第27話 2人の男2
文字数 1,995文字
その日の夜、悠也の部屋に向かった。
「今日、スーツを着た二人の男が来てね」
僕は言いながら、二枚の写真を取り出し、悠也の目の前に見せた。
「これを置いていったんだ」
悠也は、その写真を見つめた。
「この人、樹なのかな?」
「……うん、樹」
「そ……そっか」
僕がしばらく黙っていると、次は悠也が聞いてきた。
「スーツの二人は何者だ」
「分からないよ。佐野さんと寺井さんという二人だったよ」
「佐野と寺井……、寺井って、あの、短気の寺井?」
「ま、まぁ、そうかもね」
「……来たんだ……」
部屋の空気がだんだん重苦しくなってきた。
「まぁ、樹の姿が見られて嬉しいよ。ありがと」
僕が彼の部屋を出ようとした時、悠也が僕を呼び止めた。
「そいつら、何しに来たんだ?」
僕は、言うのを躊躇したけど、本当の事を言う事にした。悠也が、僕の目を真っ直ぐに見つめてきて、なんだか、僕を見透かしている様に見えたからだ。
「樹の居場所を知らないかって、聞いてきた」
「で?」
「知らないって言うけど、信じてもらえなかった」
「そうか」
小さく呟いた悠也は、ベッドの枕下から何かを取り出し、僕に差し出した。
「……音楽プレーヤー?」
僕には見覚えのないものだった。手のひらにスッポリと納まるほど小さく、とても軽いそれは、新品の様に傷一つない物だった。
「これ、何?」
悠也は苦い顔をして、「樹がここに来た」と言った。
「何だって?」
「た、樹が、これを、巽にって……」
「それ、今日の話?」
悠也は、小さく首を振った。
「樹は、どこから来たの?今どこにいるんだ?」
「そこの窓から、入ってきた。もうここにはいない」
僕は思わずため息をついた。また部屋が、少し静かになった。僕は、この空気を変えようと、言葉を発した。
「そ、それで、樹は元気そうだった?」
悠也の顔が少し緩んだ。そして、僕の目を見て、「うん」と言った。
「何かお話できた?」
「巽の話とか話したら、笑って聞いてくれた」
それを聞いて、僕の顔もほころんだ。
「樹と巽の顔が同じだって言ったら、『当たり前だ』って、ちょっと笑ってた」
「そっか」
「友達ができたって言ったら、樹、興味津々だった。『どんな奴だ』とか、『いじめられてないか』とか、色々聞いてきた」
「何て答えたの?」
「それは……」
悠也は、顔を赤くして下を向いた。
「楽しかったみたいだね」
「ん」
「よかった。なんだか悠也、少し元気になったかな?」
「う、うん」
悠也の顔が、ちょっと曇った。
「どうしたの?」
「……樹が、俺はここに残れって、言った」
「悠也は、ここが嫌い?」
彼は、首を振った。
「嫌いじゃないけど、けど、樹と一緒に行きたかった。でも、『お前は足手まといだ』って」
僕はここで、今日の背広の二人の事を話そうと思った。悠也の事を。
「あのね、悠也」
僕は、彼の目を正面から見つめた。
「今日の寺井さん達との話の中でね、君の話が出てきたんだ」
悠也は、さっきの顔から急変し、眉間にシワを寄せた。
「『小鬼』と呼ばれる、十四、五歳位の男の子、反乱軍側のチャイルドソルジャーはいるかって」
「言ったのか?」
「いや、そんな子はいないって答えたよ。君についての情報がほとんど無いらしく、名前も知らないみたいだよ」
「……」
「だから、樹は、悠也がここにしばらく居た方がいいって考えたんじゃないかな?」
「なんでそう思う?」
「んー、なんとなく。そんな気がするんだ」
僕は笑ってみせた。
一通り話をして、自分の部屋に戻った。この日、光は休暇を取って帰郷してたから、部屋は僕一人だった。
すぐに、悠也から受け取ったプレーヤーにイヤホンを付けて、再生ボタンを押した。
「……巽」
紛れもなく、これは樹の声だと分かった。僕は、樹の一言一言を聞き漏らさないように、耳をすませた。
「知ってると思うけど、戦争が終わって、俺たちは負けてしまった。今、こっち側で生き延びてるのは、俺と悠也の二人だけだ。新政権は反乱軍を根絶やしにしようと、俺たちを血眼になって探している。もう直ぐ巽の元に、俺らを探す奴らが来るはずだ。その時は、悠也の事は黙っていてほしい」
樹が話してるこの時、銃声が聞こえた。その途端、土を蹴る足音が忙しく聞こえ、銃声もだんだん大きくなってきた。
「俺の素性は割れてるけど、あいつは、顔も名前も知られてない」
樹の言葉が、だんだん早口になっていく。息づかいも荒くなっていった。
「時期が来たら迎えに行くから、それまで、悠 を頼む」
「いたぞー、ジャックだー!」
「……巽、今はお前には近づけない。お前の周りを、奴らは見張ってる。今頼れるのはお前しかいないんだ。頼む、悠を……」
樹の声と、激しい銃声が途中で切れ、再生は終わった。
冷えた室内。外からは、虫たちがひっきりなしに声をあげていた。
もう一度、再生ボタンを押して、樹の声に集中した。何度も聞き続けた。
とても懐かしくて、何度も何度も聞き返した。
こうして、夜がふけていった。
「今日、スーツを着た二人の男が来てね」
僕は言いながら、二枚の写真を取り出し、悠也の目の前に見せた。
「これを置いていったんだ」
悠也は、その写真を見つめた。
「この人、樹なのかな?」
「……うん、樹」
「そ……そっか」
僕がしばらく黙っていると、次は悠也が聞いてきた。
「スーツの二人は何者だ」
「分からないよ。佐野さんと寺井さんという二人だったよ」
「佐野と寺井……、寺井って、あの、短気の寺井?」
「ま、まぁ、そうかもね」
「……来たんだ……」
部屋の空気がだんだん重苦しくなってきた。
「まぁ、樹の姿が見られて嬉しいよ。ありがと」
僕が彼の部屋を出ようとした時、悠也が僕を呼び止めた。
「そいつら、何しに来たんだ?」
僕は、言うのを躊躇したけど、本当の事を言う事にした。悠也が、僕の目を真っ直ぐに見つめてきて、なんだか、僕を見透かしている様に見えたからだ。
「樹の居場所を知らないかって、聞いてきた」
「で?」
「知らないって言うけど、信じてもらえなかった」
「そうか」
小さく呟いた悠也は、ベッドの枕下から何かを取り出し、僕に差し出した。
「……音楽プレーヤー?」
僕には見覚えのないものだった。手のひらにスッポリと納まるほど小さく、とても軽いそれは、新品の様に傷一つない物だった。
「これ、何?」
悠也は苦い顔をして、「樹がここに来た」と言った。
「何だって?」
「た、樹が、これを、巽にって……」
「それ、今日の話?」
悠也は、小さく首を振った。
「樹は、どこから来たの?今どこにいるんだ?」
「そこの窓から、入ってきた。もうここにはいない」
僕は思わずため息をついた。また部屋が、少し静かになった。僕は、この空気を変えようと、言葉を発した。
「そ、それで、樹は元気そうだった?」
悠也の顔が少し緩んだ。そして、僕の目を見て、「うん」と言った。
「何かお話できた?」
「巽の話とか話したら、笑って聞いてくれた」
それを聞いて、僕の顔もほころんだ。
「樹と巽の顔が同じだって言ったら、『当たり前だ』って、ちょっと笑ってた」
「そっか」
「友達ができたって言ったら、樹、興味津々だった。『どんな奴だ』とか、『いじめられてないか』とか、色々聞いてきた」
「何て答えたの?」
「それは……」
悠也は、顔を赤くして下を向いた。
「楽しかったみたいだね」
「ん」
「よかった。なんだか悠也、少し元気になったかな?」
「う、うん」
悠也の顔が、ちょっと曇った。
「どうしたの?」
「……樹が、俺はここに残れって、言った」
「悠也は、ここが嫌い?」
彼は、首を振った。
「嫌いじゃないけど、けど、樹と一緒に行きたかった。でも、『お前は足手まといだ』って」
僕はここで、今日の背広の二人の事を話そうと思った。悠也の事を。
「あのね、悠也」
僕は、彼の目を正面から見つめた。
「今日の寺井さん達との話の中でね、君の話が出てきたんだ」
悠也は、さっきの顔から急変し、眉間にシワを寄せた。
「『小鬼』と呼ばれる、十四、五歳位の男の子、反乱軍側のチャイルドソルジャーはいるかって」
「言ったのか?」
「いや、そんな子はいないって答えたよ。君についての情報がほとんど無いらしく、名前も知らないみたいだよ」
「……」
「だから、樹は、悠也がここにしばらく居た方がいいって考えたんじゃないかな?」
「なんでそう思う?」
「んー、なんとなく。そんな気がするんだ」
僕は笑ってみせた。
一通り話をして、自分の部屋に戻った。この日、光は休暇を取って帰郷してたから、部屋は僕一人だった。
すぐに、悠也から受け取ったプレーヤーにイヤホンを付けて、再生ボタンを押した。
「……巽」
紛れもなく、これは樹の声だと分かった。僕は、樹の一言一言を聞き漏らさないように、耳をすませた。
「知ってると思うけど、戦争が終わって、俺たちは負けてしまった。今、こっち側で生き延びてるのは、俺と悠也の二人だけだ。新政権は反乱軍を根絶やしにしようと、俺たちを血眼になって探している。もう直ぐ巽の元に、俺らを探す奴らが来るはずだ。その時は、悠也の事は黙っていてほしい」
樹が話してるこの時、銃声が聞こえた。その途端、土を蹴る足音が忙しく聞こえ、銃声もだんだん大きくなってきた。
「俺の素性は割れてるけど、あいつは、顔も名前も知られてない」
樹の言葉が、だんだん早口になっていく。息づかいも荒くなっていった。
「時期が来たら迎えに行くから、それまで、
「いたぞー、ジャックだー!」
「……巽、今はお前には近づけない。お前の周りを、奴らは見張ってる。今頼れるのはお前しかいないんだ。頼む、悠を……」
樹の声と、激しい銃声が途中で切れ、再生は終わった。
冷えた室内。外からは、虫たちがひっきりなしに声をあげていた。
もう一度、再生ボタンを押して、樹の声に集中した。何度も聞き続けた。
とても懐かしくて、何度も何度も聞き返した。
こうして、夜がふけていった。