第37話 再会6

文字数 933文字

「悠也の父親?」
「あぁ」
「それ、悠也は知ってるの?」
「いや、知らん」

樹は、手に持っているマグカップの中身を見ると、口に流し込んだ。そして僕にマグカップを渡し、「おかわり」と言った。僕はコーヒーを作り、樹に渡した。

「ありがと」
「うん。それで、その人は今どこに?」
「さっき言ったろ?もう俺と悠しか残ってないって」

僕は黙ってしまった。樹は、マグカップを口元に近づけてコーヒー飲み、また視線を庭に向けた。

 場の空気が重くなった。ルーはいつの間にか、テーブルの下で伏せていた。
どうしよう、なんと声を出そうかと思った時、樹が口を開いた。

「そうだ、面白いもの見せてやろうか」
「な、なになに?」

樹は、またコートのポケットから何かを引っ張り出した。手に持ったのは、ドス黒い、ジャーキーのような薄っぺらい塊だった。

「何それ?」
「鹿の干し肉。これをルーに見せると……」

そう言いながら、テーブルの下にいるルーの目の前で、その干し肉を見せびらかした。
するとルーは、細めの目を真ん丸く開き、その場に座った。そして、前足でその場踏みを始め、せわしなく舌をベロベロと出した。

「な?かわいいだろ?完全に犬になるんだ」

干し肉に、欲しそうな視線と濡れた瞳を向けながら、せわしなく足踏みするルーに、僕と樹は笑った。そして樹が干し肉を投げると、ルーは上手に口でキャッチし、目を細めて、干し肉を鋭い牙で噛んだ。

 樹が声を出して笑ってる姿を、僕は初めて見た。あの時の写真の顔つきとはまるで違い、目を細め、ルーが美味しそうに干し肉を食べてるところを、口角を引き上げて微笑んでいる樹に、『鬼』と呼ばれる姿はなかった。

悠也の前でもこんなに笑ってたのかな?皆と一緒に、笑ったり泣いたり、してたのかな?
僕は、ふとそんな疑問が頭に浮かんだが、それよりも、今の時間を一緒に過ごそうと、考えるのを無理やりやめた。

 でも、この時本当は色々聞きたかった。今までどこで何をしていたのか?とか、腕が無くなった
経緯とか、髪が白くなるまで、何があったのか?とかーー。樹のことを知りたかった。でも僕は躊躇した。『鬼』の断片を見てしまうような気がして、少し、怖かったんだ。


 でも僕は、最期まで、樹に『自分』の事を聞かなかった。

ーー後悔してるよ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み