第64話 昔話18

文字数 1,530文字

 「……俺みたいな奴でも、大人になれんのかな」
「なれるよ」
「……俺は『小鬼』だ。小鬼は大きくなったら『鬼』になる」
「違う。君は人だよ」

悠也は小さく「大人になりたい」と言った。僕はそれを聞くだけで、何も言わなかった。

「あの時人を殺すのが楽しくてたまらなかった。ゲームみたいなもんだ。怪我をしても、動けるようになればすぐに戦場で戦う。でも後で思うと、なんていうか、こう……、そう、悲しかった」
「小鬼って呼ばれたきっかけは?」
「それは……、俺が敵を倒したから。一日に二十人倒した頃だったと思う。市街地での戦いだった。敵は歩兵千人くらい。それを二日で全滅するっていう軍からの命令だった。
シュウから『三十人倒してこい』って言われたんだ。誰からの援護もない。倒し方は自由で、時間は二十四時間。

 夜明け前に始まった。まずは視察だ。高い木に登って遠目からスコープを使って敵の動きを見た。敵にはいくつかのフォーメーションがあって、二十人前後の団体で行動してた。だから、団体の斜め後ろからついていって、バレないように一人ずつ仕留めていくことにした。だって弾が足りなかったんだ。ライフルが一丁にサイレンサーが二つ、マガジンが一個だぜ?
 建物の影に隠れながら、床下みたいな所を這ったりして様子を見ながら、チャンスを探して、昼頃にやっと一人を仕留めた。
でも相手も馬鹿じゃない。二人くらい仕留めた時に相手も気づいて、俺に攻撃してきた。でも俺も馬鹿じゃない。狭い通りに入って逃げたんだ。そこは複雑な道をしてて、狭い隙間が多かった。だから隙間に入って、追ってきた敵を一人倒して逃げて、一人倒して逃げて……って繰り返したら、夕方には十三人倒してた。
 夕方になれば、動きまわるのも限界だった。だから、ライフルの銃口の先にサイレンサーを付けて、できるだけ近づいて相手の胸を撃っていった。暗闇になればあいつらは見えない。俺の服は真っ黒で、顔も黒く塗って口と鼻は黒い布で覆ってた。敵が暗視ゴーグルを持っていたら、俺は死んでたと思う。ラッキーだった。あいつら、ライフルしか持ってなかったんだ」
「それで二十人を?」
「ん。でも三十人は倒せなかったから、その時はシュウから口の中が切れるまで叩かれた。痛かった。

 それから小鬼って呼ばれるようになった。シュウは鬼って言われてた。その日は一人で七十人を倒したんだ!しかも夜明けから日暮れまでの時間でだ!でも、その時のノルマは七十五人。シュウは団長からリンチされてた」
「その……『シュウ』は味方にも厳しかったの?」
「あいつは手加減をしない。ヘマをすればもちろんだけど、誰かが旅団の雰囲気とかイメージを壊したりしたら、すぐにリンチしてた。『旅団として悪いことをした奴を裁くのは当然で、俺が殴るのも当然』って言ってた。
 でも、団長も厳しい時はシュウより厳しい。だから団長なんだろうな。あの時の訓練は地獄の中の地獄だったなーー。

 訓練の時にシュウが指揮をとったら地獄みたいな訓練になる。燃える建物の中をライフルだけ持って突き進んで脱出する訓練とか、手足を縛って川の中に落とされて水の底に落ちてる壊れたライフルを拾い上げる訓練とか、三日間不眠不休で三十キロの荷物を持ってずっと一直線に歩き続ける訓練とか。
 訓練が終わったら、最後はいつも俺とシュウと二人で接近戦の特訓があった。
 最初はゲームだったんだ。白い布をシュウが自分のズボンの中に入れて尻尾みたいにして、それを俺が取りにいく。それが難しかった。シュウは小さな円の中から出ないで、俺を(かわ)し続けるんだ。だんだん腹が立ってきたから蹴りを入れたらあいつ、俺の頭をグーで殴ったんだ。『いてーじゃねーか』って」

 悠也は少し笑った。
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