第71話 犠牲3

文字数 2,423文字

 意識が遠のいていく中、突然声が聞こえてきた。

「俺たちは普通の人間じゃない」

僕の後ろで、悠也はそう言った。

「……いたんだ」

 僕は重い体を起こした。悠也はテーブルに置いてある血のついたペンダントを手に取った。

「俺たちの部隊が少ない人数で行動できたのは、新開博士が作ったウイルスのおかげだ」
「どういうこと?」

悠也は持っているペンダントを僕の首にかけた。ドッグタグのようで、文字はないけど、何か模様が入っていた。その模様の入った溝に血が染まっていて、なんだか綺麗だった。

 「シュウが『鬼』って言われたのは、人間離れしたスピードと動体視力だ。それは新開博士が作ったウイルスを体に入れたからそうなった。

 俺たちは銃弾をよけることができる。弾の動きが見えるんだ。それはウイルスがそうさせたんだ」
「それは、今も君の体に入ってるの?」
「ん。そのウイルスで体の筋肉が強くなって素早い動きができるようになるし、力も強くなるから高くジャンプできたりする。目も良くなるし鼻もよくなるし、耳もよく聞こえるから、どんな戦場でもくぐり抜けられた。
でも、そのウイルスが効く人と効かない人がいた。熊とか亘とか孝太郎はパワーがあったけど、目がいいわけじゃなかった。翼とか健太郎とかは頭とか勘がよかったけど、力はなかった。他のやつは普通に効いた。俺はよく効いた。団長は効きすぎた。
 だから俺たちは普通の人間じゃないくらいにジャンプできて走れて銃弾をよけられた。ある時はナイフ一本で戦って敵を倒したこともある。あの時はみんなカッコよかった。
 でも一番凄いのは団長なんだ。銃を構えれば百発百中で、ナイフを投げても百発百中、近接戦闘でも敵を一発で倒した。シュウも団長にはかなわなかった。どれだけシュウが団長に殴りかかっても団長は素早くよけてシュウに蹴りを入れた。それでシュウは近くの木ごと吹っ飛ばされて気絶したことがある」

 悠也は樹の青白い頬をつねった。

「血が繋がってなくても、シュウは、俺にとっては『兄ちゃん』だったし、団長は『父さん』だった。みんな『家族』だった。なんで、死ぬんだよ……」

悠也は涙を流して、その場で膝をついて顔を伏せた。

「人は、みんな、死んでいく……」

僕は、樹が眠っているベッドに顔を伏せて目を閉じた。



 夜明け前にふと目を開けた。いつの間にか部屋にいたルーが、唸り声をあげ始めたからだ。

 悠也は僕の足元で体を丸めて横になっていた。僕が悠也を起こすと、悠也はすぐに立ち上がった。
「ルー」と言っても鳴き止まず、唸り声はさらに大きくなった。何か嫌な予感がした。

 その時、凄まじい轟音に合わせて建物が揺れた。僕は部屋を出て外を見ると、戦車がこちらの建物に砲口を向けて煙を出していた。その砲口が光を放つと、また轟音が鳴り響き、建物の一部が瓦礫となって崩れ落ちていった。
 戦車の中から人が出てきた。そして拡声器を持って、こう言った。

特殊公安(とくしゅこうあん)だ!矢城悠也ー!ここにいるのは分かってるぞー!すぐに出てないとここをぶっ飛ばーす!」

寺井さんだった。

「逃げても無駄だ!お前らは包囲されてる!大人しく出てこい!」

戦車の後ろから、二十人くらいの武装した兵士が現われて建物の中に入ってきた。
僕はすぐに悠也に隠れるように言おうとしたけど、そこにいたはずの悠也とルーがいなかった。

 銃声と怒声と悲鳴が上がって、僕の心臓はせわしなく動きだした。


『ーー残念だが、チャイルドソルジャーも、『元』チャイルドソルジャーも、この世から消えてもらう。この歴史は、闇に葬られるーー』


 ついに恐れていたことが起きてしまった。

 その時、部屋に光が入ってきた。両手に銃を持ち、体に銃弾を巻きつけて僕に血走った眼を向けてきた。

「悠也はどこだ」
「わからない」

光の眉間にますますシワがよった。こうしている間も、叫び声と銃声は収まらず、また轟音が鳴り響いた。

「巽、わかってるな?」
「……」

 僕は光からライフルと弾の入ったマガジンを四つもらった。そして樹の銃をズボンに忍ばせ、音楽プレーヤーをポケットに入れて部屋を出た。
 すぐに敵と遭遇した。僕は構えていた銃ですぐに敵の太ももを撃った。敵が小さく叫んで倒れた。光が「やれば出来るじゃねぇか」と言った。この時の僕は、死んでもいいと思っていた。『ヤケクソ』だったんだ。
 光とはぐれて階段の踊り場に出ると、辺りは血の池だった。子どもが血溜まりの中に横たわり、息絶えていた。僕が足を進めていく度に、悲鳴と銃声は大きくなっていった。下の階へ行くと、煙が蔓延し始めていた。そして何処から出たのか、炎が差し迫っていた。
 熱くて息が苦しい中、必死に子どもたちを探した。でも、僕が駆けつけた時にはもうみんな死んでいた。
 胸を撃たれた子、腹を一文字に裂かれていた子、頭が吹っ飛んだ子……。言葉では言い表せない、とても悲惨な状態だった。

 そんな中、綺麗な顔をして死んでいた子もいた。真紀ちゃんだった。腹部から出血していたけど、眠ったような穏やかな顔で死んでいた。手がお腹の前で組まれた状態。きっと悠也が最期を看取ったと思う。火が目の前に差し迫っていた中で、僕は心の底から、お腹の底から声を出した。

 僕の声を聞きつけた兵士が、僕を見つけて『いたぞ!』と言った。兵士が数人寄ってきたから僕は兵士に銃口を向けて引き金を引いた。場慣れしている敵は物陰に隠れたけど、僕はなりふり構わず乱射した。数人の兵士に弾が当たって、その兵士はぐったりと倒れこんだのを見た。でも、あっという間に弾はなくなったので僕は撃つのをやめてライフルと残りのマガジンをその場に落とした。
 煙を吸って足がフラフラだった。その時、兵士が僕の左肩と両太ももを撃った。弾が体にのめり込んで、僕は膝をついた。
痛かった。体が必死に血を送っているのが、強く脈を打って生きようとしているのが分かった。
 すると、僕は誰かに襟首を掴まれ、二階から放り出された。
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