第6話 虚ろ3

文字数 925文字

 朝、彼は目が覚めた。僕はちょうど部屋を離れ、朝ごはんを持ってきたところだった。

「おはよう」

返事はない。いつも通りだった。

「朝ごはん、持ってきたよ」

僕は、彼の前にある移動式のテーブルにご飯を置いた。

「本当、奇跡だよ。三階から飛び降りて足を挫いただけで済んだんだ。よかったよかった」

彼は何も言わなかった。食事を差し出すも、器を横から払い、器と中身は見事に床を汚してしまった。

 僕は零れたご飯を片付け、反頭先生に相談に行った。

「先生、彼、禁断症状が出てるみたいですけど」
「あぁ、話は聞いた。だがどうすることもできん。このまま部屋で耐えてもらうしかない」
「食事もあまり取りません」
「無理してやる必要はないだろう。少し痩せているが、まだ大丈夫だろう。しかし、食べるように促すことは続けてくれ」
「分かりました」

僕は先生と話を終えて、彼の部屋へ行った。

 彼は部屋の窓から外を見ていた。
この施設は、とある田舎にある。施設の裏は森があり、少し歩くと、木の実などの山の幸がある。反対側には、ただの一本道。その周りは、畑や田んぼがあるだけ。民家はほとんどない。その一本道を二キロほど行くと、数年前に戦場となった市街地だ。そこはまだ復興されておらず、焼け野原となっていた。

彼の部屋から見える景色は、森の木々ばかり。たまに、その木に鳥が止まったりしている。

「外に出たい?」
「……」
「見てるだけでいいの?」

彼は小さく頷いた。

「そっか」

僕は、彼の包帯を取り換えた。頭と、腕と、脚と。

「だいぶ良くなったね。もうすぐ自由に動けるよ」

僕はいったん言葉を切った。そして、彼の右目を大きくガーゼで覆い、紙テープで固定した。

「よし、おしまい。もう横になっていいよ」

取り換えた包帯とガーゼ、ゴミを持って僕は立ち上がった。すると彼は、あの虚ろな目で僕を見つめてきた。

「ん?なんだい?」
「……タバコ、持ってる?」
「よく僕がタバコを持ってるって分かったね」
「手に……匂い」

僕は笑ってみせた。

「……一本……くれよ」
「ダメだ。タバコは二十歳(はたち)から。君、いくつ?」
「……二十歳」
「嘘はいけないよ。まだヒゲも生えてないじゃないか」
「……十四」
「ほらね、だからダメ」

僕は、彼の見つめる目を無視して、部屋を出た。
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