第70話 音楽プレーヤーの話3

文字数 1,437文字

 真っ暗になった部屋で僕は目が覚めた。首の後ろがまだ痛かったせいなのか、うまく体が動かせなかった。それでも僕はなんとか体を起こして床に立った。目の前が揺れ動いていた。僕はその揺れ動く景色を見ながら隣の部屋に行った。そう、樹が眠っている部屋だ。
 部屋は血の匂いがした。樹は真ん中に置いてあるベッドに寝かされていた。
眉間にシワを寄せていた樹の顔を、僕は撫でた。眉間のシワを綺麗にしようと顔を少し伸ばしたけれど、そのシワは取れなかった。真っ白い髪と眉、通った鼻筋ーー。よく見ると、目尻や口の周りにも小さなシワがあった。でも綺麗な顔だった。首筋や胸には大小さまざまな切り傷があり、お腹は包帯が巻かれていて、赤黒く染まっていた。
 機械と体の継目を見た。その境目は綺麗な曲線で、皮膚から何カ所かボルトが見えていた。機械の腕は弾痕や何かでひっかかれたような傷がたくさんあって、二の腕の内側にはQRコードが入っていた。前腕の内側には数字が並んでいて、数字の下には英語ではないどこか外国の文字が入っていた。

「頑張ったんだねーー。」

 自分の声が聞こえた。
 ベッドの隣の机には、血のついたコートの上に血のついた拳銃一丁、血のついた小さな水筒と血のついたペンダントが置いてあった。僕はコートを触ってみた。すると、何か硬いものが入っているのがわかった。それを探してポケットの中に手を突っ込むと、見覚えのある音楽プレーヤーが入っていた。
 一度部屋から出て、イヤホンを持ってまた隣の部屋に行った。ベッドの横に置いてある椅子に座って、体ごとベッドに伏せて音楽プレーヤーに耳を傾けた。

 「ーーあれ、もう撮ってんの?」

聞いたことのない声だった。

「撮ってる。何か言え」

これは樹の声。

「なにやってんの?」

また知らない声だ。

「なんか、声を撮るんだと」
「ふーん、なんで?」
「生きてる証拠を撮りたい」
「何言ってんのお前、見ての通り生きてんじゃん」
「これに撮っときゃ、生きてた証拠になるだろ」
「……めんどくせぇ」
「だろ?」
「いいから何か言え」
「そんなこと言って〜、お前アレだろ?これのアレ試して女のアレとかでアレするんだろ?」
「うわぁ、マジかよ。お前、声でもアレかよ?」
「……ぶっ殺す」

 笑い声が少し続いて、また別の声がした。

「ボイスレコーダー?」
「あぁ、だから何か言え」
「……なんで?」
「生きてる証拠を撮りたい」
「ふーん、『あー』……これでいい?」
「ダメだ」
「……分かったから、俺の昼飯を勝手に食うな」

その人は少し咳払いをして、もの凄く低い声で『くりまんじゅう』と言った。

「これでいい?」
「……」
「何だお前、俺の『くりまんじゅう』じゃ不満か?」
「……変態野郎。熊のくせに、蜂蜜すすってろ」
「はぁ?」

 また違う声が聞こえてきた。僕は少し疲れたけど、もう少し聞いてみることにした。

「なんだ」

団長の声だった。

「声を撮ってる」
「なんで?」
「生きてる証拠を撮りたい」
「なんで?」
「生きてた証拠がほしい」
「なんで?」
「このまま何も残さないまま犬死にしたくない」
「……とりあえず、俺の夕飯を勝手に食うな」
「腹が減った」
「自分のを食え」
「もうない」
「じゃあ我慢しろ」
「できない」
「俺を飢餓で殺す気か?」
「俺が餓死する」
「じゃあ死ね」
「断る」
「これで十分声は撮れただろ。もう遅いから寝ろ。治るもんも治らねえぞ」
「……ゲフ」
「あ!お前、俺の飯全部食いやがった!」

 僕は一度プレーヤーを止めた。疲れたから、僕はそのままの体勢で眠ることにした。
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