第20話 お別れ

文字数 2,548文字

 そうこうしている内に日はすっかり登り、僕はシャワーを浴びるのをやめ、体を拭いて支度をした。そして、自分の部屋に戻った。ちょうどその時、光が目を覚まして体を起こした。

「おはよう」
「……はよ」

光は、少しぼんやりとしていた。僕は濡れたままの髪を、タオルでゴシゴシと拭いた。

「今日も天気いいね」
「……ん……zzz……」

僕は窓を開けた。新鮮な空気が、僕の肺に入り込んできた。

 頭が痛い。僕は、自分の荷物から鎮痛剤を取り出し、それを口に含んで、そこらへんに置いてある水で胃の中に押し込んだ。

「巽、どっか痛むのか?」
「頭がちょっとね」

ヘラヘラ笑ってみせた僕は、タオルを自分のベッドに放り投げ、黒い服に着替えて、隼人の元へ向かった。

 「おはよう隼人」

隼人は、安らかに眠っていた。隼人の横にある椅子に座り、彼の髪に手を伸ばした。

「君の人生は、楽しかった?」

そんなことを心の中で呟きながら、彼の頭を撫でた。

 お別れの時間になった。僕たちは、施設の近くにある、子ども達が眠る墓地に移動した。

本当は火葬した方がいいんだろうけど、ここの近くにそんな施設はない。土に埋葬している。

 この墓地には、たくさんの子ども達が眠っている。隼人のように薬物中毒末期で亡くなった子や、怪我の治療が間に合わず亡くなった子、病気や感染症で亡くなった子など、皆、苦しみながら死んでいった。

 この施設では、人が亡くなったら、みんなでお別れするのが習慣で、この日も子ども達や大人たちが墓地に集まってくれた。かと言って何か儀式があるわけではなく、手を合わせて、墓穴に森から取ってきた葉っぱを敷き詰めて、そこに遺体を寝かせて土をかぶせる、といった、ごくシンプルなものだ。

 墓穴を掘り、その穴に皆で、一人一枚ずつの葉っぱを敷き詰めていった。その中には、悠也も、光もいた。

隼人を葉っぱの上に寝かせ、みんなで手を合わせた。そして僕は、小さな一輪のスミレの花を、彼の胸の上に置き、組んでいる手を握った。

「……おやすみ、隼人」

涙で前が霞んできて、その涙は、彼の手を濡らした。さっきまで晴れていた空が、だんだん暗くなってきて、ヌルい風が出てきた。
数人の手を借りて隼人に土をかぶせ、最後にまたみんなで合掌した。

 手を合わせた後、雨が急に降ってきたので、みんなは走って施設に戻っていった。僕は、動けなかった。

「……泣いてる」

空を見上げた。雨が顔を打ち付け、風は僕の体をすり抜けて去っていった。

 暫く空を見ていると、後ろから『兄ちゃん』という声が聞こえた。元少年兵で僕が担当している、坂川亮(さかがわりょう)山口俊輔(やまぐちしゅんすけ)、そして、高見哲(たかみてつ)と、その三人の後ろに悠也がいた。三人とも、心配そうな顔をしていた。

「兄ちゃん大丈夫?」

そう言うのは、九歳の亮だった。

僕は小さく頷いた。もう『兄ちゃん』なんて言われる歳じゃないんだけどね。

雨水が髪をつたって落ちていく。雨は止む気配はなく、むしろ、だんだんと酷くなっていった。

「巽」

悠也が声を出し、三人は振り返って悠也を見た。悠也は亮の横まで足を運び、亮の頭を撫でて僕に言った。

「みんなが待ってる。帰ろう」

その時の悠也の顔つきは、とても穏やかだった。

「……うん」

僕はみんなに笑顔を見せた。でも、うまく笑えなかった。

 その時、亮が悠也に向かって飛びついた。それに驚いた悠也は足を滑らせて、その場に転んでしまった。もちろん、亮のいつもの悪ふざけだ。それを見ていた俊輔が哲に飛びつき、哲を転ばせた。悠也は亮を持ち上げ、自分の横に落とした。すると、悠也に向かって哲と俊輔が飛びつき、悠也を倒した。

 みんな、泥んこになった。それでも笑みを浮かべながら、悠也以外の三人ははしゃいで、墓地を走り出した。追いかけたり、追いかけられたり、とても楽しそうだった。白い服を汚し、でもそれを気にすることはなく、雨の中、地面にできた水たまりを蹴りながら、追いかけっこを始めた。

「あ、走っちゃダメだよ」

そう言ったその時、悠也が僕の足を引っかけたので、僕は後ろに勢いよく倒れた。腰を強く打ちつけてしまった。

悠也は、僕の隣に座った。

「お前はいいな」
「え?」
「泣きたい時に泣けて、羨ましい」
「……悠也?」
「でも俺は、お前の笑ってる顔が見たい」
「……」
「そっちの方が、似合ってる」

僕は、声を上げて笑った。

「な、なぜ笑う」
「心配してくれたんだね?」
「し、してねぇよ。あのガキが心配してたから……」

悠也は立ち上がって、はしゃいでいる三人の元へ行き、亮の服を後ろから引っ張って走るのをやめさせた。

「みんなー、帰るよー」

僕の一声で四人は僕のところへ駆け寄り、みんな揃って墓地を後にした。

 施設に戻る途中、亮は眠そうな顔をして僕の服を引っ張るので、彼を抱っこした。

「……眠っちゃった」

僕の横で悠也は黙々と歩き、三十メートル程前に、俊輔と哲が腕を組んで、何やら楽しそうに話しながら歩いていた。雨は止み、いつの間にか日が出ていた。

「この子はね、悠也と同じくらいの時期に、この施設にやってきたんだ。森の中をさまよって、食べ物もなくて、何日も何も口に入れることができず、この施設に辿りついたんだ」
「こいつも、兵士だったのか」
「うん。政権軍の兵士だったそうだよ。この子は今九歳。八歳の時に大人に誘拐されて、戦闘を強要された。そして、この子は戦場から逃げてきたんだよ」
「よく逃げられたな。普通逃げ出せば、すぐに射殺されるのに」
「そうなの?」
政権軍側(あっちがわ)はいつもそうする。戦線から一歩足を下げれば、後ろから頭を撃つ」
「……大人は、子どもを盾にしている……」
「あいつらは、子どもなんてただの道具にしか思ってない。子どもは消耗品だ」
「君がいたところも、そうだった?」
「……さぁ」

亮は、寝ながらニコニコと笑っていた。口をモゴモゴさせて、何か食べてる夢を見てたのかな?可愛かった。

 施設に着いたとき、光が迎えてくれた。

「なんだお前ら泥だらけだな。……あー、それ以上寄るな。いやだから来るなって……来る……、あーぁ、新しい服が……」

光はみんなにタオルを渡してくれた。

「みんな、お風呂に入ろう」

みんなでお風呂に入って、それぞれ、いつも通りの日常を過ごした。

でも次の日、僕は風邪をこじらせてしまい、一週間も寝込んでしまった。
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