第50話 昔話4

文字数 1,142文字

 「ナツメもおじさんも死んで、誰かが二人を建物の外に引っ張って行った。そのあとはどうなったのか知らない。

 俺はその場にへたり込んだと思う。そしたらシュウがナイフを持って、俺のほっぺたを傷つけたんだ。そして、そこに粉をすり込まれて、その途端に目の前がふわふわしてきて、気持ちよかった」
「ガンパウダー?」
「ん。その後裏拳で頭を叩かれて……。
 気がついたら、薄暗いところにいた。多分、団長のテントだと思う。ランプの光がゆらゆらしてて、片隅には荷物が山になってて、周りは紙がいっぱい散らばってた。そしたら団長が俺に気づいて手招きしたんだ。『誰』って聞いたら、団長、『お医者さん』って言ってた。そして、俺のほっぺたに貼ってあったガーゼを取り替えてくれた」

悠也は、傷痕がある左の頬をさすりながら言った。

「なんか不思議だった。おでこを触られて、手を握られて、ほっぺたを撫でられて、どこそこ触られて、なんかくすぐったかった。頭がクラクラしてたけど、そのことはよく覚えてる。

 団長、よくあったかいミルクを入れてくれたんだ。『みんなには内緒だから』って、いつも団長は俺を手招きして、ミルクを入れてくれた。ミルクには砂糖を入れるんだ。荷物の山の中から砂糖が入った瓶を出して、俺のミルクに一杯、団長のコーヒーは二杯入れてた。

テントの外は真っ暗だったと思う。他にもテントが幾つかあって、そこからは誰かのイビキが響いてた。すっごくうるさいんだ。たまに寝言とか聞こえてさ、『俺はロケットパンチ』とか、寝てるのに『眠い〜』って寝言いうやつがいたり、寝ながら笑うやつとか……。面白いよな。人の寝言って」

 悠也は声を出して笑った。僕も笑った。

「そういえば、悠也も前に寝言を言ってたよ」
「な、なんて?」
「『へへへへ……』って笑ってたり、あと、『シャケ』って呟いてたよ」
「ば、真紀には言うなよ……」

僕は笑いながら「分かった」と言ったよ。

 分厚そうな雲の隙間から、少しの光が零れ始めた。雪もやんできたけど風はおさまらず、耳が痛くなってきた。

僕はこのとき、なんだか不思議な気持ちになっていた。悠也が優しい顔で、あんな声を出して笑う姿を見るのは初めてだった。その笑顔に、悠也の覚悟が垣間見えた気がした。
前に進む覚悟が出来たんだろうと思う。

 僕は「いつから戦い始めたの?」と聞いた。すると悠也は「知らない」と言った。

「それまでは何してたの?」
「洗濯とか料理作るの手伝ったり靴とか磨いたりいろいろ。あと、団長の手伝いとか多かった。紙を綺麗に重ねたり、包帯巻いたり傷の手当てとかした。あと、ルーの世話」
「やっぱり、それぞれに担当がいたのかな?」
「ん。洗濯は翼、料理は熊で、ルーの世話はシュウがやってた」

悠也は、少し緩んだ顔で話を続けた。
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