第72話 犠牲4

文字数 2,033文字

 外は晴天だけど、大きくて黒い煙が空へ登っていた。体中が痛くて、起き上がることができなかった。
小さくもがいていると、誰かが僕の左肩を踏んだ。寺井さんだった。

「よぉ、俺たちを裏切った気分はどうだったよ?ん?」

僕は言葉が出なかった。踏まれた傷が痛くて、叫ぶことしか出来ないでいた。
すると、「寺井、やめろ」という声が聞こえた。佐野さんだった。

「佐野さん、こいつ殺していい?」
「待て、こいつを餌にして『小鬼』を出す」

寺井さんは面白くなさそうな顔をして、僕の額を蹴った。

 僕は無理やり立たされて、戦車の前まで歩かされた。でも歩けるはずはなく、半ば引きずられたと言ってもいい。そして寺井さんに腕を後ろでに掴まれた。
佐野さんが拡声器を持って言った。

「小鬼聞こえるか!もうお前しかいない!お前が出てこなければ、御門巽の頭を吹っ飛ばすぞ!」

佐野さんは僕のこめかみにハンドガンの銃口を向けた。
 しばらくこの体制が続いた。佐野さんは僕の目の前に拡声器を持ってきて、「何か言え」と言った。僕は「来るな」と叫んだ。すると寺井さんに掴まれていた腕が急に軽くなったと思ったら、鈍い音がした。左腕を折られたんだ。

「てめぇ!つくづく使えねぇ奴だな。ぶっ殺してやる!」
「待て!まだこいつは使える」
「前々から思ってたがよ、あんたのやり方は回りくどいんだよ!さっさとこうしてりゃ、無駄な時間を過ごさなくて済んだんだ!」

僕は口の中に銃を押し込まれた。怖かった。何かが全身を駆け巡ったあの感覚、忘れられないよ。でもその時、「待て」という冷静な声がしたんだ。

 炎に包まれた建物の中から、栗色の髪をした男の子が、ススだらけになった光を担いで出てきた。
 辺りは静かになった。彼はこちらに近づいて、光を落とした。赤く染まった服から血が滴り、彼の眼光は今まで見たことないほどに鋭く、僕は始めて『小鬼』を見た。

「巽と話がしたい」
「そんな時間ねぇよ。連れて行け」

寺井さんの指示に従った兵士が二人、彼に銃口を向けて近づいた。彼は隠し持っていたナイフを一人の兵士に投げると、そのナイフは見事に首を刺してそのまま倒れた。それを見ていたもう一人の兵士は彼に隙を突かれ、背後を取られて首を掻き切られて倒れた。

「……巽と話がしたい」
「……」

佐野さんたちは僕から離れた。彼は僕のそばに来て、座り込んだ僕に目線を合わせてくれてた。

「巽」
「だ、ダメだろ、来ちゃ……」
「来たかったから来た。それだけだ」

 一つ息をついた悠也は、僕を抱きしめてくれた。

「ルーは逃がした。もうここにはいない。光は生きてる」
「う、うん」
「……俺、もう大丈夫だから。もう、大丈夫」
「悠也……」
「ありがとう。あんたがいてくれて、よかった。いい、人生だった」

 彼は抱きしめてくれた腕を離して、今まで見たことないほどの眩しい笑顔を見せてくれた。僕の周りに冷たい空気が流れこんできて、体が急に寒くなった。

 彼の右手にはハンドガンがあった。僕のズボンに忍ばせていた、樹のハンドガンだった。
彼は僕に背中を見せて、佐野さんの方に近寄った。

「悠!やめて!行くな!」
「……あんたの口からその名前が聞きたかった。俺、『悠』って言われるのが好きなんだ」

彼はまた一歩足を運んだ。その時、寺井さんが彼に向けて銃を一発撃ったが、彼は首を傾げるだけで寺井さんの弾丸をよけた。

 彼はゆっくりと右手を前へ向けて、銃口を佐野さんに向けた。そしてすぐさま自分のこめかみに銃口を向け直した。

「待て!」
「やめろーーーー!」

 一発の咆哮がこの世界にこだました。彼はこの世界で自身の体を崩しながら倒れた。
僕は僅かに動く右腕と体を動かして彼の元へ寄った。彼の薄く開いた目からは一筋の涙の跡があり、その道筋は地面へと続いていた。

 僕は叫んだ。僕は全力で体を起こして言った。

「戦争はもう終わった。もう、終わったのに、なんで君たちは人を、子どもたちを殺すんだ?」
「……」
「……なんで、そんなに悲しい目をするんだ?」

佐野さんが顔を伏せた。寺井さんはまた銃口を僕に向けた。それに気づいた佐野さんが制止した。すると、寺井さんは構えを解いて銃を佐野さんに渡した。

「あんたがやれよ」
「……」
「俺はな、あんたが怪しいと思ってんだ。他の連中はすんなり殺れたのに、『小鬼』のクソガキにここまで苦労させられて、おかしいと思いませんかぁ?」
「……」
「『鬼』にも逃げられて、あいつに仕込んであった小型爆弾は不発!スイッチ押してもウンともスンとも言わねぇ。おかしいと思いませんかぁ?」
「何のことかさっぱりだ」
「ふーん……じゃあこいつを殺して終わりにしようぜ。殺れよ。早く」

 寺井さんは佐野さんの肩を二回叩くと、佐野さんから離れた。佐野さんはハンドガンを軽く撫で、ゆっくりと僕に銃口を向けた。眉間にシワを寄せて、その銃口は明らかに震えていた。そして、銃口が光を放った瞬間、僕の目の前が真っ暗になり、何かが地面に落ちる音だけが、僕の頭の中に響き渡った。
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