は何かに打ちひしがれてしまうんじゃないかって、思ったりもした。泣くことに甘えたら、僕はこれから、それにずっと甘えてしまって、ずっと泣いてしまうとも思った。

 そんな事をグルグル考えていたら泣く気にならなくなったので、心のモヤモヤをなんとか押し込めて、二枚の写真をポケットに入れて、気持ちを切り替えて、応接室を出た。
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