第80話 その後1

文字数 2,036文字

 ずいぶんと話してしまった。もうこんな時間だ。もう僕の話はいらないね。

 実はこの後、色々な人に出会ったんだ。団長の知り合いはもちろん、新開博士と樹の彼女のサヤネさんにも会った。新開博士は戦争が終わった後、ラボに新政府のお偉い方が来たらしい。殺されると思ったけど、お偉い方は『博士の技術をニッポンの未来に活かしたいが、博士が我々の敵になるなら、即刻この場で処刑する』
と言われ、死ぬのが怖かったから政府に協力したそうだ。サイボーグ技術で手足を無くした人の義手や義足を作り、開発した薬で超人を次々と生み出した。今ニッポンは、人間離れした能力者がたくさんいる。新開博士は「ニッポンは国民を兵士に仕立て上げて戦争の手助けをする事で国を豊かにしていくのかもしれない。本当の『戦争屋』、いや『戦争国家』だよ」と言っていた。フクシの為に開発した技術がまた戦争に使われるのではと、新開博士は涙を流していた。

「嶽上や旅団の皆、沢山の人々の死が、無駄になるかもね」

新開博士の疲れ切った顔は、今でも忘れないよ。

 新開博士は樹の頭に埋め込まれていたフィルム型の爆弾を抜き取ったとも言った。
 右腕を切り落とされて瀕死だった樹に機械の腕を付ける際に、耳の少し後ろ、後頭部に近いところにチップを埋め込むんだけど、そこを開いてみると見知らぬ人工物が入っていた。団長と一緒に確認してみるけど団長は知らない。その時初めて、樹がスパイだと気づいたんだって。
 その爆弾はラボの庭に埋めた。スパイの事は、団長と博士の秘密にしておこうという話になった。

「なぜ樹を生かしたんですか?」
「知らないよ。僕は嶽上の言われた通りにしただけだ。真実は嶽上の頭の中にしかないな。もう死んだけど」

 ずいぶん時が経って爆弾の事なんてすっかり忘れてしまっていたら、急に庭から小さな爆発音がした時には驚いたそうだ。「そうだった、爆弾を埋めてたんだった」って、笑ったそうだよ。
 そして悠也の話になった。ラボにいた間も悠也は樹に扱かれていた。一日中樹に倒されて、泥だらけになりながら日が暮れるまで鍛えられた。ある日は夕食を食べながら眠ったり、ライフルを伏せて構えたまま目を開けて眠っていたり、側から見ても辛そうな訓練だった。でも実は悠也はとても頑張り屋さんで、どれだけ辛い訓練で疲れていても朝早くに起きて、筋トレや走り込みやイメージトレーニングを欠かさずやっていた。団長がたまにそれを見ては、こうしたらどうだ?ああしたらいいぞ!などとアドバイスをしていたそうだ。
 自分の子供だから何をしても可愛くて仕方がなかっただろう。どんなに樹に扱かれて泣いて戻って来ても、いつも団長が甘やかしていた。
こんな健気な子が人殺しか……と博士はいつも心を痛めていたらしい。

 サヤネさんは一人の男の子を連れて会いに来てくれた。その子が誰かと聞くと、「息子の朝陽(あさひ)です。彼との間に出来た子です」と綺麗な声色での返事が返ってきた。サヤネさんにそっくりだけど、目元だけは樹にそっくりだった。 僕と目が合うと、その子はサヤネさんの後ろに隠れてしまった。
 サヤネさんは樹の事を教えてくれた。出会ったのは、あるパーティー会場だったそうだ。サヤネさんは元々ショーパブで歌いながらお客さんに酒をつぐ仕事をしていたけど、その日は歌手として歌を披露する為にその会場にいた。当時は二十二歳。十代だった樹はある要人の警護をしていた。髪は黒く、整った顔をしているのが印象的で、『カッコいいな』と言う程度の感想だった。歌を披露して、沢山の拍手をもらった後、その要人とサヤネさんの接触があった。歓談中、パーティー会場に紛れていた暴漢が要人に襲い掛かろうとしたとき、樹がいとも簡単に倒してしまった。その暴漢はその後、樹と星翔太(ほししょうた)が会場の外へ連れ出して殺害した。安全確保の為に別室に移動させられた要人とサヤネさんは西田大和(にしだやまと)伊月司(いづきつかさ)室戸翼(むろとつばさ)と嶽上団長に警護されながら歓談の続きをしたという。背広の人達に囲まれながらの歓談は緊張したと言う。
 しばらくして二人が団長の元に戻ってきた。その時に樹の髪が真っ白になっていて驚いたそうだ。さっきの黒髪はカツラなんだって。要人は二人を呼び寄せてお礼を言った。その時の樹の態度が悪かったらしく、要人の機嫌が悪くなりつつあったのを察したサヤネさんは思わず樹に手を出した上に持っていたグラスの中のお酒をかけてしまったそうだ。
 その後暫くの間は樹達の警護がついた。ホテルの部屋から一歩も出られない生活に飽きたサヤネさんは、その時の警護の人に睡眠薬入りのお酒を渡し、その人が眠っている間に外に出た。暫く歩いていくとチンピラに襲われ、服を脱がされてしまった。その時に助けてくれたのは樹で、彼はその時の戦いで腕に斬り傷を負ったそうだ。服を破かれたサヤネさんに樹は羽織っていた上着を肩にかけてホテルまで一緒に戻ってくれた。
 その後は何かと気が合い、秘密裏に付き合うことになったそうだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み